Jedem Narren gefällt seine Kappe 【完】   作:トラロック

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#2 Est quadam prodire tenus, si non datur ultra.

 

 兵站を整えて再度の進行に向かうレメディオス一行。

 敵は同じ相手に何度も敗北を重ねるような単細胞ばかりではないようで、武装面が強化されていました。しかし、黒い悪魔にとっては紙同然だったようです。いとも簡単に蹴散らされていました。

 その強さにレメディオスも大喜び。

 自分で全てを倒す気でいたレメディオス――だと思っていたネイアは驚きました。

 この女(レメディオス)は戦闘に関して頭が良く回る、と。

 ハムスターはマイペースで敵を倒すのですが、こちらも意外と強くてケラルトは驚きました。

 緊張感の欠片も無い表情で恐るべき実力を隠し持っている、と。

 ネイアは微力ながらも――武器がいいのか――今のところ足手まといになっていません。

 

「魔導王陛下からお借りしたアルティメイト・シュ……」

「口より手を動かせ、従者バラハ」

「は、はい」

 

 欠点と言えば貸与された武器名が長い事です。しかし、的確に仕留められるところは使っているネイア自身も驚きました。

 使用者に様々なステータスの恩恵を与えるようです。

 禍々しい外見を抜きにすれば国宝級にも負けない業物。今の自分には過ぎた代物かもしれませんが、大いに役立っています、と遠くに居る魔導王に感謝の気持ちを伝えるネイア。

 位の低い自分に分け隔て無く言葉をかけてくれた姿が未だに目蓋に焼付いている、という風に頬を紅潮させつつ誰かに語りたい気持ちでいっぱいのようです。

 

「……広域を殲滅する魔力系が必要か……。……いや、魔力を温存しなければ王の討伐は難しいか」

 

 愚痴を言いつつレメディオスは果敢に剣を振るいます。

 武技の乱発は出来ないけれど素の状態でも充分に討伐できている技量にハムスターも驚いていました。

 戦うごとに強くなる。それは動きが洗練されていくということ。

 レメディオスは西国無双に恥じない働きで突き進みました。

 

        §

 

 雑魚討伐にかけてはレメディオスよりも黒い悪魔の方が勝っており、戦斧(バルディッシュ)の一薙ぎで多くの亜人が肉塊となって飛び散ります。

 これにはレメディオスも脱帽しました。けれども驚きは一瞬です。

 

「お前はこのまま雑魚を頼む。私は王をあぶり出しに向かう」

「そうお? 私が片付けてもいいんだけど……」

 

 そう提言する悪魔に対し、最初は貴様の手は借りないと言っていたレメディオスも体力を考慮してか、頼る事が多くなりました。

 討伐数を稼ぐ気は無く、目的さえ果たせれば誰の手だろうと借りてもいいとさえ思うようになってきました。

 無駄を排除する戦法を取るレメディオスに妹も納得したので口出しはしません。

 戦いにおいて姉は本当に凄い人間であると認めているからです。

 

「それにしても亜人の集団なのは分かったけれど……。塊になるとよく分からなくなるわね」

 

 背後に積み重なるのは混ざった肉の塊。

 仕分けするのがとても難しい状態です。

 それぞれ何か喋っていたような気がするけれど、終わってみれば気にする価値の無いものだったようだと悪魔は思いました。

 

「……でも……、細かい作業にも飽きてきたわね。……全くどれだけ居るのやら……」

「お疲れ様です。食事を殆どされないようですが、大丈夫ですか?」

 

 弓を放っていたネイアが尋ねました。

 

「ええ。飲食不要のマジックアイテムを装備しているから。……それよりこの肉の塊は……、誰が片付けるのかしら? 腐臭とか嗅ぎたくないのだけれど……」

「後詰めの兵士達が片付ける事になっております」

「そうなの? 殺しっ放しだと思っていたわ」

 

 見た目は黒い鎧姿だが声は実に甘ったるく聞こえます。

 ネイアは中身はどんな人間なのか。またはどんな種族の生物なのか気になってきました。

 仮に邪悪な存在だとすれば脅威の実力者である事は明白。そして、とても適いそうにないのは見ていて理解しています。

 敵として出会っていれば自分はとっくに死んでいる。仲間である事が今はとても幸運だ、と。

 けれどもいずれはあい見(まみ)える気がします。

 少なくとも自分は、自分達は人間だから。違う種族の存在とは――きっと――相容れない。

 レメディオスがアンデッドを敵視しているように。

 

        §

 

 前進と後退を続けて一週間が経ち、十八部族の亜人連合の内五つの王を討伐。

 少数精鋭での働きでは驚嘆に値します。

 レメディオスは一気呵成に突撃する戦法から地道な攻略に変え、確実かつ着実に亜人を殲滅していきました。

 取りこぼしを後続組みに任せるようになり、戦いは一進一退の形となってきました。

 

「……ここまで来ているのにまだ敵の首魁の姿が見えないとは……」

「そもそもヤルダバオトなど居ないのでは?」

 

 全ての亜人を取りまとめる存在が居ないのであれば多種族と連携する戦(いくさ)は誰が指揮しているのだ、とレメディオスは尋ねました。

 戦いになると頭の回転が速くなる彼女に対し、妹は優しく諭すように答えます。

 

「……きっと夢ですよ」

 

 ネイア達には耳を疑うような、身も蓋も無い言葉。

 けれどもレメディオスは妹の言葉に驚きつつも感心し、納得してしまいました。

 

「そうか。夢か……」

「団長……。何、納得しているんですか。今までの努力を夢で片付けるんですか?」

「居ないのであれば仕方ない。手間が省けるなら御の字だ」

 

 戦う強敵が少なければ亜人の討伐もやりやすい。

 レメディオスにとって大事な事はカ(・)ル(・)カ(・)の(・)敵(・)が居なくなればいいのだから。

 無理にヤルダバオトに拘る必要も無い。ただ、そ(・)う(・)い(・)う(・)敵(・)が(・)居(・)る(・)か(・)も(・)し(・)れ(・)な(・)い(・)と思っただけでした。

 本当に存在していたら倒すだけ。至極あっさりとした結論をレメディオスは持っていました。

 

「……ヤルダバオト? それを倒せば戦いが終わると思っているのですか?」

 

 と、黒い悪魔が言いました。

 

「敵の首魁として設定したものだ。こいつを倒せば指揮系統が麻痺して攻略も容易くなると思っていたのだが……」

 

 ここまで自分たちだけで亜人を駆逐できた。ならば後続組みの騎士団でも充分に戦える証明になります。

 自分達は後から来る者達の為に厄介な強敵を排除しておくのが目下の目的でありました。――というかそうなってしまいました。

 どんな形であれ、勝利を掴めばいい。レメディオスは自分の功績には興味がありませんでした。

 ただ、カルカの為に戦えればいい。彼女の笑顔を守るのが聖騎士(パラディン)たる自分の責務だと――

 

        §

 

 更に三日後には二つの部族を攻略しました。

 戦い漬けの毎日に対してレメディオスと悪魔以外は体力面でへばってきました。

 それでも結構な討伐数に驚きますが、そろそろ休息が欲しくなる頃でもあります。

 

「みんなよく戦ってくれた。敵戦力の半数近くは殲滅出来たと思われる。この調子で行けば半月後……、一ヵ月後には全滅も夢ではない」

 

 力強く鼓舞するレメディオス。

 勇気と戦力は既に一個師団並み。押しも押されもせぬ最強の聖騎士(パラディン)と言っても誰も異論は挟まない程です。

 

「理屈ではそうですが……。事はそう単純には進まないでしょう。戦力の再編やら隠れ家とかで大人しく潜伏する戦法を取られるかもしれません」

「完全な絶滅は思っているほど簡単ではありませんよ、きっと……」

「……拙者も戦い詰めで疲れてきたでござる」

 

 でも、たくさん敵を討伐してきたお陰か、それぞれ随分と実力が上がったような気がしました。

 武器の威力や魔法の増加。

 実力の底上げは確実でしょう。

 

「仮想敵たるヤルダバオトが居なくとも我らの歩みは止まらない。……けれども無駄死にさせる気は無い。それぞれ休養を取ってくれ」

 

 本当は一刻でも時間が惜しいが無限の体力も気力も人間にはありはしない。それはレメディオスとて自覚している。

 いずれ老いにより剣が握れなくなる時が来る。それくらいの事を想定出来ないようでは最強の聖騎士(パラディン)とは言えません。

 次の戦いまでしばしの休息を取る事にしたレメディオス。

 

        §

 

 戦場の鬼のような聖騎士(パラディン)が休んでいる間、戦況に満足したカルカは部下達に様々な恩賞を与えたり、労(ねぎら)ったりするのに大忙しです。

 兄のカスポンドは課金地獄にはまり、大して上手くもないのに『レアゲットっ!』と見(・)え(・)な(・)い(・)友(・)達(・)に自慢しています。

 素材集めだの、復刻がどうのとうるさいのでジャンプ強キック立ち右ジャブ左ローキック左ボディブロー右アッパー左肘撃ち右膝キック、とここで攻撃の手を止めておきます。

 せっかくレメディオス達が頑張ってきたのですから楽(・)し(・)み(・)は後に取っておかなくてはなりません。

 

「国の建て直しに多大な資金が必要だというのに……。全てが終わったら晒し首の刑ですからね」

「……ひぇ~」

 

 にこやかに死刑宣告する妹の顔がこの時、魔神の化身のように見えました、とカスポンドは日記に記しました。

 

        §

 

 それから一週間かかって二つの部族を殲滅する事に成功します。

 数が減るたびに手強い亜人達の猛攻に勢いが殺されてしまいますが、レメディオスは想定内だと言わんばかりに諦めを見せません。

 最後に残るような亜人は最も強く、最も狡賢(ずるがしこ)いものだと――

 ここに来て怪我も多く、レメディオスの体力もかなり削られてきました。

 連戦に次ぐ連戦は着実に疲弊を呼び込んでいるようです。

 

「魔法詠唱者(マジック・キャスター)部隊が相手では動きが鈍るな」

「それがしも疲れてきたでござる」

「回復が間に合いません。ここからは長期戦ですね、姉様」

 

 戦況は敵がまだ優勢となっていた。

 攻めあぐねているレメディオス達に対して防衛線を敷いている。一気呵成に攻められない場合、待機が多くなります。そうすると敵に余裕が生まれます。

 その間に別働隊を組まれたら人間の国の犠牲者が増えてしまいます。

 

「……ここに来て籠城戦か……」

 

 賢い敵は倒しにくい。

 頭ではレメディオスも分かっています。

 ここまで来て敗走はありえません。亜人の脅威を拭い去る事が一番の目標なので。

 

        §

 

 今まで健闘してきたレメディオスだが敵の戦略に安易に苛立ち、無謀な行動に出ないのは妹としては流石だと驚きを隠せません。

 知恵の足りない脳筋女と今まで侮っていた事を――こっそりと――謝罪します。

 そして今までの戦いを振り返り、自分達は多くの勝利を得てきました。勢いが殺されることも戦略上想定していなかったわけではありません。

 

「……安易な殲滅戦が出来なくなった以上は地道な攻略しかありません」

 

 ケラルトの言葉に唸るレメディオス。

 一点突破のようなアグレッシブな戦略が出来ない以上、何も意見が出せません。

 周りの兵士達も戸惑いを隠せないようです。

 知恵の有る亜人を攻略する難しさ。

 だが、一方的な防衛線を敷くには早い。

 

「敵の数は確実に減っています。一気に全てを突破できない以上は多少の無謀も許されるのではないでしょうか?」

 

 ネイアの意見に首を傾げるレメディオス。――元より頭脳労働は彼女の苦手分野。その程度は妹も織り込み済みです。

 戦略は全てケラルトが担当し、意見を捌いて行きます。

 

「多少の無謀とは……、残り少ない亜人の拠点を襲撃する……、ということですか?」

「はい。……出来れば他の亜人に狙われにくい所が良いのですが……」

 

 半数近くを撃破したとはいえ、都合よく事が進むとは考えにくい。――普通ならばそうなのですが――

 今まで互いに争ってきた亜人達が手を取り合って互いの防衛任務についているとも考えにくい。けれども、それを鵜呑みにして突貫して取り囲まれれば意味が無い。

 

「狙いやすそうな亜人部族を選定して戦略を練る必要がありますね」

 

 襲ってくる雑魚モンスターの殆どは駆逐できている。残りは拠点防衛に多くの人員が割かれた状態です。

 時間をかけた攻略しか出来ないのは実にもどかしい。

 

「……足を使うしかないな」

 

 ふとレメディオスは呟きました。

 敏捷に優れた人間が突貫して敵を誘き寄せる。

 敵が素直に油断してくれれば多少の効果が見込めます。――けれども、その任務はとても危険なものになります。

 

「ハムスターと悪魔にやってもらいたいが……、やってくれるか?」

「拙者は構わないでござるよ」

「場所さえ分かれば行ってあげてもよくてよ」

 

 レメディオスはすぐさま地図を用意させました。

 彼女の行動力もケラルトにとって驚くべきものでした。

 

        §

 

 判断力の早い頭が居(あ)るというのはとてもありがたい。――半面、無謀な戦略をとりがちです。しかし、今の段階では――レメディオスの判断に異を唱える者は居ません。

 使えるものは何でも使う。犠牲を厭(いと)わない手法は聖騎士(パラディン)にはあるまじきことです。おそらくハムスター達に任せる事は有意義だと本能で答えを導き出したのかもしれません。

 時と場合によってはレメディオスの勘はケラルトの想像を超えます。

 

「残る亜人はどんな奴らだ?」

「はっ。情報機関によれば……、残っているのは武闘派で名を馳せる者達ばかり……。石喰猿(ストーンイーター)、魔現人(マーギロス)、翼亜人(プテローポス)、獣身四足獣(ゾーオスティア)。残りは不明ですが彼らに接収された混成部隊という線もありえる、とのことです」

「なるほど。そいつらは強いのだな?」

「……おそらく」

 

 一部族に突貫すれば勝てる見込みはあります。

 協力関係にある場合は持久戦になりやすい。

 最悪の場合は残り全てが結集している事です。

 

「拠点は固まっていないようだが……。そういう戦略とも考えられるな」

 

 部隊をまばらに配置し、統括者がどこかに潜んで指示を出している場合は厄介だ、とレメディオス、ケラルトは難しい顔になります。

 勢いに乗って攻め立てて、亜人達の戦略にはまらないとも限りません。

 慎重にならざるを得ないのは未だに敵の全貌が掴めていないからです。

 レメディオス達が難しい顔をしている間にネイアが別働隊として指示を下します。

 

 聖王国側は未だ苦戦している。

 

 それが今回の作戦でもあります。

 人間勢が持久戦を練り始めた事を示すために斥候を配置し、息を潜めておきます。

 その間に勇気ある志願兵数人に突貫を指示。それと平行してハムスター達に出(・)来(・)る(・)限(・)り(・)目(・)立(・)た(・)な(・)い(・)よ(・)う(・)に(・)移動を命じておきます。

 いわゆる夜間襲撃です。

 まず黒い悪魔が一番目立たないので突貫させます。ハムスターも戦えなくはありませんが、念のための囮役にします。――足も速いのでいざという時は逃げ帰っても良いと命じておきました。

 数日間、息を潜めた後の作戦決行により一部隊は難なく陥落。すぐさま次の部隊に突入する悪魔。

 単騎で期待以上の働きをする彼女にレメディオスも納得の笑顔。ケラルトからすれば悪魔がもし敵側であった時の対処方法を考えないといけないので、気が気ではありませんでした。

 今はま(・)だ(・)味方ですが、いつ敵側に回るのか未知数だったので。

 不測の事態を想定するのも頭脳担当の仕事です。

 

        §

 

 二つ目の部族を壊滅させた後、悪魔に休息を与えます。

 レメディオスとしては仲間として友好関係でも築こうかと思いましたが、話題がありませんでした。

 今まで亜人を倒す事に意識を傾けていたので。

 

「……ま、まずは自己紹介から……か?」

「そういえば名乗っておりませんでした。……けれども魔導国の者ならば存じ上げているものとばかり……」

 

 他国の事情をレメディオスは把握しておりません。それどころか自分の国以外の事など頭に入れる余裕が無いほど戦いのことで脳味噌はいっぱいでした。

 全てはカルカの為に。

 育ての親たる彼女の喜ぶ顔が何よりの宝。

 

「私はアルベドと言います」

 

 そう言いながら黒い兜を外します。すると兜についていた角は飾りではなく、彼女自身のものであることが分かりました。

 魔法の武具は使用者の身体に合わせて変形すると言います。それゆえに複雑な形状でも難なくかぶれるのはレメディオスとて驚きの光景でした。

 現われた悪魔の素顔は白い肌を持つ妖艶な美女のもの。

 縦割れした黄金の虹彩を持つ瞳。側頭部から生えている牛の角のようなもの。

 汗に濡れたような艶のある長い黒髪。

 

「……人を惑わす異形種ということか。……だが、美しいな」

「ありがとうございます」

「種族を聞いても意味は無いか……。この戦いで貴女は何を要求する? タダで力を貸してくれるほど上手い話などない筈だ」

 

 レメディオスは結論をぶつけました。

 曖昧な言葉による不毛な応酬が苦手だから。聞きたいこと、知りたい事を優先しました。

 

「そうですね……。魔導国との友好……でしょうか。我々は貴女達と友達になりたい。魔導国の国王であられるアインズ様は他国との同盟を望んでいます」

「アンデッドの王だな。……生者を憎む存在が何故……、という意見がある。もちろん私は聖騎士(パラディン)としてアンデッドと仲良くなるわけにはいかない」

「その頑なな決意はお変わりにならないようですね。ですが、我がほうに他意はございません。困っている国を手助けしたい。けれどもどういう風にお声掛けすればいいのか分からない。……風の噂にて亜人の襲撃で困っているというので、まず私が斥候として貴女たちと行動を共にして見極めようと……」

「困っているのが亜人であればどうだ?」

「そちらにメリットがあれば……。打算なき交渉は致しません」

「なるほど。……しかし、我が国に魔導国にとってのメリットなどあっただろうか」

 

 亜人との戦闘以外の事情をレメディオスは理解していません。そこで賢い妹に話を振ってみました。

 今のところ姉がとんでもないことを口走っていないので安心していた妹ケラルト。

 

        §

 

 戦闘は荒ぶる戦士でしたが居住まいは清楚な姫君のようなアルベド。

 ケラルトは姿勢正しく振舞う彼女に少し見惚れてしまいました。

 それでもやはり異形種としての特性、ということも考えられるので気をしっかりと引き締めます。

 素顔を公開してくれたのですが首から下は漆黒の全身鎧(フルプレート)。

 普段の彼女はきっと美しいドレス姿が似合うはず。

 

「戦いが終われば魔導国に帰られるのですよね?」

「そうですね。私も事務方で忙しいので……。もちろん、この戦いが一段楽するまではお付き合いしますわ」

 

 口ぶりからも敗北は微塵も無い、という自信が窺えました。

 確かに実力があり、レメディオスに匹敵するか、またはそれ以上――

 弱音を吐いたところも見ませんし、充分な戦力としては申し分ない。ただ、この戦いが終われば今度は彼らと一戦を交えた時に攻略すべき相手となります。

 現段階では勝てそうな気配を感じません。

 魔導国の戦力分析も行(おこな)わねばならないのは胃が痛む思いです。

 

「我々の目的は同盟関係の構築による貿易拡大……。細かい詰めの作業は戦いが終わってから……、ということになります」

「……同盟……。それは我々だけでは決められませんね。しかし、戦力として貴女がここに来ている事については?」

 

 商売をする為に戦力を送り込む場合、何らかの兵力をたくさん連れてくるのではないかとケラルトは思いました。

 単独行動を許す魔導王が何を考えているのか、それはもちろん分かりません。

 かの王についての知識が全然無い事も関係します。

 ケラルト自身は政治に頓着しておらず、目下の目的である亜人討伐以外に知恵は働かせておりません。――というより姉の暴走を阻止するのが彼女の役目です。

 

「何ごとも相手を知るところから……。我々は異形種が主体の国家でありますれば……」

「……なるほど」

 

 いきなり観光に行って夥(おびただ)しい化け物が住んでいる国だと気付けば驚いたり慌てふためくおそれがあります。

 予備知識の欠如は何かと誤解を生みやすい。――そう思えば決して的外れな意見でもない事が窺えます。

 アルベドや魔導国については亜人との戦闘に勝利した後で考える事にしました。

 頭脳担当のケラルトに出来る事は姉のサポート。

 迂闊に死んでもらっては自分達の負担が激増してしまうので。もう少し姉には長生きしてもらわないと自分の将来に暗雲が立ち込めてしまいます。

 

        §

 

 戦闘準備を整えている間、ケラルトは亜人殲滅によって平和になるのか、それともまだ見ぬ強敵の存在があるのか、の確認作業に取り組みます。

 彼ら(亜人)には部族ごとの王が居るのは分かっています。しかしながら連合を組む以上、誰かがまとめなくてはなりません。

 民主的な生き物とも思えませんし、何者かが全ての王をまとめていると思われます。――けれども、その何者かの影が見当たらない。

 仮に存在していない場合、それはそれで厄介な敵が居なくて結構なことです。

 見えない敵というのは戦いにくいものです。

 

「……聖王国の敵は南側にも居たりするんですけどね」

 

 亜人を倒せば世界が平和になる、わけではありません。

 今度は身内の戦いが勃発します。

 人の世は権力闘争も含まれますので。

 

「では、姉様。亜人退治に行きましょうか」

「うむ。次なる相手はどんな奴だ?」

「少し賢くて……、少し強い敵ですよ、きっと」

「それは強敵だ。単細胞なら黙って殺せるが……」

 

 姉も大概単細胞ですけど、と大きな声では言えないがケラルトは苦笑しました。

 確かに今までは知恵の足りない単細胞な敵ばかりでした。しかしながら追い詰めている亜人達はどれも知性に溢れた厄介な者達ばかり。

 真正面から迎え撃つのは悪手であり、持久戦に陥るのが目に見えて明らかです。

 奇襲も取りにくい。

 それは人間よりも優れた特殊能力を持つ種族特性によるもの――

 

「……ところでアルベド」

「はい」

 

 早速名前で呼ぶレメディオス。

 今まで名前を聞かなかっただけで悪魔呼ばわり。そこはかとなく現金な性格だと妹は呆れつつも苦笑しました。

 

 自分は素直で真っ直ぐな性格の姉が大好きなんだな、と。

 

 レメディオスはアルベドにヤルダバオトについて尋ねました。

 そもそも姉は何故ヤルダバオトという悪魔の名前を知っているのか。適当につけた仮想の名前としては出来すぎているようにも聞こえます。

 

「……とんと知りませんね、そんな名前の悪魔に……」

「そうか」

 

 端的に納得する姉。

 何も考えていないように聞こえるし、実際に何も考えていないのかもしれない。――それでも素直に納得してはいけないような気がしないでもありません。

 

「特徴から似たような悪魔が居るのは確かですが……。何処で会いました?」

「頭の中に残っている仇敵だ。それだけが私を突き動かす原動力である」

 

 精神論で語られても困ります、とケラルトは言いたかったが飲み込んだ。

 姉の直感は時と場合によれば物凄い効果を発揮します。それはケラルトも感心するほど――

 ただそれだけ(野生的な直感)で西国無双の聖騎士(パラディン)になったのは疑いようの無い事実でもあるので。

 

        §

 

 姉が求める仇敵『ヤルダバオト』は三メートルを超える巨人で、炎をまとった肉体。

 背には同じく火炎で出来たような大きな翼があり、手足が太い化け物。

 アルベドの言(げん)によれば近い存在として『憤怒の魔将(イビルロード・ラース)』に特徴が似ているとか。

 

「そいつを倒せば……」

「姉様。その前に実存が確認されていませんよ」

「アルベドが居るって言っただろ」

「亜人の首魁とは言っておりません」

 

 姉はどこで余計な知識を身に付けてきたのか。

 居ない敵を求めて間違った道にだけは進みたくないとケラルトは強く思いました。何ごとも裏取りは大切です。後で取り返しの付かない失態を犯してカルカ様に迷惑をかけたくありません、と。

 仮に憤怒の魔将(イビルロード・ラース)というモンスターが居るとしても魔導国でしょうし。けれどもかの国の仕業と見るのは実際に確認するまで判断出来ない事です。

 

「魔将が相手でも私が撃退いたします。……討伐の暁には同盟の件をよしなに……」

「それは我が国の聖王女様にお伺いを立てなければなりません」

「はい」

 

 返事一つ取ってみてもアルベドという女悪魔は嫌悪感を抱かせない雰囲気がありました。

 表情も柔らかだし、とケラルトは好印象を受けていました。

 それとは関係ありませんが、ハムスターとネイアは先ほどから黙ったまま。

 難しい話には参加したくないのか、参加しても役に立たないと早期に気づいたのか――

 外野が静かなので話がよく進みました。

 

        §

 

 武装と兵站を整え、自分達の体力と魔力が回復した頃に再侵攻を行(おこな)います。

 残る亜人部族は僅か。ここで既に聖王国側は有利な位置に居ます。

 僅かな手勢で始まった筈なのに意外と健闘しているのは姉のお陰です。

 単なる脳筋バカと侮っていたのは敵だけではないようだとケラルトは改めて尊敬の念を抱きました。――もちろん、そんな事は恥ずかしくて口には出せませんが。

 

「レ~メディオスさん、レメディオスさん。お腰に付けた~、兵站を~、一つ私に下さいな~」

 

 姉は一人で歌い始めました。

 何処かで聞いたような気がしましたが気にしないでおく事にします。

 

「亜人どもを~、血祭りに挙げて~、聖王国に帰りましょう~」

「……とってもヴァイオレンス……。姉様、どこでそんな歌を覚えたのですか?」

「ノリで作った。当然、歌詞は適当だ」

 

 気分良く歌えれば、それで満足だ。――という風に姉は適当な歌を口ずさみつつ前に進んでいきます。

 おそらく、侵攻メンバーで一番元気があるのはレメディオス。次いでアルベドとケラルト。

 残りは疲労が蓄積したまま顔色の悪いアンデッドモンスターも裸足で逃げ出しそうな有象無象共です。

 充分な食事を取っていたはずなのにどうしたことでしょうか。

 

「……普通に考えてこの短期間で行(おこな)った戦闘は尋常じゃないですよ。……むしろどうして平気なのか我々には理解出来ません」

 

 怒りの形相で苦情を述べるネイア。――いや、彼女の場合は単に疲れで顔が凶悪に歪んでいるだけでしょう。

 隣のハムスターも同様の意見でした。

 

「生き物は疲労します。それは充分に身体を休めていなかっただけなのでは?」

 

 黒い兜をかぶったアルベドが首を傾げて言いました。

 悪魔だから疲労とは無縁、ということも考えられます。

 

「疲れたら帰還して休ませているだろう? 無理な強行軍ではない筈だ」

「……充分に無理な強行軍でしたよ。……普通は数ヶ月掛かる戦闘です」

 

 数千体の亜人を数日で撃滅しているのは誰であろうレメディオスとアルベド。

 一般の人間でも一日に百体以上は苦行以外の何者でもありません。それを彼女達は苦も無く達成しておりました。

 ケラルトも化け物並みの体力があるわけではないのですが、姉の後を良くついて行っていると驚きました。

 

 

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