Jedem Narren gefällt seine Kappe 【完】 作:トラロック
部下達が文句を言おうが部隊は既に進めてしまっています。
単純作業の続き。ひたすらに亜人を狩り尽くし、故郷を平和にする。ただそれだけの目的を持って戦い続けます。
それでも最後の方に溜まった亜人達は訓練されており、簡単には攻め込ませてくれません。
「
指示を飛ばすレメディオス。
一斉射撃により拠点防壁に集中砲火を浴びせます。
「戦士達に休息を命じる。……それぞれ回復に努めた後、次の戦闘に備えよ」
攻めあぐねているレメディオス自身も様子見に徹しています。
こと戦闘に関して彼女は頭が良く回る。――それ以外はてんで駄目な人間ですが。
おそらく戦闘用の
生まれた時から戦い続けているような人ですから。それは妹も同様の筈ですが、姉の補佐に重点を置いたことで戦闘以外での働きに脳が使われるようになり、脳筋仕様の人間にならなかった。そうだとすれば戦いに全てを任せたケラルトは申し訳ない気持ちになってきます。
「………」
亜人を滅ぼす為だけに生きているような人間にしてはいけない。
姉は可愛い。強い。頼りになる姉御肌。
そんな人間をむざむざ死なせるのは国家の損失である、と。
「……姉様もちゃんと休まないとヤルダバオトに勝てませんよ」
「そうか? では、雑魚共は任せた。疲れを覚えた者は交代制で休息を命じる」
「はっ!」
元気良く兵士達は応答しました。
戦いにおいて姉は意外と人望があります。けれども戦略が無謀な場合は敵が多くなってしまうのが欠点です。――当たり前ですけど。
確固たる実力を持つ姉だからこそ許される特権があり、それを行使するからこそ勝利を掴めるのです。
それに決して兵士を使い捨てには致しません。
ケラルトは姉を賛美する言葉ばかり浮かぶ自分に苦笑しました。
§
戦闘は確かに激化しています。しかし、負けてはいません。
隠し玉を警戒しつつ拠点攻略を続けること三日。
防衛力の厚さによりなかなか前に進みませんが後退はしておりません。
「ハムスターと従者バラハ。お前たちは良く戦ってくれた。後退して休め」
ここまでの戦闘において戦う機械のように武器を振るっていた一人と一匹。
ネイアは弓の弦を引く指が血まみれになっていました。
強力な武器ですが使用者への負担はゼロではなかったようです。度重なる
「……申し訳ありません」
「的確な一射は数を増すごとに頼りになってきている。……疲労とか怪我をどうにかしてやりたいが私にはどうすることも出来ない」
部下への労わりも実は出来るレメディオス。常に戦えと言うばかりではありません。
戦闘の熟達者は引き際も熟知しているものなのです。そこが無能と有能の差でもあります。
レメディオス・カストディオは力だけの
聖王国最強の
押しも押されもしない国を代表する
その名声は既に北方の『リ・エスティーゼ王国』のみならず『バハルス帝国』と『スレイン法国』にも轟いているとか。
悪名でなければケラルトは
「そろそろ私は前に出る。休んだら……」
「待ってください、姉様。部下を
レメディオスが無謀なのは部下に対してではなく、彼女自身にも言えることでした。
隙あらば一人で突撃するのは未だに悪い癖。
なまじ実力があるから性質が悪い。
§
多くの亜人部隊を退けた今、アベリオン丘陵は絶好の合戦日和です。
邪魔者が少なくなる度に見晴らしがよくなってきました。――しかし、それは逆に自分達の行動が相手にも見え易くなってしまうことを意味します。
とはいえ、ここに来て姑息な戦法は――もう必要ないかもしれません。相手が出てくれば迎撃するだけでいいのですから。
一騎当千のレメディオスとて人間――。随分と戦力を増強してきた彼女も流石に疲れが顔に出てきました。
「……あと少しだ」
「そうですね。……けれども無理は禁物です。我が国の脅威は殆ど取り除けました。残りは後続の部隊だけで充分だと思いますよ」
「……騎士団を率いる私が引き下がってどうする?」
犠牲の出ない戦いなど夢物語。けれどもレメディオスは倒れていく部下一人ひとりを気にして前に出ようとします。
本人も頭では分かっているのですが、
彼女にとっての正義とはカルカに良い報告をもたらすこと。それはすなわち
カルカが僅かでも表情を曇らせればレメディオスはそれだけで士気をかなり落としてしまいます。
「……そう言うだろうと思ってました。……前に出るのは勝手ですが……、お気をつけて」
「任せておけ」
根拠の無い自信を見せる姉。
今更止めても無駄だとケラルトは諦めます。――戦いの終わりが近い事もあり、レメディオスを全力で支える事に集中します。
§
僅かながらの前進を続けて二日目に広い空間に突如として巨大な物体が降って来ました。
最初は遠くから投擲された岩石かと警戒したものです。
戦場に現われた
近くに活火山はありません。であれば何と形容すればいいのか。
「……炎のモンスターか!?」
レメディオスが即座に構え、それと同時に部下達に少し下がるように命令します。――この迅速な指揮は姉だからこそ出来ること――ケラルトは感心しました。
一般の兵士であればただただ驚き、混乱の
それでもさすがに突如として降ってきたものに対してレメディオスも大層驚いていました。――人間はそう簡単には適応出来ないものです。
後ろに控えていたネイアは弓を引き絞り、ハムスターは他の亜人部隊を牽制しつつ少しずつ下がっていきます。
ケラルトはレメディオスの後ろで。前面で構えるのはレメディオスとアルベドのみ。
そのアルベドは
「……敵の攻撃か?」
視線を炎の塊に向けたままレメディオスは誰ともなく尋ねました。
「いえ……。あれこそが敵の首魁……、と考えた方が早いかもしれません」
アルベドの返答に軽く眉を動かすレメディオス。
自分の
目の前――約200メートル先にある炎の塊――の敵は少しずつ動き始めていますが、どう攻略すべきかレメディオスの野生の勘でも見当がつきませんでした。
ただ、少なくとも弱い敵ではない――。それだけは感じ取れました。
現場に居る人間以外も炎の塊に恐れおののき武器を構えたり、敗走する亜人の姿がありました。
つまり、
§
一時間ほどの停滞に感じましたが実際は数十分も経過していない。けれどもそれだけの体感時間が過ぎたような緊張感が現場には満たされていました。
少しずつ身動きする炎の塊。
それは次第に大きくなっているように見えます。――事実、大きく変化しています。
糸を解かれた毛玉のように――
炎の翼は横幅が五メートルほど。
立ち上がる姿は
「炎の悪魔……」
炎の化身といった方が適切かもしれません。
唸り声を上げつつ姿を現したのは巨大な炎の翼を背負う人型の巨人。
身長は三メートルはゆうに超えているかもしれない。――けれども、一般的な
太い手足。足元は人間というよりは爬虫類のような無骨な形状でした。
凶悪な面構えは炎が邪魔して見づらいけれど、悪魔らしい威圧感がありました。
「お、おまっ……。お前がヤルダバオトか!?」
他の兵士ならば声をかける勇気すら湧かないほどの相手――。レメディオスの問いかけに炎の巨人はゆっくりと顔をレメディオスに向けます。
「ここいらで暴れている人間というのは貴様らか? ……それを問いかけようと思っていたのだが……」
「うるさい、黙れ! こちらの質問に答えろ!」
ケラルトはいきなり問いかけて素直に答える悪魔は居ませんよ、と本来ならば助言するところです。しかしながら彼女をして、今は言葉を出すような雰囲気ではないことは身体で理解しました。
そんな相手に言葉をかける姉は正しく正真正銘のバカ――。恐れ知らずにも程がありました。
「……姉様。相手は亜人とは思えません。あれは……紛う事なき異形種……。悪魔ですよ」
亜人を束ねる王を遥かに超越し、異形種の中でも力ある存在。
それが現実に存在する事はケラルトにとっては想定外。
そもそも悪魔が自然界においそれと存在して良い訳がない。それ程の相手が目の前に居て、世界が今まで混沌としていないのは絶対数が少ないからだと予想できましたが、それでも実存を確認してしまった今は足がすくむ思いです。
§
誰もが恐怖を感じて動けない中、レメディオスは自分に活を入れて突貫しまた。
無謀とも思える彼女の行動に――アルベド以外――誰もが驚愕します。
手にしているのはカルカより賜った聖剣サファルリシア。
数々の亜人を討伐してきた業物――
「お前を退治して平和を勝ち取ってやる!」
「……たかが人間風情が……。どこまでやるのか見極めてやる。存分にかかって来い」
口から炎を吐き出すように喋りつつ身構える悪魔。それに対してレメディオスの身体の小ささが目立ちます。
相手はたかが三メートルほどの身の丈である筈なのに周りに居る人間の多くが幻術にかかったように戸惑いました。
それは幻術ではなく悪魔の存在感が見た目を大きくしているからだと思われます。――ケラルトはすぐさま補佐する魔法をかけていきます。
ネイアとハムスターは呆然とし、アルベドは黙って状況を分析しているようでした。――というより同じ悪魔として戦う事に抵抗でもあるのかもしれません。
戦い一辺倒の彼女とて怖いものがあったようです。
「……本当に居たのか、ヤルダバオト……」
口に出さないと身体が震えて前に進めなくなる、と。
強大な敵に対して少なからず怖いとレメディオスでも思います。恐怖を感じない人間は居ない。だからこそ、それらに打ち勝って自分を強くする。それは彼女であっても同じこと。
「……だが、こいつを倒せば平和が訪れる」
そうなのだが、勝てる気がしない。
全身燃えている。剣が通じるのか。
様々な困惑がレメディオスの脳内で渦巻きます。
「……うおっ!?」
悪魔が身じろぎしただけでレメディオスは驚愕します。
彼の背後から猛烈で強烈な一撃が飛んできたからです。それは単純に言えば尻尾。
視界に納められないほどの速度をもってレメディオスの腹部を強打しました。
たったそれだけで骨が折れて、血反吐を吐き、後方に無様な格好で転がる最強の
視認出来なかった、と言葉にならない悲鳴じみた苦悶が漏れ出ました。
「少し強く叩き過ぎたか?」
悪魔は飛んできた羽虫を叩き落した程度の感覚で驚きました。
思いのほか
「姉様!?」
「……く、来るな。まだ戦いは終わっていない……」
強がりを言うレメディオス。
実際は近付くだけで危ないと言いたかった。しかし、出た言葉が見当違いで自分自身笑いそうになりました。
これが悪魔との戦い――
いや、これはそんな生易しいものではない、とレメディオスは感じました。
§
今までに出会ったことのない強敵を前にして足が震えてきました。
恐怖というよりは痛みによる影響が大きいかもしれません。
経験したことのない大ケガにより、レメディオスは混乱しました。――主に身体の方が――
身体は逃避を。戦意は未だ敵に。
ケラルトは姉があっさりと倒される様を見て、足がすくんでしまいました。だから、治癒しなければならないのに助けに行けません。
まさかこれほどの実力があるとは、と驚愕しました。
「勇ましい戦士だと思ったが……。これでは準備運動にもならない」
「!?」
言い返したい気持ちでいっぱいのレメディオス。しかし、痛みが少しずつ強くなって喋れません。
それどころか下半身の感覚が無い。――血なのか尿なのか分からない様々な臭いが鼻についてきます。
分断はしていません。それなのに意思が全く働かないのはおかしいと先ほどから懸命に動こうと努力していました。
勇猛果敢な
人体に想定以上の痛みを覚えて防衛本能が刺激されたのか、戦う事を拒絶しているように言う事を聞きません。
「動けないのならば……。もう動く事はやめて大人しくしていろ」
悪魔の言葉にレメディオスを除く他の大勢の部下達は黙って見ているしか出来ませんでした。――というよりは動けば死ぬと身体が訴えているようで、誰も何も出来ませんでした。
それは決して悪い事ではありません。
無謀な戦いを挑んで死ぬ事が分かっているのであれば愚か者を演じていたほうが長生きします。
レメディオスを救出する事は既に死を意味する。だからこそ誰も率先して死地に向かおうとしない。――正しくは出来なかった。
悪魔は倒れて動けないレメディオスに近付きます。――それだけで熱波が彼女を襲い、身体を焼いていくようで煙が立ち込めてきました。
見た目だけではなく、悪魔の身体は本当に燃えていたようです。
「……ぁ!」
声にならない悲鳴を上げるレメディオス。
金属製の鎧に熱が伝わり、内部の肉体を少しずつ焼き始めていきます。
それでも悪魔の侵攻は止まりません。
彼が近付くだけで人間はダメージを負ってしまうようです。
§
数メートルまで迫った炎の悪魔――
彼の炎にあぶられる
既に戦いは終わっているような有様です。
「……もう終わりか。つまらんな」
しばし倒れているレメディオスを睥睨していた悪魔は何かを思いついたようで、一人で色々と納得しました。
その様を黙って見ているしかないレメディオスは身をよじって炎から逃れようと必死です。けれども全身の火傷が自由を許してくれません。
ここまで強い火力のモンスターに今まで出会わなかった事を不運だと思うのは簡単です。だからレメディオスは言い訳はしません。ただ、己の無力さを嘆くばかりです。
剣の腕ならば誰にも負けない。けれども、特殊な能力を持つモンスターには適わない、と頭の片隅では思っていました。だからこそこの結果は必然であり、次に備えればいいと強く思いました。
彼女にとっての敗北はカルカが悲しむこと。――それと自分に負けることです。
悪魔が近付いて一時間が経過したように場が静まり返りました。けれども実際にはまだ三分も経っていません。――それだけ現場の雰囲気が止まってしまっていたのです。
強大なモンスターの存在は時の感覚を狂わせる――
迎撃要員のネイアの弓矢はモンスターに届くころには炭化してしまいますし、仮に届いても有効打になりそうな気がしません。
ハムスターの場合は体毛が燃えて、そもそも戦闘にならないと思います。攻撃できたとしても尻尾が焼けて悶絶するのは想像に難くありません。
漆黒の女悪魔は腕を組んで佇んだまま相手を見据えています。――正直にいって何を考えているのかケラルトにも分かりませんでした。――声をかけてみましたが無反応だったので。
§
炎の悪魔は地面に倒れているレメディオスの両足を掴みます。彼の大きな手にかかれば片手で華奢なレメディオスの足を二本まとめて掴むことなど造作もない事でした。
「ぎゃあ!」
一気に焼け付く両足に思わず悲鳴を上げます。
無造作に持ち上げられる
抵抗しようと武器を振るいますが悪魔の指に当てても深い傷は作りません。相当な硬度があるようです。
「うおっ……」
悪魔が軽くレメディオスを掲げてから地面に向かって振りました。
ゴスッ。
鈍い音が辺りに響きます。それから続け様に背面、側面と
打ち付けられるたびに彼女の全身の骨が一斉に折れる嫌な音が聞こえてきます。
一回目の振りぬきで聖剣が落ち、次いで顔面部から眼球が一つ零れ、耳と鼻と口からよく分からない肉の塊など――
様々な色合いの血や吐瀉物は地面に向かって汚らしく飛び散った後――それらは悪魔の炎の影響ですぐさま乾き――奇妙な絵画を描く結果になりました。
「武器として使えなくはないか……」
「………」
武器、という言葉がケラルトの耳に届いた時、嫌な予感がしました。
言いたい事はすぐに理解出来ました。けれども理解したくありませんでした。
現場に居る誰もが小さな悲鳴を上げます。――もとより亜人を凌駕する強力無比の悪魔系モンスターの登場で一人また一人と逃げ出している最中です。
「おっと、炎の勢いを消すのを忘れていた。せっかくの武器が使う前に炭化しては勿体ない」
と、わざとらしく言葉にする炎の悪魔。
彼の言葉の後で全身の炎の勢いは嘘のように止みました。そして、レメディオスの全身から立ち上る煙がとても目立ちます。
既に顔は焼け爛れ、防具の中はもっと酷い事になっていることでしょう。
髪の毛は残っていますが、チリチリに縮んでいます。
そして、一番の問題は彼女が全く動いていないことです。
「……それで。次の相手は誰だ? 私を討伐しに来たのだろう?」
その言葉に誰も答えられません。
最強の
ケラルトを含めて現場に残っているのは若干名という程度ですが、とても勝てる気がしません。それにレメディオスを救出する手立ても思い付きません。
――いえ、もうレメディオスは助けられない。――ケラルトは早々に決断しました。
頭脳担当として自分に出来る事は勝利する作戦を練ることの他に多くの兵士を
多くの死者を出してまで勝とうとケラルトは思っていません。
国の未来を見据える上で残存戦力は多いに越した事がないので。
「て、撤退を!」
懸命に声を張り上げてケラルトは命令を下しました。
救出したくても出来ない。勇気ある兵士が数人ほど居ましたが、現状では悪手以外の何ものでもないのは目に見えて明らかです。
無謀な作戦をケラルトは取れません。
§
これから面白くなってくるのに、と。
けれども脆弱な人間が無謀に立ち向かってこないのは仕方のないことだということも分かっています。
選んだ選択は生き延びることならば彼らは正しく正しい選択をした。それを笑う事は悪魔でもしない。
「……ただ、黙って見ているのも面白くない。……せっかく手に入れた武器の性能は確かめたいからな」
恐ろしい言葉がケラルトの耳に入ってきました。けれども彼女は振り返る事は出来ません。
もう姉は死んだ。
猛烈な勢いで迫る悪魔の一振り――
その手に持つ
強靭な腕力から振るわれるのです。
遅れている兵士に振るわれる
自身の身長ほどもある
「ん?」
普通ならば脆弱な人間の身体を凶悪な
けれども実際にはアルベドの
悪魔の腕の方に当てていました。――ですが、武器であるレメディオスはまたも嫌な音を立てて身体をくねらせました。
「……同盟関係を築く上で私が黙って静観するのは
黒い
頼れる
聖剣では傷らしい怪我を与えられなかったものがアルベドの
「ぐおお……。これは強烈……」
黙って様子を見ているようなことはせず、更にアルベドは追撃します。
片手で器用に振り回される
強固な外皮と肉体的な強さが決定的な一撃に耐えているようです。
そして、アルベドの動きは炎の悪魔を上回っているようで、相手は反撃に移れない様子でした。
「……
そこらの雑魚モンスターならば既に撃滅していてもおかしくない。だが、今相手にしているのは聖王国でも経験の無い強力無比な悪魔系モンスターです。
アルベドの力がどれほどのものかケラルトは知りませんが、果敢に戦えている彼女を応援しつつ後続の兵士に命令を下します。――決して今の状況を好転の機会だと思わないように。
§
数度の打ち込みにより、
骨の殆どが折れ切っているせいで奇妙な形で地面に横たわりました。しかし、それも一瞬のこと――
アルベドは戦闘の邪魔とばかりにレメディオスを足に引っ掛けてケラルト達の方向へ蹴り飛ばしました。――もちろん、後の事を確認せず戦闘に集中するアルベド。
飛んできた姉をケラルトとネイアが受け止め、すぐに治癒魔法をかけます。
「へ、〈
信仰系第三位階の治癒魔法で果たして治るのか、ケラルトには自信がありませんでした。けれども姉を助けたい一心で魔法を行使します。
ネイアも手持ちの回復ポーションをレメディオスの顔に振りかけます。
「姉様……。どうか戻って来て下さい」
最強の
ケラルトは頭の片隅で考えつつ姉の安否を気遣います。
今までが上手く行き過ぎた、と言うのは簡単です。
想像を超えた敵が居ただけです。
敵の情報がいつも揃うとは限りません。手探りで当たり前――
「悪魔の腕が飛んだでござる」
人間達の様子にあまり興味を示さなかったハムスターがアルベド達の戦いを実況し始めました。
種族が違えば様々な感じ方を持つものです。
ハムスターから見ればレメディオスが重体でも人間一人がズタボロになった程度のこと。
使えなければ捨てればいいのに――
人間など所詮、クリーチャーの一体に過ぎません。だから、それにケラルトは激高したりはしません。
「キィィエェェ!」
声の元は炎の悪魔と戦闘を続けているアルベド。
あまりに凄まじい声で治癒魔法の手が止まるほどです。――慌てて治癒の作業に戻りましたが、心臓がドキドキと触らなくても分かるほど高鳴りました。
(あ~、びっくりした)
雉らしく振舞っているのかもしれませんが、心臓に悪い事この上ありません。
――ここで一つの疑問が人間側に浮かびました。
雉の鳴き声って何だろう、と。
§
黒い
防具が特別なものかもしれませんが、見ている分には不思議な光景に映ります。
様々な軋み音を響かせて果敢に攻めるアルベド。
重量がありそうな
大股開きになり、体勢を低くして攻撃を避けるさまは鮮やかです。
無防備に相手の攻撃を受ける事は殆どせず、最小の動きを取ったり、的確に攻め立てる手腕は一流の戦士と大差がないほど。
いや、実際にアルベドは一流の戦士だとケラルトは思いました。
「……これは難敵……。ならばっ〈
炎の悪魔が残っている腕を空に掲げて魔法を唱えました。
発動されたのは第十位階の魔法。
巨大な燃える岩石がアルベド目掛けて空から落ちてきます。
黙って見物していた兵士やハムスターが危険を察知して逃げ惑います。
「……ふん。小ざかしい真似を……。スキル発動……」
「何もさせんよ。〈
「……ぅ駄ぁ!」
炎の悪魔とアルベドの姿が一瞬だけ掻き消えて、次の瞬間には
補足するならば――時間を止める魔法を使用したのにアルベドには通用せず、そのまま迎撃されてしまった。つまり彼女は対策アイテムを所持している事になります。
時間が止まっている間のやりとりは外野には全く伝わらず、はた目には瞬間移動しただけにしか見えません。――それすら目撃されませんでしたが。
本来、時間停止中に術者に攻撃する事は不可能――。また、停止中の相手への攻撃も同様です――
アルベドはギリギリまで相手を油断させて最後の時に一気に攻勢に出た――。または魔法そのものを解呪したせいで戦闘が続行された――そういう状況が一般的ですが、残念ながら停止中の出来事を確認出来た者が誰も居ないので推測しか出来ません。
しかしながら隕石の魔法はまだ継続中です。逃げるか、迎撃でもしない限り辺りに甚大な被害が広がります。
アルベドは魔法をそのまま受け止める予定でしたが、目の前の敵の事を思い出して作戦を変更します。
アルベドの力を持ってしても一度の攻撃で遥か上空に打ち上げる事は難しかったようです。しかし、それでも普通は――人間であれば不可能に近い手段です。
彼女の膂力は人間をどれだけ凌駕していることか。
「どっせぇいいぃ!」
威勢の良い掛け声と共に空中に居る炎の悪魔に飛び蹴りを加えました。それでもまだ
「むっ……。だが、それがぁ……どうしたぁぁ!」
咆哮するように叫びつつ、今度は渾身の力を込めて
それから先ほどレメディオスが落とした聖剣サファルリシアを拾います。すると持ち手から煙が立ち込めました。
聖なる武器は悪魔にとって有毒で、黒い手甲の内部では彼女の白い手が焼き付いている筈です。けれども、その程度のダメージはアルベドの行動を阻害するものではなかったようです。
全く頓着せずに装備したアルベドは種族の
黒い鎧では分かりにくいのですが、アルベドは元々腰に黒い翼が生えています。
魔法の武具によって翼が全て納められ、外部から確認出来ない状態になっていただけです。