打率.000《ゼロ》の執行人   作:GT(EW版)

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打率.000《ゼロ》の執行人

 

 模倣することは、上達への近道だと言う理論がある。

 

 それはスポーツであれ、生活であれ、その道を極めたプロの動きは基本を押さえた上で最適に近く洗練されており、これ以上ないお手本になるからだ。成功した人間の動きを模倣することによって成功の根拠を理解できれば、これほど良い練習法はないだろう。

 それは、野球も同じである。

 

 ――身長180.3cm、体重79kg。

 

 いかした口ひげにクールな眼光。屈伸運動を行いながら悠然と左打席に向かう姿は、不思議なほどただならぬ風格を漂わせている。

 右肩に左手を添えながら高々とバットを掲げ、センター方向を一瞥する。幾度となくルーティンとして繰り返してきたであろうその動きは、一度や二度真似をした程度では決して再現できない模倣だった。

 そうしてバットを一周させた彼はやや内股のスクエアスタンスに構えながら、マウンドに立つ投手の姿を見据える。ルーティンを終えた彼の集中力は、静かな瞳の中に燃える闘志を宿していた。

 

 

「メジャーリーガーじゃねーか」

 

 マウンドに立つ投手、羽場布郎(はば ふろう)は色々な意味で高校生離れした打者の構えを前に、グラブの裏で引きつった笑みを浮かべた。

 

 なんかやべーのが来たと思わずにはいられないほど、彼の佇まいはあまりに似ていたのだ。

 

 野球を知っている者なら誰もが知っている……いや、知らなくとも大半の日本人が知っている、国民的メジャーリーガーの雰囲気に。

 

 たかがモノマネだが、されどモノマネだ。構えだけではなく仕草までも完璧に模倣している彼の姿に、羽場は思わず好奇の目を向けた。

 

 この「パワフル第二高校」に入学して一週間が経ったが、羽場は今、非常に不満を抱いている。

 この野球部にいる選手達はどいつもこいつも闘志の無い腑抜け者ばかりで、二年生は愚か三年生にも羽場のボールを打てる者はいなかった。

 

 ……いや、レベルが低いのはまだ良い。

 

 この野球部にいるのは一部を除き、自分との才能の違いにショックを受け、投げやりに諦めるような者達ばかりなのだ。この野球部で過ごす中、日に日にその事実に勘づいていた羽場は、入学早々自身のチームに失望し始めていた。

 

 

「いるじゃねぇか、このチームにも面白そうな奴が」

 

 そんな中で、このエセメジャーリーガーの登場である。

 同級生か先輩なのかはわからないが、かのメジャーリーガーを彷彿させる口ひげの男は、今日初めて見た顔だ。

 真剣その物の表情や佇まいを見るに、あれがふざけて行っているモノマネとは思えない。

 構え一つでこれほど大物めいた風格を漂わせている彼が、ふざけているわけがない。投手として対峙した今、羽場は彼の姿から自然とそう感じていた。

 

 なんというか、打者としての「雰囲気」があるのだろうか。

 投手として持つ羽場の嗅覚が、彼のことを今まで対戦してきた誰よりも「やり手」だと感じたのである。

 

「楽しませてくれよ!」

 

 セットポジションから左足を振り上げた羽場が、軸足に大きな溜めを作って右腕を振り下ろす。

 瞬間、中学時代から剛腕と持て囃された羽場の一球が、ズドンッ!と音を上げてミットに突き刺さる。

 

 ストライクゾーン内角一杯に決まったストレート。球速は、ざっと142キロと言ったところか。

 

 自己記録の146キロには及ばないだろうが、この日投じた中では最高の感触だった。

 そんな羽場の、中学上がりたての一年坊とは思えない剛球に辺りは騒然とする。一球でグラウンドを支配するこの空気が、羽場はたまらなく好きだった。

 

 どうだ!と不遜に鼻を鳴らしながら、羽場は打者の目を見やる。今日の羽場はこれまでチームのレギュラーを含む十人を相手に投じてきたが、その誰もがこのボールを前に圧倒されていったものだ。

 しかしその事実は羽場に優越感を与える一方で、「高校野球もこんなものか」と拍子抜けした思いを彼に与えていた。

 この「パワフル第二高校」は強豪校ではなく、さしてレベルの高い野球部ではない。しかしだからと言って自分のボールを打つことを始めから諦めているような志の低いチームメイトばかりでは、彼もいい気分ではなかった。

 

 羽場の将来的な目標はもちろんプロ野球選手だが、高校生活での目標はやはり甲子園優勝――全国制覇にある。

 

 強豪校ではなくとも、自分がエースとして牽引すれば叶えられない夢ではないと思っている。しかし周りの人間が大人しく牽引されることもままならない腑抜け共ばかりなら、その道は余計に困難を極めた。

 

 

 その点で言えば……この打者には少し、期待してみたくなった。

 

 初球のストライクを悠然と見送った彼は一旦打席を外すと、アッパースイングで円を掻くように素振りを行う。メジャーリーグのテレビ中継でよく見たやつである。

 そうして再び左打席に入った彼は、またも予告ホームランのような仕草でバットを立てると、羽場の目を睨んだ。

 

「良い反応だな」

 

 やはりその一挙一動は、国民的メジャーリーガーのそれを完璧に模倣している。

 今日最速のストレートを身体に近い場所に見せても、ポーカーフェイスの表情に怖じけた様子は見えない。

 そうこなきゃなと、これまで相手にした部員達とは違う反応に喜び、羽場は唇を吊り上げた。

 

「オラァッ!」

 

 気迫を込めてもう一球、さらに身体に近い内角を抉った二投目のストレートは、内に外れたボール球だった。

 元々そのつもりで投じた一球であったが、打者はピクリとも動じず見極めてみせる。投手としては気に入らないが、俺好みの反応だと羽場は内心で彼を賞賛する。

 

 ――お前のようなスカした奴は、全球ストレート勝負でねじ伏せてやるよ!

 

 捕手から出される変化球のサインにことごとく首を振りながら、羽場は頑なに真っ直ぐ一本での勝負に拘った。

 

 三投目は外角への見逃しストライク。

 四投目は力みが入り、外角高めに外れたボールとなる。

 

 これでカウントはツーストライク、ツーボール。四球で平行カウントになったわけだが、全力で右腕を振る羽場とは対照的に、打者はこれまで一球もスイングを見せなかった。

 

「どうした? メジャーリーガーの真似をするなら、バットを振ることから覚えた方がいいぜ」

 

 そんな彼の反応から持ち球を探られていると感じた羽場は、不気味さを感じながら挑発の言葉を吐く。

 あんたが他のヘボ共とは違うように感じたのは、俺の思い違いだったのかと。

 そんな羽場の声に、ふむ、と相槌を打ったのが当の打者本人だ。

 

「どんなスター選手も、バットを振らなければお客さんを満足させることはできない。君の言う通り、変わらなきゃも変わらなきゃだね」

 

 澄ました目で羽場の目を見つめながら、彼はそう言って再びルーティンに入る。正直何を言っているのかわからないが、彼の中で何かが変わったのなら何よりである。

 こいつ、絶対変なやつだ……そう察した羽場は、口を締めて静かにボールを握ることにした。

 そんな羽場に対してバットを立てた向こう側に映る彼の顔は、野球選手として真摯に向き立っていた。

 

「次で決めようか。僕は次のスイングで、一塁ベースを奪う」

 

 キザったらしい言葉を並べながら、かのメジャーリーガーを模倣した構えでボールを待つ。

 たったそれだけの姿が羽場には何故か、見た目以上に大きく見えた。

 

「なめんなよ。二セローめ」

 

 打者の彼も高校生としては大きな体格だが、羽場はそんな彼よりも大きい身長188センチ、体重88キロ。なおも成長中の身だ。彼の姿が大きく見えた気がしたのは幻影だと切り捨て、羽場はマウンドの上から彼の姿を見下ろした。

 

 この天才羽場プロくんの剛速球――打てるもんなら打ってみろ。

 

 自らの実力と才能を確信している羽場は、いつ如何なる時も自信満々で揺るぎない。

 セットポジションに入り、捕手とのサインを交換すること五秒後。投球動作に移った羽場は、豪快なフォームから五球目を投じた。

 

「っ!」

 

 一閃。左打席に立つ彼がカッと目を見開き、すり足のステップから滑らかにバットを走らせる。

 羽場の投げたコースは内角高め(インハイ)。球種はストレート。クロスファイヤーで叩き込まれた140キロ超えの速球は、この日の最速をさらに更新した一球だ。

 指に掛かったノビのあるボールは、投げた羽場も自画自賛したくなる会心の一球だった。

 

 しかしその一球に対して左打席の彼が美しいスイングを披露し、一連の動作としてバットを置いて颯爽と走り出した次の瞬間――この勝負が羽場にとって、思いもよらない結果に及んだことを思い知った。

 

 

 彼のバットは、羽場のストレートを捉えなかった。

 

 ボール数個分外れた場所を素通りした――完膚なきまでの空振りである。

 

 

 誰が見ても見間違えようのない、空振り三振だ。拍子抜けもはなはだしい、羽場の完全勝利である。

 しかし三振した筈の彼は華麗な走行フォームで一塁ベースを駆け抜けていくと、右腕に着けたアームガードを外しながらニヒルな笑みを浮かべた。

 

「っ、何やってるんっすか先輩!」

「わ、悪い……」

 

 今この瞬間、彼の振り逃げが成立したのである。

 

 羽場の渾身の一球は間違いなくストライクゾーンに決まっていたが、捕手がそのボールを捕球しそこねたのである。キャッチャーミットに弾かれたボールはバックネットの深くまで転々としていき、その隙に彼が一塁を陥れたのだった。

 

 

「あんにゃろう……三振のくせにドヤ顔決めやがって」

 

 女房役に水を差された形だが、この時の羽場からしてみればスリーストライクを捕りそこねた捕手よりも、まるでクリーンヒットを打ったかのように塁上でイチ流ヅラをしている姿の方が腹立たしかった。

 

「いいぞメジャーリーガー!」

「ニセローさんマジパネっす!」

「偶然でやんすよ!」

 

 彼が塁に出たことで各所から笑いの声が上がり、それが羽場の心をさらに苛立たせる。

 なんて高校に来ちまったんだ俺は、と。

 

 

 しかし――この時の羽場は、思ってもみなかった。

 

 

 かのメジャーリーガーを模倣しているが、まるでヒットを打てない。打率ゼロのこの男が、彼にとって数少ない理解者になることを。

 

 彼と共に高校野球の世界で、数々の伝説を打ち立てていくことを――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 実況パワフルプロ野球2018 

 

  【打率.000(ゼロ)の執行人】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は高校生天才投手羽場布郎。「パワフル第二高校」のエースピッチャーだ。

 

 高校二年の夏、エースで四番を打つ俺の活躍から、チームはベスト16まで進出した。

 しかし三点リードで迎えた俺の打席。相手ピッチャーのボールを打つことに集中していた俺は、隣の球場から飛んできたもう一つのボールに気づかなかった。

 

 ボールを頭に受けた衝撃で意識を失った俺は、病院に運ばれ、目が覚めたら――

 

 

 ――記憶を失ってしまっていた!!

 

 

 

 記憶喪失になったことで天才と言われていた筈の俺の実力は、見るも無残に落ちぶれてしまった。

 元の姿に戻る為、失った記憶を取り戻すことにした俺は、周りの人間から記憶を失うまでの俺がどんな奴だったのか調べることにした。……ところが俺は、とんでもない嫌われ者だったみたいで……周りの人達は、ほとんど誰も相手にしてくれなかった。

 

 そんな俺と、割と仲が良かったという友達は二人。

 

 一人は……みんなもう知ってるよな? 矢部君だ。

 

「ヨロシクぅでやんす!」

 

 矢部明雄君はユニークな瓶底メガネを掛けた、足の速さと意外なパンチ力がウリの二番バッターだ。

 時々守備でやらかすこともあるが、前の俺からはこっぴどく怒られていたらしい。

 だけどそんな俺にも彼は親切にしてくれて、俺の記憶を取り戻すことを手伝うと約束してくれた。

 

 

 そして……武藤 流(むとう りゅう)

 

 

 高校通算打率.000にして、出塁率.800のダブルフェイスを持つこの男……「ニセロー」の愛称で呼ばれ、チームメイトから慕われている。

 そのあだ名の通り、バッティングフォームから仕草まで国民的メジャーリーガーを模倣している、パワフル第二高校不動の一番ライトだ。

 この人は俺や矢部君と同じ二年生で、記憶を失う前の俺とは何度か自主トレをしていた仲らしいが……

 

 

 

 

 前途多難な高校野球人生……今、俺とパワフル第二高校野球部の間に、厚くて大きな壁が立ちはだかろうとしている……!

 

 

 

 ヒットは無くても打率は同じ! 長打無しの名選手!

 

 

 

   ――援護点は、いつも一つ!――

 

 

 

 

 

 

 




パワプロ2018をやっていたら久しぶりにパワプロ小説を書きたくなりました。
中編的に続くかもしれません。テーマはムエンゴと四球乞食です。
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