異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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七皿目 テリヤキチキン

異世界食堂

そこには店主が代替わりしても、先代からのお馴染みの客が足繁く通っている

その内の一人は、大賢者アルトリウス

彼は魔族との間に起きた戦争を終わらせた、四英雄の一人である

その彼は、先代店主の時からの常連客

そして、先代店主からの常連客は他にも居る

 

「約一月振りか」

 

と言って入店したのは、扉の向こうの世界でその名を轟かせる剣豪

タツゴロウである

 

「おお、久しいなテリヤキの」

 

「そうだな、ロースカツ」

 

と二人が会話した時、アレッタが近寄り

 

「いらっしゃいませ! ねこやにようこそ!」

 

と言った

 

「む?」

 

アレッタを初めて見たタツゴロウは、首を傾げた

すると、明久が来て

 

「新人給仕のアレッタです。一ヶ月振りですね、タツゴロウさん」

 

と言った

その光景にタツゴロウは、昔を思い出した

それは、先代店主がまだ若かった今の店長を紹介した時の光景

それと、約二年前に明久が働き始めた時に今の店長から紹介された時の光景

それらを思い出したタツゴロウは

 

(私も、老いる訳だ……)

 

と思った

その後、近くの席に座り

 

「すまぬが、何時ものを頼む」

 

とアレッタに言った

するとアレッタは、首を傾げながらも

 

「何時もの……?」

 

と呟いた

それを見たタツゴロウは

 

(そうだった、新人だったな)

 

と思った

そして、改めて

 

「テリヤキチキンを頼む。それとセイシュのヒヤを。ライスとツケモノは先に持ってきてくれ」

 

と注文した

 

「分かりました! 少々お待ちください!」

 

注文を受けたアレッタは、奥へと消えていった

そして、少しして

 

「お待たせしました! ライスとオミソシル、それとツケモノです!」

 

とアレッタが、先にと頼まれたご飯を持ってきた

 

「テリヤキチキンとセイシュは、後でお持ちします。では、ごゆっくり」

 

「うむ」

 

置かれたご飯と味噌汁。そして沢庵を見て、タツゴロウは箸を掴み、ご飯を一口食べた

タツゴロウの故郷たる東の国にも、ご飯はある

しかし、それは茶色くボソボソしていて、最早別物と呼べる

そして、口の中に広がるご飯の仄かな甘さが無くなる前に、沢庵を食べた

ボリボリと音をたてながら食べると、口の中に丁度いい塩気が広がっていく

それが無くならない内にまたご飯を食べ、最後に味噌汁を一気に半分近く飲んだ

それを見たアルトリウスは

 

「よくもまあ、ご飯だけで食えるの」

 

と呆れたように言った

するとタツゴロウは

 

「故郷でも、よく食べていたからな」

 

と答えた

それを聞いて、アルトリウスは

 

「郷愁か?」

 

と言った

それに対して、タツゴロウは

 

「そんな洒落たものではない」

 

と返した

なおタツゴロウだが、あまり故郷には帰っていない

世界中を旅しているのだから、仕方ないのかもしれないが

そこに

 

「お待たせしました! テリヤキチキンとセイシュのヒヤです!」

 

とアレッタが現れた

そして、タツゴロウの前に料理と徳利を置いた

 

「うむ、来たか」

 

タツゴロウはそう言うと、箸でテリヤキチキンを持ち上げた

 

(やはり、皮と肉の対比は美しい……タレが塗られた皮に、まるで乙女の柔肌のような白い肉……)

 

タツゴロウは少しの間、持ち上げた肉を見てから、口に運んだ

 

(旨い! 旨すぎる! 程よく抜けた脂に、甘辛いタレがよく合う! そして何よりも、このテリヤキにこそライスが合う!)

 

とご飯と共に噛み締めていた

ふとその時、あることを思い出した

それは、古馴染みとのやり取り

何の料理が、一番ご飯に合うか

その話題で、何時もカレーライスかテリヤキチキンかカツ丼かオムライスかで、口論になる

 

(何時か、あやつらとも決着を付けねばな)

 

タツゴロウはそう思いながら、テリヤキチキンを日本酒と共に味わっていた

そこに、アルトリウスが

 

「むう……テリヤキチキンも旨そうだな……」

 

と羨ましそうに言った

それを聞いたタツゴロウは

 

「……食うか?」

 

と問い掛けた

それを聞いて、アルトリウスは

 

「くれるのか!?」

 

と嬉しそうにした

だがタツゴロウは、ロースカツの皿を指差し

 

「ロースカツの真ん中の一切れとなら、交換してやる」

 

と交換条件を突き付けた

それを聞いたアルトリウスは

 

「ぐっ……」

 

と呻いた

そして、少しして

 

「端の一切れでは、ダメか?」

 

「ダメだ。真ん中しか受け付けん」

 

アルトリウスの言葉に、タツゴロウは即座にそう言った

それを皮切りに、二人の間で緊張感が高まり始めた

だが、不意に二人は吹き出してから笑った

幾らなんでも、店の迷惑になることを長年来店している二人がする訳がない

そもそも、本当に迷惑行為をすれば二度とドアを開けられなくなることを、二人は前例と共に知っている

そうして二人は、談笑しながら料理を食べ続けた

そして、しばらくして

 

「さてと……」

 

とタツゴロウが何か始めた

 

「ん? 何をしているんだ?」

 

「ん、シメのミニテリヤキ丼と言ったところだ」

 

アルトリウスが問い掛けると、タツゴロウは現物を見せながらそう言った

ご飯の上に、三切れ程乗っている

 

「お前……図体デカイ癖に、やってることは小さいな……」

 

「旨いんだから、仕方ない……だが惜しむらくは、酒も料理も、ここでしか味わえないことだな」

 

アルトリウスの言葉に、タツゴロウがそう言うと

 

「さもありなん」

 

と言った

そうして食べ終わると、二人は

 

「さて、そろそろ帰るかな……でないと、弟子達が五月蝿いからな」

 

「そうか……店主よ! 会計はここに置くぞ!」

 

と立ち上がった

だが、そこに

 

「あ、タツゴロウさん!」

 

と店長が、タツゴロウを呼んだ

 

「ん? どうした?」

 

「実は、一つ聞きたいことが……」

 

タツゴロウが振り向くと、店長はそう言った

そして、店長は

 

「ハインリヒ・ゼーレマン……という方、知りませんか?」

 

と問い掛けたのだった


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