異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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100話目は、これでしょう


74皿目 ロースカツ

土曜日のお昼少し手前に一台のタクシーが、ねこやビルの前に停まった。タクシーの運転手は、後ろに座っていた一人の老婆に向けて

 

「お客さん、着きましたよ」

 

と声を掛けた。その声で、軽く寝ていた老婆は起きて

 

「ああ、すいませんね……はい、お代」

 

と料金を支払った。料金を受け取ったタクシー運転手は、その老婆に

 

「一応教えておくと、ねこやは今日明日はお休みですよ」

 

と教えた。どうやら、その老婆はねこやに用があるらしい。しかし老婆は、鞄から一つの古びた鍵を取り出して

 

「大丈夫です、中を見たいだけですから」

 

と言って、ねこやビルの階段を降りていった。そして、目的のドアを見て老婆。山方暦(やまがたこよみ)

 

「……こんな看板、いつの間に作ったのかしら?」

 

と首を傾げながら、鍵を刺して解錠。ドアをゆっくりと開けた。そして、懐かしいカウベルの音が鳴り

 

「いらっしゃいませ! 洋食のねこやにようこそ!」

 

と暦をアレッタが出迎えた。出迎えたのだが、暦はアレッタの両側頭部の角を見つめていた。

 

「あ、あの……」

 

「ああ、ごめんなさいね。料理だけど、ロースカツのライスの大盛りをお願いね」

 

アレッタが困惑しながら呼び掛けると、暦は手短に注文してから近くの席。アルトリウスが座っている席に向かい

 

「久しぶりね、アルトリウス」

 

と声を掛けて、席に座った。

 

「ヨミ……そうだな、30年振りか……」

 

暦を見たアルトリウスは、暦のもう1つの名前。ヨミと呼んだ。

約70年前、混沌の魔神を倒した四人の冒険者。通称四英雄。

剣神、アレクサンドル。賢者アルトリウス、最強の冒険者ヨミ。そしてもう一人により、魔神は倒された。

だが魔神は最後の足掻きに、ヨミに対して魔法を発動して、ヨミからしたら異世界。地球に跳ばしたのだ。

その後ヨミは、第二次世界大戦が終わった直後の日本で目覚め、先代店長。

山方大樹に助けられ、その後は一緒に店を経営するようになり、ねこやビルの地下に空いていたテナントで洋食のねこやを始めた。

その後、暫くの間は二人で店を切り盛りしていたが、(ヨミ)は妊娠を期に店から離れ、大樹は病気で倒れるまで料理人を続け、二代目の店長に変わったのだ。

 

「にしても……色々と変わったのね……魔族を雇うなんて」

 

「彼女は半魔族だ。時代は変わったんだ……あまり嫌ってやるなよ? 彼女は、真面目だ」

 

暦がアレッタを軽く睨むと、アルトリウスがそう言った。

暦だが、元々は魔族と魔神を滅ぼす為に生み出された存在なのだ。魔力はアルトリウスに並び、剣技はアレクサンドルに匹敵した最強の冒険者。それが、ヨミだった。

 

「ええ、分かっているわ……そちらも、色々と変わったのでしょう?」

 

自分でそう言った暦は、改めて自分がこの世界で過ごした70年という年月が多大な影響を及ぼしたと実感した。

 

「ああ……30年前に、軽く話しただろ? 魔族と手を結んだ帝国という国のことを。30年の間に、東大陸最大の国になったぞ? その影響で、公国や王国でも、魔族が相応に住むようになってきている」

 

かつて、魔族とは全力で殺し会うしか知らなかった戦友に、アルトリウスは30年前と同じように時の流れを感じた。

 

(エルフ達からしたら、30年など瞬き程度かもしれないが……我々からしたら、長い年月だ……私も老いたしな……)

 

アルトリウスは、以前より動きが鈍く、細くなった指を見ながらそう思った。

異世界食堂が開いた頃、エルフが大きくその数を減らした大災害。大病役という事件より前に、エルフは一度アルトリウス達からしたら異世界。地球に侵攻したことがあったのだ。

しかし、地球には精霊が居なかった為に侵攻は失敗。その際に持ち込まれた魔道具があったが、魔法という存在を知らなかった為に、ただの骨董品として売りに出され、様々な場所を転々とした魔道具の鈴。

それを見つけたのが、40年という歳月の間に孫まで出来ていた暦だった。

かつて、自分が居た世界と地球を結ぶ事が出来る魔道具を見つけた暦は、暦が異世界出身かつ経緯を知っていた大樹と相談した。

すると大樹が

 

『だったら、暦の元の世界の人達を、客として招いてみるのはどうだ? そうすれば、元の世界がどうなったのかも知れるだろ?』

 

と言って、異世界食堂を開くことが決まったのだ。

そして、一流の魔法使いの腕を持つ暦により、魔道具は調整の後に再起動を果たし、最初の客としてやってきたアルトリウスと再会して、色々と驚いたのを、今でも鮮明に覚えている。

それはアルトリウスも同じで、魔法の研究をしていたら、突然見たことのない黒い扉が現れ、警戒しながら開けてみたら、40年前に死んだと思っていた戦友に再会し、更に味わった事のない美味な料理に驚いた。

 

(いや、その後の30年にも驚いたがな)

 

異世界食堂と関わりが始まった30年の間に、アルトリウスも知らないだけで、かなりの影響を受けた。

魔道具、料理、飲み物と挙げたらキリがない。

 

「それで、この10年はどうしていたのだ? 前の店長が死してから、お前も店に来なくなったから、お前も冥府に旅立ったと思ったぞ」

 

「あの後、孫の家に住むことになってね……」

 

久しぶりの再会に、アルトリウスと暦は語り続けた。それは、暦が注文した料理が来るまで続いた。

 

「お待たせしました……ロースカツのライス大盛りです。では、ごゆっくり」

 

霊夢が料理を置くと、見送ってから暦はソースとレモンを取り、ロースカツの皿の近くに置いた。

その時暦は、黒い服のウェイトレス。クロに気付いて固まった。すると、それに気付いたアルトリウスが

 

「気づいたか……アレは、黒の神だ」

 

「……それにしては、皆普通ね……」

 

クロこと黒の神は、死を司る。それを知っていた暦は、軽く周囲を見回したが、誰も苦しんでる様子が無い。

 

「……あの戦争の時代でも、黒の神のオーラで倒れる奴は居たが、今を生きる人々……特にこの店に来る連中は、生命力が強くなっている。あの姿ならば、問題なかろうて」

 

クロの存在に肝を冷やしながらも、暦は意識をロースカツに向けた。

ロースカツは瑞々しいキャベツと合わさり、光っているように見える。

 

(うん……やはり、トンカツ定食はこうじゃないと) 

 

暦はそう思いながら、箸を取った。

暦にとって、ロースカツは思い出深い料理だ。地球に初めて来て、助けられた若かりし頃の大樹に初めて出されたのが、ロースカツだった。

なおロースカツだが、今やトンカツと呼ぶのが主流になっており、これはトンカツが出されるようになった頃は揚げ油が量が少なく高かった為に、フライパンに薄く張って焼くように揚げていたからロースカツと呼ばれたと言われているが、諸説ある。

その後は、豚という意味のトンカツになったとされている。

 

「……いただきます」

 

暦は大樹から教わってから言い続けてる食前の挨拶を言ってから、そっと箸で真ん中辺りの一切れを持ち上げた。

暦は最初は、何も掛けないで食べるのが流儀だ。

きつね色の衣と、白い脂身と肉のコントラストが美しく、暦が口に運ぶと、サクリと音が聞こえる。

 

(ああ……美味しい……)

 

口の中に広がる良質な肉の濃厚な旨味に、暦は初めて食べた時を思い出した。

大樹が作ったロースカツを食べて、暦は初めて異世界に渡ったと自覚したのだ。

香ばしい衣と瑞々しい肉を味わう為に、最初は何も付けないのだ。それが、暦が70年の間に見つけた拘りの食べ方だ。

 

(よし、次は)

 

最初に肉本来の旨味を堪能した暦は、ソースとレモンを掛けた。そしてキャベツにも掛け、レモンは最後にカツ全体にサッと絞り掛ける。

 

(うん。やっぱり、ソースだ)

 

自分好みの味付けにしてから、また真ん中辺りの一切れを持ち上げると、皿の端に用意されているカラシを僅かに着けてから、口に運んだ。

口の中に広がる、僅かに残る衣の香ばしさとソースの甘辛い味わいとレモンの強い酸味。そして、カラシのピリッとした味わい。それらが見事に混ざりあった味に頷きながら、ご飯を口に運んだ。

 

(やはり、メシがよく合う! トンカツを美味しく食べるには、メシでなくてはな!)

 

濃厚なカツの味を、ライスの仄かな甘味が優しく包む。

元が米を主食とする山国の産まれで、その後は70年も日本に住んでいた暦にとって、ライスはなくてはならない存在だった。

素晴らしいロースカツには、ビールより何よりご飯。それが、暦の結論だった。

瞬く間に食べ終わった暦に、アルトリウスはビールを飲みながら

 

「本当に、旨そうに食べるようになったな。ヨミよ」

 

と懐かしそうに言った。アルトリウスがよく知っていたのは、魔神討伐の為の旅の最中のヨミで、料理を食べても無表情だったのだ。

しかし、地球に渡ってからは美味しそうにかつ、幸せそうに食べていた。

 

「あら、美味しいのを美味しそうに食べるのは当たり前でしょ?」

 

アルトリウスにそう言うと、暦は近くを通ったアレッタに

 

「ごめんなさいね? 悪いのだけど、店主を呼んでくれるかしら? 大事な話があるの」

 

「え、は、はい」

 

いきなりそんなことを言われたアレッタは、店長を呼びに行った。すると、店長と一緒に明久も来た。

 

「やっぱり、ロースカツのライス大盛りは婆ちゃんだったか」

 

店長はどうやら、注文内容から確信していたらしい。

明久は明久で、店長の祖母が来ていたことに驚き、早希も曾祖母が来ていたことに、今気づいたようだ。

 

「いつの間にか、こんなに特別営業に関わる人が増えたのね」

 

「まあね。で、大事な話ってなんだ?」

 

店長が問い掛けると、暦は一旦仕舞っていた古い鍵を取り出して

 

「これを、渡しに来たの」

 

と店長に差し出した。

 

「ん? 合鍵なら、持ってるが……」

 

実は、店長が持ってるのは合鍵だったのだ。そして、暦が持っているのは、文字通り《マスターキー》なのだ。

 

「合鍵では、ダメなの……このマスターキーには、他に大事な役割があるの……」

 

「大事な、役割?」

 

「そう……もし、貴方が異世界食堂を終わらせようって考えたら、このマスターキーを折りなさい。そうすれば、扉の魔法も消えるわ」

 

暦はそう言って、マスターキーを店長に手渡した。

実は一度、暦は異世界食堂を終わらせようとしたことがあったのだ。

大樹が病気で倒れた時、マスターキーを折ろうとして、店長に止められたのだ。

 

「……実はな、じいちゃんに言われたんだよ……もし、俺になんかあったら、お前に全部任せる。売るなり好きにしろって……けど、出来たらでいいから、店を続けてほしいとも言われたんだ」

 

それは、暦も初めて知った大樹の遺言だった。

その甲斐あり、常連は通い続け、新しい料理や味が増えたから、新しいお客も出来た。

そろそろ、新しい世代に全て任せてもいいのだろう。

 

「だから、このマスターキーは任せるわ」

 

「……わかった」

 

暦の言葉を聞いて、店長は大事にマスターキーをポケットに仕舞った。

そして店長達は、暦に頭を下げて

 

「それでは、また何時でもお越しください」

 

と告げた。

 

「ええ……今度は、平日に来るわ……それと、裏口から出てもいいかしら?」

 

暦は料金を明久に渡してから、裏口の方に向かっていった。もしドアから出たら、地球に出るのか、異世界に戻ってしまうのか分からず、それを試す気は暦には無かったからだ。

 

(そうだ……私は地球で良い……愛した大樹が生まれ、死んだ世界で私も最後まで生きよう……今の私の世界は、この地球なんだ)

 

暦はそう思いながら、タクシー乗り場まで向かったのだった。

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