「もう1ヶ月か……」
2月は中旬、早希は買い物から戻りながらねこやに入ろうとしていた。その時、一人の少年。
ベーカリーキムラの翔太を見つけた早希は
「あれ、翔太くん? どうしたの?」
と問い掛けた。翔太は両手で紙袋を持っている。
「あ、あの……えっと……」
翔太のその様子に、早希は翔太が何をしようとしているのか察した。すると、翔太は早希にその紙袋を差し出して
「こ、これ! あの金髪の子に渡してください! それでは!!」
と早希に紙袋を手渡した直後、走り去った。
「……若いなあ……」
言って早希も若いが、触れないでおく。早希は軽く中身を見てから
「ふふ……青春してるなぁ……本当は逆だけど」
と言って、ねこやに入った。
「すいません、遅くなりました」
「おはよう」
「おはようございます!」
「まだ開店前だから、問題ないさ」
(おはようございます)
入ってきた早希を出迎える面々に挨拶してから、早希はアレッタに近寄り
「アレッタちゃん、これ。翔太くんからプレゼントだよ」
と先ほど預かった紙袋を、アレッタに差し出した。
「え、翔太さんが? ……なんだろ、これ」
「お、チョココロネだな」
「バレンタインだからね」
紙袋の中身を見たアレッタが首を傾げていると、同じように中身を見た店長と明久が教えた。
2月14日、バレンタインデーである。
「そういえば、ベーカリーキムラ。フライングパピーに負けないって息巻いてたな」
「あはは。あの店長さん、負けず嫌いですからね」
毎年バレンタインデーになると、フライングパピーの売り上げは平時の三倍近い売り上げを記録する。やはり専門店なだけあり、バレンタインデーの売り上げはベーカリーキムラは敵わなかった。
「えっと……良いんでしょうか、これ……」
「翔太くんからのアレッタちゃんへのプレゼントなんだから、食べてあげて感想を言ってあげた方が翔太くんも嬉しいよ」
アレッタが迷っていると、明久はそう諭した。
早希は着替えに行って、仕込みがある程度終わった明久は少し休憩していた。
すると、アレッタは紙袋からチョココロネを取り出して
「ふわぁ……綺麗……」
と呟いた。綺麗な焼き目のチョココロネを見て、アレッタは感動していた。アレッタも簡易ながら料理を作るようになり、焦げ目なく料理を作るのが難しいと分かる。
しかし翔太の作ったパンには、焦げ目が一切無い。
(頑張ってるんだなぁ……翔太さん)
アレッタはそう思いながらも、何時もの言葉を言ってからチョココロネを一口食べた。
「甘い!」
チョコクリームが予想以上に甘いことに興奮したが、すぐにカカオ豆の苦さで甘さが引いていく。その調和に、アレッタは再び翔太を称賛した。
(翔太さん、本当に頑張ってるんだなぁ……)
アレッタは知らなかったが、日本のバレンタインデーは女の子が意中の異性に好意を示す為に、チョコをあげるイベントである。
つまりこの場合、立場が逆だが翔太はアレッタに好意を示しているのだ。
バレンタインデーの意味をアレッタが知るのは、まだ先になる。
その後、着替えてきた早希に店長が
「……何時渡すんだ?」
「……後で渡す……」
店長のからかい半分の問い掛けに、早希は顔を赤くしながら呟いた。その後早希は、朝食後に店長が敢えてキッチンから離れた際に買ってきたチョコを明久に差し出した。
その日、明久の動きがぎこちなかった、と後に店長は語る。