異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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八皿目 エビフライ

それは、今から数年前の出来事だった

公国

東大陸では帝国と並び立つ大国の、ある外れの砦

その間近にある森にて、モスマンと呼ばれる毒を持った魔物が大発生した

それを知ったその砦の指揮官は、このままでは長く持たないと判断し、一人の若い騎士

ハインリヒ・ゼーレマンに、一つの手紙を託した

それは、砦の危機をしたためた手紙

それを、王城まで届けろと指示を下した

その指示を受けて、ハインリヒは馬を走らせた

だが不幸にも、その馬も毒に犯されていたのだ

王城まで半分を過ぎた辺りで、馬は泡を吹いて倒れてしまった

それを見たハインリヒは、鎧を脱ぎ捨てて手紙と防衛のための家宝たる名剣だけを持ち、走り出した

それから、どれほど走ったのか

砦を出た時はまだ朝早かったが、既に陽は暮れていた

ハインリヒはそこまで、騎士として鍛えた体力で走り続けていた

しかし、ハインリヒとて人間

疲労で最早、足は重かった

そんな時に、ハインリヒはある一つの小屋を見つけた

そしてその小屋には、猫の彫刻が彫られている

それを見たハインリヒは

 

(仕方ない……危急の事態だ!)

 

と判断して、扉を開け

 

「私は、公国の騎士、ハインリヒ・ゼーレマン! 大至急、水と食糧の提供を要求する!」

 

と言いながら、剣を抜いた

そんなハインリヒに答えたのは

 

「いらっしゃい」

 

という、いささかのんびりした声だった

そしてハインリヒは、入る時に見た小屋よりも広い室内と内装を見て

 

「なんだ、ここは……」

 

と呆然とした声を漏らした

すると出迎えた人物、店長は

 

「ここは、洋食のねこやという料理屋です」

 

と説明した

 

「料理屋? こんな荒野のど真ん中でか?」

 

店長の説明を聞いて、ハインリヒは困惑していた

入った小屋があったのは、明らかに開拓地に見られる簡素な小屋だったからだ

 

「荒野? また新しい場所に出ましたかね? ここはそちらからしたら、異世界にあるんです」

 

「異世界? バカにしているのか?」

 

店長の言葉を聞いて、ハインリヒは目を細めた

しかし店長は、苦笑いを浮かべて

 

「まあ、そんな反応しますよね。しかし、事実でして」

 

と言った

そしてハインリヒに

 

「そんな物騒なの仕舞って、座ってくださいよ。今、メニューとお冷やをお持ちしますんで」

 

と言って、キッチンに入っていった

それを聞いたハインリヒは、剣を鞘に仕舞ってからゆっくりと席に座った

そこに、店長が現れて

 

「お客さん、東大陸語は読めますか?」

 

と問い掛けた

 

「うむ、読めるが……」

 

「では、どうぞ」

 

ハインリヒの答えを聞いて、店長はメニューを手渡すと

 

「注文が決まりましたら、呼んでください」

 

と言って、キッチンに入っていった

それを見送ったハインリヒは

 

(とりあえず、腹が膨れればなんでもいい)

 

と思いながら、適当にメニューを開いた

すると、あるメニューが目に入った

それは、エビフライ

 

「エビフライ……南方の海で獲れたシュライプを、細かくしたパン……シュライプだと!?」

 

最初は小声だったが、材料が何か気づくと大声を上げた

何故ならば、ハインリヒは元々海辺の街で産まれ騎士になる為に出るまで住んでいた

そして騎士になる為に出て以来、帰郷していない

 

(い、いかん! シュライプの味を思い出して、唾が!)

 

ハインリヒは唾を飲み込むと、カウンターの方を向いて

 

「店主! このエビフライとやらをくれ!!」

 

と大声で注文した

すると、店長が顔だけを出して

 

「あいよ。少々お待ちください」

 

と言った

それを聞いたハインリヒは、メニューを端に置いて

 

(しかし、本当にこんな所でシュライプが食べられるのか? 保存が難しく、遠くまでは運べないはずだが……)

 

と思いながら、水を飲んだ

ふとその時、ハインリヒは気づいた

 

(この水もそうだ……荒野にあるというのに、水が清んでいて冷たい)

 

そこまで考えると、お絞りを手に取った

 

(おお! このタオルも心地よい!)

 

ハインリヒはそのお絞りで、手だけでなく顔も拭いた

そしてお絞りを畳み、メニューの近くに置いた

そこに

 

「お待たせしました。エビフライです」

 

と店長が、料理を乗せた皿をハインリヒの前に置いた

そして、メニューを脇に挟むと

 

「お好みで、タルタルソースを着けても、美味しいですよ。では、ごゆっくり」

 

と言って、店長は下がっていった

 

「こ、これが……シュライプだと!?」

 

ハインリヒが知っているシュライプ(エビ)は、くるっと丸くなっているものだった

しかし、出されたエビフライは真っ直ぐ伸びている

 

(この尻尾は、確かにシュライプのものだ……よしっ)

 

ハインリヒは意気込むと、フォークとナイフを掴んだ

そして、食べやすいサイズに切り断面図を見た

 

(これは……故郷のシュライプよりも肉厚だ……余程良い環境で育ったようだな)

 

その断面図から見たシュライプは、衣に包まれながらもプリプリとした肉厚の身

それは、ハインリヒの故郷で獲れていたシュライプよりも肉厚だった

 

(さて、問題は味だが……)

 

ハインリヒはそう思いながら、エビフライを食べた

すると口の中で、シュライプの味が一気に広がった

 

「おお! これは、実に旨い!!」

 

と思わず笑みを浮かべながら言ったが、直ぐに気を引き締めて

 

(いかん! 任務が最優先だぞ、ハインリヒ! 味を楽しむよりも、今は腹を膨れさせることに集中だ!)

 

と自分自身に言い聞かせた

そして、二口目を食べると

 

(やはり、旨い!! 素材もだが、店主の腕が高いのか!? 素材の味を活かしている!!)

 

と店長を賞賛していた

そして、三口目を食べようとした

その時、店長が言ったことを思い出した

 

(確か……このタルタルソースを着けても、美味しい……だったか? いや、このまま……)

 

ハインリヒはそう思い、タルタルソースの器を見た

そして

 

(ふむ……見た目は、なかなか美しい)

 

タルタルソースを着けたエビフライを見て、そう思った

そして、一口食べて

 

「な、なんだこれは!?」

 

と驚愕の声を上げた

 

(卵の味の中に、ハーブと酸味のある素材が複雑に絡み合い、調和している!! それとエビフライ……これは、正にセッション!!)

 

ハインリヒはそう思うと、皿に残っているエビフライを見て

 

(これで、このエビフライは完成した料理! こんなの……一皿では足りぬ!!)

 

と思い、キッチンの方を見た

 

「店主! もう一皿頼む!!」

 

「あいよっ!」

 

ハインリヒの注文を受けて、店長は予め準備していたエビの調理を始めた

お代わりの頼むと、予想していたからである

その間にハインリヒは、皿に残っていたエビフライを食べて、野菜やスープにも食べ始めた

 

(この野菜も素晴らしい! シャキシャキとしていて、甘みがある! これだけで、幾らでも食べられそうだ! それに、白パンも柔らかくモチモチとしている! スープも、肉と野菜の味が溶け出している! 最後の一滴まで、飲み干したくなるほどだ!!)

 

と夢中に食べていると、店長が来て

 

「はいよ、エビフライお待ち。お客さん、気に入ったみたいですね」

 

と皿を置いた

よく見れば、エビフライの数が増えている

 

「おお! かたじけない!!」

 

ハインリヒはそのエビフライを見て、満面の笑みを浮かべた

そして、無我夢中で食べ続けた

そうして、暫くして

 

「ふう……美味だった……さて、砦に……」

 

と言って、ハッとした

今自分は、任務で王城に向かってる途中だと思い出したのである

しかも、急いで出てきたために財布も砦に置いてきていた

 

(仕方ない!)

 

ハインリヒはそう意気込むと、皿を取りに来た店長に

 

「店主よ。すまないが今は、生憎と手持ちが無い」

 

と切り出した

それを聞いた店長は

 

「だったら、ツケで大丈夫ですが……」

 

と返した

しかしハインリヒは

 

「いや、あれほど素晴らしい料理を出して貰って、金を払わぬというのは失礼だ……だから、これを預ける!」

 

と言って、腰に差していた剣を差し出した

 

「へ、剣!?」

 

「我が家に伝わる家宝の名剣だ! それを預ける! 私が金を払うまで、預かってほしい!」

 

店長が驚いている間にそう言うと、ハインリヒはドアに向かった

そして、ドアの取っ手を掴み

 

「では、また来る!」

 

と言って、ドアを開けた

すると店長が

 

「あ、お客さん! ウチは、七日に一度しか!!」

 

と言ったが、ハインリヒには聞こえていなかった

その後ハインリヒは、無事に王城にたどり着き、自分が居た砦が危機に陥ったことを伝えた

それにより、王城から来た援軍により砦は危機を脱出

その時の功績により、ハインリヒは別の砦の司令官となることが決まった

そして、それから十日後(・・・)

扉が有った小屋に向かったが、そこに有るのは只のボロ小屋と仕舞われていた耕具類のみ

扉は無かった

それからハインリヒは、司令官として別の砦に赴任

司令官として忙しい日々を過ごしながら、ねこやでのことを思い出していた

それは、約七年経った今もだった

 

「あれは、やはり夢だったのか……?」

 

そう呟くが、家宝の名剣は無くなっていた

だから、夢ではないはず

とハインリヒは思いながら、窓から外を見ていた

その時、ドアがノックされて

 

「司令官、失礼します。司令官にお客様です」

 

と入ってきた兵士が言った

それを聞いたハインリヒは

 

「客だと? このような、辺境の砦にか?」

 

と問い掛けた

彼が赴任した砦は、公国でもかなり外れの方にある砦で、来るのは伝令か時々来る行商位だ

そこにまさか、自分宛に客が来るとは思っていなかったのだ

すると兵士は

 

「はい……タツゴロウと名乗る御仁です」

 

「なっ!? タツゴロウだと!?」

 

兵士が告げた名前を聞いて、ハインリヒは驚いた

異世界食堂の常連客の一人、タツゴロウ

その名前は、彼等の世界に於いて剣を使う者ならば知らぬ者は居ない伝説の剣客だった

刀一本で、数多くの魔物を葬ってきた最高の剣士

それが、タツゴロウである

 

「本物なのか?」

 

「は……吟遊詩人達の歌に出てくる通りの出で立ち……私は本物と思いますが……」

 

ハインリヒの問い掛けに、兵士はそう返答した

何せ、最高の剣士として知れ渡っているタツゴロウだ

時々、名を騙る輩も少なからず現れるのだ

 

「……ここにお通ししろ」

 

「はっ」

 

ハインリヒの指示を聞いて、兵士は退室した

それを見送ったハインリヒは、傍らに立て掛けてある剣を見た

その剣も、確かに名剣である

しかし、家宝の名剣には劣る剣だった

そして、数分後

 

「初めまして、ゼーレマン卿。拙者は、タツゴロウともうします」

 

と片膝を突くタツゴロウが、名乗った

その名乗りと、タツゴロウから溢れている気迫

それを感じ取ったハインリヒは

 

(間違いない! 本物だ!)

 

と確信した

そして、敬礼しながら

 

「初めまして、タツゴロウ殿。しかし、世界に名を轟かせるタツゴロウ殿が、私に何用でしょうか?」

 

と問い掛けた

するとタツゴロウは、片腕を背中に回し

 

「実は、ある人物から届け物を頼まれましてな」

 

と言って、袋に入れられた細い物を差し出した

それを受け取ったハインリヒは、タツゴロウに

 

「開けても?」

 

と問い掛け、タツゴロウは無言で頷いた

そしてハインリヒは、封を解いた袋の中から取り出した物を見て驚愕した

 

「これは、無くなっていた家宝の名剣!?」

 

それは、店長に預けた家宝の名剣だった

するとタツゴロウが

 

「はい……店主から頼まれまして、届けに参りました」

 

と言って、立ち上がった

そして、続けて

 

「店主から伝言を預かっています……『七日に一度、ねこやでお待ちしています』……と」

 

と言った

それを聞いたハインリヒは

 

「では、またエビフライが食べられるのですか!?」

 

と嬉しそうに言った

だが、直ぐに表情を引き締めて

 

「あ、いや……料金も支払っていないのに、また食べる訳にはいかないだけで……」

 

と何やら言い始めた

しかし、タツゴロウは気にした様子もなく

 

「確か……この近くにも、扉が有りましたな」

 

と思い出しながら言った

それを聞いたハインリヒが、タツゴロウに視線を向けた

するとタツゴロウは、手を差し伸べて

 

「共に参りませんか? かの店……異世界食堂へ」

 

と誘った

するとハインリヒは

 

「是非!」

 

と言って、タツゴロウの手を掴んだ

その後二人は、共に砦を離れて扉の有る場所に向かった

そして、ハインリヒは扉を開けると同時に

 

「店主よ! エビフライを頼む!!」

 

と言った

その声量に、店内に居た客の何人かが驚いていた

すると、カレーライスを置いた明久が

 

「店長! 例のお客様が来ましたよ!」

 

と言った

すると、店長が現れて

 

「お待ちしてましたよ、ハインリヒさん」

 

と優しく出迎えた

その店長を見て、ハインリヒは嬉しそうにしたのだった


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