異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

12 / 119
ご要望があった話です


少年の志

明久がねこやで働き始めたのは、今から二年前になる

その前のことだが、明久は少し特殊だった高校を卒業すると、かつての友人達には何も言わずに料理学校に進学

料理に関する勉強を始めた

したのだが、明久が入学して少し経った時に、その料理学校にある有名料理店のシェフが来た

それ自体は、なんら珍しいことではない

しかしそのシェフは、明久の腕を見ると

 

『あの少年を、学生にするには惜しい』

 

と料理学校の教師や校長に直訴

そして明久は、本来二年通うはずだった料理学校を、異例の一年で卒業

絶賛された腕は、引く手あまただった

しかし明久は

 

『僕は、まだ納得していない』

 

としてその全てを断り、味の探究の旅に出たのだ

その後明久は、日本全国を一年掛けて回り続けて味の探究を続けた

そしてある日

 

「ここが、ねこやビル……確か、この地下に……あった」

 

明久は、その料理店

洋食のねこやに来た

日本全国を回っていき、その内の何店かの店長にオススメの店を問い掛けた

すると、数ヵ所の店長はねこやの名前を挙げたのだ

昔の味を守りつつ、常に新しいメニューの追加を辞めない店として

それを聞いた明久は、最後にねこやに来た

 

「いらっしゃいませ! 洋食のねこやにようこそ!」

 

ウェイターに明るく出迎えられ、明久は空いている席に案内された

そして頼んだのは、洋食の基本にしてシェフの腕を知ることが出来る料理

オムレツだった

頼んで少しすると、オムレツが運ばれてきた

 

「うわ……」

 

そのオムレツを見て、明久は思わず言葉を漏らした

オムレツは綺麗な黄色で、形も見事に整えられている

まずこの時点で、シェフたる店長の腕が伺える

 

(問題は、味だけど……)

 

明久はそう思うと、スプーンで一ヶ所を切り出し、口に運んだ

 

(美味しいっ! 素材の味を活かしつつ、シンプルな味付けで更に際立たせてる! 要点を抑えてる証拠だ!)

 

明久はオムレツを食べつつ、パンとコンソメスープも口にした

 

(このコンソメスープも、凄い丁寧に作ってるんだ……素材の味が濃く出てるのに、それらが綺麗に纏まってる……)

 

全ての味に明久は、店長の技量を感じた

それから明久は、何日間か通い続けた

そして数日後、閉店する少し前

 

「お願いします! ここで働かせてください!」

 

と明久は、店長に深々と頭を下げていた

今明久達が居るのは、キッチン奥の休憩スペースである

そこには、明久と店長の他に、その時間まで残っていたウェイターが三人居た

明久の言葉を聞いて、一人の女性ウェイターが

 

「えっと……ウェイターとしてじゃなく?」

 

と言った

すると、明久は

 

「料理人としてです!」

 

と言って、顔を上げた

それを聞いて、別の女性ウェイターが

 

「熱意はいいけど……」

 

と口ごもって、店長を見た

すると、店長は明久をジッと見て

 

「もしや、お前さん……吉井明久か?」

 

と首を傾げた

 

「あ、はい。そうです」

 

「おお、やっぱりか」

 

明久が認めると、指を鳴らした

すると、男性ウェイターが

 

「店長、知ってるんですか?」

 

と問い掛けた

その問い掛けに、店長は

 

「ああ、俺達料理人の間じゃあ、有名だな」

 

と言って、奥のエレベーターに向かった

それを見送ると、最初の女性ウェイターが

 

「なになに、君。何やったの?」

 

と問い掛けてきた

すると明久は、困ったような笑みを浮かべて

 

「いや、まあ……」

 

と頭を掻いた

すると、二番目の女性ウェイターが

 

「あ、かわいい……食べたい位」

 

と小声で言うと、明久の背筋に悪寒が走った

すると、男性ウェイターが

 

「あいつ、少し前に彼氏にフラれたらしいからな……気を付けろ」

 

と忠告された

なんだかんだして、数分後

 

「ほれ」

 

と店長が、一冊の雑誌を机の上に置いた

題名は、月刊料理人

 

「こんな雑誌が、あるんですね」

 

「まあ、読んでて損は無い。位だな」

 

男性ウェイターの言葉に店長は答えながら、付箋が貼られているページを開いた

 

「ぶふっ!?」

 

そのページには、卒業証書を受けとる明久の姿が見開きで掲載されていた

 

「なになに……昨年卒業した、天才少年の一年を追った……え?」

 

記事の一文を読んだ男性は、驚いた表情で明久を見た

その時明久は、両手で顔を覆っていた

すると、二人の女性が

 

「えっと……少年がその料理学校に入学したのは、今から二年と少し前……彼は高校卒業後にその料理学校に入学……少し経ったある日、その料理学校にある三ツ星ホテルの総料理長が特別教師として来校……そこで彼の腕を見て、絶賛しその学校の校長に直訴……え」

 

「それにより、彼は本来二年の教育課程を異例の飛び級で一年で卒業……そんな彼を獲得しようと、様々なホテルや料理店はスカウトするも、彼は全て拒否……その理由が、まだ自分の味に納得していないから……その後彼は、卒業後に姿を眩ました……我が社は、独自に彼のその後を追った……彼は約一年掛けて、北は北海道から南は沖縄まで、日本全国を回っていた……え」

 

とまた明久を見た

この時点で明久は、体をガタガタと震わせていた

すると、店長が

 

「そんな君がウチの料理食べてる時、驚いたさ。なんでウチにってな」

 

と笑っていた

そして、明久を見て

 

「しかも、今日になって働かせてくださいと来た。驚いた驚いた」

 

と言った

すると、明久は

 

「ここの料理は、基本を忠実に守りつつ、かなり高い水準でした……そこに、僕が求める味があると思ったんです……」

 

と恥ずかしそうに言った

それを聞いて、店長は

 

「……いいのか? 別にウチは、そこまで有名って訳でも無いと思うが?」

 

と明久に問い掛けた

すると明久は

 

「構いません……お店が有名かは関係ありません……美味しい料理を提供出来るかが、料理人の使命だと思っています」

 

と答えた

そして、少しして

 

「うし、分かった……試しに、今日の賄いを作ってもらうぞ。メニューは任せる」

 

と言った

それを聞いた明久は

 

「はい! 任せてください!」

 

と言って、エプロンを借りてキッチンに立った

その結果は、推して知るべし

明久は、ねこやの第二シェフとして採用されたのだった


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。