その日、半魔族の冒険者の一人。夜駆けのヒルダは久しぶりに近くで依頼をこなして、扉に来ていた。
「よし、あるな」
ヒルダも扉を探してはいるのだが、中々見つからずに、何とか最初に見つけた扉周辺で依頼をしてはいるが、指名依頼等で離れる事も結構あった。
その為、実質約1ヶ月振りに来れたのだが
「なるほど……ヒルダが何やら変だった理由はそのけったいな扉か」
「まあ、これで理由は分かりましたわね」
という予想外な声に、ヒルダは半ば反射的にクロスボウを構えながら振り向いた。
「な、何故貴様らが此処に居る!? アリシア!? ラニージャ!?」
目の前に居たのは、ヒルダと同じ半魔族の女冒険者二人。
雌熊のアリシアと毒蛇のラニージャである。
アリシアは熊の魔族の血が色濃く出ていて、熊の上腕と並外れた膂力。そして戦斧による戦いを得意としていて、幾多の魔獣を葬ってきた。
そしてラニージャは、爬虫類の血が濃く出ており、ナイフに塗れば一撃で大型の魔獣すら殺せる毒を出す牙に、張り付ければ壁や天井を移動出来るヤモリのような手足を持つ褐色肌の妖艶な美女だ。
広い帝国に於いて、半魔族で女の有名な冒険者となると、数少ない。その内の三人が、今此処に居た。
「しかし、らしくないんじゃねぇのか。ヒルダ」
「ですわね。この距離で、声を掛けるまで私達の気配に気付かないなんて」
「うぐぅ……」
アリシアとラニージャの言葉に、ヒルダは苦悶の声を漏らす事しか出来なかった。
約1ヶ月振りに来店出来ると期待し、確かに気が逸ってしまって周囲への確認が疎かになっていた。
「んで、この扉はなんだい?」
「遺跡の入口ですの?」
二人からの問い掛けに、ヒルダは深々とため息を吐いて
「……これは、異世界食堂の扉……旨い菓子を安い金額で出してくれるんだ」
「はあ!? 菓子ひとつで、あんな不注意になったのか!?」
「まあ、帝都のお店のは高いですし、味もそこまではですが……ヒルダが言う程となると、相当ですわね」
ヒルダの言葉に、アリシアは驚き、ラニージャは思案顔だった。
実は以前から二人とは仕事で度々共にしており、それなりに互いの事を知っている。そしてヒルダが、料理にこだわりがあるのを知っていたから、ヒルダが旨いと評するのはかなり驚きだった。
「今から入るが、頼むから問題は起こさないでくれ……」
「ああ」
「わかりましたわ」
ヒルダの言葉に二人が頷くと、ヒルダはゆっくりと扉を開けた。
「いらっしゃいませ! 洋食のねこやにようこそ!」
三人を出迎えたのは、早希であった。
「あ、ヒルダさん。お久しぶりです。そちらのお二人は、初めましてですね。此方へどうぞ」
早希に案内されて、三人は近くの空いてる席に座った。すると、アリシアとラニージャの二人は
「この店……あたしらみたいな半魔族も入れてくれるんだな」
「ですわね……それに、魔族も普通に……」
と驚いた表情で、周囲を見回した。帝国にて長く活動している二人からしても、ねこやのように分け隔てなく受け入れる店は非常に珍しいのだ。
「まあ、そこは店長達の方針らしくてね。ただし、問題を起こすと入れなくなるんだよ、あの扉は」
ヒルダがそう説明した時、霊夢がメニューを持って現れて
「どうぞ、メニューとお冷やになります。決まりましたら、お呼びください」
と言って、離れた。
何時もは来店したら直ぐにチーズケーキかチーズスフレを注文するが、注文しなかった為に持ってきたのだろう。
「いや、確かに異世界だな……腕利きばかりじゃねぇか」
(普通だったら、確実に殺し合いになりますわね)
二人は店に居る常連客を見て、少々気後れしている様子だった。タツゴロウにアルトリウス、ライオネルがその筆頭だろう。今挙げた三人の戦闘能力は、頭ひとつ抜きん出ている。
「ほら、メニューを見ろ。一応、私のオススメはチーズケーキだ」
ヒルダはそう言って、二人の前にあるメニューを開いた。チーズケーキだが、実は三種類あり、ヒルダはそれを順繰りに頼んでいる。
そして、アリシアとラニージャはメニューに記載されてる金額を見て
「うぇ!? なんだ、この金額!」
「これは、かなり安いですわね……」
「だろ?」
驚いた二人に、ヒルダは納得した様子で頷いていた。
帝都のケーキ屋で売られているお菓子は、基本的に金貨二枚程の値段になっているが、ねこやの値段は銀貨一枚程の値段となっている。
「これは、悩む……」
「さっき言ってらしたチーズケーキというのは……これですわね」
ラニージャは気付いたようで、メニューの一ヶ所を指差した。
「ああ。それが、私たち獣系の半魔族でも普通に食べられる菓子だ」
実は、一部の獣系の半魔族は基になった獣の影響が色濃く出てしまい、苦手な物から興奮したりと様々な影響が出てしまう事が稀に起きる。
今のところ、ヒルダはそう言った事は無いのだが、やはり確実なのを選ぶべきだろうと考えた。
「それはありがたいな……」
「ですわね」
「だったら、三種を三つずつ持ってきてもらおうか」
そう言ってヒルダは、近くに来ていたアレッタにチーズケーキ三種を三つずつ注文した。
少しすると
(お待たせしました。チーズケーキ三種です……どうぞ、ごゆっくり)
とクロがチーズケーキ三種を乗せた大皿を置いて、離れた。
そして三人は、チーズケーキに視線を向けた。
ねこやにあるチーズケーキは、レアチーズケーキ、ベイクドチーズケーキ、スフレチーズケーキの三種類になる。
「ほお、これが……」
「ヒルダオススメのチーズケーキ……」
二人は珍しい菓子に興味津々という様子だった。
二人も最初のヒルダと同じように、チーズといったら酒の肴という認識が強かったのだ。
(さて、どれから食べるか)
アリシアが最初に選んだのは、焼き色が美味しそうなベイクドチーズケーキだった。
豪快にチーズケーキにフォークを刺し、一口で半分食べると、ヒルダがオススメした理由を察した。
(こいつは美味い! 仄かな香ばしさと、ホロホロと崩れるズシリと感じるチーズの風味! それだけじゃなく、表面にまぶしてある砂糖の甘さと融合してるし、この
ベイクドチーズケーキに魅了されたアリシアは、三口で食べ終わり
(足りねぇ……追加するか)
と物足りなさから、追加する事を決めた。
そして、ラニージャが最初に選んだのは、レアチーズケーキだった。
フォークを刺した際の柔らかい感触から
(あら? これ、焼いてない?)
不思議な感触に驚きながら、ラニージャはレアチーズケーキを観察した。白くツルリとした表面が印象的で、柔らかさから思わずスライムを彷彿させたが
(
と考えて、1/3程に切ると、口に運んだ。
(まあ……これは、チーズ……なのかしら?)
ラニージャが知るチーズとは、全く違う食感と味がした。非常に柔らかく、酸味が強い。どこかヨーグルトを思わせるが、味は間違いなくチーズ。そんなチーズが有ることを、ラニージャは知らなかった。
(なるほど……だから、この
上に掛けられている赤い実は、ほんのりと酸味を感じつつも、甘い。それが、レアチーズケーキと見事に調和している。
美味しそうに食べる二人を見ながら、ヒルダは
(ふふ……どうやら気に入ってもらえたようだな)
と満足そうにしながら、チーズスフレを食べた。
チーズスフレケーキはフワリと柔らかく、チーズの風味とブルーベリーの甘酸っぱさが絶妙に絡み合い、飽きない。
ヒルダは知らなかった。
二人はそれぞれ、ベイクドチーズケーキとレアチーズケーキを一番と考えていて、後に終わらない議論が始まる事を。
そして、三人で正式にチームを組むようになるのは、もう少し先になる。