とある国の小さな領地の領主、ジェラールがその扉を見つけたのは、本当に偶然だった。
ジェラールは元々、ある騎士の家に産まれた五男であり、ある程度剣の腕を鍛えた後は冒険者になったという変わり種であった。仲間達にも恵まれ、様々な場所に行っては剣を振るい、魔物達を倒した。
ある時、100を越えるゴブリンとトロールを率いるトロールキングを倒したら、病気で病床から動けなくなった老貴族の領主から
『儂の孫娘を娶ってくれないか?』
と言われたのだ。
そこでジェラールは当時の仲間達と話し合い、その申し出を受ける事にした。
老貴族がジェラールにそんな話を持ち掛けたのは、唯一の孫娘の花嫁姿を見たかったのと、ジェラールの旅により得た知見と領民に対する姿勢を気に入ったかららしい。
それから早くも10年近く経ち、亡くなった先代領主の義祖父の遺品整理も兼ねて、剣の訓練の為にやってきた別邸で、その扉を見つけたのだ。
「……もしかしたら、クラウディアが何か知ってるかもしれん」
そう考えたジェラールは、急いで領主館に戻り、クラウディアに話した。すると、クラウディアは驚いた様子で
「まあ! ネコヤの扉を見つけたのですか!?」
「ネコヤの扉?」
その後クラウディアは、昔に流行り病で死んだ両親と義祖父に連れられて、とても美味しい料理屋に行った事を語った。その料理屋の名前が、ネコヤということらしい。
「そういえば、両親が亡くなった後、お祖父様も足腰が悪くなってしまって、あの別邸に行かなくなりましたから……別邸にあったのですね」
「……今から行ってみるか?」
「ええ!」
思い出の料理屋に行けるからか、クラウディアは満面の笑みを浮かべた。その後、補佐官に代行を任せ、クラウディアと一緒に別邸へと向かった。
そして、扉を見たクラウディアは
「ああ……懐かしい、ネコヤの扉……」
と目を細めながら、扉の表面に触れた。そして、ジェラールは
(見間違いじゃなくてよかった)
と思いながら、扉を開けた。
カウベルの音が鳴り、見えたのは様々な人種や種族が例外無く美味しそうに料理を食べていた。
クラウディアは
「大丈夫。敵意は一切感じない」
というジェラールの言葉に、安堵の表情を浮かべた。
そして、唯一空いていた席に座ったタイミングで、霊夢が気付き
「いらっしゃいませ、洋食のねこやにようこそ。初めての方ですね? 東大陸語は読めますか?」
とメニューを差し出した。
「ありがとう。読めるよ」
「ありがとうございます」
二人はメニューを受け取り、霊夢は他の客に呼ばれて離れた。その後に二人は、メニューを開いた。見た事も聞いた事もないメニューに、ジェラールは驚きながら
「どれにするか、迷うな」
と呟いた。すると、クラウディアが
「あの、これが食べたいわ」
とメニューの一つを指差した。
「何々……チキンカツ?」
「はい……昔来た時に、食べた料理です」
「なるほど……ならば、それにしよう」
ジェラールはそう言うと、近くに居たアレッタを呼んで
「このチキンカツとやらを二人前頼む。それと、飲み物だが……」
「あ、ビールをお願いします」
あまり自己主張しないクラウディアが注文したことに驚き、ジェラールはクラウディアを見た。するとクラウディアは
「昔は、私がまだ小さかった為に飲めなかったのですが、賢者様も絶対に合うとオススメされたのです」
と語った。
つまり、思い出の食べ方。というやつか、と考えてジェラールはその2つを注文し、改めてねこやの中を見回した。
凄い勢いで料理を食べるライオネルに、満足そうにオムライスを食べるガガンポ。砂漠の国の王子と帝国の姫が談笑し、光の高司祭が仲間達と何やら研究しながら食べている。
それらを見て、ジェラールはクラウディアと
「確かに、異世界食堂だな……普通なら、あり得ない光景だ」
「そうね……普通なら、何らかの争いになってしまう……けど、何時か実現してほしい光景……」
と会話した。すると、早希が現れ
「まず、こちらがビールになります。お料理のチキンカツはもう少々お待ちください」
と二人の前に、中ジョッキのビールを置いた。
初めてビールを見た二人だが、ジェラールが
「昔飲んだエールに似ているが……」
と呟き、一口飲んで驚いた。
「エールと全く違う! 苦さがあるが、それとのど越しが合わさって素晴らしい!」
と絶賛し、カウンター席に座っていたアルトリウスが同意するように頷いていた。すると、クロが
(お待たせしました。チキンカツです。こちらの容器の中のソースとこちらの果実の汁を絞って掛けても美味しいです。それでは、ごゆっくり)
と二人の前にチキンカツを置き、離れた。
メニューの説明から、一度食べた事のある帝国のコロッケに近いとジェラールは考えていた。
二枚ある手のひらサイズの茶色い物に、ジェラールは興味深く見た。
まず最初に、何も掛けずに一口サイズに切ったのだが
「おお、柔らかい……」
「そうですね……簡単に切れました」
ナイフが大した抵抗を感じず、スッと肉を切った。そして口に運ぶと
「柔らかいのに、凄い弾力だ!」
「それに、噛む度に脂が口の中に溢れます……ああ、懐かしい……」
丁寧に下処理された鶏肉から肉汁が溢れ、二人の口の中に広がった。そして二人は、まずソースをゆっくりと掛けてからまた一口サイズに切ったら、中から黄色い何かがゆっくりと溢れてきた。
「これは……匂いからして、チーズか?」
「そのようですね……」
ソースの色は、二人からしたら何とも言えず、初めて見たので口に運ぶのも僅かに躊躇われたが、二人はほぼ同時に口に運んだ。
すると口の中に広がったのは、予想に反した濃厚な味。様々な素材の味を感じた。
「このソースとやら、様々な野菜や肉が素材になっているから、このような色々なのか!」
「そのようで……それで、この果実の汁を絞って掛けると言っていましたね」
クラウディアはそう言うと、皿の端に置いてあった
そして食べたら、肉汁やソースの濃厚な味わいを残しつつ、さっぱりとした味に変わり、驚いた。
「なんと! 強い酸味で、こんなに爽やかな味になるのか!」
「なるほど……これでこの料理は完成する……ということなんですね……」
二人はその味に感動し、一枚目をあっという間に食べ終わり、ビールを半分程飲んだ。そしてビールのおかわりを頼み、二枚目にナイフを入れた。
二枚目の中には、何やら赤い物が見える。
最初と同じように、最初の一口は何も着けずに口に運んだ。すると口の中に広がったのは、少々酸味のある味わい。
「これは……確か、トマス商会のあのソースに近い味わいだ」
「ええ……確か、マルメットソース……でしたか」
領地の一ヶ所に、トマス商会の支店があり、二人も度々その商会から買ったソースを使った料理を食べていた為に、
しかし、調理の仕方で味が変わることに驚いた。
そしてソースとレモンの汁を掛けて、二枚目を食べ始めた。
一枚目のチーズとは違うが、二枚目のトマトソースを使ったチキンカツもとても美味しく、二人からしたら、まさに絶品としか表現出来ない味だった。
二人が食べ終わったタイミングで、店長が近寄り
「どうぞ、こちらサービスです」
と二人の前に、紙製の四角い容器が置かれた。
「これは……」
「チキンカツを使いましたサンドイッチです」
手厚いサービスに二人は驚きながらも、会計をしてその安さに驚きつつも、退店する事にした。
すると、早希が
「当店は、7日に一度来れますので、またのお越しをお待ちしています」
と二人を見送った。
すると、キッチンに戻った店長が
「……久しぶりに見たな、あの子」
と呟いた。
「知ってるんですか? 今の女の人」
「ああ……昔、じいさんが生きてた時に両親と祖父の四人で来てた人でな……大きくなってたな……」
店長はそう呟くと、先代店長の写真を見て
「じいさん……ちゃんと、繋がってたようだぞ」
と呟いてから、また調理に戻った。
実は大樹は、ある日からパッタリと来なくなった四人を少し心配していたのだ。
そして、消えていく扉を見ながらジェラールは
「流石に、少し食べすぎたな」
「ええ……そうですね」
別邸には馬に乗ってきたのだが、直ぐに乗って帰ったら、途中で吐いてしまうかもしれない、と二人は考えて、少し別邸でゆっくりする事にした。
「また来よう……俺も、この店は気に入った」
「ええ、約束ですよ」
二人は穏やかに会話しながら、ゆっくりと手を握った。