異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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93皿目 ローストビーフ

「ああ……偉大なる黒の神よ……貴方の眷属になれた事を、嬉しく思います」

 

漆黒の翼を震わせながら、若い神官のロロナは感激していた。

つい先日までは、黒の神の力を含んだ月の光を浴びても、何にも感じなかったが、今なら分かる。

 

(ああ……本当にありがとうございます、偉大なる黒の神よ……)

 

遥か昔、黒の神を含めた六柱は混沌と激戦を繰り広げ、何とか混沌を撃滅した。

その後、創生神の指示により六柱は世界に散って混沌の復活の阻止。または、混沌が復活したら即座に撃滅出来るようにと各地に神官を置くように指示した。

更には、神同士で争わないようにと伝えたという。

しかし、どうしても相容れないのが、黒と白の神官戦士達だった。

白の神は太陽と生を司るのに対し、黒の神は月と死を司る。まさに対極なのだ。

故に、これまで長い間白と黒の神官戦士達は戦い、殺しあってきた。

白の神官は不規則だが子供が産まれた時に白の神が現れ、選ばれた子供にのみ血を一滴与えて神官になれる資格を得られる。

それに対して黒の神官は、遥か昔に血を与えられた大神官の血を連綿と受け継ぎ、その血を一滴飲み、厳しい修練を乗り越えて龍鱗を展開出来るようになれば一人前の神官戦士となり、大神官と呼ばれるようになる。

龍鱗を展開出来なければ太陽の光りで十分な力が発揮出来ないが、龍鱗を展開出来るようになればその戦闘力は絶大だ。

ロロナは昔、自分が住んでいた里を白の神官戦士達により滅ぼされて、黒の神官戦士になる為に修練してきた。まだ若い内に龍の翼を展開出来るようになったのだから、大神官になれる可能性は高いだろう。

ロロナは帽子を被り、祈っていた大聖堂から出ようとしたのだが

 

「……なんか、いい匂いがする……」

 

と呟いて、大聖堂から出た。その後、翼を使って断崖絶壁を飛び上がり、一つの洞窟の中にねこやのドアを見つけた。

 

「……このドア、黒の神の力を感じる……」

 

ロロナはそのドアからクロの気配を感じ取り、じっくりと見て

 

「……これ、大魔術かな……空間系みたいだけど……」

 

ロロナは、ドアの有る辺りの空間が歪んでいる事に気付いた。空間が歪んでいる事に気付いたのは、眷属化した事による能力の大幅な強化が理由だ。

視界は闇夜でもまるで真昼のように見えて、嗅覚は犬や狼を超越しており、聴覚は音の反響で物の形や位置を把握出来る程になっていた。

そして視界だが、魔力の揺らぎも認識出来ていて、嗅覚がドアの隙間から美味しそうな料理の匂いを嗅いでいた。

 

「……お腹空いてるし、入ろうかな……」

 

ロロナは腹の虫が鳴った事から、入る事を決めた。

ドアを潜ると、光りで一瞬視界が真っ白になってしまったが、すぐに戻った。

最初は、大幅な強化も困りものだな、と考えたロロナだったが、視界の端。

カウンター席で料理を食べている白の神官戦士を見た瞬間

 

(一撃で葬る!)

 

と一瞬で戦闘態勢に入り、手足の爪を伸ばそうとした。だが、次の瞬間

 

(それ以上は許さない)

 

と頭の中で声が響き渡り、ロロナの全身から力が抜けて膝から崩れた。

 

「この気配は……まさか……!?」

 

ロロナはゆっくりと、気配を感じる方に頭を向けた。右側がカウンターに対し、左側。壁側の方に長い黒髪のエルフに見えるクロが居た。

クロはゆっくりとロロナに歩み寄り

 

(この異世界食堂で、戦闘行為は許さない……そもそも、本来は対人戦闘させる為に血を与えた覚えもない……盟約を忘れたか……?)

 

クロの言葉が頭の中に聞こえる度に、ロロナは目の前に居るクロが黒の神だと確信した。

口を開こうとするが、クロから放たれている圧に身体が言うことを聞かず、意識が途絶えそうになった。

その時

 

「黒の神よ。彼女の事は、我々にお任せいただきたい」

 

とロメロが声を掛けた。クロが振り向くと、ロメロとジュリエッタの二人が片膝を突いていた。

それを見たクロは、放っていた圧を消して

 

(この二人から、この異世界食堂の話をよく聞くように)

 

とロロナに伝えて、ロメロとジュリエッタが座っていた机の席にロロナを座らせた。

ロロナが呼吸を整えている間に、ロメロが近くに来たアレッタに料理を追加注文。

そして、呼吸が整ったのを確認し

 

「改めて、初めまして。黒の同胞よ。私の名前は、ロメロ。こちらは、私の伴侶のジュリエッタだ」

 

「ジュリエッタです」

 

「その、ロロナです……黒の眷属になれたばかりです……」

 

ロロナは会話しながら、二人の気配を探っていた。

 

(ロメロさんは、相当古い世代の吸血鬼だ……多分、300年位は生きてる……国の貴族に近い気配だ。ジュリエッタさんは、まだ若い……元人間かな)

 

「ロロナさんは、何処に住んでるんだい? 黒の眷属は珍しくてね」

 

「あ、えっと……黒の国です」

 

「黒の国?」

 

ロロナが告げた国の名前に、ジュリエッタは不思議そうに首を傾げた。だがロメロには、覚えがあったらしく

 

「もしや、吸血鬼の国の事かな? まさか、本当に存在しているとは思わなかったな」

 

「え? 吸血鬼の国? そんな国があるのですか?」

 

ジュリエッタの問い掛けに、ロメロは頷いた。

 

「これは僕も、千年以上生きた同胞から聞いた話なんだが、古代エルフが世界中に侵攻していた際に見つけたらしいんだ。吸血鬼達が貴族として国を治め、国を護る変わりに人間達は吸血鬼に血を捧げて共存関係にあったらしい。しかもその国の吸血鬼達は昼でも強く、侵攻してきたエルフ達を壊滅させて撃退したらしい。それからエルフ達は、その吸血鬼の国を避けて侵攻するようになったと聞く……」

 

「まあ、そんな国があるのですね……改めて、よろしくお願いいたします。まさか、異世界食堂とはいっても吸血鬼の国の方に会えるなんて、思いもしませんでした」

 

ロロナは自分の国をよく知らなかったが、ロメロの説明のおかげで少しは知れた。

そしてロロナは

 

「よろしくお願いします……ところで、異世界食堂というのはこのお店の事なんですか?」

 

と問い掛けた。先ほどアレッタが水を持ってきたのだが、ロロナはアレッタが話に聞いていた混沌の使徒とは違うと思っていた。

 

「ああ、そうだよ。このお店は異世界にあってね。変わってはいるが、美味しい料理が幾つもあるのさ」

 

「本当は洋食のねこや、と言うのですが、皆さん異世界食堂という名前で呼んでいます。このお店では争い事は厳禁。お店の方針で全てのお客に平等に接してくれます。私達は討伐されそうになっていたのを助けてもらいました」

 

(争い事厳禁……なるほど……だから黒の神が止められたのか……)

 

ジュリエッタの説明に、ロロナは先ほどクロに止められた理由を察した。しかも、店自体があらゆる客に対して平等に接するという変わり種具合。しかし、だからこそ納得した。白の神官も自分を視認していたが、臨戦態勢にならなかった事。更には混沌の使徒たる獅子魔族(ライオネル)が議論はしているが楽しそうに老人の魔法使い(アルトリウス)と一緒に料理を食べていたりしているのだから。

そこに

 

「お待たせしました。ローストビーフになります」

 

と霊夢が料理を運んできた。

 

「こちらのオラニエのコンソメスープと焼きたてパンはお代わり自由です。それと、お好みでこちらのワサビしょうゆソースはお使いください。それでは」

 

ロロナは一旦霊夢を見送り

 

「この生焼けの料理が、美味しいんですか?」

 

ロロナ達の世界では、生焼けの料理はお腹を壊すだけ、という認識が強い。それを知っているロメロは微笑みながら頷き

 

「量という意味では、ビーフステーキも美味しいけど。これも美味しいよ。食べてごらん」

 

「こちらの赤ワインがよく合うわ」

 

とジュリエッタが、早希が事前に持ってきてくれたワイングラスにワインを注ぎ入れ、ロロナの前に置いた。

ロロナは疑いながら、真ん中の赤みが強い薄い肉で添えてあった野菜を包み、口に運び

 

「ん! 美味しい!」

 

と驚きの声を挙げた。

 

(生焼けに見えたけど、しっかりと火が通ってる! それなのに柔らかい!)

 

ロロナが知っている肉料理となると、かなり固く、中々噛みきれないのだが、ローストビーフはしっかりと火が通っているのに柔らかく、簡単に噛みきれた。それだけでなく、野菜も甘味を感じる。

 

(そういえば、このワサビしょうゆソースだっけ? を使ってください、って言ってた……)

 

ロロナは先ほどと同じように、ローストビーフで野菜を包んだあと、ワサビしょうゆソースの入った小さな器にローストビーフの先端を少し入れた。

ワサビしょうゆソースは黒く、嗅いだことの無い匂いがするが、不思議と食欲を刺激してくる。

ロロナは意を決して、口に運んだ。

 

「んん! 最初はピリッと来るけど、美味しい!」

 

「そのピリッと来るのが、ワサビという調味料らしいんだ」

 

「私たちも初めて食べた時は、驚いたわね」

 

ただ焼いただけに見えて、実際は工夫が凝らされた料理だとロロナは思った。ただ焼いただけだったら、間違いなく固くなっている。しかし柔らかく、しかも味わいがある。

 

「こんな料理、初めて食べました!」

 

「さあ、どんどん食べましょう。無くなったら、新しい料理を注文しますから」

 

「そうだね。この新しい出会いを祝して、食べようか」

 

ジュリエッタとロメロに言われて、ロロナは目の前の料理を勢いよく食べ始めた。

パンは柔らかく、それにワサビしょうゆソースを着けたローストビーフを挟んでも美味しく、更にはオラニエ(たまねぎ)が丸ごと入っているコンソメスープも美味しかった。

初めて食べる絶品の料理に、ロロナは自然と顔が弛み、それを見たロメロとジュリエッタはようやく年相応のロロナを見た気がしたのだった。

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