とある深い森の奥。
そこには、名もなき小さな村があった。リリパットと呼ばれる手のひらサイズの種族が、百人程が住んでいる小さな村だ。
リリパットはフェアリーと違って羽もない為に、極狭い範囲で集落を作っては木の実や果実を食べて過ごす。
そして他種族との交流も殆どないから、楽しみは無いと言っても過言ではない。
この村以外は。
「よーし! 掛かったぞ! 引けー!!」
村一番と言われる木登り上手の男が、木の蔦から作った縄を上手くドアノブに引っ掛けると
「よーし! 息を合わせろ!」
「引けー!!」
村の全男が集まり、一斉に縄を引っ張った。
「おとうさん! がんばれー!」
「あなた! もう少しよ!」
子供や奥さんに励まされたおかげか、ゆっくりとだがドアが開いた。
「よし! 縄を木に回せ!」
長老の指示に従って、男達は縄を木に回してドアを少しの間開いた状態にして
「今のうちに入るぞ! 遅れるな!」
と入った。
「いらっしゃい」
そんなリリパット達を出迎えたのは、店長と明久の二人だった。二人は、ドアがほんの僅か開いたらリリパット達が入店してきた、と知っていた。
だから二人は、予備のトレイを持ち、リリパット達の近くで片膝を立てて、トレイを置いた。
するとリリパット達は、半分ずつでトレイに乗っていく。全員が乗ったのを確認した二人は、リリパット達を空いている机に運んでいく。
その間リリパット達は、トレイの上で
「ほら、靴と手を拭くんだ!」
「彼らの机を汚さないようにな!」
と自分達の靴の裏を、持ってきていた布で拭いていく。初めて来た時に店長に拭くように頼まれてから、ねこやに来たら靴の裏を拭くようにしている。
そして、机に到着して全員が降りると
「ご注文は、何時も通りで?」
店長が問い掛けると、長老の娘が銀貨を机の上に置いた。彼らの収入源は、近くで生い茂る木の実だ。
彼らからしたら食べられない木の実だが、近くに住む魔女からしたら必要な木の実らしく、お金を支払ってくれる。
月に二回、その銀貨を店長に手渡すのが、リリパット達と店長との間で交わされた約束だった。
「承りました。少々お待ちを」
店長がそう言って、二人はキッチンに消えた。
そして、リリパット達が愛してやまぬ物を焼いてもってくる。
十数分後
「お待たせしました、ホットケーキです」
と明久が、ホットケーキを二枚乗せたお皿を持ってきた。
たった二枚だが、リリパット達からしたら十分な量だ。
「すまんが、切り分けてくれ!」
「はい。お待ちください」
長老に頼まれて、明久はホットケーキを一口サイズ。
リリパット達からしたら、十分なサイズに切り分けていく。
バターが均等に塗られてから、切り分けたのを確認し
「どうぞ」
と促した。
すると、長老が
「では、分配してくれ!」
と指示を出した。すると、何人かが皿の淵に立って、一人ずつに切り分けられたホットケーキを手渡していく。
ねこやで出されるホットケーキは、村の財産として均等に分配される事が決まっている。
これは、今から約十数年前に来た時、力自慢が多く食べたり、弱い子供から奪った為に決められた事だ。
まあ、配る係が手に着いたバターを舐めたり、皿にあるカケラを集めて食べるのは、役得として黙認されているが。
受け取ったら、次に蜜を塗り始める。
これも、塗る係が存在する。村から持ってきた筆で、ホットケーキに塗っていく。
「もっと塗ってよー!」
「ダメだよ! 持って帰る分が無くなるからね!」
子供が文句を言うが、それは塗る係の女性達に止められる。
用意されてるのは、三種類。
茶色いトロッとした、メープルシロップ。
濃い茶色に、苦くて甘いチョコレート。
最後に、
本来出されるのは一種だけなのだが、以前に三種のどれにするかを決めようとしたら、村が三つに別れかける程に紛糾した。
それを解決する為に、店長に頼み込んで三種類を少しずつ用意してもらったのだ。
そして、全員に塗ったのを確認し、塗る係が容器の中に残っているメープルシロップ、チョコレート、イチゴジャムをかき集めて、持ってきた壺に入れた。
「これで、村で食べるパンが美味しく食べられるよ」
と、一人が上機嫌に壺を鞄に仕舞う。
これも、店長との約束の一つだ。
リリパット達用に用意した特製の容器は、実は洗うには小さくて、洗いにくいのだ。
だから洗う手間を減らす為に、残った蜜は持って帰る事にしている。
「よし、全員行き渡ったな?」
長老の問い掛けに、全員頷いた。それを確認した長老は
「では……恵みをもたらす大地の神に感謝します。いただきます!」
『いただきます!』
と一斉に食べ始めた。
長老が食べたのは、シンプルにメープルシロップだ。
大きく一口食べた長老は、持ってきていたお茶を飲んだ。
今から10年前に病気で亡くなった、長老の奥さんが好きだった味。
食べる度に亡くなった奥さんの顔と、よく言っていた言葉を思い出し、涙が滲む。
もう一口食べようとした時、肩を叩かれて
「お父様、そちらも少しください。メープルも少し食べたいです」
と娘が言ってきた。
その娘はどうやら、イチゴジャムを塗ったホットケーキを食べていたようだ。
「ああ、いいとも。かわりに、そちらも少しくれるか?」
娘が頷いたのを確認した長老は、懐からダガーを取り出して、自分のと娘のホットケーキを少しずつ切り分け、交換した。
ふと気付けば、他の村人達も交換しあっている。
村一番の力自慢の鍛冶師が、小さな奥さんに頬に着いたチョコレートを舐められて顔を真っ赤にしたり、家族で仲良く食べたりしている。
家族で、恋人で、友人で交換している。
三年前に流れ着いた唯一の魔法使いの老人は一人で食べており、村唯一の癒しの術の使い手の大地の司祭の老婆は、様々な理由で一人になってしまった子供達に囲まれて、幸せそうだ。
それもまた、リリパットの光景だ、と長老は思いながら、娘と一緒にホットケーキを食べていく。
そして全員が食べ終わり、タイミングを見計らってやってきた店長と明久に
「すまんが、また運んでくれ!」
と頼んだ。二人は慣れた様子で、トレイでリリパット達をドア前まで運び、少しドアを開ける。
すると長老が
「また七日後に来るな!」
「ええ」
「またの御来店をお待ちしてます」
長老の言葉にそう返し、二人はリリパット達を見送った。
「しかし、凄い人数でしたね」
「あれな、最初の頃からだと、三倍位に増えてるんだよ」
「そうなんですか!?」
店長の言葉に、片付けにきた早希が驚いていた。
「ああ……最初は30人位だったかな……それが気付けば一回じゃ運びきれなくなってな……」
店長は昔を思い出しながら、早希に語った。
だが、まだ人数が増える事を、店長は知らない。