「大丈夫ですか、姫様?」
「……はい、大丈夫です」
僅かに開けたドアの隙間からの問い掛けに、ベッドから体を僅かに起こした若い女性
アーデルハイトは、少し気だるげに答えた
彼女は、東大陸の二大大国の片割れ
帝国の姫である
そんな彼女が居るのは、帝都の城ではなく、ある離れの城だった
今彼女は、通称で《貧民殺し》と呼ばれる病気に掛かっているのだ
貧民殺しはどんな薬だろうが魔法を使おうが、治せない病気で、治すには空気が綺麗な所でゆっくりと療養するしかないのだ
しかも、しっかりと栄養も取らないといけない
だから、貧民殺しと呼ばれていた
(最低でも、二年はこの離れで過ごさないといけないのね……)
アーデルハイドはそう思いながら、窓の外を見た
その時、不意に風を感じて
「? 窓は開いてないのに……」
と風が来た方向を見た
すると、ある一つのドアがあった
「あんなドア……有ったかしら?」
アーデルハイトはそう言うと、そのドアに近寄った
「このドア……何か、見覚えが……」
アーデルハイトはそう言うと、体を冷やさないようにと肩掛けを羽織ってからドアを開けて潜った
すると
「いらっしゃい」
「いらっしゃいませ」
と二人の男性が出迎えた
店長と明久である
ただ、店長は何処か驚いた表情を浮かべている
すると、アーデルハイトは
「あ、あの……ここは、何処ですか?」
と困惑した様子で、二人に問い掛けた
すると、明久が
「ここは、洋食のねこやって言います。お客さん達からしたら、異世界です」
と説明した
それを聞いたアーデルハイドが
「異世界……」
と驚いた表情で、呟いた
その直後、アーデルハイドは咳き込んで倒れそうになった
それを、近くに居た店長が支えて
「大丈夫ですか!? 明久!」
「はい、すぐに!」
店長に言われて、明久はキッチンに走った
そして、少しすると椅子に座らせた彼女に飲みやすい温度にしたお湯を提供
それを飲んで落ち着いたのか、アーデルハイドは
「ありがとうございます……」
と二人に頭を下げた
その元気の無い姿に、明久と店長は顔を見合わせて
「まだ開店してませんが、何か食べませんか? サービスしますよ?」
「大抵のものなら、出せますよ?」
とアーデルハイドに問い掛けた
するとアーデルハイドは、少し悩んでから
「それでは、その……雲を、食べたいんです」
と言った
それは、彼女の幼い頃の思い出からの注文だった
実は、アーデルハイドが貧民殺しに掛かったのは二度目なのだが、一回目に掛かった時
今から十年程昔、まだ祖父が生きていた時に何処かに連れていってもらい、甘い雲を食べた記憶があったのだ
しかし、何処で食べたのか余りにも朧気で、自信が無かった
アーデルハイドの注文に、明久と店長は僅かに顔を見合わせた
そして店長が
「承りました、少々お待ちください」
と言った
それを聞いて、アーデルハイドは
「本当に、食べられるのですか? 雲を」
と問い掛けた
すると、明久が微笑みを浮かべて
「ええ、食べられますよ。何せここは、異世界食堂ですから」
と答えた
それから、数分後
「お待たせしました。雲……チョコレートパフェです」
と店長は、アーデルハイトの前に高い器に盛られた料理
チョコレートパフェを出した
それを見たアーデルハイトは、驚いた
その見た目は、小さい時に見たのとほぼ同じだったからだ
「では、ごゆっくり」
店長はそう言うと、キッチンに消えた
それを見送ったアーデルハイトは、スプーンを取って
(では……この白い所から)
とチョコレートソースが掛かった生クリームに、スプーンを刺した
(凄い柔らかい……)
アーデルハイトは、抵抗無くスプーンが刺さったことに驚いた
そしてスプーンを持ち上げると、一口食べた
「っ! 美味しい!」
アーデルハイトはそう言って、また生クリームを食べた
(帝国の甘い料理とは、全然違う!)
帝国の甘い料理
つまりデザートは、甘ければ甘いほどよしという考えで作られていて、アーデルハイドからしたら、甘さがしつこかった
(こちらの雲は、甘さはそれほどでもない……しかし、こちらの方が断然いい!)
控えめな甘さにの生クリームに、掛けられたほろ苦いチョコレートが非常に合っていた
それだけでなく、盛られていたフルーツも美味しかった
(この緑色のは程よい酸味で、甘さに慣れた口の中を引き締めてくれる。こちらの生成り色のはまったりしていて、もっと食べたくなる! この焼き菓子は、雲と非常に合う!)
と食べていき、最後に真ん中の白い丸い物体
アイスクリームをスプーンで、口に運んだ
その瞬間、口の中に一気に冷たさが広がった
その時、彼女は思い出した
(あ……私、昔。ここに来たことがある……)
それは、今から約十年程昔
最初に貧民殺しに掛かった時だ
その時もアーデルハイドは、離れの城
隠居した偉大なる祖父
帝国を建国したヴィルヘイムの居城に来た時のことだ
当時幼かったアーデルハイトは、一人家族から離されて離れの城に来たことを寂しく思っていた
それを察したのか、ある日にヴィルヘイムが
『いいかい、アーデルハイト。ここのことは、秘密じゃよ』
と念押しして、アーデルハイドを異世界食堂に連れてきた
そうして出されたのが、今と少し違うが、パフェだった
そして戻ってくると、ヴィルヘイムは
『寂しい思いをさせて、すまないな。アーデルハイト……しかし、忘れないでほしい。ワシらは、何時でもアーデルハイトのことを思っている……家族は、心で繋がっている』
と言った
それを思い出した彼女は、目端に滲んでいた涙を拭い
(お祖父様……私、頑張ります)
と心に決めた
そして、彼女がパフェを食べ終わった頃合いを見計らい
「どうぞ。食後のコーヒーです」
と店長が、アーデルハイトの前にカップを置いた
彼女は最初、コーヒーを不思議そうに見ていたが、ゆっくりと飲み始めた
すると、店長が
「ここは、七日に一度開いてますんで。何時でもいらしてください」
と教えた
すると、彼女は
「また来ても、いいんですか?」
と店長に問い掛けた
すると店長は、笑みを浮かべながら何時ものポーズ
左手の親指を立てながら、軽く腕を上げて
「ええ。何時でもお待ちしてます」
と言った
それを見たアーデルハイトは、更に思い出した
昔パフェを出したのは、まだ若かった店長だということを
そして彼女は、笑みを浮かべ
「はい、また来ます」
と告げた
そうして、彼女が退店した十数分後
「おはようございます!」
「おーう」
「おはよう」
アレッタが出勤してきた
するとアレッタは
「あれ? 何かいいことでもありました?」
と店長に問い掛けた
すると店長は
「ん? そうだな……雲が、晴れた……かな?」
と言ったのだった