「そろそろバレンタインの祝祭だった筈だ。今日だったら、ティラミスと一緒にチョコレートを持ち帰ってこい……まったく、忌々しい扉だ。僕を拒絶するなどと」
我が子同然の王子の言葉を背に聞きながら、カタリーナは王宮から出ると背に翼を出して飛んだ。
目的の扉が有るのは、王宮から歩いたら二日は掛かる位置の荒野にあり、そこまでの距離をカタリーナは、僅か二分程で到着。
そしてカタリーナは、翼を仕舞い
「まったく……これはやり過ぎよ、あの子ったら」
と文句を言いながら、王子が施した様々な呪いをブレスで破壊した。
王子は今から三年程前、偶々今の扉を発見し、来店。
その時に食べたティラミスの美味しさに感激し、店長を無理矢理王宮に連れて行こうとした。
しかし、店内に居た赤により容易く捕まり、まるで子猫のように扉から放り出された。
それ以来、王子は入店拒否され、扉に触る事も出来なくなった。
だから代わりに、カタリーナに頼むようになったのだ。
因みに、先ほど壊した呪いは、見えないように幻術がある。これはまだ良い。
しかし、不用意に近づけば名のある神官ですら即死するレベルの呪いはやり過ぎである。
もし不幸な人が範囲に入ったら、流石に目も当てられない事態になりかねないので、カタリーナは全て壊したのだ。
残った呪いが無いか確認してから、カタリーナは入店した。
(残念。少し早かったみたいね)
カタリーナはバレンタインデーの張り紙が無いのを確認しつつ、店内を見回した。
すると
「いらっしゃいませ、洋食のねこやにようこそ」
と少し存在感が薄い白髪の少女。妖夢が出迎えた。
「早速だけど、注文して大丈夫かしら?」
「はい、大丈夫です」
入り口で注文する事自体は、大して珍しくはない。
特定のメニューしか注文しない客は、よくやる事だ。
「では、ティラミスを1ホールを持ち帰りで。それと、ここで食べるから、一皿ティラミスを。飲み物はカラオ豆の……ココアで」
「はい、分かりました。空いてるお席にどうぞ。あ、カツ丼お代わりですね、少々お待ちください」
注文を紙に書いた妖夢は、急いで奥に向かった。
それを見送ったカタリーナは、改めて店内を見回して
(さて、何処に座ろうかしら)
カタリーナは、白の神に仕える神官。それも、大神官である。
机で食べてる吸血鬼二人と黒の神官戦士は除外。
長年の確執があるから、下手したら入店拒否される事態になりかねない。
次に、少年と肉料理を食べてる人魚の青の神官の席も除外。
少し前に、彼女が居た街で無法を働いた青の神官戦士と交戦し、排除してしまっている。
気まずさから、近くには座り難い。
次に、ラミア族と食事している美少女みたいな赤の神官の席は、ラミアの大神官を迂闊に刺激したくない為に除外。
そして見つけたのは、日焼けした光の神官で、パウンドケーキを真剣な表情で食べている女性神官。
「お久しぶりです、セレスティーナさん。隣、良いですか?」
「これはカタリーナ様! お久しぶりです、構いませんよ」
カタリーナの方が格上の神官な為に立とうとしたが、カタリーナはセレスティーナを制して、隣に座った。
そして二人は、種類こそ違えども同じケーキに魅了された者同士で、親近感を覚えていた。
そこに、カタリーナが注文したティラミスとココアのセットを、早希が持ってきて
「お待たせしました。ティラミスケーキとココアのセットです。お持ち帰り用のティラミスケーキの1ホールは、後ほどお持ちします。では、ごゆっくり」
とカタリーナの前に置き、新しく注文を取りに向かった。
「相変わらず、あの白の子の面倒を見ているのですか?」
「ええ。我儘ばかりの困った子よ」
白の子というのは、王子の事であり、王子は王家では何代ぶりかに白の神の祝福を与えられた奇跡の子と呼ばれ、次期王位継承者と目されているのだが、少々我儘に育ったのが、カタリーナの悩みだ。
神の血が入った者は、基本的に人の範疇を超えて、長い寿命を得る。
だから、各神を信奉する王家からしたら、神の血を与えられた者は長期に亘って王権に就く事が可能になるので、是が非でも欲しいのだ。
ただし、暴君にならないように同じ血を与えられた大神官が世話係になり、教育する必要があるのだ。
「私は、それが嫌だから辺境に来たんですよね」
「そうでしたか……今のは、聞かなかった事にしておきますね」
セレスティーナの言葉に、カタリーナは苦笑を浮かべながらココアを一口飲んだ。
(うん……やはり、ここのカラオ豆の飲み物は良いわね……脂が少ないから、飲み易いわ)
カタリーナが知る
その為に一部では、精が付くと生薬扱いされている。
しかし、カタリーナはどうにも好きになれなかったが、ねこやに来てからカラオ豆の食べ方を知った。
ココアも、店長から聞いたオススメの飲み方だった。
(さて、いよいよね)
そう思いながら、カタリーナはティラミスの皿に手を伸ばした。
皿の上にあるのは、乾燥させたカラオ豆の粉が掛かった濃厚なチーズクリームのケーキ。
それを、スプーンで小さく掬って口に運んだ。
その瞬間に口の中に広がる、甘酸っぱい味とほのかな苦味。
(ああ……この味に、私は魅了された……やはり、ケーキはティラミスに限る)
カタリーナは、そう考えながらも、二口目を口にした。次に口にしたのは、一番下の焼き菓子部分。
硬く香ばしい風味の焼き菓子が、全体的に柔らかいティラミスに食感を持たせている。
初めて食べたのは、約三年前。入店拒否された王子に言われて、入店した時だ。
最初は安く美味しいデザートが食べられて、持ち帰りが出来ると言われて半信半疑だったが、本当で、あっという間にカタリーナも魅了された。
気付けば一皿目が無くなって、二皿目を注文。
セレスティーナと談笑しながら、二皿目も食べ終わり、ホールケーキを持って退店した。
(さて、急いで帰らないと。ちょっと長居し過ぎたからね)
落とさないように両手で抱えながら、カタリーナは翼を出して飛行を始めた。
(さて、待ってる間にまた我儘を言っただろうし……どんな躾が必要かしらね)
とカタリーナは母親役としての思考を巡らせたのだった。