異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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よければ、参加してくださいませ


21皿目 納豆スパゲッティ

「……ここら辺の筈だけど……」

 

彼女

ファルダニアはそう言いながら、周囲を見回した

今彼女が居るのは、父親から教えられたエルフの隠里がある森だ

その隠里には、その父親の親友が住んでいて、今のファルダニアと同じように料理の研究をしているらしい

その時ファルダニアは、ある一本の巨木に手を触れて

 

「ん……見つけたわ」

 

と呟いた

そのエルフの隠里だが、他の種族や魔物に入られないために、様々な魔法が施されていた

その内の一つに、結界による空間遮断があった

 

「父さんは念話して、向こうから開けてもらえって言ってたけど……この位なら……」

 

ファルダニアはそう言って、自分一人が入れる位のサイズの隙間を開け始めた

その時、隠里のある一つの家にて

 

「ん……誰か、結界に干渉しているな……しかし、力業ではない……ああ、手紙の子か……200年程なのに、大した技量だ……これなら、守護神(ガーディアン)が出ることもないだろう」

 

と一人のエルフの男性が呟き、また研究に意識を戻した

その頃ファルダニアは、結界をすり抜けて隠里に入った

 

「ここ……かなりの規模ね……最初は気づかなかったけど……守護神も居たわ……」

 

守護神というのは、古代エルフが作り出した隠里を守護する存在だ

隠里を守る最終装置

もし、様々な魔法を突破し、結界を強引に開いた場合は、その守護神が排除するために動く

その能力は非常に高く、軍隊ですらまともに太刀打ち出来ない

まさに、守護神なのである

 

「えっと、すみません。この里に、料理研究をしている人が居るって……」

 

とファルダニアは、一人の女性に問い掛けた

するとその女性は、手をポンと打ち

 

「彼の家なら、最近変わった匂いがしてるから、すぐに分かるわ」

 

とある方向を指差した

そして、十数分後

 

「この匂い……なにか、嗅いだ覚えが……」

 

ファルダニアはそう呟くと、ドアをノックした

すると、少ししてから

 

「はい……ああ、君か。待っていたよ」

 

と一人の男性が出迎えた

彼の名前は、クリスティアン

ファルダニアの父親の親友で、ファルダニアと同じく料理研究家だ

 

「お久し振りです、クリスティアンさん。100年振りでしょうか」

 

「そうだね。いや、美人になったものだ」

 

クリスティアンはそう言いながら、ファルダニアを出迎えた

そしてファルダニアは、中に入ると

 

「それにしてもこの匂い……何処かで嗅いだような……」

 

と言った

それを聞いたクリスティアンは

 

(なるほど……物怖じしない性格だな……)

 

と思った

 

「ファルダニアは、チーズを知っているかな?」

 

「チーズって、牛や羊の乳を暗い所に保存して、カビさせて作った物? 美味しそうに食べてるのは、見たことあるけど……」

 

クリスティアンの問い掛けに、ファルダニアはそう答えた

すると、クリスティアンは

 

「ああ……それを人間は、発酵と呼ぶんだ。これは人間が飲む酒もそうらしいが、一部の食べ物は発酵させて作るらしい……私はその発酵を、エルフ豆で行っているんだ」

 

と説明した

エルフ豆というのは、エルフならばほぼ誰もが知っている不思議な豆である

枯れた土地でも栽培出来て、その枯れた土地に活力を与える不思議な豆だ

若い内に採取すれば緑色で、熟成すれば土色に近い黄色に育つ豆だ

煮て食べれば、少し甘い味わいがする

 

「エルフ豆は分かるわ……けど、発酵……」

 

「実は……そのエルフ豆を発酵させた物を、食べたことがあるんだ」

 

ファルダニアの呟きに、クリスティアンは確信した表情でそう返答した

 

(実物は度々食べてるんだ……後は、あの味を再現するだけだ)

 

「食べたって、この里にはそういう物が?」

 

クリスティアンの言葉を聞いて、ファルダニアは驚いた表情を浮かべた

しかし、クリスティアンは

 

「いや、ここには無い……ああ、いや、有るとも言えるかな?」

 

と首を傾げた

 

「どういうこと?」

 

「……今から10年程前、この里の中に、異世界に繋がる扉が現れ始めたんだ」

 

クリスティアンのその言葉に、ファルダニアは

 

「それって!?」

 

と驚きの表情を浮かべた

それを見たクリスティアンは、頷き

 

「その様子では、知っているようだね……異世界食堂を」

 

と言った

そして、十数分後

 

「いらっしゃいませ! 洋食のねこやにようこそ!」

 

「ん、新しい子のようだね?」

 

「あ、はい。新しく給士となりました。早希と言います」

 

クリスティアンが問い掛けると、早希はそう答えた

すると、キッチンから店長が出てきて

 

「これまた……珍しい組み合わせですね、クリスティアンさん」

 

と呟いた

すると、クリスティアンは

 

「彼女は、私の親友の娘でね。何時ものを頼むよ」

 

と注文した

 

「はい、承りました」

 

店長はそう言って、キッチンに消えて

 

「では、お席に座ってください。今、お冷をお持ちします」

 

と早希が言った

そして、席に座ると

 

「かなり頻繁に来てるのね……」

 

「ああ……今から食べる料理に使われてる食材……納豆と言うんだが、それがエルフ豆によく似た食材なんだ」

 

ファルダニアの問い掛けに、クリスティアンがそう答えた

その数分後

 

(お待たせしました。納豆スパゲッティ、卵抜きです)

 

とクロが、料理を置いた

そのクロを見て、ファルダニアは

 

「……なに、今の子……エルフに見えるけど、エルフじゃないわよね……」

 

と呟いた

すると、クリスティアンが

 

「ああ……私の推測だが、赤の女王と同等の存在だろう」

 

と語った

そして、クリスティアンはフォークを握り

 

「これが、納豆だ」

 

と納豆を一粒、フォークで刺して掲げた

それを見たファルダニアは

 

「確かに……エルフ豆に似てる……」

 

と呟いた

しかし、内心では

 

(この店……一体、どれ程のレパートリーが……)

 

と驚いていた

ファルダニアとしては、エルフに提供出来るのはトウフステーキだけだと思っていたのだ

 

「この納豆は独特の味と匂いがするから、私位しか注文している人を見たことがないが、美味しいよ」

 

「分かったわ……いただきます」

 

ファルダニアは頷くと、納豆スパゲッティを一口食べた

確かに、一口食べただけで独特の風味が口の中に広がる

最初は見た目の奇抜さから、敬遠してしまうだろうが

 

(美味しい! ……けど、この味って……)

 

ファルダニアはある考えを確認するために、更に食べた

それを見たクリスティアンは

 

(ふむ……彼の言った通りだね……料理に対して、かなり貪欲……食べながら、考えているね……)

 

とファルダニアを観察していた

もちろん、クリスティアンも食事しながら研究していた

納豆の触感や味を、頭に叩き込んでいた

もう幾度となく行っている発酵の研究

それを、モノにするために

そして、食べ終わると

 

「お皿をお下げします」

 

と早希が近寄ってきた

すると、ファルダニアが

 

「ねえ、ライスと納豆を一緒に出してもらうことって…出来るのかしら?」

 

と問い掛けた

それを聞いた早希は

 

「少々お待ちください、確認してきます」

 

と言って、キッチンに入った

 

「店長、明久さん、お客様から質問で……ご飯に納豆を掛けたのを貰えないか、と」

 

「ウチは一応、洋食屋なんだがな……」

 

「まあ、出せるなら出しましょうよ、店長」

 

早希から質問内容を聞いて、店長は溜め息混じりに

明久は肩を竦めながら言った

それを聞いた店長は頷き

 

「出せますよ」

 

とカウンターから、顔を出した

 

「なに!?」

 

店長の言葉が予想外だったクリスティアンは驚き、ファルダニアは

 

「じゃあ、貰えるかしら?」

 

と問い掛けた

すると、クリスティアンも

 

「私も、ライスと納豆を」

 

と追加した

 

「はいよ、すぐにお出ししますよ」

 

そして、少しすると

 

「お待たせしました。ライスと納豆です」

 

と二人に、ご飯と納豆が提供された

 

「ありがとう……」

 

ファルダニアは受けとると、一口食べて

 

「やっぱり! 納豆はライスとよく合うわ!」

 

と声を上げた

そしてそれは、クリスティアンも感じていたことだった

 

(なんと!? 納豆スパゲッティも、確かに調和していたが、こちらはまるで親友のような調和だ! 惜しむらくは、これを親友の娘が見つけたこと……私も、発想力が足りなかった……ということか……)

 

クリスティアンは素直に、ファルダニアの発想力を称賛したのだった

そして、退店間際に

 

「お客様、こちらを」

 

と明久が、ファルダニアに一つの包みを差し出した

 

「これは?」

 

「サービスで作りました、オニギリセットです。旅をしているのでしょう? 道中で、食べてください」

 

ファルダニアが問い掛けると、明久はそう言った

それを聞いたファルダニアは、少し迷うと

 

「ありがとう、貰っておくわ」

 

とカバンにしまった

そして、退店

クリスティアンの家に入り

 

「ああいう食材もあるのね……参考になったわ……」

 

と頷いていた

そこに、クリスティアンが

 

「これを」

 

と一つの壺を差し出した

 

「それは?」

 

「これも、エルフ豆を発酵させて作った物の一つ……味噌というんだ」

 

ファルダニアが問い掛けると、クリスティアンはそう言って壺の蓋を開けた

中には、土色の粘土のような物が入っていた

 

「この匂い!」

 

「そう。これも、あの異世界食堂で使っている物と同じものだ……持っていきなさい」

 

クリスティアンがそう言うと、ファルダニアはその壺をカバンに仕舞い

 

「では、また何時か来ます」

 

とクリスティアンに一言言って、その里を去った

この後ファルダニアは、ある一人のハーフエルフの少女と出会い、二人で料理の研究を続けることになる


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