異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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24皿目 コーヒーフロート

「……本当に、ドアが有る……」

 

「だから言っただろ」

 

と呟いたのは、ラクダに跨がる兄妹

砂の国の王子のシャリーフ

とその妹たるラナーだ

砂の国

西大陸南部に位置する国であり、魔法が広く普及している国である

砂の国は国土の広さならば、世界一の広さを誇る

しかし国力は、西大陸ではそれなりの力を持つ国の一つ程度しかない

その理由が、砂の国の国土の大半を砂の海

砂漠が覆っており、食料は海に面した街からの魚介類や他国からの輸入に頼っている国だ

そして街は、先に挙げたように海沿いか、砂漠の中にぽつぽつと存在するオアシス周辺に密集して形成されている

国土の大半を砂漠に覆われた土地

そんな土地柄故に、魔法の発達と普及は必然的だった

砂の国で魔法が広まった理由は、約千年前にまで遡る

その時砂の国では、命に関わる大疫病が蔓延した

そこに、旅をしていたエルフが手を差し伸べた

そのエルフのお陰で、疫病は鎮静化し、更に独自の発展を遂げ、今となっては世界的な魔法国となっている

 

「それで、ここに兄様の想い人が来ている……と?」

 

「う、うむ……」

 

ラナーの遠慮無い言葉に、シャリーフはラクダの紐を近くの木に縛りながら頷いた

なおシャリーフだが、ねこやに通うようになって既に五年目の常連の一人だ

そしてラナーは、つい最近他国への留学から帰ってきたばかりだ

そんな妹の帰国祝いに、シャリーフはねこやに連れていくことにしたのだ

 

「しかし、このドア……凄い魔力だ」

 

「ああ……私も、この規模の魔力は王宮の秘宝庫でしか見たことがない」

 

魔道具国たる砂の国の王族からしても、ねこやのドアは凄まじい魔力を感じた

 

「さて、私としても久し振りだ……」

 

シャリーフはそう言って、ドアを開けた

最近シャリーフは、兄や父親と一緒に政務に追われていたので、久し振りにねこやに来たのだ

 

「いらっしゃいませ、洋食のねこやにようこそ!」

 

「む、新しい給仕か」

 

「はい、そうです。早希と申します」

 

シャリーフの言葉に、早希は名乗りながら頭を下げた

その後、早希は席に案内するとメニューを手渡そうとした

だが、それをシャリーフは止めて

 

「コーヒーフロートを二つ頼む。カッファは、甘めで」

 

と注文した

カッファというのは、砂の国での言葉でコーヒーを意味している

砂の国の数少ない産物

それが、コーヒー豆だ

そしてシャリーフのお陰で、約一年前から砂の国ではアイスコーヒーが広く普及している

それまでコーヒーは、冷えると不味いと認識されており、熱いのしか無かった

だが、ねこやに来たシャリーフは、冷たいコーヒーが美味しいことに驚愕

その後、四年間に及ぶ研究でアイスコーヒーの再現に成功

更に、専用の魔道具の開発と普及にも成功したのである

それは別として、席に座ったシャリーフは店内を見回して、軽く肩を落とした

シャリーフの意中の人

アーデルハイトの姿が無かったからだ

まだ来店してないのか、それとも既に帰った後なのか

どちらかは分からなかったが、アーデルハイトは居なかった

そんなシャリーフを見て、ラナーは溜め息混じりに

 

「そもそも、兄様がさっさと告白していれば、そんな思いをせずに済んだんだ」

 

と言った

なお、ラナーが男口調なのは、親兄妹が男ばかりだったからだ

女は、ラナーと母親の二人だけ

そしてラナーは、シャリーフを含めた兄達と遊んでいたので、男口調になってしまったのだ

最近では、そんなラナーに女らしい言葉を話させようと母親が苦心しているのだが、ラナーは知らない

 

「そうは言うがな、ラナーよ。相手は、東大陸一の大国、帝国の第一皇女なんだぞ? 私も祖国の次期王位継承者だが、そう簡単には……」

 

シャリーフがそう言うと、ラナーは呆れた様子で

 

「そんなんだから兄様は、ヘタレ王子と呼ばれるんだ」

 

と容赦なく指摘した

 

「グフッ!?」

 

ラナーの容赦ない言葉に、シャリーフは顔面を机に打ち付けた

その直後

 

「あの……何が?」

 

とアレッタが問い掛けてきた

するとラナーは、手をヒラヒラとさせながら

 

「ああ、気にしないでいいよ。容赦ない現実に、うちひしがれてるだけだから」

 

と言った

容赦ないのは、ラナーの言葉である

 

「そ、そうですか……こちら、ご注文のコーヒーフロートです。お待たせしました」

 

アレッタはそう言って、コーヒーフロート二つを、それぞれ二人の前に置いた

すると、ラナーが

 

「この匂い……確かに、カッファだ」

 

と呟いた

そこに、起き上がったシャリーフが

 

「ここの冷たいカッファを飲んだから、私は研究を始めたんだ……四年も掛かってしまったがな」

 

と言って、スプーンでコーヒーの上に浮いていたアイスクリームを少し掬った

そして、それをラナーの前に掲げて

 

「ラナー。これはな、牛の乳を冷やして固めたアイスという菓子だ。今は、これの再現も試みようと思っている」

 

と言った

 

「それはいいけど、牛が……」

 

生憎と、砂の国では牛が居る場所は非常に限られている

そこから運ぶのも考えると、かなり手間だ

しかし、シャリーフは

 

「手間を考えていたら、研究など出来ない!」

 

と力強く言った

その熱意を見たラナーは、内心で

 

(その熱意を、意中の姫に向ければいいのに)

 

と思った

すると、シャリーフが

 

「まず、先にカッファを一口飲んでみろ」

 

とラナーに言った

それを聞いたラナーは、スプーンでアイスを押さえながら、一口飲んだ

そして、少し驚いた表情で

 

「……仄かに、甘い……」

 

と呟いた

その言葉に、シャリーフは頷いて

 

「なんでも、育った環境でカッファ豆に違いが出るようだ。今、その研究もしている」

 

と言った

研究熱心な砂の国の三男皇子、シャリーフ

本来は上に二人の兄が居るが、一人は自ら王位を継ぐつもりはないとして、王位継承権を放棄

二人目は、自他共に認める程に王位に相応しく無いと、王位継承権が与えられなかった

故に、必然的に残されたシャリーフが継ぐことになった

 

「そして次に、アイスを一口食べてから飲む」

 

シャリーフはそう言って、率先してその飲み方を実践した

それに僅かに遅れて、ラナーも実践した

最初に、アイスの冷たく仄かに甘い風味が口に広がる

その風味が消えない内に、ラナーはコーヒーを飲んだ

すると、口の中にコーヒーの苦い風味が広がった

 

「この味は……」

 

「私が再現した味だ……最後は、アイスをカッファに混ぜて飲む」

 

シャリーフはそう言って、アイスをコーヒーの中に沈めて少しかき混ぜた

すると、黒かったコーヒーの色が茶色に変わっていく

その色が変わったコーヒーを、シャリーフは飲んだ

ラナーも遅れて飲むと、驚いた

コーヒー本来の苦味が控えめになり、僅かに甘さを感じる

 

「……一杯で、三回も味が変わるなんて……」

 

とラナーが驚いていると、シャリーフは

 

「この異世界食堂は、料理という分野に於いては我々の二歩三歩先を進んでいる……この再現が、新たな収入源になると、私は睨んだんだ……そのために父様を説得し、研究のための設備と費用を引き出したんだ」

 

と語って、半溶けのアイスを一口食べた

その時だった、ドアが開いたので、シャリーフは反射的にドアに視線を向けて、固まった

現れたのは、アーデルハイトだった

その彼女を見て、ラナーは

 

「行ってこい、兄様……声を掛けてこい」

 

と固まっているシャリーフの背中を、思い切り叩いた

叩かれたシャリーフは、右手と右足を同時に前に出しながら、アーデルハイトに近づいていった

それを見たラナーは

 

「本当にヘタレだな……先は長そうだ」

 

と溜め息を吐いた

なお、カウンター向こうから見ていた明久が

 

「うーん……若いねぇ」

 

と呟いた

そんな明久を、店長が

 

「明久だって、充分若いだろうが」

 

と言って、軽く手刀を叩き込んだのだった


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