異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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ちょっと、仕事が忙しくって、書く暇が無かったんや
許してヒヤシンス


27皿目 クッキー

「それじゃあ、30分……あの時計の長い針が、真上を向くまで休憩ね」

 

「はい!」

 

休憩フロアに入ったアレッタは、時計を見た。

今は客が少ないために、昼過ぎの休憩である。

 

「今日は、お客さまが多いなぁ……サラ様は、大丈夫かな?」

 

アレッタの主となったサラだが、今は解読した地図から見つけたらしい宝を回収しに行っている。

そしてアレッタは、机の上にある金属製の入れ物。

蓋を開けると、中には様々な種類の焼き菓子。

クッキーが入っていた。

 

「今日は、どれにしようかな……」

 

アレッタはそう言いながら、缶の中から五つほど選んで取り出した。

そのクッキーを食べながら、アレッタはボンヤリと過ごしていた。

五枚のクッキーと明久が作ったココアが、アレッタの休憩時の細やかな幸せだ。

ココアは初めて飲んだ時からの、アレッタのお気に入りの飲み物になる。

初めて飲んだ時は、苦さと甘さに驚いたものの、すぐに大好物になった。

異世界の産物の1つらしく、アレッタ達の世界では見たことない。

そしてアレッタは、ねこやに来てからのことを思い出した。

まずアレッタは、帽子を被らなくなった。

昔は半魔族なのを隠していたが、それも自分だと胸を張って生きることにしたからだ。

そうやって、サラの所で働けることになったのだから。

 

「あ、クッキー無くなっちゃった……」

 

気付けば、五つのクッキーは無くなっていた。それに気付いたアレッタは、缶を見たが

 

「ううん、我慢しなきゃ……」

 

と首を振った。

そのクッキーは、ねこやのあるねこやビルの洋菓子店《フライングパピー》という店で作られており、店長からは

 

『休憩時間に、好きなだけ食っていいぞ』

 

と言われていた。

どうやらフライングパピーの店長とは古い知り合いらしく、試食用と渡されているようで、それを休憩フロアに置いているらしい。

それをアレッタは、休み時間ごとに五個だけ食べるように決めていた。でなければ、際限なく食べてしまいそうだからだ。

幾らタダで食べられるとはいえども、缶1つを丸々食べてしまう度胸は、アレッタには無かった。

そしてアレッタは、時計を見た。

長い針は、もうすぐて真上になる。

それを見たアレッタは、残っていたココアを飲み干し

 

「よしっ、仕事に戻ろう!」

 

と気合いを入れて、強引にクッキーへの未練を終わらせた。そして、カップを食器洗浄器に入れてから

 

「アレッタ、仕事に戻ります!」

 

と店長と明久に告げた。

それを聞いた明久が

 

「ん、もう少しゆっくりしてて良かったのに……」

 

チラリと、時計を見ながらそう呟いた。

すると、店長が

 

「アレッタちゃんは、まじめだからな……このパフェを何時ものお嬢さんに持っていってくれ」

 

とアレッタに、指示した。

それを聞いたアレッタは、手を洗ってから

 

「はい、分かりました!」

 

と頷き、トレイにフルーツパフェを乗せた。

そしてフロアに出ると、シャリーフとアーデルハイドが談笑している。(とはいえ、シャリーフはガッチガチだが)

それを微笑ましく思いながら

 

「お待たせしました、フルーツパフェです!」

 

とアーデルハイドの所に、持っていった。

それから、数時間後。

 

「お疲れ様でした」

 

「お疲れ様」

 

「お疲れさん」

 

「お疲れ様です」

 

(お疲れ様……)

 

仕事が終わると、全員集まってフロアの掃除だ。

そして、終わると

 

「あ、アレッタちゃん」

 

と店長が呼び掛けた。

 

「はい、なんですか?」

 

アレッタが振り向くと、店長は

 

「はい、これ」

 

とビニール袋を掲げた。

 

「……これって!」

 

中を見たアレッタは、中にあのクッキーの箱が入っていることに気付いた。

すると、店長と明久が

 

「アレッタちゃん、あのクッキー少しずつ食べてるみたいだからな」

 

「就職祝い、だよ」

 

と言った。

 

「就職祝い?」

 

とアレッタが首を傾げていると、早希が

 

「あ、就職したんですね! おめでとうございます!」

 

と祝福した。

すると、明久が

 

「アレッタちゃんの世界だと違うみたいだけど、僕達の世界だと、就職した人にはお祝いするんだ」

 

と教えた。それを聞いたアレッタは

 

「で、でも、こんな高いのを二つもだなんて!」

 

と狼狽した。アレッタの感覚では、クッキー缶1つで金貨一枚だと予想していた。

アレッタの言葉を聞いて、店長と明久は

 

「まあ、確かに高いっちゃあ高いが……」

 

「そこまでは、高くない……かな?」

 

と唸っていた。

アレッタが働き始めてから、暫く。二人は、アレッタのことを色々と把握してきていた。

例えば、アレッタが休憩ごとにクッキーを少しずつ食べてることとか。休憩時間の時にココアを頼むなどだ。

平日に、一番大きい缶のクッキーを、三日で食べきる他のバイトスタッフに見習ってほしい謙虚さだ。

なお、フライングパピーは直売しかやっておらず、幼なじみ曰く

 

『こっちは、大量生産はしないから、量より質で勝負!』

 

とのことで、デパート等で売っている他の物と比べて、少しお高い値段だが、そこは幼なじみなのと、知り合いということで、ある程度安くしてくれる。

 

「本当に、いいんですか?」

 

「ああ、もちろんだ。気に入ってくれたなら、買ってくれとは言ってたが、それは俺達からの贈り物だ」

 

「遠慮しないで」

 

アレッタの問い掛けに、店長と明久は微笑みながらそう告げた。

そうしてアレッタは、着替えてから帰宅した。

そして、そのクッキーはサラの家でサラと休憩時に一緒にお茶する時に出すことにした。

それから、しばらくして

 

「姉さん! 居る!?」

 

とドアを開けながら、サラの家に一人の若い女性が現れた。

その女性は、サラによく似た顔立ちだ。だからアレッタは、即座に気付いた。

 

「申し訳ありません、今はサラ様はお出かけになっています……シア様」

 

その女性は、サラの妹のシアだと。

サラの実家のゴールド家は、東大陸でも名の知れた大商家なのだが、時折熱病、トレジャーハンターに夢見る者が表れるのだ。

それは、サラやシアの曾祖父、ウィリアムだけでなく、伯父やサラとシアの兄と居る。

ウィリアムは実家で老衰で亡くなったが、伯父は魔物との戦闘で死亡。

兄たるウィリアム・ゴールド・ジュニアは、行方不明になっている。

ゴールド家としては、長女でありもはや数少ない直系の人間たるサラには、生きていてほしい。だから時折、妹たるシアにサラが生きているか確認させているのだ。

 

「初めまして、シア様。私は、サラ様にハウスキーパーとして雇われています、アレッタと言います」

 

「……シア・ゴールドよ……」

 

シアが短く名乗ると、アレッタはシアを椅子に座らせて

 

「少々お待ちくださいませ。今、お茶をお出ししますので」

 

と言って、台所に入った。そんなアレッタを見ながら、シアは

 

「……姉さん、いつの間に、半魔族の娘なんて、雇ったのかしら……」

 

と呟いた。

シアは、家の教育もあり、半魔族に対する差別は無かった。真に差別するのは、人を騙したり、躊躇わずに傷つける者だと思っている。

そしてシアからして、アレッタは真面目に働いているのだと分かった。

目には綺麗な光を見たからだ。

大商家なだけあり、今まで様々な人々を見てきた。

そんな中には、人を騙すことを楽しむような輩が多数居たが、アレッタ程純粋な目をしていたのは、数少なかった。

そして、数分後

 

「お待たせしました……ハック茶とクッキーです」

 

とアレッタが、お茶とクッキーを出した。

ハック茶というのは、アレッタ達の世界で一般的に普及しているお茶である。

しかし、シアは

 

「クッキー?」

 

とアレッタに視線を向けた。

 

「はい。簡単に言えば、焼き菓子です」

 

シアの問い掛けに、アレッタは微笑みを浮かべながらそう答えた。

 

(菓子というからには、甘いんでしょうけど……)

 

シアの前に出されたのは、4つ。

1つ目は、表面に砂糖がまぶされた葉っぱの形をしている。二つ目は、薄く黄色い生地に焦げ茶色の何かが挟まれており、三つ目は鮮やかな橙色の物が中心にあり、最後は葡萄のような果物がある、羽の生えた犬の形をしている。

その全てが、シアの知っている焼き菓子より繊細で美しい出来映えだ。

 

(問題は、味だけど……)

 

シアはそう思いながら、葉っぱの形のクッキーを口にして、驚愕した。

 

「美味しい!」

 

シアが知っている焼き菓子は、極端に甘いかボソボソしている物だ。

しかし、今食べたのは、仄かに甘く、生地の風味と調和している。

二つ目は、甘い茶色い物。チョコが挟まれていて、そのチョコと見事に調和している。

生地とチョコが、互いを引き立てていた。

 

(これ、凄いお菓子なんだわ!)

 

そう思いながらシアは、三つ目を食べた。

三つ目は、橙色の入ったクッキー。ミケーレ(マーマレード)の砂糖煮を使ったクッキーだった。

甘酸っぱいミケーレを砂糖で煮込むことにより、爽やかさと甘さが同時に楽しめ、更にはクッキーにもミケーレの皮の砂糖漬けが練り込まれていて、ミケーレの風味が楽しめる逸品だった。

最後の一枚は、犬の形に整えられた一枚だ。

それには、干し葡萄。それも、強いお酒に漬けられた干し葡萄が使われていた。

その全てを食べ終えて、シアはハック茶を飲み干した。

甘みのない爽やかな風味が、喉を潤す。

そしてシアは

 

「これ、何処で入手したの!?」

 

と傍に控えていたアレッタに、問い掛けた。

シアが知る限り、その味を作れるのは王宮お抱えの料理人か、それを越えるとされる料理人を抱えているアルフェイド商会位だった。

 

「え、えっと……その……」

 

「まあ、言いたくないわよね……分かるわ」

 

アレッタが言い淀んだのは、シアが異世界食堂のことを知らないからで、シアも言えない理由があるのだと察した。

もし客が知れば、大量に押し掛けるが、それを嫌う職人が居るからだ。

だからか、シアは

 

「だから、質問を変えるわ……同じ物……入手出来る?」

 

と問い掛けた。その問い掛けに、アレッタは一度台所に行ってから

 

「買えると思いますが、高いと思います……このような入れ物に入ってましたから」

 

と缶を見せた。

中は既に空で、軽い。

だがシアは、同じような入れ物を見たことがない。

 

「成る程……これなら、確かに高いでしょうね……」

 

シアは羽の生えた犬が描かれている金属製の箱を見ながら、その箱一杯に先程のクッキーが入っていると想定し、頭の中でソロバンを弾いて、深々と溜め息を吐いた。

シアが知る焼き菓子とは、総じて高い。

箱の細工や絵を含めると、シアが知る同じサイズの木箱の値段より、二倍三倍すると出たからだ。

そして、シアは

 

「よし」

 

と頷きながら、自然な動作で懐から財布を取り出してから金貨を一枚取り出した。

 

「これで、同じ物を、買える時でいいから、買ってきてくれるかしら?」

 

「こ、これ、金貨!?」

 

まさか金貨を出されるとは思わず、アレッタは驚いた。

 

「それ、私の1ヶ月分のお小遣いなんだから、無くさないでね? 私の見立てでは、銀貨40枚に匹敵するはずだけど、その金貨は銀貨100枚分の価値があるから、買えるはずよ」

 

「わ、わかりました……」

 

シアは思わず、アレッタの両手を握りながら頼み、アレッタは重圧に頷くことしか出来なかった。

その時、ドアが開き

 

「たっだいまー……騙されたわー……あの地図、偽物だったわぁ……って、シア? 何やってるの?」

 

とすっぽりと頭から抜けていた、サラが帰ってきた。

シアにとっては、それほどの驚愕だったのだ。

だがシアは、後日さらに驚愕することになる。

アレッタが買ってきたのは、フライングパピーで買える一番大きい缶一杯にクッキーが入っていて、値段が銀貨二枚だったのだから。

かくして、意図せずにフライングパピーに新たな客が増えたのだった。


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