異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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28皿目 チーズケーキ

「やれやれ……やっと、最後の一匹……だな」

 

と呟いたのは、水晶製のゴーグルを装着した一人の女傭兵、夜駆けのヒルダだった。

彼女は今しがた、帝国のある開拓村からの依頼で、ゴブリン30匹を殲滅したところである。

 

「あいつらの寝床の洞窟は……後で見るか」

 

ゴブリンの寝床たる洞窟には、宝が放置されている。

とはいえ、その殆どが銅貨一枚にもならないガラクタなのだが、時たまアタリが混じっているから、バカに出来ない。

その確認を後回しにして、ヒルダは自分の拠点に戻ることにした。拠点とは言っても、二本の木の間に大きめのテントを張り、焚き火しやすいように石で囲ってあるだけの拠点だが、三日も過ごしてきた場所だ。

幾ら夜駆けという二つ名を与えられようが、やはり疲れたら寝たいのは道理。

三日掛けたとは言っても、一人で30匹のゴブリンを倒したのだ。かなり、疲れている。

はっきり言えば、何か食べたいところだが、森の中で下手に料理を作れば、要らない騒動を起こす原因になってしまうから、自重した。

その時

 

「……なんだ、あれは……」

 

ヒルダは、その拠点の目印にしている大岩、その窪みに嵌まるように森には不釣り合いなドアを見つけた。

 

「昨日で、こんなドア無かったが……」

 

ヒルダはそう呟きながら、まずは安全かを確認した。

ヒルダは長い間冒険者として活動してきており、時たま依頼内容がブッキングしたり、中にはヒルダの名声を貶めようとする輩が、罠を仕掛けてきたりすることがある。

それかと思ったからだが、それは全くの杞憂だった。

 

「……しかし、このドアはなんだ?」

 

ヒルダはそう呟きながら取っ手を握り、ドアを開けた。

すると、一気に視界が明るくなり

 

「いらっしゃいませ! 洋食のねこやにようこそ!」

 

と若い少女の声が聞こえた。

最初は暗闇に慣れた目に、明かりが眩しくて見えなかったが、見えたのは金髪に両側頭部にヤギを彷彿させる角がある少女。アレッタだった。

 

「お前……半魔族か?」

 

そのアレッタに、ヒルダは思わずそう問い掛けた。

すると、アレッタは身構えながら

 

「は、はい……そうですが……」

 

アレッタは、ヒルダが半魔族嫌いかと思った。

しかしヒルダは、ゴーグルを外し、次に頭から膝付近まで覆っていたマントのフードを外して

 

「ああ、いや。すまない……私も、半魔族なんだ」

 

と告げた。

それを肯定するように、ヒルダの目の瞳孔は縦長で、頭には三角の耳が二つ有った。見えないが、恐らくは細長い尻尾もあるだろう。

ヒルダは、猫系の血が濃く出た半魔族なのである。

 

「驚いたよ、まさか同胞がこのような店で働いているとはな……」

 

アレッタは知らなかったが、半魔族の大半がヒルダのように冒険者や傭兵。もしくは、奴隷として生きていた。

それを知っていたから、ヒルダはねこやで働いているアレッタに驚いていたのだ。

 

「その、このねこやの店長や明久さんは、私みたいな半魔族でも雇ってくれたんです。だから、こうして働けてるんです」

 

実際問題、アレッタがねこやで働けてるのは運が良かったからだ。

もし、アレッタが寝泊まりに選んだのが廃教会で無かったら?

もし、消える直前に起きなかったら?

もし、店長が違っていて、明久が居なかったら?

そういった幾つもの要素をすり抜けて、今アレッタは働いている。

 

「……そういえば、この店は……料理屋、みたいだが……」

 

「あ、はい。ここ、洋食のねこやは別名で異世界食堂とも呼ばれてます」

 

ヒルダの疑問に、アレッタはそう教えた。

それを聞いたヒルダは、周囲を見回して

 

「なっ……ソードマスターのタツゴロウに大賢者のアルトリウスだと……!?」

 

同じ冒険者にして、伝説的な人物達が料理を食べていることに驚いた。

そしてヒルダは知らないが、タツゴロウとアルトリウスの二人は、ねこやの古い常連客である。

 

「さて、お客様。東大陸語は、読めますか?」

 

そしてアレッタは、咳払いしてからヒルダにそう問い掛けた。すると、ヒルダは

 

「ああ。問題ない」

 

と答え、それを聞いたアレッタはメニューを手渡した。

 

「それに書かれているのならば、問題なく出せます。では、注文が決まりましたら、お呼びください」

 

アレッタはそう言って、静かに下がった。

アレッタを見送ると、ヒルダはメニューを開き

 

「ほう……色々とあるんだな……知らない料理が殆どだ……」

 

と呟いた。

ヒルダは一人で様々な地方に行き、その地方での村等で依頼を引き受けて遂行する冒険者だ。

それ故に、それなりに様々な料理を見てきたが、ねこやの料理は見たこと無いのが殆どだった。

そして、あるページを開いた時

 

「なっ……スイーツだと!? それも、この値段で!?」

 

と驚いた。

ヒルダが見たのは、スイーツのページで、値段に驚愕した。

異世界では砂糖やハチミツといった甘い物は貴重品で、それを使ったスイーツは大抵が凄く高い。

最低で、銀貨10枚して最高で(ヒルダの知る限り)金貨数枚する。

それに比べ、ねこやで出しているスイーツは安くて銅貨一枚から高くて銀貨三枚。

破格と言える値段だった。

その中でヒルダは、あるものが気になった。

 

「チーズ……ケーキ……? チーズとは、あれか……牛や羊の乳を発酵させたやつだったか……」

 

ヒルダの知るチーズは、あくまで酒のつまみか料理に使っていて、スイーツに使っていない。

どんな味がするのかが気になり

 

「すまないが、チーズケーキを頼む」

 

と頼んだ。

そして、少しして

 

「お待たせしました。チーズケーキです」

 

ヒルダの前に、薄い黄色のケーキ。チーズケーキが置かれた。

 

「これが……チーズケーキ……」

 

チーズケーキを初めて見たヒルダは、色々な角度からチーズケーキを見た。

 

「この色は……確かに、チーズに近いな……」

 

ヒルダの知るチーズは、少し濃い黄色。それに対して、チーズケーキは薄い黄色だ。

 

「どんな味がするのか、想像出来んな……」

 

ヒルダはそう呟くと、フォークで先端を一口サイズに切った。

そして、ゆっくりと口に入れて

 

「こ、これは!?」

 

と驚いた。

口の中に入れると、土台のサクサクとした食感と独特な柔らかさの食感に意識が向いたが、すぐに味が口の中に広がった。

チーズ特有の酸味の中に、仄かな甘さを感じる。

その直後に、強い酸味が口の中をさっぱりさせる。

 

「これは、柑橘か……柑橘を使うことで、甘さをくどくさせていないのか……!」

 

ヒルダが一度食べたスイーツは、確かに美味しかったものの、かなり甘さがくどく、そう何度も食べたいとは思わなかった。

しかしチーズケーキは、何時までも食べていたくなる。

 

「凄い……こんなスイーツがあったのか!」

 

ヒルダはそう呟くと、チーズケーキを更に切ってから口に運んだ。

一個では足らず、ヒルダは三個食べた。

それでも、ヒルダの知るスイーツより安いのだから、驚きだった。

 

「こんな料理があったのか……世界は広いな……」

 

ヒルダがそう呟くと、アレッタが近寄り

 

「どうぞ」

 

と紙箱を出した。

 

「これは……サンドイッチか?」

 

「はい! 店長からのサービスだそうです。燻製サーモンと燻製チキンを使ったサンドイッチだそうで、夜食としてだそうです」

 

ヒルダが首を傾げると、アレッタはそう教えた。

それを聞いたヒルダは、確かに店長達が差別的でないことを悟った。

 

「感謝する……」

 

そう言ってヒルダは、チーズケーキの分のお金を出した。

そして、退店した。

 

「七日に一度開く、異世界食堂か……ふ、楽しみが増えたな……他のドアも探してみよう」

 

消えるドアを見ながらヒルダは、そう呟いたのだった。


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