「よっ、アルトリウス! 老けたなぁ!」
「……アレク……久し振りに会った第一声がそれか」
その日、アルトリウスの研究室に珍しい客人が現れた。嘗て、アルトリウスと共に魔神を倒した四英雄の一人、ハーフエルフの剣士。剣神、アレクサンドルだ。
朝一で弟子が、慌ててアルトリウスを呼びに来たから誰かと思えば、嘗ての戦友だった。
「しかし、お主がワシに会いに来るとはな……何用だ?」
「なに、連れていってほしい所があるんだ……」
アルトリウスが問い掛けると、アレクサンドルはそう言いながらソファーに腰掛けた。
そして、笑みを浮かべながら
「風の噂で聞いた、異世界食堂……そこに連れていってほしいんだ」
と告げた。
それを聞いたアルトリウスは、少し間を置いてから
「扉は明日出るんだが……夕方に行くぞ」
と告げた。
「夕方? 別に、朝でも大丈夫だが……」
「お主……自分が色んな奴に恨みを買っていることを理解しているか?」
アルトリウスの言葉に、アレクサンドルは思わず、うっと言葉を漏らした。
魔神討伐後、アレクサンドルはフラフラと世界各地を旅しながら冒険者として活動してきた。
その中で、様々な討伐や捕獲依頼を受けてきており、そういった意味では色んな地方の魔族や半魔族から恨みを買っていた。
そしてハーフエルフ故に、容姿端麗な姿をしており、女性からも人気だったのだが、所謂女性トラブルも度々起こしてしまっていたのだ。
「要らんトラブルを起こしたくないからな……夕方に行くぞ」
「分かった」
アルトリウスの言葉に、アレクサンドルは頷いたのだが、アルトリウスは
(頼むから、本当にトラブルを起こさんでくれ……出入り禁止にはなりたくないでな)
と思った。そして、翌日の夕方。
「ほれ、このドアがそうじゃ……異世界食堂の入り口じゃ」
「これが……」
二人の見ている先には、床に書かれた魔法陣の中心に黒いドアが有った。
「行くぞ……」
「おう」
アルトリウスが先頭になり、ドアを開けた。
すると、アルトリウスには耳慣れたカウベルが鳴り
「いらっしゃいませ! 洋食のねこやにようこそ!」
「あ、トンカツさん!」
と早希とアレッタが出迎えた。
そこに、店長が出てきて
「ああ、アルトリウスさん。珍しいですね、夕方に来るなんて……おや、本当に珍しい。もうお一人連れてくるなんて」
と驚いていた。
古馴染みの常連となると、大体は朝か昼までには来店するのが殆どで、もし夕方までに来なかった場合、その日は来ないのだ。
「すまんな、店長。こいつが来たいと言うからな。メニューは」
「あ、決まってるんだ……オイラは、コロッケを頼むよ」
アルトリウスが顔を向けると、アレクサンドルはそう言いながら席に座った。
「ここが異世界食堂か……つっ!?」
アレクサンドルは珍しそうに周囲を見回していたが、クロを見て顔を青ざめた。
「なに、アイツ……ヤバイ……無理、絶対勝てない……」
「やはり、分かったか……あれはな、赤の女王と同類の存在だ……色から察するに、黒の女王かの……」
アレクサンドルの呟きを聞いたアルトリウスは、アレクサンドルにそう教えながら、クロが持ってきたビールを一口飲んだ。
そして、次に店長を見て
「それに、あの店長だが……ヨミの孫だ」
「なに!?」
アルトリウスの言葉に、アレクサンドルは驚きながら店長を見た。そして、アルトリウスに
「ヨミは、生きているのか!?」
と問い掛けた。
ヨミというのは、アレクサンドル、アルトリウスと共に魔神を倒した四英雄の一人だが、魔神の最後の足掻きで死んだと思っていた最強の冒険者だ。
「ああ……魔神の最後の足掻きで、異世界に飛ばされていたらしい……ワシも、30年前に再会して驚いたよ……幸せそうだった……」
アルトリウスがいうヨミ、現在の名は
店長は、その孫なのだ。
「しかし、魔力は全く感じないな……」
「それに関しては、旦那の血を濃く継いだようだ……だがヨミはな、『平和な世界で魔力や何やらは不用……だから、料理の腕を継いでくれて良かった……そうすれば、ダイキと同じように笑顔を作ってくれる』……とな……」
それは、かつて再会した暦から聞いた話だった。
アルトリウスは一度、元の世界に帰りたいか? と問い掛けて、そう返されていた。
つまり、今の生活に幸せを感じているのだと分かった。
かつては、戦うことしか知らなかった暦。
否、魔神とそれに連なる存在を殺す為に産み出されたヨミ。それが、異世界に渡って人並みの幸せを得た。それが、アルトリウスには嬉しかった。
かつての戦友が、異世界でようやく人並みの幸せを得たのだから。