異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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31皿目 コロッケ

「お待たせしました、コロッケです。そちらのソースを掛けても、美味しいですよ。では、ごゆっくり」

 

早希はそう説明した後、一度頭を下げてから離れた。

そしてアレクサンドルは、皿の上に盛られているコロッケを見て

 

「これが、この店のコロッケか……確かに、帝国で食べたのとは全然違うな……」

 

と呟いた。

今や、帝国の代表的料理となっているコロッケ。そしてその材料となっているダンシャク。その両方を帝国に広めたのは建国の王と呼ばれる、ヴィルヘイムだ。

そのヴィルヘイムは、今から約30年程前のある日に、ダンシャクの実を入手し、まず帝国直轄の農家にどういった環境下で栽培出来るのかを調査。

そしてダンシャクが、どんな痩せた土地でも育つと分かると、それを帝国全土に広めた。

それと同時に、そのダンシャクを使った料理たるコロッケを広めた。

しかし、見た目から全く違う。

帝国で食べられるコロッケは円形に対して、ねこやで出されるコロッケは楕円形だ。

 

「さて、味はどんなだ……」

 

アレクサンドルはそう言って、まずコロッケを半分に切ってから口に運んだ。

 

「ん! 味も全然違う!」

 

アレクサンドルが知っている帝国のコロッケは、ダンシャクの実そのままの味と言っても過言ではない。

それに比べて、ねこやのコロッケは確かにダンシャクの実の味もするが、同時に肉の味と数種類の香辛料の味も口の中に広がる。

 

「これは、旨い!」

 

その味に興奮したアレクサンドルは、軽く一個目を食べ終わると、二個目を半分に切ってから

 

「っと、そう言えば……このソースとやらを使えば、更に美味しくなるって言ってたな……」

 

と早希の言葉を思い出し、早希が置いていったソースをコロッケに掛けた。

 

「ソースとやらの見た目は、何とも言い難いが……」

 

そう呟きながらアレクサンドルは、ソースを掛けたコロッケを様々な角度から見てから、一口食べた。

その直後

 

「んんっ!? これは、全然違う!!」

 

と興奮と驚愕の声を上げた。

ソースの見た目に騙されたアレクサンドルだったが、口の中に濃厚な味が広がったことでソースに対する評価を改めた。

 

(そうか! この色は、様々な素材が溶け合った結果なのか! これは、コロッケに欠かせないものだ!)

 

そう結論着けたアレクサンドルは、目の前でビールを飲んでいたアルトリウスに

 

「なあ、アルトリウス。このソースとやら、作れないか?」

 

と問い掛けた。するとアルトリウスは、少しソースを見てから

 

「無理だろうな……ワシらの世界とでは、様々な分野で生産力が違う……同じ物を作るのに、膨大な素材と年単位の時間。金が掛かる」

 

と結論着けた。

実を言えば、昔ヴィルヘイムも同じことを考えたことがあり、一度は王宮抱えの魔法使い達と研究しようとした。しかし、今しがたアルトリウスが出したのと同じ結論が出て、挫折した。

当時の帝国は、ダンシャクによりようやく貧困層にも食糧が回るようになった位で、ソースを作るには膨大な素材が必要になるので、また国民に辛い生活を強いることになる。

それは本末転倒であり、国民を第一に考えるようになっていたヴィルヘイムは、ソース造りを断念したのだ。

 

「そうか……まあ、ここで食べられるから、良しとしよう!」

 

そう結論着けたアレクサンドルは、またコロッケを食べることに意識を向けた。

その後、アレクサンドルはもう一皿コロッケを注文。野菜も食べ終わると

 

「はあ、旨かった!」

 

と満足そうにした。

そして、小声で

 

「しかし、あのヨミの孫がこんなに料理が上手いなんてな……」

 

「確かにの」

 

アレクサンドルの言葉に、アルトリウスは思わず同意してしまった。

しかし、仕方ないだろう。大戦期、四英雄の一人で最強がヨミだったが、家事能力は壊滅的だった。

しかし、それもまた仕方ないことだった。何故ならば、ヨミは戦うために産み出された存在で、戦いしか知らなかったのだから。

 

「さて、帰るか」

 

とアレクサンドルが腰を上げた時、目の前にビニール袋に入れられた紙の箱が置かれた。

 

「これは……」

 

「サービスで、コロッケサンドです。どうやら、旅の剣士みたいですから」

 

アレクサンドルが視線を向けると、店長がそう教えた。

アレクサンドルが気づくと、アルトリウスには明久が同じ箱を渡している。そちらは、カツサンドだ。

そして、アレクサンドルは知らなかったが、ヴィルヘイムは帰りによくコロッケサンドを持って帰っていたのだ。

 

「そうか……では、有り難く貰うよ」

 

「ええ、どうぞ」

 

それを受け取ったアレクサンドルは、アルトリウスと共に退店した。

それから、数日後

 

「よう、バカ息子……お前が薦めてた異世界食堂のコロッケ……食べてきたぞ……旨かったぞ」

 

アレクサンドルはそう言って、花束をあるお墓に軽く投げるように置いた。

そのお墓は、帝国建国の王。ヴィルヘイムのお墓だ。

そして何よりも、アレクサンドルの息子(・・・・・・・・・)のお墓だった。

今から約100年前、アレクサンドルは当時一人で旅をしていたのだが、旧帝国の一人の姫と心を通わせ、肉体関係を持った。

その後、アレクサンドルはまた一人旅をしていて、その時に、その姫が一人の子供を産んだと知った。

まだ結婚していないのに、子供を産んだということは、それは自分の子供だと悟ったアレクサンドルは、一度旧帝国首都に向かった。

しかし、アレクサンドルが到着した時旧帝国首都は、阿鼻叫喚の地獄となっていた。

アレクサンドルと同じハーフエルフの王と宰相が、死者王と化して暴れていたのだ。

その最中、アレクサンドルは旧帝国兵士と協力して姫とヴィルヘイムを逃がすことにした。

命を賭ければ倒せたかもしれないが、それでは二人を助けられないと悟ったアレクサンドルは、旧帝国兵士達と一緒に後退戦闘を繰り返し、旧帝国兵士の全滅と引き換えに二人を脱出させることに成功した。

その後姫は、死者王から放たれていた瘴気により病に倒れ、ヴィルヘイムは今の帝国を若くして建国。

国土拡大のために戦争を繰り返した。

その時期アレクサンドルは、既に四英雄として魔神の討伐に向かい、その道中で旧帝国首都の死者王を討伐した。

だが旧帝国首都は、膨大な瘴気により人間が住めなくなっていて、後に魔族達の国となる。

そしてアレクサンドルは、魔神を倒した後に姫が病気で死んだことを知った。

その後は、世界各地を旅していた。

そして、今から約15年程前にヴィルヘイムと再会。異世界食堂の事を聞いたのだ。

 

「済まなかった、ターシャ……あの時は、それが最善だと……っ!」

 

ヴィルヘイムの墓に黙祷を捧げた後、アレクサンドルはもう1つのお墓に手を置いて涙を流した。

そのお墓が、亡くなった姫のお墓だった。

そしてアレクサンドルは、涙を拭いて立ち上がり

 

「またな、ターシャ……また来るよ……」

 

と言って、離れようとした。

その時、話し声が聞こえたので、反射的に木の枝に飛び乗った。

そこに現れたのは、今現在療養中のアーデルハイド姫だったのだが、その容姿を見たアレクサンドルは驚いた。

何故ならば、アーデルハイドの姿がかつて心を通わせた姫に瓜二つだったからだ。

 

「あら? お祖父様のお墓に花束が……」

 

というアーデルハイドの言葉を聞いたアレクサンドルは、アーデルハイドがヴィルヘイムの孫娘と気付いた。

 

「……時は巡るか……そりゃ、アルトリウスもじいさんになってたしな……」

 

アレクサンドルはそう呟きながら、木の枝の上を跳躍しながらその場を離れた。

アーデルハイドの健康を願いながら。


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