異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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33皿目 パウンドケーキ

「よ、来たぜ」

 

「あ、お疲れ様です」

 

エレベーターから現れた男性を出迎えたのは、ビーフシチューの仕込みをしていた明久だった。

そんな明久を見て、男性。

ねこやビル一階のケーキショップ、フライングパピーの店長は

 

「あん? あいつはどうした?」

 

と明久に問い掛けてきた。

フライングパピー店長が言うあいつというのは、店長のことだ。

 

「今は、ちょっと買い物に行ってます。今日は大食いのお客さんが来たので」

 

「ああ、旅小人か。なら、仕方ないか」

 

フライングパピー店長は納得すると、ゴンドラで運んできたケーキやお菓子類を冷蔵庫に入れていく。

 

「今日もありがとうございます」

 

「なんの。どうせ、うちは土日も仕込みやってるからな。手間は変わらん」

 

明久が感謝の言葉を言うと、フライングパピー店長はカッカッカと笑いながら冷蔵庫に仕舞っていった。

彼は今の店長の幼馴染みで、昔からねこやを知っていた。彼が子供の頃、彼の両親は共働きで帰りは何時も遅かった。そんな彼は、両親が冷蔵庫に用意しておいたお金で何時もねこやに来ては料理を食べていて、先代店長の山方大樹もそんな彼を孫のように接していた。

そして、ある専門学校に通っていた時、彼はバイク事故で下半身不随になりかけたことがあった。

そんな時に、大樹が何処(異世界)から怪しげな色合いの飲み薬を入手し、助けられたことがあった。

その際にねこやの秘密を知った。

その縁もあり、専門学校を卒業後にねこやビル一階にフライングパピーを開店。異世界食堂に協力しているのだ。

平日だけでなく、土曜日にも商品の卸売りをしているのだ。

 

「うし、これで終わり……っと、忘れない内に……こいつを渡しとくわ」

 

フライングパピー店長はそう言うと、一つの箱を明久に手渡した。

 

「これは?」

 

「ん? ウチのポイントサービスは知ってるだろ?」

 

「あ、100ピースケーキを買うと、1ホールですね」

 

フライングパピー店長の説明を聞いて、明久は納得した様子で箱を見た。

フライングパピーではポイントサービスを導入しており、ケーキを100ピース買うと1ホールサービスされるのだ。

なお、20個だと1ピースのサービスとなる。

ご近所の甘いもの好きなOLに人気御用達のサービスで、中々に好評である。

 

「ん……100個ってもしかして、あの人で?」

 

「お、知ってるみたいだな。ここ1年位、毎週ウチのパウンドケーキを2個ずつ食ってく可愛い子が居るんだろ?」

 

フライングパピー店長のその言葉に、明久の脳裏に20代前半と思われる女性がよく来てはパウンドケーキを頼む。

 

「分かりました。来たら、渡しておきますね」

 

「おう、頼んだ」

 

明久の言葉に、フライングパピーの店長は朗らかにそう言った。

そして、それから数時間後

 

「ああ……また、この日が……」

 

修練場の片隅に現れたねこやのドアを見て、光の高司祭たるセレスティーヌは暗い表情を浮かべた。

そこは、高司祭のために作られた修練場で、そこに入ることを許されているのは、20歳で高司祭になったセレスティーヌのみ。

そしてねこやの秘密を知ってるのは、隠居した先代高司祭とセレスティーヌだけ。

そうしてセレスティーヌは、ゆっくりとドアを開けた。

 

(ああ、なんてことでしょう……一年の享受は、終わったのに……)

 

セレスティーヌはそう思いながら、早希に案内されて席に座った。

《一年の享受》というのは、光の高司祭が受ける試練の一つだ。

一年間は好きなことをしたり、好きな物を食べて、その後はそれらを一切禁じるという。

光の神殿は何より節制を尊び、禁欲の生活を送ることを旨としているのだ。

 

「あの……今日のパウンドケーキは……」

 

「今日は、ラムレーズンと聞いてます」

 

早希のその説明に、セレスティーヌの鼓動は高鳴った。

 

(ら、らむれーずん!)

 

ラムレーズンは、小さい葡萄を甘味が強い酒に漬けた味で、セレスティーヌの一番好きな味だ。

しかし、食べたのは一年間で三回だけ。今回を合わせて、ようやく四回目になる。そのラムレーズンの味を思い出し、セレスティーヌの口の中に唾が溢れた。

 

「では……パウンドケーキを2つと紅茶をお願いします……」

 

「分かりました。少々お待ちください」

 

早希が離れると、セレスティーヌは内心で頭を抱えた。

 

(私のバカ! いえ、そもそも、同じ味だったらまだ飽きが来たのに……!!)

 

自身を罵倒した後、セレスティーヌは責任転嫁を計ったものの、やはり自分が悪いという結論になって机に顔を打ち付けた。

そこに、アレッタが近寄り

 

「あの、どうしました?」

 

とセレスティーヌに問い掛けた。

 

「自分自身の意思の弱さに、嘆いてるだけです……」

 

セレスティーヌはそう言うと、体をゆっくりと起こした。

 

「は、はあ……こちらが、パウンドケーキです。では、ごゆっくり」

 

アレッタは皿を置いた後に、頭を下げてから下がった。

そして、セレスティーヌの目前に茶色い四角形のパウンドケーキが2つ乗った皿が置かれてあった。

その味を思い出すだけで、口の中に溜まった唾を飲み込んでから

 

「い、いただきます……」

 

と会釈してから、パウンドケーキを一つ持って口に運んだ。

一口かじるだけで、ホロホロと崩れる生地。しかしボソボソしてる訳でもなく、しっとりしている。

しかも生地に茶葉を混ぜているようで、お茶の風味が口の中に広がる。

そんな中で、ラムレーズンが一際強く自己主張してくる。濃厚な甘さが口いっぱいに広がり、手が止まらなくなる。

 

(ああ……この味が、私を魅了する……)

 

光の高司祭としては、本当はもう食べてはいけない。だが、その節制の訓告を忘れそうになるほどに、食べたいのだ。

そしてセレスティーヌは、あっという間に2つのパウンドケーキを食べ終えた。

それを残念に思いつつ、そろそろ戻って、ドアの辺りを封鎖する手立てを考えないと。

と考えていた時、店長がやってきて

 

「どうぞ」

 

と細長い紙の箱を、セレスティーヌの前に置いた。

 

「……これは?」

 

「100個注文記念のパウンドケーキのホールです。中はラムレーズンだそうです」

 

セレスティーヌの問い掛けに、店長はそう教えた。

それを聞いたセレスティーヌは、思わず目を見開いた。

 

(あのパウンドケーキを、この長さで!? しかも、ラムレーズン!?)

 

セレスティーヌとしたら、誘惑以外の何者でもない。

本当なら断るべきだ。しかし、記念品を無下にも出来ない。

セレスティーヌは激しい葛藤の末に

 

「い、いただきます……」

 

とその箱を貰い、退店。消えつつあるドアを見ながら

 

「先代様の言葉の意味がわかりますわ……まさしく、魔性の店です……」

 

セレスティーヌはそう言いながら、手の中にある箱を見下ろしたのだった。


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