異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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36皿目 豚汁

「おはようございます!」

 

(おはようございます)

 

「おはようございます」

 

「おう、おはようさん」

 

「おはようございます」

 

その日、アレッタとクロはほぼ同時に出勤してきた。

それを確認した店長が

 

「それじゃあ、朝食を食べるぞ。今日は、ちょいと特別だ」

 

と言った。そしてアレッタとクロが見たのは、何時もの味噌汁より具だくさんの汁だった。

 

「あれ、このお味噌汁……」

 

「まあ、食べてみて」

 

明久に促されて、アレッタとクロはその味噌汁を一口食べた。

まず、見た目通りに口の中に入ってくる何時もより豊富な具。そして、味噌とバターの風味。

 

「これ……バターが使われてるんですね?」

 

「うん、その通り」

 

「豚汁って呼ばれる味噌汁でな。何時もより栄養もある」

 

アレッタの問い掛けに、明久と店長はそう告げた。

するとアレッタは、頷いた後に

 

「だけど、なぜ豚汁を?」

 

と首を傾げた。

それを聞いた店長と明久は、カレンダーを見て

 

「今日は」

 

「肉の日、だからね」

 

と二人で言った。実はねこやでは、毎月29日は肉の日として、何時もサービスで出す味噌汁を豚汁にしているのだ。

そして、開店すると

 

「よし! やはり今日は肉の日だったか!」

 

「最早、経験だな」

 

確信した表情で、常連たるタツゴロウやアルトリウスが来店。

それに続くように

 

「お!? 今日は肉の日か! これは運が良い!」

 

ライオネルが来店。

 

「なんと!? 肉の日とな!?」

 

「豚汁って、何かしら? まあ、美味しいだろうけど」

 

ハインリヒとサラが来店。朝から、大勢の客に溢れ帰った。

 

「うむ、久し振りの豚汁は旨いな!」

 

「まったくだ。豚汁、お代わり!」

 

「おーい! 俺もだ!」

 

「私もお願い!」

 

「はーい! ただいま!」

 

注文を受けてアレッタは、キッチンに向かった。

 

「店長! 豚汁のお代わりです! 四つ!」

 

「あいよ!」

 

アレッタの注文に応じて、店長は豚汁を器によそってお盆に乗せた。

その後も

 

「店長! 豚汁のお代わりです!」

 

「はい、持ってって!」

 

早希が告げたと同時に、明久がよそったのをお盆に乗せた。というように、矢継ぎ早に豚汁のお代わりが続いた。そして気付けば

 

「あ、もうこんだけか……」

 

寸胴鍋一杯に作った豚汁は、残り僅かになった。

店長の言葉を聞いた明久は、作り終わった料理をお盆に乗せると

 

「僕が仕込んでたのがあります!」

 

と弱火で煮込んでいた寸胴鍋を指差した。中を見た店長は

 

「よし、ナイス先読みだ」

 

と明久を誉めて、注文が入った料理を作り始めた。

そうして、一段落着いたら

 

「はあ……凄い勢いで、豚汁が出ましたね……」

 

とアレッタが、疲れた様子で椅子に座った。

確かに、お昼を少し過ぎた時点で寸胴鍋二つ目に入った。凄まじい勢いだろう。

すると、アレッタが

 

「あれ……? 豚汁って、何時ものお味噌汁の代わりなんですよね?」

 

と明久に問い掛けた。

 

「うん、そうだよ?」

 

「だったら、その……売り上げは大丈夫なんですか?」

 

明久の言葉を聞いて、アレッタは思わずそう問い掛けた。確かに、豚汁に使われている材料のことを考えれば、当然の帰結だろう。

だが

 

「豚汁は言わば、俺達からの恩返しとお礼なんだ」

 

「何時も食べに来てくれて、ありがとうございます……ってね」

 

と店長と明久は告げた。

 

「恩返しとお礼……」

 

「うん……長い間、何時も食べに来てくれるからこそ、僕達はねこや(お店)を続けられる」

 

「そのお礼と恩返しのために、ねこやは毎月29日を肉の日にして、お味噌汁から豚汁にしてるのさ。先代からの拘りでな」

 

アレッタの呟きを聞いて、明久と店長はそう教えた。

ねこやだけでなく、料理店と言うのはお客が来ないと成り立たない。

お客が来て、料理を頼んでくれる。それでようやく、商売として成り立つ。

そして何より、お客が美味しそうに料理を食べてくれる。それが、料理人にとっては何よりの報酬になる。

しかし、先代店長はそれだけでは満足出来なかった。だが、先代店長は料理の値引きといったことをする気は無かった。

そこで思い付いたのが、毎月29日の肉の日だった。

 

「そうやって、日々来てくれるお客様に恩返しとお礼をする。それが、料理人のやり方ってな」

 

「そういうこと」

 

と二人が言い終わると、賄いを作ってきた早希が休憩室に入ってきて

 

「はい、今日の賄いです」

 

と各員の前に、料理を置いた。

毎月29日、ねこやは豚汁を御用意して待っています。


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