異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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四皿目 ビーフシチュー

「ありがとうございました!」

 

とアレッタは、最後のお客を見送った

その時、今が夜だと気付いた

 

(あ、お月様だ……お店の中はいつも明るいから、時間の感覚が分からないや……)

 

アレッタ達が住む世界では、電気は普及していない

だから明かりはランプ等が一般的で、夜になればランプが有っても薄暗いのだ

アレッタが夜空を見上げていると、明久が顔を出して

 

「アレッタさん、今のが最後のお客さんかな?」

 

とアレッタに問い掛けた

するとアレッタは、ドアを閉めながら

 

「あ、はい。そうです!」

 

と明久に答えた

すると、明久の後ろに店長が現れて

 

「だったら、そろそろ《最後の客》が来るから、テーブルの上を片付けといてくれ」

 

と言った

それを聞いたアレッタは、首を傾げながら

 

「最後のお客様……?」

 

と言った

それを聞いた明久が

 

「大食いのお客でね。他のお客との兼ね合いもあって、別枠で来店してもらってるんだ」

 

「なるほど……?」

 

明久の言葉を聞いて、アレッタは納得の言葉を言ったものの、困惑している様子だった

すると、キッチンで鍋の中をかき混ぜていた店長が

 

「すげーよな。この鍋、全部食っちまうんだぜ?」

 

と笑いながら言った

それを聞いたアレッタは、驚いた表情で

 

「全部!?」

 

と声を上げた

そして、何か気になったのか

 

「そう言えば、別枠で来店してもらってるって言ってましたよね?」

 

と問い掛けた

すると、明久が

 

「あ、その約束をしたのは、先代の店長なんだ」

 

と一枚の写真に、目を向けた

その写真には、一人の男性が写っていた

白髪と白い髭が特徴の男性だった

 

「先代のマスター!?」

 

「おう、俺の爺さんだな」

 

アレッタが驚くと、店長が笑いながらそう言った

 

「爺さんのモットーはな、飯屋は飯が旨ければそれでいい。例えそれが、洋食だろうが、和食だろうが、中華だろうが関係ない。だから、あの扉が異世界に繋がったのかもしれないな」

 

店長は鍋の中を確かめながら、そう言った

その時だった

カウベルが鳴り、来客を告げた

 

「いらっしゃ……」

 

キッチンから顔を出した三人は、来店したお客を見て固まった

何故ならば

 

「くっくっく……来たぞ、店主達!」

 

そこには、全裸の美女が居たからだ

三人はどう対処していいか分からず、固まっていると

 

「失礼シマス」

 

と開いたままだった扉から、新たに魔族らしい人物が入ってきた

そして、美女に

 

「女王ヨ、コチラヘ」

 

と外を指し示した

 

「なんだ、バルログ」

 

その美女は問い掛けながらも、魔族

バルログに請われて、一度外に出た

すると

 

「女王ヨ、人前デハ服ヲ御召シナラネバ礼節ヲ欠クトアレホド」

 

「おお、そうであったわ」

 

と会話が聞こえてきた

そして、数分後

 

「改めて、来たぞ。店主達よ」

 

と今度は、赤いドレスを着て現れた

その身からは、凄まじい圧が放たれている

それを受け流しつつ

 

「いらっしゃいませ」

 

「ご注文は?」

 

と明久と店長は問い掛けた

すると女王は

 

「決まっておろう。妾が頼むのは、常に一品のみよ」

 

と言った

それを聞いた二人は、笑みを浮かべて

 

「ですよね」

 

「では、お待ちください」

 

とキッチンに入っていった

それを見送った女王は、適当な椅子に座った

それを見たアレッタは、キッチンに続く入り口の影から女王を見ていた

女王のスタイルは、はっきり言ってグラマラスだった

出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる

アレッタからしたら、羨望の的だった

すると、視線から気付いていたのか

 

「そこの娘」

 

と呼ばれた

 

「は、はい!」

 

呼ばれたアレッタは、小走りで女王に近づいた

すると女王は、アレッタの頬を摘まんで

 

「料理はまだか?」

 

と問い掛けた

その問い掛けに、アレッタは

 

「さひほほ、ひゅうもんひはははひでふよー!」

 

と言った

どうやら、頬を摘ままれているために、上手く喋れないようだ

それを聞いた女王は

 

「ふむ、それもそうか」

 

とアレッタの頬から、手を離した

その隙に、アレッタは

 

「か、確認してきますー!」

 

とキッチンに駆け込んだ

そして、キッチンに立っていた二人に

 

「マスター、明久さん……本当に、あのお客様が大食いのお客様なんですか?」

 

と涙目で問い掛けた

すると、二人は笑いながら

 

「そうだよー」

 

「粗相して、アレッタが食べられないようにな」

 

と言った

店長の言葉に、アレッタは

 

「え、ええ!?」

 

と驚いた

だが、店長は笑って

 

「冗談だよ」

 

と言った

そのタイミングで、店が揺れた

するとアレッタが

 

「わ、地震ですか?」

 

恐る恐ると、周囲を見回した

すると、明久が

 

「いや、多分お腹が鳴ったんじゃないかな?」

 

と言った

それを聞いたアレッタが、驚いていると

 

「ほれ、出来たから、持っていってくれ」

 

と店長が、皿を置いた

それをトレイに乗せて、アレッタはフロアに行き

 

「お待たせしたした、ビーフシチューです」

 

と女王の前に置いた

それを見た女王は、自身の体を抱き締めながら

 

(ああ……この匂いこそが、妾を魅了する……)

 

と、ビーフシチューの匂いを思い切り吸い込んだ

そして、スプーンで一掬いし口に運んだ

その直後

 

「美味い!!」

 

とその華奢な体からは想像も出来ない声量で、店を震わせた

それに驚いたアレッタが座り込んでいると、背後に明久と店長が現れて

 

「いやぁ、相変わらずだなぁ」

 

「確かにな」

 

と言った

そんな二人に

 

「あのビーフシチューというのは、どんな料理なんですか?」

 

と問い掛けた

すると、二人が

 

「そうだな……ねこや自慢の一品、ビーフシチュー」

 

「簡単に言えば煮込み料理だけど、野菜が苦手な子供も簡単に食べられる料理だ」

 

と言った

それを聞いたアレッタは

 

「私は食べられますよ!」

 

と顔を赤くしながら、反論した

そんなアレッタに、二人は笑い

 

「そして、ビーフシチューたる所以。それが、牛肉だ」

 

「食べやすいように、一口サイズに切ってあり、それを長時間煮込むことにより、口に入れただけでホロホロと崩れる……」

 

と説明した

そのタイミングで、女王が口から火を噴いた

それを見たアレッタは驚き、店長は苦い表情を浮かべ、明久は消火器を掴んでいた

そして食べ始めて十数分後、女王は綺麗に食べ終わった

そして、立ち上がった

それを見たアレッタは

 

(あれ、お代わりはしないのかな?)

 

と首を傾げた

すると女王は、店長と明久に近寄り

 

「本当ならば妾は、鍋一杯の金貨を渡したいんだがな」

 

と言いながら、胸元から金貨を二枚出して手渡した

それを店長が受け取ると、明久が鍋を指し示して

 

「どうぞ、お持ちください」

 

と言った

それを聞いた女王は、鍋に歩み寄り

 

「ふむ……よし」

 

と満足そうに頷いた

中が一杯なのを確認したようだ

そして、蓋を閉めると

 

「では、貰っていくぞ」

 

と言って、寸胴鍋を軽々と持ち上げた

それを見たアレッタが驚くが、女王はそんなアレッタを見て

 

(七日前の迷い子か……)

 

と思った

そして、一度鍋を置くと

 

「頑張って働くがいい、娘よ」

 

と言って、アレッタの頭を撫でた

 

「は、はい!」

 

アレッタが頷くと、女王は鍋を再び持ち上げて退店した

その女王の正体は、かつて攻め込んできたエルフが率いる大軍を燃やし尽くした、伝説の六柱の龍

その一柱

通称、赤の女王なのだった


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