異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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まだ作中では、お正月ってことでお願い致します


45皿目 お汁粉

「ふむ……一年経ったのか……」

 

そのエルフは、ある森の中で一年振りに目を覚ました。

その名前は、セレナ。長い時を生きるエルフの中でも破格の年月を生きるエルフにして、賢者の称号を与えられた唯一のエルフだ。

太陽と月の影響により、揺らぎ続ける魔力の流れ。それを感じて、一年経ったことを察した。

セレナが森に漂う精気を魔力に変換し、それを取り込むことで若返り、老いとそれに連なる死を永遠に抑え続ける秘術を開発した。

遥か太古の七色の竜や異世界に逃げたという魔王ならば、まるで息をするかのように無意識下で行使する秘術。それを唯一開発し行使出来るのが、セレナだった。

セレナがその秘術を開発したのは、今から遥か昔のエルフにしては若輩の100歳の時だった。

当時のエルフ達は、積極的に魔術の研究をしており、5柱の竜達や深海の底や高き空の果て、果てにはエルフが居ない異世界にすら進出しようとしていた時代があった。

当時のエルフ達は、自分達が世界を支配していると思い上がり、今では禁術とされる術も開発した。

そんな時代に、セレナは産まれて、天才ともてはやされた。

セレナは80歳位の時から、ある秘術。儀式により己の肉体を捨てて、魂だけになって生きる秘術を信じていなかった。

エルフは、脆弱だが肉体を持って産まれてきた種族であり、魂だけで生きるというのが、何の代償も無いとは信じていなかった。

そして、セレナのその懸念は大当たりだった。

魂だけになったエルフ達は、100年と持たずに発狂し、死を振り撒く魔霊王(リッチ)に成り果てたのだ。

本来は肉体からの刺激があって、精神の均衡を保てるのに、魂だけになって精神の均衡が保てるわけがない。そう分かったセレナは、肉体を持ったまま不老不死になれる研究を開始したのが、100歳だった。

そこからは、長い時を掛けて開発を続けた。

理論の完成に約500年、自分の肉体と森の環境の維持のための魔術の完成に約300年。新しい秘術の完成までに、計800年という長い歳月。エルフにとっても、生涯を掛けた秘術により、セレナは約3000年という気の遠くなるような年月を生きてきた。

 

「永遠とは、孤独なものだな……」

 

セレナはそう呟きながら、ある場所に向かって歩き始めた。それを見つけたのは、本当に偶然だった。

セレナは一年の殆どの時間を、肉体は寝かせて頭は動かして新たな魔術の研究を続けてきていた。

しかし、森に異変が起きれば直ぐに目覚めて対処するようにしていた。

その時は、森で火事が起きてセレナが魔術の根幹に使っていた長老とも言うべき木に危機が迫ったのだ。

その火事自体は、セレナが行使した雨を降らす魔術で鎮火されたものの、長老木も多少焼けてしまったのだ。

セレナはその長老木の世話をゴーレムに任せて、魔術の再設定をするために歩いていた。

その時、見つけたのだ。黒いドア。異世界食堂こと、ねこやのドアを。

 

「楽しみだな、オシルコ」

 

セレナはそう言いながら、ドアを開けた。

 

「いらっしゃいませ! 洋食のねこやにようこそ!」

 

「席は空いているか?」

 

混んでいる店内を見て、セレナはそう早希に問い掛けた。すると早希は、一度店内を見渡して

 

「すいません、少々お待ちください!」

 

と言って、確認に向かった。そこに、料理を両手に持った明久が現れて

 

「おや、一年振りですね。セレナさん」

 

「ああ、お前か……息災なようで何よりだ」

 

一年振りに来店したセレナの姿に、明久は懐かしさを感じながら挨拶した。

 

「すいません、今日はかなり混んでまして……」

 

「いや、盛況なのは良いことだろう……」

 

明久がセレナに謝罪すると、セレナは微笑みを浮かべながらそう告げた。

確かに、料理店としては盛況なのは万々歳である。

そこに、早希が現れて

 

「すいません、相席で大丈夫でしょうか?」

 

とセレナに問い掛けた。

 

「ああ、構わない」

 

「では、こちらです」

 

セレナの言葉を聞いた早希は、セレナをある席に案内した。一人のエルフ、クリスティアンが座る席に。

 

「ご注文が……」

 

「あ、すまんが、注文は決まっている。オシルコを頼む」

 

「分かりました」

 

セレナの注文を受けて、早希は離れていった。すると、クリスティアンが

 

「一年振りです、セレナ樣」

 

と挨拶してきた。

 

「久しいな、遠い同胞よ……今日は、変わったのを食べているな? ナットウスパゲッティではないな?」

 

「はい、知り合いの娘が見つけたナットウとライスからヒントを得ました。ナットウモチです。中々美味ですよ。向こうの世界では、わりとポピュラーらしいです」

 

セレナは一年前に来た時はクリスティアンがナットウスパゲッティを食べていたのを覚えていたが、今日のクリスティアンはナットウを着けた白い塊。

ナットウモチを食べていることに気づいたから問い掛けたのだ。

 

「それも、この時期限定……ということか?」

 

「はい、他にオハギというのも有るようです。次にそれを頼もうかと思っております」

 

セレナとクリスティアンが話していると、明久が現れて

 

「お待たせしました、お汁粉です。どうぞ、ごゆっくり」

 

とセレナの前に、濃い紫色の飲み物が入った器を置いた。

セレナがそのお汁粉に出会ったのは、本当に偶然が重なった結果なのだ。偶々目覚めた日が、ねこや側からしたら年明けだったこと、そこに先代店長が時期限定の食べ物を出そうと考えていて、当時偶々来ていた現店長に食べさせようと、お汁粉を作った。

そこに、偶々目覚めたセレナが来店し、お汁粉が気になり注文し、食べて気に入ったのだ。

それ以来、ねこやの正月期限定メニューにお汁粉が加わることになったのだ。

 

「ふむ……この甘さ……良いな……」

 

最初に一口食べた時、セレナは衝撃を受けたのを今でも覚えている。気の遠くなるような時を生きてきたセレナだったが、お汁粉は初めて食べた。

まず、甘いこと。そして何より、見たこと無い料理だったからだ。

甘味料は当時から貴重品で、長い歳月を生きてきたセレナも片手で数えられる回数しか食べたことが無かった。

しかも、かなり高い。それが、ねこやでは手頃な値段で食べられる。

セレナが気に入るには、充分過ぎた。それ以来、一年に一度必ず来るようになった。

 

「それで、お主はまだ食の探求を?」

 

「はい。これも、その一環です」

 

セレナの問い掛けに、クリスティアンは今度は深緑の布のような物。海苔が巻かれたお餅を食べた。醤油を着けているようだが、時々パリという音が聞こえる。

 

「ふむ……今度、海の方に行ってみるのも一興か……」

 

「相変わらずで何よりよ……」

 

セレナはクリスティアンが相変わらずで安心感を覚えながら、更に一口と口に運んだ。

濃い甘さが口の中に広がるが、スッと消えていく。くどくない甘さが、心地よい。

 

(ああ……長生きしてみるものだ……まさか、このような料理に出会えるとはな……)

 

3000年という長い歳月の間に、セレナと同期を生きたエルフ達は全員死に絶えたか、死霊王に成り果ててしまった。調べた処、半数は討伐されたようだが、まだ半数近くがダンジョンの奥地や人が住めなくなった魔境に居る。恐らく、何時かは討伐されるだろう。

 

(だから、あの秘術は止めろと言ったんだ……)

 

一体、その中の何体が知り合いなのか。セレナは確認する気は無い。確認する勇気が無いとも言えるが。

 

「さて、次はそのオハギとやらを頼むかな」

 

「おや、宜しいので?」

 

クリスティアンが問い掛けると、セレナは笑みを浮かべて

 

「なに……一年に一度なのだ……好きなように食べるさ」

 

と答えて、近くを通ったアレッタを呼んで、更に注文するのであった。


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