「よ、持ってきたぜ」
「おう」
「待ってましたよ」
2月14日。明久達からしたら、バレンタインと呼ばれるイベントは、フライングパピーからしたら正に掻き入れ時である。だから売り切れにならないようにと、かなり多めに作る。そして、当然のように余るので、ねこやに卸すのだ。
「店長、今年も取り置きするんですか?」
「ああ……もう10年になるが……待ちたいさ」
明久の問い掛けに、店長は少し諦めた表情を浮かべながらもチョコの入った箱を一つ取り置き用の棚に置いた。
バレンタインの祝日というイベントを、ねこやで始めるようになったのは、今から十数年前。その初期から、一人の青年がチョコの取り置きを頼むようになっていた。なんでも、知人の頼みらしい。しかし、今から10年前から来なくなってしまった。
その意味は、大体は察しがつく。普通ならば、もう諦めるべきだろう。しかし店長は、信じて待つことにした。
そして、数時間後。
「ほらほら、師匠! 頑張るっすよ!」
「本当に、この先にネコヤのドアが有るのか!?」
一組の男女が、激しい吹雪の中で険しい山を登っていた。
「父さんの日記には、この辺りの洞窟の奥に有るって書いてあったっすけど……お、あの洞窟じゃないっすか?」
「……可能性は高いな」
軽い口調の女性の言葉に、師匠と呼ばれる男性。ウィリアム・ゴールド・ジュニアはその洞窟に向かった。今彼が居るのは、東大陸でも西大陸でもない第三の大陸。南大陸だ。南大陸に渡るには、竜神海と呼ばれる広大かつ渦潮が多くある海を渡らなければならず、容易には渡れない。
ならばなぜ、彼はそこに居るのか。そもそも、彼は誰なのか。彼は、東大陸においては大商会と知られるゴールド商会の直系の一人で、創業者の一人であり、名の知れたトレジャーハンター。ウィリアム・ゴールドの直系にあたる人物で、名前もウィリアム・ゴールドの再来という意味と願掛けの両方で、ウィリアム・ゴールド・ジュニアとなったのだ。
そんな彼が、なぜ南大陸に居るのか。
それは、今から10年前に遡る。今から10年前、彼は祖父たるウィリアム・ゴールドからある一冊の手帳を手渡された。その手帳には、ウィリアム・ゴールドが今まで行った古代の遺跡に関する情報がある程度記載されていた。
その手帳を受け取ったジュニアは、それをウィリアム・ゴールドからの試練と受けとめ、その手帳に記載されている様々な遺跡に向かい、調査。事細かな情報を記載、または見つけたお宝を持ち帰る旅に出た。
そんな中で彼も、トレジャーハンターになり、ある一つの遺跡にたどり着いた。それは、古代エルフの遺跡。古代エルフが魔法の研究をしていた、研究所の一つだった。そこを調べていた時、ジュニアはある物を見つけた。
それは、巨大な門だった。ジュニアはその門が何なのかを調べようと、迂闊にも近づいてしまった。遺跡自体が大分倒壊していたから、まさか生きていた魔道具施設があるとは思っていなかったのだ。しかも、対の魔道具施設。ジュニアも噂ででしか聞いたことのない魔道具施設、転移門だった。
そして気付けばジュニアは、南大陸に居た。何とか帰ろうと何回も転移門を調べたが、うんともすんとも言わない。壊れたのか一方通行になっていたのかは分からないが、ジュニアはその転移門を諦め、南大陸で生きながら東大陸に帰る方法を探すことにした。
それから、早10年。最初は分からなかった南大陸語を学習しつつ、彼は生活を開始。
未だに南大陸は未解明な部分が多分にあり、そもそも東や西大陸から渡れた人物が殆んど居ない。
その南大陸を調査している間、何とジュニアは結婚し子供まで産まれた。今一緒に居るのは、その妻の妹になる。
(やはり、若さか……)
もう30後半に差し掛かろうかという歳のジュニアに対して、義妹は10代後半。しかも、南大陸ではさして珍しくもない半魔族の義妹は、寒さを気にした様子もなく岩場を登り、ある洞窟に入ると岩場を登るのに四苦八苦していたジュニアに、手を差し伸べて
「師匠、有りました! 黒いドアっす!!」
と洞窟の奥にある、ねこやのドアを指差した。
「間違いない……ねこやのドアだ……」
ジュニアはそのドアを見て、懐かしい気持ちが沸いた。今から10年前。南大陸に飛ばされる直前、ジュニアは幾つかのねこやのドアを見つけていて、時々は来店していた。そして最後の日、バレンタインの祝日に妹達のお土産用にとチョコを頼み、そして取り置きを頼んでいたのだ。しかし、もう10年も来れていなかった。
「ああ……ようやくだ」
ジュニアはそう呟きながら、ドアを開けた。
「おお……日記に書かれてた通りっす……中は暖かいし、明るい……」
義妹は風景が変わったことに驚きつつ、周囲を見回した。ふとその時、ジュニアが静かなことに気付き、視線を向けると、ジュニアが一人の女性を見て固まっていた。
(確かに美人さんっすねぇ……まさか、一目惚れ!?)
すわっ、不貞は防がなければ! と義妹が決意を固めた時
「サラ……まさか、サラか!?」
「お、お兄ちゃん!? 嘘っ!? 10年前に死んだはず!?」
「……え、どういうことっすか?」
「なにごと?」
予想外の事態に、義妹だけでなくその場に居た客や明久達も固まってしまった。
それから、数分後
「つまり、師匠の妹さんっすか」
「正確には、従妹だがな」
「けど、本当に……よく生きてて……」
サラはジュニアが生きていることが嬉しくて、涙を流していた。そこに
「ご注文のアーモンドチョコとホットミルクです」
とアレッタが現れた。すると、サラは
「ああ、そうだ。お兄ちゃん、紹介するわ。私の住む別荘に住み込みでハウスキーパーをやってもらってる」
「あ、アレッタと申します!」
「ああ、ウィリアム・ゴールド・ジュニアだ。よろしくな」
自己紹介した二人は、軽く握手した。南大陸に長く住んでいるウィリアムからしたら、半魔族は慣れた存在なので、何の気兼ねなく握手のために手を差し伸べた。
そしてジュニアは、目の前に置かれた皿に乗っているアーモンドチョコを見て
「さて……食べるか。サラも食べてみなさい」
と促して、アーモンドチョコを一粒持った。サイズは、本当に小さい。親指と同じ位の濃い茶色の物体。
「しかし、これが本当に甘いのか……?」
ジュニアが記憶しているのは、今住んでる街で薬として出回っているカラオの苦さだ。一応10年前に南大陸に飛ばされた直後、食糧を得るまで食べていたが、その時は生きることに必死だったので、味を気にする暇などなかったのだ。
「父さんの遺した日記には、確かに甘いって書いてあったっすよ?」
妻と義妹の父親は、高位の赤の神官だった。しかし、今から約数年前に過激派の光の神官戦士団が街に攻めこんで来たのを、僅か数人の神官戦士で殲滅した。しかし、その際に負った負傷が理由で亡くなった。
そして少し前に、義妹が父親の部屋の整理をしていた時に、日記を発見。その中から、赤の女王が来る店としてねこやの事が書かれてあったのだ。しかも、年に一度。
バレンタインの祝日には、チョコが売られているとも書かれてあった。
それを頼りに、師匠たるジュニアと一緒にねこやのドアを探しにきたのだ。
「……では」
意を決して、ジュニアはアーモンドチョコを一口で半分ほど食べた。最初は甘いことに驚いたが
(この風味……間違いない、カラオだ!)
甘さの中に、
「その表情、見たかったっす」
と笑みを浮かべながら、ジュニアに続いてアーモンドチョコを食べてから、ホットミルクを飲んだ。そして、ジュニアに
「アタシとしては、今の食べ方をオススメするっすよ師匠」
と勧めてきた。義妹は何だかんだ食にはこだわりがある性格なので、間違いはないだろうとジュニアは義妹と同じ食べ方をした。残っていたアーモンドチョコを放り込み、直ぐにホットミルクを一口飲んだ。
すると、先に口に入れていたアーモンドチョコが仄かに融けて口の中でホットミルクと混ざり、味が変わった。濃厚な牛の乳の味の中にカラオの風味が、見事に調和する。
「……なるほど、美味いな」
「ニヒヒ」
ジュニアの言葉に、義妹は笑みを浮かべた。その後、サラと一緒にアーモンドチョコを食べて、チョコを二箱頼むと
「そうだ、サラ……これを」
と懐から、一冊の手帳を取り出した。
「これは……」
「爺ちゃんから貰って、俺がずっと使っていた手帳だ。やる」
ジュニアのその言葉に、サラは目を見開き
「それって、大事な情報じゃない!?」
と驚愕した。トレジャーハンターにとって、何より大事なのは情報だ。そのため、情報を書き記した手帳や日記は隠したりするのが普通だ。
「構わん……そっちに書いてあるのは、殆んどが東と西大陸の遺跡に関するものばかりだ……今の現状では、そっちに帰る方法が無いからな……どうしようもない……それに、俺が生きているという証拠にもなるだろう?」
「……そうね、貰っておくわ」
とサラは、ジュニアから貰った手帳を懐に仕舞った。そこに、店長が現れて
「はい、アーモンドチョコ二箱です……10年間、待ってましたよ。ジュニアさん」
とジュニアの前に、チョコの入った箱を二箱置いた。
「待たせてしまったようで、すまない」
ジュニアは感謝の言葉を言いながら、箱の入ったビニールを持った。そこに
「これをどうぞ」
と明久が、大きなマジックポッドを二つ置いた。
「これは……」
「ポトフです。奥さんとお子さんが居ると聞きましたので、サービスです。そちらのポッドは、次回来た時にでも返却してくだされば」
ジュニアが明久に視線を向けると、明久は微笑みを浮かべながらそう説明した。それを聞いたジュニアは、少しの間ポッドを見てから
「ありがたく、貰う」
とポッドを持った。そしてジュニアは、最後にサラを見て
「サラ、いい加減相手を見つけろよ」
「余計なお世話よっ!!」
サラにとっては余計な一言を告げて、ねこやを去った。そして、洞窟で身なりを整えてから
「さて、帰りも頼むぞ。弟子よ……お前の感覚が頼りだ」
「お任せっす、師匠!」
と二人で、吹雪の中を街に向かって戻っていった。