「……超常現象対策機関のSONG……ですか」
「はい。我々は、聖遺物や通常からは考えられない異常事態に対処するために組織された機関でして。その中には、並行世界もあります」
名刺を受け取った店長が視線を向けると、弦十郎はそう言いながらドアを見た。
弦十郎がそのドア、洋食のねこやを知ることになったのは、今から約10年程前になる。その頃弦十郎は、今とは違い、日本の警察の公安に所属していた。
その頃、先輩の一人からある噂を聞いた。その噂というのは、あるレストランが、行き場の無い子供達に食事を与え、更には働かせて社会復帰させている。という。
弦十郎がそれを調べていて見つけたのが、ねこやだった。
「並行世界かぁ……確かに、ノイズとかアルカ・ノイズとか聞いたこと無いな……」
「私も聞いたことありません……世界蛇ってヨルムンガンドとかですよね? それに、錬金術って本やアニメ位でしか聞いたことありません」
明久の話を聞いて、少し早目に来ていた早希がそう言った。
確かに、明久も同じだ。
しかし、弦十郎達の居る世界ではそれらが実在するという。
「世界が違うだけなのに、色々と違うんだなぁ……もしかして、そこの彼女達のペンダントもそれですか?」
明久が視線を向けた先に居る少女達、響達の胸元にある紅いペンダントを見た。
「そうだ。あれは、シンフォギア……聖遺物の欠片を使って造った兵器で、唯一異端技術と戦える存在……歌を鍵に起動し、力を増幅させて戦う……」
「歌って戦う……本当にアニメみたいだなぁ……」
弦十郎の説明を聞いて、早希は思わずそう呟いた。確かに、アニメのような話だ。
「しかし、随分と早い時間からお仕事をなさってるんですね」
「今回は、緊急事態だった故……日本時間で午前3時頃に日本を発った……」
明久の言葉を聞いて、翼がそう告げた。明久はそんな翼に、侍を彷彿させた。そして、脳裏に常連のタツゴロウの姿が浮かんだ。
(タツゴロウさん……二週間位来てないけど大丈夫だよね……)
彼等の世界では、何時命が喪われても可笑しくはない。だが、出来ることなら何時までも来てほしい。明久はそう思った。
その時、不意にグキュルルルという音が聞こえて
「あうぅ……お腹空いた……」
と響が呟いた。
「何か食べますか? こちらがメニューになりますが、メニューに無いのもある程度なら出せますよ」
店長はそう言いながら、早希が手渡したメニューを机の上に置いた。
「それはありがたいですが、よろしいので?」
「構いませんよ。空腹で来たお客様を帰すなんて真似、出来ませんからね」
店長のその言葉を聞いた弦十郎は、装者達を手招きし
「好きな物を頼め。ここは、俺が持つ」
「師匠、ありがとうございます!」
弦十郎の言葉にイノイチに飛び付いたのは、先ほど盛大にお腹を鳴らした響だった。それを合図に、全員が席に着いてメニューを広げた。
その後、クリスはデミグラスハンバーグ。翼はグラタン。未来はミートソーススパゲッティー。響はカツ丼の大盛。慎二はエビフライ。そして弦十郎は、カツカレーの大盛だった。
「承りました」
「少々お待ちを」
注文を受けて、明久と店長はキッチンへ。早希は先ほど来たアレッタとクロを着替えに行かせた。
その後、続々と異世界から御客が入店してきた。その客達を見て
「なるほどな……確かに、異世界食堂だな……」
と弦十郎は、思わず納得した。そんな中、翼は久し振りに来たタツゴロウを見て
「ほう……彼は、かなりの剣客のようだな……」
と鋭い視線を向けた。
「え、分かるのかよ、先輩」
「ああ……あの立ち居振舞い……彼は、間違いなく一流……ううむ、何時か手合わせしてほしい……」
クリスの問い掛けに、翼はそう答えたが、直ぐに
「しかし、ここは食事処……防人として、恥ずかしい真似は出来ない」
と自戒した様子で、腕組みした。それから数分後に、続々と料理が運ばれてきて、全員の前に置かれ、食べ始めた。
「美味しいっ!」
「響、分かったから落ち着いて。喉に詰まるから」
「うぐっ」
「ほら、言ったのに……」
カツ丼を掻き込んだ響は、未来の忠告の直後に喉に詰まらせて、未来から受け取った水を一気に飲み
「雪音……お前は、もう少し綺麗に食べられないのか……?」
「うぐ……これでも、前よりかはマシにはなってんだよ……」
「確かにな……前よりかは、飛び散ってはいないからなっ……!」
翼はクリスの食べ方を指摘し、クリスは翼に反論する。言ってはなんだが、翼は掃除が凄く苦手で、慎二が定期的(約一週間周期)に掃除しに行くが、たった一週間で部屋が汚部屋と化す。(おっと、誰か来たようd……)
「この味……変わらんな……」
「司令、知っているのですか?」
「なに、少しな……」
慎二の問い掛けに、弦十郎はカツカレーを見ながら目を細めた。
行き場の無い子供達に食事を与え、そして働かせているレストランという情報が気になった当時の弦十郎は、そのレストランを捜し、客として何回か行って調べた。
当時の店主、大樹は少々口は悪かったものの、人当たりが良く、路頭で迷っていた子供達によく声を掛けては店に連れていき、食事を与えてはその子供達が自立出来るようになるまで働かせていた。
弦十郎はそれが善意からだと判断すると、離れたのだ。
以後大樹は、彼が引退するまで同じことを繰り返し、幾人もの子供達を更正させて、見送った。
実は大樹の葬式の時、大人数の青年や大人達が線香を手向けに訪れていた。
そして、店長と明久は知らないが、実は一部の人達の間では
《ねこやに迷惑を掛けるのは、許さない》
という暗黙の了解があったりする。
閑話休題
弦十郎は、スプーンで一切れのカツを半分程に切ると、そのカツとカレーライスを一纏めにした状態でスプーンで掬い、口に運んだ。
(柔らかく下ごしらえされたカツ……サクサクの衣にカレーが絡んで、えもいえぬ味わいが口の中で広がる……見事な調和だ……あの頃と変わらぬ味わい……彼等が進んでいる証拠だ……)
弦十郎はそう思いながら、更に一口食べる。
(時々混じる福神漬けで、味に変化が加わり、飽きぬどころかスプーンが止まらない……)
気づけば次々と口にスプーンを運んでおり、着々と大盛のカツカレーが無くなっていく。そうして、数分後
「ふう……美味かった……」
弦十郎達は、見事完食。
満足そうにしていると、店長と明久が現れて
「こちらをどうぞ」
「お忙しいお仕事みたいですから、サービスでサンドイッチの詰め合わせです」
と言いながら、紙の箱が入ったビニール袋を幾つか置いた。
「ありがたく頂戴します」
弦十郎はそれらを受け取ると、一度慎二に預けてから財布を取りだし、清算した。すると、店長と明久が
「あのドアは、一週間に一度開きます」
「またのご来店を、お待ちしています」
と一同を見送った。
退店した一同は、消えていくドアを見ながら
「また来たいです、師匠!」
「確かに、あそこは美味しかった……」
「だな」
「うん」
「まあ、たまにならば、行くとしようか」
と会話し、業務に戻ったのだった。