「よう、今日もせいがでるな」
「おう」
「あ、おはようございます」
「おはようございます! 店長さん!」
冷蔵庫に搬入された素材を入れていると、フライングパピーの店長がゴンドラを押してやってきた。そのゴンドラの上には、様々な種類のケーキや洋菓子が乗っている。フライングパピーの店長は、それらを空いたスペースに入れていくと
「そういえば、これ出来たぞ」
と一つの小さな洋菓子を、偶々置いてあった皿に乗せた。
「これは、なんですか?」
「スイートポテトだ。食うか?」
「え、いいんですか?」
フライングパピー店長の言葉に、アレッタが驚いていると
「おうよ!
と豪快に笑った。それを聞いた店長は、エッという表情でフライングパピー店長を見てから
「……一つだけな」
とだけ答えた。
「で、では……あむ」
アレッタはフライングパピー店長からスイートポテトを受け取ると、口に運んだ。次の瞬間、目を見開き
「甘くて美味しいです! しっとり滑らかで!」
「だろ?
アレッタの言葉で気をよくしたのか、フライングパピー店長は、更に笑う。
スイートポテト、洋食のねこやでは秋から年末までの期間限定で販売されるもので、一部の常連からは一年通して出してくれ。とよく頼まれる物だ。今から約6年前から販売開始して以来、人気商品で売り切れることも時々ある程だ。
「今年も、これをよく頼む人来るんじゃねぇの?」
「多分、今日辺り来るだろ」
フライングパピー店長からの問い掛けに、店長は長年の感覚から答えた。
場所は変わり、南大陸のある場所。
「……今日辺りか」
自宅の執務室で聖典を読んでいた男性は、思い出したように呟いてから立ち上がった。彼は、金の神に仕える高位の神官、アントニオだ。アントニオは自身の部屋から出ると、居間に居た妻子に
「少し修行に出てくる。夜までには戻る」
と告げると、家を出て修行場所に向かった。長年修行場所として通い続けたのは、普通の人間では登るのが不可能だろう断崖絶壁だった。垂直に聳え立つ、高い山肌。遥か先は雲に隠れており、更に言えば空気も薄い。
恐らくは、魔族や半魔族でも登るのはかなりの修練を積まないと登れないだろう。
アントニオは上着を脱ぐと、それを腰に巻いてから手を組み祈り始めた。そうして、数十秒後
「ふっ!」
と気合いの声を漏らすと、背中に金色の一対の翼が現れた。アントニオはその翼の調子を確かめるために、何回か羽ばたかせた。そして、自分の思い通りに動くのを確認すると、キッと遥か上空を睨み付けて
「……はっ!!」
と気合いと共に、一気に上昇を開始した。空気を切り裂き進むアントニオ。最早慣れたもので、ドンドンと高度を上げていく。暫く飛んでいると、目的地が見えた。
切り立った断崖絶壁の頂上、その一ヶ所が丁度人一人が立てる分だけ突き出していて、そこにそのドアはあった。
約6年前から出るようになった、黒いドア。洋食のねこやのドアだ。数年前に出会った
アントニオはそこに着地すると、翼を消してから上着を着て
「有るといいが……」
と呟きながら、入店した。
「いらっしゃいませ! 洋食のねこやにようこそ!」
「む……」
アントニオは出迎えたアレッタを見て、固まった。アレッタの両側頭部にある半魔族の証たる羊を彷彿させる角。アレッタが働き始めたのは、昨年の冬の始まり辺りだったが、その時期アントニオは住んでる村でのトラブルや神官として忙しかったので、泣く泣く来店出来なかったのだ。
高位の神官としたら、何らかの対処を考えないといけないが、ここは異世界食堂。あらゆる面で色々と違うし、更に言えば店長達は中立的立ち位置で差別等もしない。
ならば、それに従うのが道理である。
アントニオは近くの席に座り
「すまんが、スイートポテトを五個とミルクを」
「はい、わかりました!」
アントニオの注文を受けたアレッタは、キッチンに向かい、アントニオは店内を見回した。以前と変わらぬ顔ぶれも居れば、新しい顔も何人か居る。
そしてアントニオは、異世界食堂に満ちる気配を感じて
「……相も変わらず、赤の神は来ているようだな」
と呟き、そして見つけた。
「まさか……黒の神……なのか?」
アントニオが見ていたのは、ウエイトレスとして働いているクロだった。
「それにしては、誰も……」
アントニオは店内をグルリと見回して、誰も異常を訴えている人物が居ないことに首を傾げた。
アントニオが信奉する金の神たる金龍は雷と空を司り、異世界食堂によく来る赤の神は炎と火山という風にそれぞれが司り象徴するのがある。
そして、クロこと黒の神が司るのは死と月であり、更に言えばクロからは常に死の魔力が漏れているのだ。
昔はそれが理由で一つの街が一夜で壊滅したということすらあった。
だが、異世界食堂に居る客や店員は誰も不調そうではない。
(一体、どういうことだ……)
とアントニオが考えていると、早希が現れ
「お待たせしました、スイートポテトとミルクです」
とアントニオの前に、スイートポテトが乗せられた皿とミルクが注がれたカップを置いた。
「では、ごゆっくり」
アントニオはスイートポテトが運ばれたことで、思考を中断。スイートポテトに視線を向けた。
「ふむ……」
アントニオは一つを手に取り、確認してから口に運んだ。その直後から、口に広がる濃厚な甘みと風味。
(間違いなく、この風味は
クマーラはアントニオが住む南大陸では一般的な野菜の一つで、南大陸では全域で作られている。
(だが、味が全然違う……これは、何が理由なのか……土か? それとも、栽培法か……)
実はアントニオの家でも、妻が庭で野菜を栽培しており、その一つがクマーラが作られている。しかし、その味が全然違った。
食べるとパサパサしていて、味も薄い。
以前から時々農家と相談し色々とやってきたが、中々に良くならない。
(まだまだ、頑張りが必要か……)
次はどうしようか、と考えながらもアントニオはミルクを飲んだ。
(このミルクも、私が知るのと違う……流石は、異世界食堂か……)
アントニオがよく飲むミルクは、山羊のもので少々味が淡白だ。だが異世界食堂で提供される
(こちらも、酪農家と色々と相談せねば……いや、今はスイートポテトを楽しむことに集中しよう)
アントニオはその博識さから、農家や酪農家から相談されることが多々あり、少しずつ地元の畜産や農家の質を向上させてきている。
しかしアントニオは、その思考を隅に追いやるとスイートポテトを堪能することにした。
その後アントニオは、五個目を食べ終わると再度スイートポテトとミルクを注文。
それを食べ終わると帰宅し、新たな本を注文するために羊皮紙に書き出すのだった。