「今年も、これの季節か……」
「ですね……いい脂がノってそうですよ」
そう語りながら二人が見ているのは、昔馴染みの魚屋が卸してくれた旬の秋鮭だった。最近では外国産や養殖物が出回ってきたが、やはり天然物には叶わない。脂のノリや甘味が美味しいのだ。
「さて……どうするか……」
と店長が腕組みしていると、明久が思い出したように
「そういえば、店長。いいお米も入ったじゃないですか」
「……となると、アレか」
「アレですね」
二人は短く会話すると、頷きあってから調理を始めた。鮭を解体し、身を解し、茸を一口サイズに切ったら、磨いでおいた米を入れた容器に鮭の身と茸を入れたら出汁と醤油。水を入れて、炊き始めた。
アレッタ達が来たのは、それから少しした後だった。
「おはようございます!」
「おはようございます」
(おはようございます)
と三者三様の挨拶。そして最初に気づいたのは、見習いとは言えども料理人の早希だった。
「この匂い……炊き込みご飯ですか?」
「炊き込み……ご飯……?」
早希の告げた料理名を聞いて、アレッタは首を傾げた。すると明久が
「まあ、食べてからのお楽しみってね……」
と楽しそうに告げた。
「というわけでだ、向こうで待っててくれ」
そう言われた三人は、着替えてから休憩フロアで待った。それから、十数分後。
「はい、お待たせ」
「これが、今日の朝食だよ」
そう言って店長と明久が持ってきたのは、茶色いご飯と卵料理が乗せられたお盆を持ってきた。
「これが……炊き込みご飯ですか?」
「そう。具材は、鮭と椎茸だよ」
アレッタが不思議そうに炊き込みご飯を見ていると、席に座りながら明久が軽く説明した。
「そんじゃ、いただきます」
店長の言葉の後に、各々で言ってから食べ始めた。
(これ……深い味がする。美味しい)
「お、クロさんにも好評で何よりだよ」
普段はチキンカレーしか食べないクロだが、味に対する評価はかなり正確だ。そのクロが評したということは、味は大丈夫だろう。すると、遅れて早希とアレッタが
「この鮭も、脂がノっているのに、全然くどくないです……身も簡単に解れて……美味しいです」
「ふわぁ……美味しい魚って、しょっぱくしなくても、美味しいんですね……それに、生臭くない……」
と言った。アレッタが昔住んでいた隠里は、険しい山に作られていて、そのような立地では日々の食事は山菜か狩りで捕獲したイノシシが主食で、魚はごく稀に迷った行商人から買うか、時おり近くの町に降りて山菜やイノシシの皮や牙を売って得た資金で買うのだが、そこまで長距離運ぶ前提となるとその殆んどが塩漬けされたものである。最近では魔法が掛けられた箱で簡単には腐らないようにされて運ばれることもあるが、そちらはかなり高額で、買えるのは貴族位になる。
だから、アレッタが知っているのはかなり強く塩漬けされた魚だけで、しかも売れ残りの生臭いものばかりになる。
「あー、塩漬けされたのはねぇ……塩を水で洗い流してもしょっぱいからねぇ……ああいうのは、サラダに使うか、薄い味付けの料理の味の付けたしに使うか……まあ、腕が問われるね」
アレッタの話を聞いた明久は、塩漬けされた魚を思い出して、少し遠い目をしていた。
「それに、この椎茸も良い出汁が出てますね……」
「椎茸は、軽く切れ込みを入れるのがポイントだ。そうすれば、良い出汁だけでなく、椎茸の食感も楽しめる」
「なるほど……」
早希は店長からの教えを心のメモ帳に書くと、最後の一口を口に運び
「お代わりをよそいに行くけど、アレッタちゃんはお代わりは?」
「あ、お願いします!」
アレッタからお茶碗を受け取り、炊飯器を開けた。その炊飯器を見て、アレッタが
「あんな便利な道具まで有るんですね……アレに入れれば、ご飯が美味しく炊けるなんて……」
と少し驚いていた。アレッタ達の世界には、電気炊飯器など無い。ご飯を炊く時は、大きな石窯にお鍋を乗せて、常に火加減を見ながら炊く必要があるのだ。
「まあな。しかも、最近は更に便利になってきてなぁ……最新のだと、あれ一つでシチューや煮物。中にはパンが焼けるのもあるからな」
「本当、料理人泣かせになってきましたよねぇ……」
明久と店長は、以前に商店街の福引きの景品に出された多目的炊飯器を思い出した。それを見た時は、凄く驚いた記憶がある。
「あ、卵焼きも今回の炊き込みご飯に合うように作ったから、食べてみて」
「はい! ……あ、だし巻き卵ですね! 凄く美味しいです!」
明久に言われ、アレッタはだし巻き卵を食べて目を輝かせた。アレッタとしては甘い卵の方が好きだが、時々食べるだし巻き卵も好きだった。
優しい出汁の風味が口の中に広がり、それが店長と明久の性格を表しているように感じたからだ。
それから、数十分後。
「……いや、まさか……五合が無くなるとわ……」
「あはは……朝から結構食べましたね……」
店長と明久は、空になった電気炊飯器を見ていた。
流石に多いから残って、夜ご飯かな。と思っていた炊き込みご飯が、一時間もしない間に無くなっていた。
明久と店長も結構食べたとは自覚していたが、まさか無くなるとは予想していなかった。
「まあ、その分頑張るか」
「ですね。今日も一日頑張りましょう!」
その炊飯器を仕舞い、二人は仕込んでいた料理を見るためにキッチンに向かった。