異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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今回、明久達は出ません


55皿目 モンブランプリン

その日、公国は揺れた。ある辺境の砦。はっきり言うと、異世界食堂の常連になったハインリヒの砦から、モスマンの大量発生並びに大規模侵攻が知らされた。

モスマンは、強力な毒を持つ魔物で、世界中でもトップランクの位置付けで要討伐対象に認定されている。

特にハインリヒは、異世界食堂を知る切っ掛けになったモスマンの大量発生の際に、実際にモスマンの怖さは知っている。

だからハインリヒは、砦に常駐していた部下の騎士達には絶対に近接戦闘をしないように指示を出し、弓矢による攻撃に限定。更に魔法を使える者に対して、風を起こす魔法を使うように指示し、鱗粉攻撃を来させないようにした。

しかし、余りにもその数が多く、ハインリヒの砦に居る戦力だけでは撃滅は不可能と判断。

故にハインリヒは、かつての自分と同じように部下の一人を走らせた。

一番若く、まだ将来性がある若者を。

 

「最悪の場合……死ぬのは、私達のような老兵ばかりで十分だ……最後に、彼女にこれを渡したかったがな……」

 

そう言いながらハインリヒは、机の上に置かれた紙の箱を見た。

動きがあったのは、それから数時間後だった。

公国は、報せを受け取ると即座に動いた。実を言えば、ハインリヒはある港町でそれなりに有名な家の出で、慕う者が多数居た。

そう言った者達で、即座に部隊を編制。そこに、凄腕の二人の魔法使いが同行し、転移魔法を使い、ハインリヒの砦に直接移動したのだ。

そこからは、あっという間だった。

その凄腕魔法使い二名により、モスマンの群れの大半が撃滅され、残りは砦と援軍の騎士達により撃滅された。

中には毒に感染した者も居たが、魔法で治療を施された。

まさに、電光石火。予想外の速度で、モスマンは討伐され、後は巣を見つけて燃やすだけになった。

そして、駆けつけた二人の凄腕魔法使い。

一人は、宮廷魔法使い、ロレッタ・フェイストン。

若い女性ながら、宮廷魔法使いに名を連ねており、その実力は折り紙つき。

しかし、もう一人が問題だった。

ロレッタの前で、極力その姿を隠しているもう一人の凄腕魔法使い。全身をエルフ製の強力な防御性能を有するローブで包み込み、耳を隠すために大きめの帽子を目深に被っている。

その正体は、王族に名を連ねるヴィクトリアである。

今は偽名で、プリンと名乗っている。実はロレッタとヴィクトリアは幼なじみで、乳兄弟と言える間柄である。

そしてロレッタは、今回の戦闘に関しては納得していなかった。

それは、今回の戦闘の功績の大部分が、ロレッタに与えられること。

 

(それでいいの? ヴィクトリア……)

 

そうは思うが、ヴィクトリアの発案だからと言われたら納得するしかないのが現実だった。

実は公国という国は、旧帝国の崩壊後に逃げ延びた人々が興した国なのである。

そういった過去から、ハーフエルフは憎しみの対象になっているのだ。

ヴィクトリア・サマナーク、れっきとした人間の両親から産まれた取り換え子(チェンジリング)

明久達の世界で言えば、隔世遺伝になるだろうか?

かつての旧帝国では、ハーフエルフは珍しくもなく、更に言えばエルフ自体も何人も居た。

恐らくだが、どちらかの遠い祖先にエルフが居たのだろう。そして旧帝国は、当時最高権限者だった皇帝と宰相が死霊王になったことで壊滅し、公国を興すまで逃げ延びた人々は苦労し、惨めな思いをした。

それが、今のハーフエルフに対する憎悪の根源になっている。だから王族も、ヴィクトリアに政治に関しては極力関わらせないようにし、城の端の塔を丸々与えて、好きなように魔法の研究をさせているのだ。

その結果、ヴィクトリアは新たな魔法だけでなく、魔道具も新たに開発。少しずつではあるが、公国に広まってきている。

そんなヴィクトリアとロレッタが再会したのは、約20年振りになる。

その20年の間に、ロレッタは結婚し、子供まで産まれた。ヴィクトリアの見た目は20年前と一切変わらず、若いままだ。見た目からだと、まだ子供にすら見える。

そこがどうにも、嫌な考えに繋がりやすくなる。

 

(はぁ……私も、年を取ったってことかしら……)

 

ロレッタは気付かれないようにため息を吐いてから、ヴィクトリアに目を向けて

 

「ヴィ……プリンさん、戦闘は終わったようよ」

 

と告げた。

 

「ヴィクトリアでいいわ……貴女は、昔からそう呼んでくれてたでしょ? それに、今この場には私達しか居ないわ」

 

今二人が居るのは、戦域が見渡せるようにと尖塔の物見部屋に居る。そこからモスマンを倒すために、広域凍結魔法を発動させたのだ。

 

「そうだけど、他の誰かに聞かれたら……」

 

「大丈夫……ここの基地司令とは顔見知り……そういった対策はしてくれる」

 

「顔見知り?」

 

言ってはなんだが、ヴィクトリアは中々塔から出てこない。新たな発明に関する報告は、使い魔に持たせた報告書で済まし、魔道具の場合は使い魔によって報せて、現物を回収させている。

そんなヴィクトリアが、城の外部に顔見知りが居るというのが信じられなかった。

そこに、ドアが開き

 

「いや、助かりました。ロレッタ殿、ヴィクトリア様」

 

とハインリヒが現れた。ハインリヒがヴィクトリアの名前を言った時、ロレッタは思わず

 

「ちょっ!?」

 

と言葉を漏らしてしまった。すると、ハインリヒは

 

「ご安心を。今近くには、兵は一人も居ません。人払いと、モスマンの巣の捜索に回しました」

 

と伝えた。それを聞いたヴィクトリアは、帽子を脱ぎ

 

「感謝します、ハインリヒ殿。間に合って何よりだ……」

 

「は、予想外に早く来て、こちらも驚きました。まさか、転移魔法とは……話には聞いておりましたが……」

 

転移魔法

実はアルトリウスが考案して使っていた魔法だが、余りにも複雑な魔法で、アルトリウス以外では使えなかった。それをなんとか簡易化し、使えるようにしたのがヴィクトリアだった。

 

(確かに、それを見れたのは私にとっても嬉しかったわ……見たかったし)

 

「しかし、まさかヴィクトリア様が直接来るとは……」

 

「ここは、公国にとっても大事な要衝……国境線かつ対魔物の最前線……しかも、危険な魔物たるモスマンの大群となったら、対処出きるのはたかが知れる……引退し教育に回ってる師匠は除外……となると、私しか居なかっただけ……ロレッタは、今の宮廷魔法使いな中で私に対する偏見も無いから選ばれた……」

 

「なるほど……」

 

ヴィクトリアの説明に、ハインリヒは納得した表情で頷いた。その後、砦の被害等をヴィクトリアに報告すると、ハインリヒは

 

「ヴィクトリア様……こちらを差し上げます」

 

と紙の箱をヴィクトリアに差し出した。

 

「これは……」

 

「ねこやにて入手しました、季節品にございます……どうぞ、お召し上がりください」

 

ヴィクトリアが受け取ると、ハインリヒはそう伝えながら頭を下げた。その際に、ロレッタはハインリヒの顔が赤いことに気付いた。

 

(あらあら……ヴィクトリアも隅に置けないわね……)

 

その後、一泊することになった部屋でロレッタとヴィクトリアは紙の箱からそれを取り出した。

 

「なにこれ……」

 

「下のはプリンみたいだけど……上のクリームは多分、モンブラン……」

 

「モンブラン? というか、まさか……貴女のプリンって名前って……これから?」

 

ロレッタが呆れていると、ヴィクトリアがロレッタに透明なスプーンを差し出した。

 

(これは、匙? 透明だから水晶や硝子かと思ったけど……それなら、もっと冷たいはず……)

 

魔法使いの性なのか、プラスチック製のスプーンを見たロレッタは興味深そうに見てから

 

「ヴィクトリア、これはなんの素材で出来てるの?」

 

「確か……前に師匠が店主に聞いたら、プラスチックって言ってた……」

 

(知らない素材だわ……聞いたこともない……)

 

とロレッタがスプーンを監察している間に、ヴィクトリアは食べ始めた。その表情から、美味しいことが分かる。ロレッタも仕方ないと腹を括り、スプーンでまず上のクリームを掬って、口に運んだ。

 

「この風味……これは、マローネ()ね……」

 

クリームの甘さの中に感じる、独特の風味にロレッタは使われてる材料に気付いた。しかし、問題(ロレッタからしたら)はその下のプリンだった。

黄色と焦げ茶色の食べ物。黄色はまだ分かるが、焦げ茶色のほうはどうにも食べる気が湧かない。しかし、ヴィクトリアは問題なく食べている。

だからロレッタも、意を決してプリンを口に運んだ。

 

(あ、美味しい……甘いのに、くどくない……)

 

ロレッタが知っている甘味は、かなり甘さがしつこいものだ。しかし、今食べているプリンは確かに甘いが甘さがそれほどしつこくない。更には、焦げ茶色のタレ。カラメルソースがほんのり苦いが甘く、それが甘さを際立たせる。

 

(なるほど……ヴィクトリアが気に入るわけね……この子、昔から子供っぽい所は変わってないのね……)

 

ロレッタは20年振りに再会したヴィクトリアが、見た目だけでなく、内面が然程変わってないことを察して、目を細めた。

そうして、モンブランプリンを食べ終わると、ロレッタは

 

「ねえ、ヴィクトリア……」

 

「なに?」

 

「彼のこと、どう思ってるの?」

 

ロレッタのその質問に、ヴィクトリアは固まった。顔は隠しているが、その長い耳が赤くなっている。

それを見たロレッタは、くすりと笑い

 

「なるほどね」

 

と言葉を漏らしたのだった。

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