異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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56皿目 ポトフ

その日、雨の中を一組の父娘が誰が建てたのか分からぬ小屋に駆け込み、一息吐いた。

 

「よし、ここなら大丈夫そうだ……エリー、もう大丈夫だよ」

 

「ほんとう? もう、大丈夫?」

 

父たるアーノルドの話聞いて、背負っていた娘。エリーは寒さで体を震わせながら問い掛けてきた。アーノルドはエリーをゆっくりと下ろし

 

「ああ、大丈夫だ。ここなら、雨と魔物の心配は無さそうだ……今のうちに、乾いてる服に着替えよう」

 

アーノルドはそう言って、長年使ってきた丈夫な革鞄から娘と自分の乾いてる服を取り出した。

こうなったのは、今から数時間前になる。昼頃から雨が降り始め、当初は水に強い魔物の革で作った雨合羽で十分に行動出来ていた。しかし、少しずつ強くなり始め、しかも運が悪いことに魔物に追い掛けられ始めた。その時からアーノルドは、山登りに不安があった娘のエリーを背負い、山道を走っていた。

最早暗くなり諦めかけていた時、アーノルドの視界に一軒の大きな洋館が見えた。

それを見たアーノルドは、これ幸いにとその洋館に入った。もし人が居たら、一晩だけ泊めてもらおうと決めて。

 

(……人の気配は無い……それに、この館が放棄されてから数年は経ってるな……埃が凄い……だが、一晩位なら問題無さそうだな)

 

手早く着替えたアーノルドは、軽く周囲を見回してからそう判断した。窓の外は激しく雨が窓を叩き、時々魔物の遠吠えが聞こえる。

 

(ドアには、先ほど木材を挿したから簡単には開かない筈だが……)

 

今後どうしようか考えていると、エリーが

 

「お父さん、きがえたよ」

 

と言って、裾を引っ張ってきた。振り向いてみれば、確かに着替え終わっていた。それを見たアーノルドは、しゃがみ

 

「よし、じゃあこの館を探検しようか」

 

と努めて明るく言った。はっきり言って、今の状況はかなり悪い。大雨により体は冷えていて、体を暖めたいところだが、焚き火は出来ない。

今のアーノルドに出きるのは、一人娘のエリーを不安にさせないことだった。そんな自分に無力を感じながら、アーノルドはエリーの手を引きながら館の探索を始めた。

 

(やはり、この館は貴族が建てたものだな……しかし、何の為に……)

 

アーノルドはそう推察しながら、慎重に歩を進めた。せめて、エリーだけは助けようと心に決めて、腰に装備していた鉈の紐を緩めた。

その時、エリーがアーノルドの服の袖を引いて

 

「お父さん」

 

とあるドアを指差した。黒を基調にした、高級感溢れるドアだ。

 

「じゃあ最初は、ここからだな」

 

「うん」

 

エリーが頷いたのを見たアーノルドは、ドアノブを掴み、押した。その直後、カウベルの音が鳴り、視界が一気に明るくなった。予想外の明るさに、アーノルドとエリーは思わず目を腕で隠した。すると

 

「おっと、お客様か」

 

「本来はもう営業時間外なんだが……いらっしゃいませ」

 

と二人の男の声が聞こえた。ようやく視界が快復したアーノルドは、五人の男女が居ることに気付いた。敵か味方か分からず、アーノルドは思わず鉈に手を伸ばした。

すると、早希が

 

「あ、濡れてますね。少々お待ちください」

 

と言って、持っていた箒をアレッタに手渡してから、奥に消えた。少しすると、大きめのタオルを二枚持ってきて

 

「こちらをお使いください。濡れたままでは、風邪を引いてしまいますから」

 

とアーノルドとエリーに差し出した。

 

「ありがとうございます」

 

「感謝する……」

 

敵ではないと判断したアーノルドは、受け取ったタオルで体を拭き始めた。エリーの方は、アレッタが手伝い始めた。拭き終えると、店長と明久が

 

「うーん、どうやら訳ありのようですね……」

 

「店仕舞いですが、このまま返す訳にもいきませんし……賄い程度になりますが、食べますか?」

 

とアーノルドに問い掛けてきた。

 

「……いいのか?」

 

「はい。それに、そちらの子は空腹のようですし……」

 

実は先ほどから、小さく腹の虫の音が聞こえている。流石に、子供が空腹なのに無視することなんて出来ない。

 

「もう食材も大分無いので、大した物は作れませんが……そちらの席に座って、お待ちください」

 

明久がそう言うと、店長と二人で奥に入っていった。

 

(こちらにお座りください)

 

「む、感謝する……」

 

「はい、これで平気かな?」

 

「ありがとう、おねえさん」

 

クロとアレッタが席を引いて二人を座らせて、早希が人数分の水を持ってきた。それから、十数分後、

 

「お待たせしました、ポトフです」

 

「ポトフ……?」

 

「いい匂い……」

 

二人の前に先に置かれたのは、野菜が多めに入ったスープだった。スープ自体はほぼ透明で、少し黄色い印象を受ける。

 

「いや、大した物じゃなくてすみません」

 

「ライスとパン、どっちにしますか?」

 

「私はライスで……エリーは?」

 

「わたしもライスで」

 

「承りました」

 

二人の注文を受けて、炊飯器から皿に御飯をよそい、二人の前に置いた。

 

「ライスとポトフは、お代わり自由ですので。幾らでも食べてください」

 

「さて、僕達も一緒に食べますね」

 

『いただきます』

 

明久の言葉の後に、全員で言ってから食べ始めた。

そして、ポトフを食べたアーノルドは驚きで目を見開いた。ポトフ自体は、至ってシンプルな煮込み料理だ。

だがアーノルドは、その中に濃厚かつ繊細な旨味を感じた。

 

(野菜自体が甘い……しかし、香辛料がその甘さを引き立てて、それがコクを生み出している……素晴らしい味わいだ……野菜が中心だが、この豚の腸詰め(ソーセージ)も、美味しい……作り方だけでなく、素材から違うのか……)

 

ポトフをある程度食べたアーノルドは、次にライスを口にした。

 

(このライス、ほのかに甘い……私が知るライスとは、全然違う……)

 

アーノルドが知るライスは、茶色くボソボソした物で、ライス単体で美味しいと思ったことはなかった。

 

(確か、異世界食堂と言っていたか……)

 

異世界食堂と教えられ、最初は疑ったが、周囲を見回して納得した。灯りや調度品が、見たこと無い物ばかりだったからだ。そうこうしている内に食べ終わり、更に店長達の好意でフロアの端に布団を敷いて、寝る場所を用意してもらい、翌朝には朝食まで食べさせてもらった。

 

「ウチは七日に一度開いてまして、まあ、次は六日後ですが……もし来るのであれば、それを覚えておいてください」

 

「それと、こちらを。旅人のようですから、おにぎりを用意しました。お食べくださいませ」

 

「感謝します」

 

明久から二人分のおにぎりを受け取ったアーノルドは、エリーと一緒に退店し、消えていくドアを見ながら

 

(なるほど……この館は、このドアを確保するために建てられたんだな……そう考えれば納得出きる。それに、恐らくだが他の場所にも、ドアが有るのだろう……探してみるか)

 

と結論し、エリーと一緒に雨が止み、青空が見える外に出たのだった。

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