怒涛のようにお客を捌き続け、午後1時を少し過ぎた頃。ようやく、ねこやのスタッフ達はお昼になるが
「さて……今日は、どうしますかね……」
「んー……あ、そうだ……あれがあったわ」
早希やアレッタ達がお皿を洗ってる間に、明久と店長はスタッフ一同で食べるお昼を決めようとしていた。その時、店長が何かを思い出したように冷蔵庫を開けて、一つの紙箱を取り出した。
蓋を開けると、中には幾つも白い物が入っていた。それを見て、明久は
「ああ、あのお店のですか」
「ああ……あそこのは、この近所ではかなりボリュームもあるからな。これにしよう」
店長はそう言って、大きな鍋に水を入れて火に掛けると、湯気が出始めてからその鍋の上に竹製の籠を置いた。その間に明久も鍋で調理を始めた。そこに、霊夢が現れて
「お皿、食器洗浄機? に入れて、後は乾燥させるだけ、だそうよ」
と連絡してきた。どうやら、皿洗いは一段落したようだ。
「ん、お疲れ様。休憩室の机を、拭いといてくれるかな? もう少ししたら、お昼持っていくから」
明久はそう言って、霊夢に台布巾を差し出した。それを受け取った霊夢は、気になった様子で
「お昼は何かしら?」
と問い掛けた。
「今日のお昼は、豚まん」
「それと、中華風卵スープだね」
店長と明久はそう言って、調理に戻った。
店長が蒸しているのは、商店街にてねこやと並ぶ古参のお店。中華料理屋、笑龍の豚まんである。
笑龍は戦後すぐに開き、60年を超える老舗だ。店主はねこやと同じように二代目に変わっており、その付き合いは先代から続いている。だがら、ねこやの秘密は先代から知っていて、それは今の笑龍店主とその奥さんたる春子も知っている。
店主は一時期、その笑龍で過ごしていたことがあり、その間に中華料理を覚えた。
もしかしたら、店長が笑龍の三代目の店主になっていたかもしれない笑龍。そうならなかったのは、ある事件が起きたからで、そのことは今でも店長の心に傷痕を残している。
それはさておき、笑龍の豚まんはある意味で名物料理の一品である。
先代店主が材料から拘り、餡はたっぷりと入っていて、更には肉汁が溢れ出てくる。それは二代目にも受け継がれていて、お持ち帰りでもお店で蒸すか自宅でも蒸せるかが選べるようになっている。
本来は冬限定の品だが、最近はやはりお持ち帰りも増えてきたので、一年を通して売り出すかを検討中らしい。
その豚まんは、今朝方に春子さんが持ってきてくれたものだ。
店主は、蓋を開けて蒸気の中から見えた豚まんを見て
「……うん、流石は師匠だ。いい腕をしてる」
と呟き、皿に乗せていく。そして、明久と一緒に休憩室に入り
「ほい、お待たせ」
「卵スープは、お代わりもあるからね」
と全員の前に置いた。
「これは……白パンですか?」
「まあ、外側はそうだな。豚まんって言ってな。熱いから気をつけてな」
アレッタの質問に答えながら、店長はアレッタのお皿に豚まんを乗せ、明久がよそった卵スープを置いた。
そうして店長は、豚まんを一口食べると
(……うん……やっぱり、中華料理じゃあ師匠に敵う気がしないな……)
と思った。周りのパンの柔らかさと仄かな甘味。それと調和している中の餡たる豚肉と野菜。豚肉は粗めの挽き肉で噛む度に口の中に豚肉本来の旨味が広がる。
そして、野菜はシンプルに塩胡椒のみで味付けされている。
これは確かに、会社帰りのサラリーマンやOLが何個も買うのも頷ける。
そして店長は、修行中の時を思い出した。
もう1つの家族と言える、笑龍。春子さんは特に、店長を息子のように接してくれた。
懐かしくも、もう戻ってこない日々。そして……
「店長、どうしました?」
「ああ、いや……なんでもないさ」
店長が固まっていることに気付いた明久が呼び掛けると、店長は我に帰った様子で豚まんを食べていく。
店長の脳裏には、一人の寂しがり屋の少女が居た。