異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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65皿目 フルーツゼリー

「ふわぁ……」

 

初めて見る光景に、アリスはそんな声を漏らした。

今、ファルダニアとアリスが居るのは、東大陸の南の方にある港街だ。

 

「ここに来るのも、50年振りね……」

 

そしてファルダニアは、久しぶりに来た場所を見て、感慨にふけっていた。約50年前、ファルダニアは父親とまだ生きていた母親と三人で、旅行を兼ねた旅をしていた際に、この港街に来ていたのだ。

アリスは初めて見た海に、顔を綻ばしている。

 

「けど、とうとう海か……」

 

料理を極める旅を始めて、早くも数ヶ月。ここまで、色々とあった。まず、その発端となる異世界食堂を知ったこと。そこから、父の友人たるクリスティアンに出会って、発酵という技術を知り、ファルダニアからしたら馴染み深いエルフ豆を使った料理を知り、アリスと出会った。

そのアリスだが、今は冒険者の魔法使いという見た目になっている。これはファルダニアが考えた、トラブル避け対策だ。アリスはまだ子供なために、人を疑うということを余り知らない。

そこで考えたのが、見た目からだった。今のアリスの見た目は、移動のしやすさも兼ね備えつつも、冒険者の魔法使いという物になっている。

帽子を被り、足首辺りまであるローブ。そして、少し長めの杖を持っている。

ここに来るまでに、様々な経験をしてきた。数人の冒険者と一緒になって依頼をこなしたこともあったし、中には悪徳商人に騙されかけた時もあった。

まあ、良い経験だったと考えた。その時になって、50年前の両親の考えに気付き、ファルダニアは苦笑した。

 

(もう、分かりにくいわよ。父さん、母さん)

 

父親は今では子煩悩だが、昔は里を代表する切れ者だったらしい。母親は昔から病弱だったが、頭の回転は早く、里でも随一の知恵者だったと聞いている。当時は気付かなかったが、漸く二人の当時の考えに気付けた。

 

(要するに、世界を知って、見聞を広めろってことね……)

 

そう考えながらファルダニアは、好奇心旺盛な表情のアリスを見て

 

「さ、行きましょう」

 

「うん!」

 

アリスを連れて、港街に入った。

そして、港街を歩いていると

 

「いらっしゃい! いらっしゃい! 砂の国から輸入してきた、カッファだ! 今や、帝国の王もお気に入りの品だよ!」

 

「おーい、白砂糖の上物はあるかい? 光の神殿の巫女様から、大量に頼まれてな」

 

「なんだ、この値段は!? 如何に上物とはいえ、この値段では海国のウメシュの上物が5本は買えるぞ!?」

 

「おや、知らないのかい? それは、ドワーフが作った新しい火酒さ。なんでも、あの偏屈で知られるアインガルドがこれを手土産にしたら、一発で鍛冶を引き受けたって聞くぞ」

 

と活気が満ちた声が聞こえる。

 

「……人間の街って、たった50年でこんなに変わるものなのね……」

 

自分の記憶の街との変わり度合いに、ファルダニアは困惑していた。

 

「……アリスはまだ人混みに慣れてないし、はぐれないでね……って、アリス!?」

 

気付けば、隣に居た筈のアリスの姿が無かった。

 

「これだから、子供は!?」

 

アリスはまだ30年しか生きてない、エルフではまだまだ子供だ。それ故にか、興味が引かれるとフラフラとしてしまう困った部分があった。

そんなアリスを見つけたのは、数分間走り回ってからだった。

 

「ほぁ……」

 

「あぁもう、漸く見つけた!!」

 

アリスはある店先で、透明な物の中に色とりどりの果物が浮かんでいる物を見ていた。

 

「アリス! 何回も一人で行動しないでって、言った……あら、これも食べ物なの?」

 

アリスに注意しようとしたファルダニアは、その時になってアリスが見ていたのが食べ物だと気づいた。

 

「ああ、そうだよ。これは、フルーツゼリーって言ってね。この前来たエルフの人も、美味しいって言ってくれたよ。どうだい?」

 

ファルダニアの問い掛けに、椅子に座っていた売り子が答えた。匂いから動物由来ではないのを確認してから、ファルダニアは少し考えて

 

「……それじゃあ、二人分買うわ」

 

「まいどあり」

 

ファルダニアがお金を取り出している間に、売り子は手早く二人分よそうと、お金と入れ替わりに手渡した。

それを一口食べると、ファルダニアとアリスは驚いた表情で

 

「ん、美味しい!」

 

「これ、おいひい!」

 

と同時に声を挙げた。そしてファルダニアは、更に追加を注文し、食べると

 

「ねえ、これを作った人の場所を教えて貰える?」

 

と問い掛けた。

時は少し巻き戻り、一日前のことになる。この港街では、岬の魔女と呼ばれる女性が居た。彼女が港街に住むようになったのは、今から約60年前になる。

彼女名前はカミラ、海や水を司る青の神に使える神官である。

そのカミラが住むのは、港街からかなり離れた岬の淵に建てられた家だ。道の方にも入り口は有るが、カミラにとっての本当の入り口は床にあった。

床の一ヶ所がバタンと開き、そこから様々な海産物を入れた網を持ったカミラが入ってきた。

カミラはその網を床に置くと、腰かけたのだが、その下半身は青い魚のそれだ。彼女は、人魚なのだ。

そのカミラは、両手を組んで

 

「偉大なる青の神よ……」

 

と祈り始めた。すると、下半身は人の見た目に変わった。カミラがこの港街に住むようになった理由は、今から約60年前のこと。カミラは人魚のみが住む海底帝国の神殿の命令で、港街に住み、混沌に属する者達に対する抑止力になれ、と言われたのだ。

最初は嫌がっていて、港街の人達にもかなり意地悪く接していた。それが変わったのは、今から約10年前になる。

突如として、家の中に黒い扉。ねこやの扉が現れたのだ。最初は驚き、警戒したカミラだった。だが、訪れて初めて食べた料理。フルーツゼリーを見て、驚いた。

透明なゼリーの中で、まるで浮いているように見えるたくさんのフルーツに目を奪われた。

そして、食べても驚いた。最初はフルーツだけの味かと思ったら、仄かに甘いではないか。しかも、プルプルとした食感。

 

「さて……今日も出かけるとしましょうか」

 

カミラはそう呟くと、出現していた扉を開けた。

 

「いらっしゃいませ、洋食のねこやにようこそ!」

 

そんなカミラを出迎えたのは、カミラからしたら監視対象のアレッタだ。しかしカミラは

 

(まあ、この店なら大丈夫か)

 

と不思議と確信していた。

 

「よく冷えたフルーツゼリーを頼むわ」

 

「はい、分かりました!」

 

カミラは注文しながら、近くの席に座って、まず空間に意識を向けた。

 

(相も変わらず、赤の神は来ているみたいだね……この店全体に、濃密なまでに赤の神の気配がある)

 

それだけでなく、赤の神の神官に金の神官。そして何より驚いたのは、黒の神が居たことだ。最初は驚きで固まり、何故誰も苦しむ様子が無いのか気になったが、自分も平気なのだから、そんなものか、と思った。

そして待っていると、霊夢が

 

「お待たせしました、フルーツゼリーです」

 

と運んできた。そして、カミラの前に置くと

 

「それでは、ごゆっくり」

 

と言って、下がっていった。それを見送ったカミラは、自分の前に置かれたフルーツゼリーを見た。その見た目は、自分が再現した物に瓜二つ。透明なゼリーとその中で浮いているように見えるたくさんのフルーツ。

 

「では……」

 

スプーンで掬ってから口に運ぶと、口の中で簡単に崩れ、更に仄かな甘味が広がる。

 

(やっぱり、柔らかさが全然違うわね……それに、果物も……完全に再現したいけど、ここでしか味わえないからこそ、楽しみなのよね……)

 

自分が再現し、今は売り子が代わりに作り売っているフルーツゼリーは、目の前のフルーツゼリーを再現しようと試行錯誤してみた物だ。

最高位の青の神官として、海底帝国の数万の人魚達を率いる立場のカミラは、海中に生息している様々な海産物の効果や作用を知っている。それらと偶々港街で入手した作物で、今のフルーツゼリーを再現したのだが、まだまだ理想の柔らかさには到達していない。

勿論だが、カミラは満足していない。

 

(また、知り合いの商人さんに色々と融通してもらおうかしら……)

 

カミラはそう考えながら、フルーツゼリーを満足行くまで堪能した。

10年前から、カミラは様変わりした。

それまでは、幾ら青の神からの直接の命令とは言えども、地上に行くというのはカミラからしたら、左遷にも等しいことだった。

しかし、フルーツゼリーを知り、それを再現したいと考えるようになってから、積極的に人に関わるようになり、病気になった人を治療したり、港街の漁師達の為に祈るようになったりして、そこを頼りにして、様々な物を入手するようになった。

そしてそこから、自分の考えも変わった。

そして気付いてみれば、港街も大分大きくなり、様変わりしていた。

 

「……人間も、愚かな者ばかりじゃないのね……」

 

今の不老長寿のカミラからしたら、非常にゆっくりとだが人間も前に進んできている。様々な物を作り出し、自分達の生活をより良い方向に進ませようとしている。

ならば

 

「……まだまだ、見守りましょうか……いずれ、復活する混沌から助けるために……」

 

遥か過去、自分が信奉する青の神を含めた六柱の神は、偉大なる創造神から命じられて、混沌を倒すために協力した。

何度も倒されそうになりながら、何度も地上の生命体が滅びそうになりながらも、六柱の神は自分達の眷属となった神官達と協力し、幾多の犠牲を出しながらも、混沌を撃滅した。

そうして、創造神の名の下に、ある契約が成された。

1、また混沌かそれに属する神が現れた場合、協力して立ち向かうこと

2、六柱の神同士は、決して争わないこと

3、六柱は、高位の神官を必ず各地に置き、混沌を監視させ、もしもの時は抑止力とさせること

カミラはその3つ目の契約を果たすために選ばれ、更には青の神の血を一滴与えられたことで、エルフ並みに等しい不老長寿を手にした。それにより、この60年は見た目はさほど変わっていない。

 

「お会計、いいかしら?」

 

「はい! 少々お待ちください」

 

カミラが立ち上がると、偶々出ていた明久が受け取りに来た。そしてカミラは、胸元から取り出したお金を渡して、退店した。

この時の彼女は知らない、翌日に料理の研究の為に旅をしているエルフ達が出会うことを。

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