「なーんか、久しぶりに見たな……このパターン」
「ですねぇ」
早朝にフロアに降りてきた店長と明久が見つけたのは、ドアの前に倒れ伏している一人の男性だった。その格好から、恐らくは行商人だろうと予想する。
「お客さーん、起きてくださーい」
「はっ!? 俺、生きてる!?」
店長が声を掛けると、その男性はすぐに飛び起きた。
「あれ、ここ何処!?」
「ここは、通称で異世界食堂と呼ばれてる所でしてね」
「お客様からしたら、異世界になります」
周囲を困惑しながら見回す男性に、店長と明久は説明した。それを聞いて、その男性は驚いた表情で
「ここが、あの噂の異世界食堂!?」
と店内を見回した。その男性は色んな所を旅しながら、各地の特産品を売り、路銀を稼ぐ行商人だった。そんな中である噂を聞いていた。それが、異世界食堂だった。
曰く、美味な料理を手頃な値段で食べられる店。
曰く、一般人だろうが貴族だろうが、果ては魔族だろうが差別をせずに料理を出してくれる店。
そんな噂を聞いていた彼だが、実際に来るまで信用していなかった。
しかし、気付けばその噂の店に居る。困惑しない訳が無かった。だが、落ち着いて思い出してみれば
「そうだ……俺は確か、魔物に襲われたんだ……」
その原因となったのが、人々がよく通る山道で起きた崖崩れ。崖崩れにより、その山道が使えなくなってしまい、行商人は新しい道を探す為に山道を歩いた。しかし、それがいけなかった。
道に迷い、夜になってしまった。しかも木々が鬱蒼と生い茂っていたために、星を見ることも出来なかった。
更に最悪なことに、そこには
亡霊を倒すには、高位の神官から祝福を与えられた武器か魔法が付与された武器が必要で、どちらにしてもかなりの金額が必要なのだ。
しかし、行商人は持っておらず、全力疾走で逃げるしか取れる選択肢はなかった。だが、長時間歩いてから走るとなると、疲れから少しずつ追い詰められてしまう。
もう駄目だ、と諦めかけていた時、少しの光が見えた。
行商人はすがる思いで光の方に走り、消え始めていたドアを開けて、そのまま飛び込んだ。
そして、今居る場所。閉店後の異世界食堂が安全だと分かると、疲労から寝てしまったのだ。
「まあ、何やら訳があったと思いますが……」
「それよりも、朝食は如何ですか?」
「なに? いいのか?」
行商人からしたら、避難場所として勝手に使わせてもらったのが申し訳ない位だが、食事も提供してもらえるというのは予想していなかったのだ。
「ええ、構いませんよ。実は、我々もこれからでしてね。一人分増えるても、負担はなんら変わりません」
「それに、お客様は空腹の様子。空腹のお客様を無視するなんて、出来ませんから」
実は先ほどから、男性の腹の音が聞こえていた。
「……すまない、貰えるか?」
「構いませんよ」
「そちらの席に座って、お待ちください」
いつの間にかやってきていた早希達が、机を拭いたりして準備していた。男性はその席に座り、待つことにした。そして、数十分後。
「お待たせしました、鰯の塩焼きです」
と早希が、男性の前にお皿を置いた。見事な焼き色の魚と、添えられている大根おろし。更に、ご飯と味噌汁を置いて
「ライスとお味噌汁はお代わり自由ですので、何時でもお申し付けください。それでは」
早希はそう言って、店長や明久の座っている席に座り、男性の近くにはアレッタと霊夢が座っている。
男性は改めて、鰯の塩焼きを見た。
(塩焼きかあ……かなりしょっぱいんだろうなぁ)
男性も行商人なために、保存向きの魚がどれ程しょっぱいかよく知っている。しかも、生臭い印象が強かった。
警戒しながら、箸で魚を解してみた。すると、パリッという音がして、芳ばしい匂いがした。
「まさか……」
一口食べて、男性は目を見開いた。
(これが、魚本来の味なのか!? 塩が程よく効いていて、身もふんわりしている!)
それだけでなく、生臭い感じが一切しないし脂が口の中に広がる。自分の知る魚との違いに、男性は驚きながらもライスを口に運んだ。その時、霊夢が大根おろしと一緒に食べていることに気付き、男性も真似して食べてみて、再び驚いた。
(なんだこれ!? 少しくどい位だった脂が、サッパリとしている! それだけじゃなく、見事に調和している!)
そこからは、最早無我夢中で鰯の塩焼きを食べていた。ご飯と味噌汁をお代わりし、鰯を綺麗に食べた。
「お代だが……」
「ああ、銀貨一枚です」
「なに!?」
男性からしたら、まさに破格の値段だった。そんな値段は、港町でしか見たことが無かった。大都市だったら、最低でも銀貨5枚分程の値段はする。
「じ、じゃあ……これで」
「毎度」
「お客様、こちらはサービスのおにぎりです。お持ち帰り下さい」
店長は銀貨をポケットに仕舞い、明久がおにぎりの入った紙の箱を差し出した。それを、男性が受け取ると
「お客さん、当店は7日に一度来れますよ。あ、次は6日後になりますがね」
と説明した。それを聞いてから、男性は退店し、消えていくドアを見ながら
「本当にあったんだな、異世界食堂……」
と呟いて、自分が落とした荷物を見つけた。幸いにも荒らされた様子は無い。少し土や葉っぱを落としてから背負い
「よし……噂が本当なら、色んな所にドアがあるみたいだからな……探してみるか!」
と言って、歩きだした。その後、入国した公国で長期保存出来る箱が有ることを知り、背負えるサイズを見つけると、それを使って港町と遠くの街を行ったり来たりの行商人になり、魚の美味しさを伝えていくことになるが、この時はまだ知らない。