異世界食堂 おバカな料理人   作:京勇樹

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72皿目 ハムカツ

「これで、いいかな……っと」

 

鏡が無い為にちゃんと確認出来ないが、少し癖っ毛の焦げ茶色の髪に櫛を通し、滅多に着ない一張羅を着て、彼女。エレンは納得した。

彼女は丸太で建てられた家の夫婦の為の部屋で、準備をしていた。普段着ている袖口がボロボロの服ではなく、結婚式や街への買い物や木材の売り込み位にしか着ない一張羅を着て、花を煮詰めて自作した口紅を塗り、エレンは部屋から出た。

そして、狭い居間で待っていた家族に

 

「どうかな、これ」

 

と問い掛けた。しかし、三人の子供は

 

『母ちゃん、早く行こうよ! お腹空いた!』

 

と元気よく、エレンに抱きついた。そして、旦那たるヘルマンは

 

「おう、よく似合ってるよ。それじゃあ、早く行こうか」

 

と軽く言って、椅子から立ち上がった。心の込もってない言葉に、少しイラッとしながらも、行くことにした。

家から出ると、大きめの倉庫の隣にあるロバ用の厩舎に向かう。その厩舎の端に、目的のドアが有った。

ねこやのドアだ。

 

「じゃあ、開けっぞ」

 

ヘルマンはそう言うと、ドアをゆっくりと開けた。カウベルが鳴り

 

「いらっしゃい、ヘルマンさん、エレンさん」

 

「いらっしゃいませ」

 

店長と早希の二人が出迎えた。店長はヘルマンとエレンが結婚する前からの知り合いで、随分と長い間の付き合いになる。

 

「今日も何時も通りで?」

 

ヘルマンとエレンの二人は、異世界の文字が読めない。それを店長は、先代の頃からの付き合いで知っているので、メニューは渡さない。

それに、この数年は一家として注文は変わらない。

 

「おう、日替わりを4人分だ」

 

「今日の日替わりは、なんですか?」

 

「今日はハムカツです。パンがよく合うと思いますよ」

 

「それじゃあ、パンで頼むわ。何時も通り、パンとスープを先に持ってきてくれ」

 

エレンからの問い掛けに、店長は朗らかに答え、早希はパタパタと明久の居るキッチンに向かった。

料金が多少安くなる日替わり定食だが、その中でも一番安い料理なのが、ハムカツになる。

店長は五人の案内をアレッタに任せ、キッチンに向かった。

そして座ると

 

「母ちゃん! アイス食べたい!」

 

「オレはコーラが飲みたい!」

 

と上二人の兄弟が、月一の贅沢で駄々を捏ねた。アイスは最近広まってきているようだが、高い為に貴族御用達。コーラは、このねこやでしか飲めないからだ。

するとエレンは、ため息交じりに

 

「あのね……ウチには、そんな余裕が無いのは分かってるだろ。ねぇ、アンタ」

 

とヘルマンに同意を求めた。するとヘルマンは、気まずそうに頬を掻いてから

 

「……すまん、俺もビール飲みたい」

 

と僅かに、視線を逸らした。ヘルマンのその言葉に、エレンは深々とため息を吐いて

 

「アンタねぇ……大人として頷いてほしかったよ……」

 

「明日から、切る木の数増やすからよ……それで手打ちにしてくれねぇか……?」

 

ヘルマンが両手を合わせて頭を下げると、エレンは

 

「……アイスかコーラ、どっちかにしなさい。両方はダメ。それと、ビールは瓶で……アタシも飲むから」

 

『やったー!!』

 

「割り増しで頑張ります」

 

僅かにヘルマンを睨みながら言うと、息子二人は大喜びで話し合い始め、ヘルマンは深々と頭を下げた。

家計を一手に引き受けてるエレンに、ヘルマンは弱かった。そしてエレンは、近くを通った霊夢に追加で注文し、料理を待った。

ヘルマンとエレンが異世界食堂に来るようになったのは、今から約十数年前になる。

その時の二人はまだ結婚しておらず、力はあるが上手く交渉や計算が苦手なヘルマンをエレンが支えていた。

そんなある日、準備をする為に厩舎に向かったヘルマンがまるで転がるように小屋に戻ってきて

 

『厩舎に、変なドアがある!』

 

と教えてきた。聞いた時は、また変なキノコでも食べて幻覚でも見たか、と思ったが、見てみたら本当にだった。恐る恐る開けたら、異世界食堂だった。

その時は大樹と手伝いに来ていた今の店長の二人だったが、その時から日替わり定食を頼むようになっていた。

とはいえ、貧乏な木こりが来店出来るのは、月に一度だけ。仕事の幅を広げたら、話は別だろうが、字も読めず学の無い二人には無理な話だった。

その後、大樹が病気に倒れて、今の店長に代わり、二人が結婚して子供が産まれてからも月に一度の贅沢は続いている。

その時、五人の前にパンとスープが運ばれ

 

「お先に、パンとスープです。ハムカツとビール、アイスはハムカツと一緒にお持ちしますね」

 

とアレッタは伝え、去っていったのだが、ヘルマンがそんなアレッタのお尻を見ていた。だからエレンは、ヘルマンの耳を掴み

 

「アンタ……?」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

少々だらしない旦那(ヘルマン)を躾するのも、(エレン)の役目だった。願わくば、上二人にはこんな風にならないでほしい。

ヘルマンが謝ったので耳を離し、エレンはひとつのパンを2つに割ってからバターを塗った。

暖かいパンの熱でバターが溶け、食欲をそそる。

一口食べれば、口の中にパンの甘さとバターのほのかな塩気が合わさり、幸福感が満ちていく。

初めて食べた時は、その美味しさと柔らかさに驚いた。

二人が知るパンは固く、塩気が強かった。

しかも、それがお代わり自由。

スープも、来る度に味が違う。今回はコーンスープだ。 

しゃきしゃきとしながら、甘いコーン。それと、塩気のあるスープが見事に調和している。

 

(ああ……頑張ってよかった……)

 

エレンは家族と一緒に、スープとパンのお代わりを貰いながら、ここ1ヶ月を振り返った。

自分を見下して、安く買おうとする商人と激しく交渉し、旦那がどういう訳か熊を倒してきたりと、忙しかった。しかし、それらは全てこの異世界食堂で料理を食べるのを活力にしたから、出来たこと。

その時

 

「お待たせしました、ハムカツです」

 

と五人の前に、料理が運ばれてきた。見事なキツネ色の衣の料理だ。料理を持ってきた霊夢は、ソースを指し示して

 

「そちらのソースを掛けても、美味しいですので、ご自由にどうぞ。では、ごゆっくり」

 

と説明してから、去っていった。そして、またヘルマンの耳を掴んでから

 

「いただきます」

 

『いただきます!』

 

と全員で言ってから、食べ始めた。先にヘルマンが、ソースを全体に掛けてから

 

「ほれ」

 

とエレンに渡した。エレンはほんの少し掛けた。

そしてエレンは、ナイフでハムカツを半分に切った。厚さ1cmはあるが、片方は間にチーズが挟まっている。

 

(今回は、チーズ入りとそうでないのか……)

 

何回か食べてるハムカツだが、その度に中身が違う。前回は間に酸っぱいの(梅干し)が入って、さっぱりしていた。

エレンは堪らなくなり、口許に運んだ。

サクッというこ気味の良い音と共に、口の中に甘辛いソースの味。そして、香辛料とハーブ、肉本来の味が広がり、見事に調和している。

 

「んー!」

 

エレンはハムカツの美味しさに、思わず頬を綻ばせ

 

「うめえ!」

 

「美味しい!」

 

子供達はソースを着けずに食べ、笑みを浮かべている。ヘルマンは豪快に切らずに食べ、一気にビールを飲み

 

「あっー! やっぱり、揚げ物の後にビールは最高だな!」

 

と声を上げた。この時、ヘルマンは気付かなかったが、カウンター席に座っていたアルトリウスが同意するように頷いていた。

そしてエレンは、チーズ入りハムカツを、新しく持ってきてもらったパンに切れ込みを入れてから、キャベツと一緒に挟み、食べた。

 

(んー! これがあるから、この店での揚げ物はやめられない!)

 

ハムカツサンドを食べてから、ビールを飲む。それが、エレンの少ない楽しみだった。

揚げ物サンドが、エレンのねこやでの楽しみのひとつだった。以前に店長から聞いて始めてから、外れたことのない食べ方だ。

ふと気付けば、一番下の娘以外が同じ食べ方をしている。娘はまだ口が小さい為に出来ず、少し悔しそうにしているが、元々の料理が美味しい為に直ぐに機嫌は直る。ねこや様々だった。

そして食べ終わると、明久が来たので

 

「それじゃあ、お勘定をお願いします」

 

と言って、財布ごと渡した。これは、先代店長の頃からのやり方で、店長や明久を信頼しているからのやり方だ。

 

「はい、毎度ありがとうございます」

 

お金を取った明久は、財布をエレンに返した。大分軽くなった財布を仕舞い、一家は退店。

一張羅から何時もの服に着替え、ヘルマンと上二人は明日の準備。エレンと娘は、今日出来る縫い物をすることにしたのだった。

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