とある昭和の學園都市   作:臓物ちゃん

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第壹話  都市と都市 The_City_&_The_City

一九三五年。昭和十年。

満州国、大連埠頭。

 

 

「いいか、言葉だ」

 

体中に空いた無数の穴から血をだくだくと流す瀕死の男は少女の肩に手をかけ、最後の力を振り絞って言葉を伝えようとしていた。

 

「いいか、茵蒂克絲(インディ・クェァスー)、Dedicatus-545。言葉を忘れるな」

 

大連は港の都市である。三年前に蜃気楼の如く満州国が現れる前から、それこそ青丘古国の時代から、遼東半島の最南端に位置するこの地は港として栄えてきた。広大な水面を行き交う巨大な船舶たちが月明かりの下に浮び、満鉄が建設した鉄筋コンクリート製の倉庫が、うっすらと青白く光りながら防波堤に沿って整列している。

しかし倉庫たちの沈黙を、夜の静寂を打ち破るように、荒々しい靴音とけたたましい中国語の怒声、そして複数の銃声の反響が、喧騒が埠頭の一角に充満する。

そしてとある古びた倉庫の片隅の一室、樽や木箱の積まれた小さな部屋で、もうすぐ命の潰えるであろう男は、少女に最後の言葉を残そうとしている。

 

「たとえ私の存在すらも忘れても、己の言葉だけは決して忘れるな、克絲(クェァスー)よ。おまえだけが持つその言葉が、記憶の氾濫からも記憶の障害からも、おまえを守ってくれるはずだ」

 

少女は頷く。何度も何度も、涙と鼻水を垂らしながら泣き声を必死に堪えて、埃まみれの顔で頷き続ける。

男は少女の肩から手を離すと、震える手で懐から、辛うじて血に汚れていない紙を取り出し、少女に渡す。

 

「日本に、北一輝(ベイ・イーフゥイ)という男がいる。私は、南京で彼に会い、彼と一緒に戦った。船で、彼の元へ行け。彼とその養子が、おまえを、守ってくれるはずだ」

 

少女は小さな手で紙を握り締める。もう涙は流しておらず、鼻水をすすりながら、最後に力強い意思を瞳に湛えつつ頷いてみせた。

行け、と男が絶え絶えに声を搾り出す。少女は壁に空いた僅かな隙間に身をくぐらせ、一路船を目指す。駆け足の音は徐々に小さく、遠くなっていく。

その音を聞きながら男は満足そうに笑い、吐血する。胸を抑えても溢れる血を止められない。出血量は限界を超えている。混濁した意識の中、耳から流れ込んでくる騒音は次第に大きくなっていく。

扉が蹴破られる。男はもう動く力がない。

銃声。鉛玉が体を貫く。銃声、銃声、銃声。何発も貫く。肩を頭を胴体を足を腕を貫く。四九発の弾丸を内蔵した胴体はくるくると周り、血と肉が四散させながら地面に転がった。

男の眼は何も捉えていない。既に人間の形すらしていない。しかし脳細胞の最後の一片がその活動を終えるその瞬間、男はある人物の名を、唇の剥げた口から零すように呟いた。

 

当麻(ダンマー)

 

そして二度と動くことはなかった。

 

 

   ***

 

 

「死のう死のう死のう死のう――」

 

 

夕暮れに赤く染まった夏空の下、陽炎で世界がゆらゆら揺れている。蝉の声はあちこちで反響し、そしてそれに負けじとしているかのように、法衣を身につけた若い群衆が太鼓を破れんばかりに叩きながら、學園都市第七学区の目抜き通りを死のう死のうと不吉な呪文を唱え練り歩いていた。

 

額に玉のような汗を浮かべ、ただ一念に体を揺らしながら虚無的な念仏を唱え続けるこの奇妙な集団――「日蓮会殉教衆青年党」という立派な名があるのだが世間では「死のう団」としか皆呼ばない――は通り過ぎる人々の冷淡な視線には一切目もくれず、自分の世界に没入してしまっている。当然、ボサボサ頭に学生帽を被った青年が向ける、不審げというか落胆に近い眼差しも、彼らは気にもとめなかった。

 

(これが仮にも最先端科学を誇る学園都市の光景かよ……)

 

いや、二〇世紀かどうかさえ怪しいじゃないか……と、学校の帰りに不幸にもこの不気味な行進に遭遇してしまった北当麻(きたとうま)は、学生服の詰襟を正しながら心の中でそう毒づいた。

 

自殺することで国を救うという不惜身命の極北を行き、一時は血盟団に並ぶテロ組織と称されたこのカルト教団は、当然といば当然だが以前から警察にひどく睨まれており、昭和八年七月に教団員は一斉逮捕され、特高による無残極まりない拷問により壊滅した。しかし、学園都市を拠点として青年党の生き残りが活動しており、このように白昼に突如として湧いて出てゲリラ・デモを行なうことも今日び珍しくなかった。

 

いや、珍しくはないにしても奇怪なことには変わりはない。

行進の隣では茶筒型の電動塵箱が駆け回りながら路上の塵芥を自動で回収しており、幟の背後には和蘭もかくやというほどの巨大な三枚羽の風車が風の力で電気を作っている。軟式飛行船(ツェッペリン)は洋物映画『フランケンシュタインの花嫁』の、主演(ボリス・カーロフ)の継ぎ接ぎだらけの顔がでかでかと剃られたポスターをぶら下げている。とても百鬼夜行の類(カルト)が出てくるような世界ではない。

 

なにしろここは、SF作家(ガーンズバック)の白昼夢さながらの科学の総本山、大東亜の中心、學園都市なのだから。

 

(嗚呼、これでも今日の不幸の中では一番強度が低いのだ……)

 

未来都市(メトロポリス)で狐に化かされたような気まずさを胸に抱えつつ、当麻は死のう団が後方に去っていくのを確認しながら、そう心の中で呟かずにはいられなかった。

 

昭和十年七月二〇日、仏滅かどうかは忘れたが、すべてはこの日が悪いのだ。

 

この日は当麻の通う中等学校の開校記念日であり、せっかくの夏期休暇中だというのに全校生徒が校舎に集められ、校長の戯言やら訳のわからぬ儀式やらの続く、全生徒にとっての苦痛の時間がようやく終わったかと思ったら、その後、特別講演とのことで断崖帝国大学教授の福来某とかいう輩の長丁場が始まり、やれシュレディンガーだシュナイダーなどと毛唐の名前を聞いているうちに眠くなり、立ったままウトウトしてたところに竹刀が飛んできたのだった。

 

そして帰り道、あまりにむしゃくしゃした性で、書店で表紙を見ただけで地雷と分かった自費出版のエログロ本……『ドグラ・マグラ』という題からして訳のわからぬ本を衝動買いし、慙愧の念とともに飯屋に入り茶漬けを頼んだら、間違えて苦瓜と蝸牛の名状しがたきもの(ラ ザ ニ ア)が出てきた始末である。

そして死のう団だ。そのうち黒猫が梯子の下を通って鏡が割れて夜に蜘蛛を潰すハメになるのではないかと、生来の不幸体質の当麻は夕焼けの下で冷や汗をかいていた。

 

「さて、この後どうするか……」

 

まだ暗くなるには時間が早いし、家に――義父が「高天原」と称する流行りの健康住宅――帰るまえに時間をいろいろ潰して腹の伊太利料理(ラザニア)を消化したいという思いもあるが、これ以上金銭を浪費すると確実に残りは悲惨な夏休みになるのだろうなという確信もある。しかしどの選択肢を選ぼうとも悲惨な結末が待っているように当麻には思えたが、結局当麻はお金を使わずに紅に染まった學園都市内をぶらぶら歩いて時間を使うことにした。

 

 

   ***

 

 

自然と足は、国際謝恩塔の聳え立つ復興記念公園にたどり着く。

赤レンガで道が綺麗に舗装され、庭園も整えられたこの公園は、未来が増殖し流線型が繁殖する學園都市において、当麻が唯一落ち着ける場所だ。

長い影を落とす巨大化したペン先のような白亜の国際謝恩塔を見上げつつ、木陰のベンチに腰掛ける。そこで『ドグラ・マグラ』をパラパラとめくればいかにも学生といった素敵な午後の完成だ。何か尻でバナナの皮のようなものを踏んだ気もするが、そんな小さな不幸をいちいち気にしていたら生きていけない。別にバナナの皮を踏んでコケたわけでもないのだし、こんなもの洗濯すればすぐに落ちるはず――

 

 

「そこ、塗りたてよ」

 

 

『胎児の夢』の章にさしかかったところで、凛と鈴のような声が当麻に降りかかってきた。

顔を上げる。

身長五尺三寸。十三、四くらいの婦女子で、肩まである茶色の髪に活発そうな整った顔立ち、身につけている黒を基調としたセーラー服から名門常盤台の生徒であることは推定できるが、お嬢様と呼ぶには気がひけるような、うんざりというか「またお前か」といった感じに眉間に皺をよせている。

当麻は彼女を知っている。かれこれ一ヶ月近く顔をあわせているが、実のところ当麻はまだ相手の名前をよく覚えていない。名字も名前も「み」から始まるというところまでは思い出せるのだが、どうも喉のところで記憶がひっかかってしまっている。

 

「……どちら様でしたっけ?」

 

御・坂・美・琴(み・さ・か・み・こ・と)。山梨県御坂山地のミ・サ・カ。いい加減覚えろド莫迦(バカ)ッ」

 

眉をつり上げ、幼児に説明するように一字一句区切って発音する。見間違いでなければ、額から一瞬青白い火花が破裂音とともに散った。

 

「まあそれはそうと……」

 

美琴は急に肩を下げて表情を和らげた。

 

「それよりアンタ――そこのベンチ、ペンキ塗りたてよ」

 

「えっブッブブッなんだってブッグホッ」

 

突然の衝撃発表に弾かれたように立ち上がり、噎せながら当麻はズボンの後ろ側を確認しようとその場でグルグル回り始める。

 

「バッカねぇ、ちゃんと確認しないから……

 

 

 

まぁ、嘘なんだけどね」

 

 

 

「えっ?」

 

「不意打ちッ!」

 

「はッ!?」

 

少女の怒声を聞いて条件反射的に体が身構える……と同時に、激しい閃光が当麻の網膜を焼いた。

その刹那、汽車に等身したが如き激しい衝撃で爆音が当麻を容赦なく襲う。

実際には光速で飛来したため肉眼での目視は不可能のはずだが、瞬間当麻は電撃の槍が背後でベンチが吹き飛ぶ壮大な音がして、革靴が一尺ほど公園の土を抉る。後ろにひっくり返りそうになるのを踏ん張りながら、飛び散った土煙が弾丸のように当たるのを肌で感じた。

 

「な……何しやがるッ!」

 

「うっさい、不意打ちよ。さっきちゃんとそう言ったでしょ」

 

濛々とあがる土煙の中、全く悪びれてないどころから苛立ちすら含まれている少女の声が聞こえた。

 

"RAIL-GUN"

超電磁砲(ちやうでんじかはう)』。

 

學園都市研究機関及び国際連盟超能力監察機関(ジュネーヴ)は彼女のいまの能力をそう呼称している。もっとも大日本帝国(このくに)は一昨年に国連を脱退したばかりだが。

奇術師の天勝が『魔術の女王』などと呼ばれていた時代が数千年も昔に思えるような、ニコラ・テスラも腰を抜かす圧倒的破壊力と応用力を兼ね備えた三二万八五七一分の一の才能。十億ボルトもの電流を自在に操り、落第をも引き起こせる雷神さながらの「強度伍」の力は、人口二三〇万の學園都市内でも第三位に匹敵するというのも頷ける話である。

噂によると、独逸(ドイツ)の新生ナチス政権は講和条約(ヴェルサイユ)があるにもかかわらず、機械でこの能力を『超電磁砲(ちやうでんじかはう)』を再現し、兵器化を目論んでいるらしい。

 

しかし、いまも電撃を周囲に漂わせている当の彼女は、憤怒と疑念の入り交じった形相を浮かべ、犬歯をガチガチと鳴らし当麻を――電撃を喰らったはずののに、傷ひとつついてない当麻をきつく睨むのであった。

 

「こーなるのよね結局、訳がわからない。肉は焼けば焦げる、肉は叩けば爆ぜる。それがこの世の真理じゃなかったの」

 

「肉呼ばわりとは失礼だな、一応年上だぞ」

 

身構えた状態のまま服の塵を払いつつ、当麻は心底うんざりした様子でそう応じた。黒焦げになったバナナの皮がポトリと尻から落ちる。

 

『幻想殺し』。

 

右手に触れたものならば、超能力でも霊能力でも、神法仏法問わず打ち消してしまう異端の能力。

しかしこの『幻想殺し』という何のひねりもない名称は彼の義父である思想家・北一輝(きたいっき)が勝手に命名したものであり、學園都市の機関に正式に認定された能力ではない。現に學園都市での当麻の位置づけは「強度零」である。しかし今まさに、美琴渾身の雷撃の槍を右手を翳しただけで打ち消してしまった、この状態を何らかの能力の仕業と言わずして何と言うべきか。当麻はこの一ヶ月間ずっと彼女の目の敵にされ、道真(おんりょう)さながらの連続電撃攻撃を右手の不可思議な能力でからがら切り抜けてきたのである。

しばらく奇妙な睨み合いが続いていたが、根負けしたのか美琴は溜息ひとつついて腰に手を当てた。

 

「まったく、自覚しなさいよ。自分が強度伍相手に連勝してるってこと。強い人間には強いことの責任が伴うのよ」

 

「何言ってんだよ、婦女子の念力防いだくらいで連勝も蓮根もあるか」

 

そう余裕を見せつけるためにおどけてみせる当麻を尻目に、美琴は欧米人のように大げさに首を振りつつ肩をすくめ、

 

「全く呆れるわねアンタ、その調子じゃ戦場だと真っ先に弾除けよ」

 

「おいおい、軍隊で優遇されるのは強度参以上だろ。軍人になるつもりはねーよ」

 

(第一義父(オヤジ)が手放すわけないだろうし……)

と続けようと、チラを美琴の顔を見ると、彼女は顎を上げて鼻を鳴らしいた。口元が緩んでいる。

非常に不吉な予感が当麻の中を電撃のように駆ける。これは、自分が完全に優位に立ったときの顔だ。

 

「へぇー……アンタ、知らないんだ。学徒出陣の噂」

 

「ガク、なんですって御坂さん。いま何か物騒な言葉言いませんでしたちょっと先生」

 

「誰が先生よ。でもね……ムフフ、でもね、ここは教えてあげてもいいけどでも、さすがに重要度が高いから、ここはどうかしらねー」

 

美琴はもはや完全に鼠を前にした猫の顔である。いままで弄ばれた分散々いたぶってやろうという魂胆なのは明白である。「窮鼠猫を噛もうが猫平気」という川柳一瞬脳裏に浮かんだがそんなことはどうでもいいのだ。

 

「あー、御坂さん御坂先生ここはひとつ、偶然持ち合わせていた重版出来絶賛発売中の……もうすでにボロボロだけどこの『ドグラ・マグラ』でどうでしょう」

 

「ごめん、それもう持ってる」

 

(コイツ……ものすごいデカい獲物を釣ろうとしているッ!?)

 

 

結局、カルピスを瓶ごと一本という爆弾級のカードを引き抜かれ、当麻はほぼ五体投地に近い格好で項垂れるのだった。

 

「まぁこういう情報はほんっとぉーに強い人間にしか流れてこないんだけど、強度零のアンタがあんまりにも不便だから特別に教えてあげてもいいわ」

 

ホクホク顔のくせによくそんなことをのたまえるものだ。

 

一夕会(いっせきかい)って知ってるかしら」

「知らん」

「真顔で即答すんじゃないわよ……まぁ、それが帝国陸軍内部で秘密裏に作られた政治結社ってのは、つい最近私も知ったんだけど。で、その一夕会の中心人物である陸軍省軍事調査部長の東條(とうじょう)少将が政府中枢に働きかけて、學園都市の能力者を含む学生たちを大量に大陸に送り込んで、日支戦争の消耗品(こやし)にしようってわけ。以上」

 

「な……」

 

な、なんだってー、の「な」ではない。何をいまさら、カルピス返せ……の「な」だ。

 

だいたい満州事変だって、石原(いしはら)参謀が集めた超能力者たちのおかげで成功したんじゃないか。義父は軍部とのコネも強いらしく、実家には頻繁に軍服を来た男たちの姿が見受けられ、一、二度話たこともある。だから海の向こう側で軍人と超能力者が何を進めているかは曲がりなりにも知ってはいるし……

 

 

待てよ。

いま『含む学生たち』とか言わなかったか?

 

「そうよ。そうじゃなきゃアンタに教えるわけないじゃない」

 

何をいまさら、といった顔を今度は美琴がした。

 

「江戸幕府が忍者減らしたのと同じ要領ね。戦争が超能力者に、一研究機関であるはずの學園都市おんぶにだっこってのは軍部にとってはすごく気に入らないことみたい。何しろ主導権が握られちゃってるってのはね。でも五・一五みたいにクーデター起こしても勝目はないから、間接的に弱体化させようって寸法ね。いざ戦争状況になればどんな理屈も通用するだろうし」

 

「ならそんなこと……學園都市が許すわけんじゃないか」

 

当麻は上擦った声で反論を試みる。確かに三年前の五・一五事件のときは軍部はほとんどお咎め無しだったが、そんな無茶な案件が通用するとは到底思えない。

 

「俺達は『神様の計算(ブラインド・ウォッチメイカー)』ウンタラカンタラのための貴重な実験動物なんだから」

 

「モルモットが二三〇万匹も必要だと上の連中が考えていればね。政治ってそんな単純なものじゃないの。……知ってる、アンタ。例の金融恐慌以降、飢饉の進む東北じゃ、捨てる目的で学園都市に子供送り込む家庭も出てきたそうよ。今じゃ置き去り(チャイルドエラー)っていって都市内じゃ社会問題みたい。黒子も忙しくて悲鳴をあげてるわ」

 

『黒子』というのは誰を指すのかは知らないが、そんな話を当麻は全然知らなかった。

 

 

「人数を絞りたいという『上』の意向と、軍部の意向とが重なったとき、何が起こると思う?」

 

 

皮肉な笑いを顔に貼りつけた少女は、まるで何かを既に達観してしまったかのようだった。

なんだそれ。

なんでこいつは、こんな何気ないといった顔でいられるんだ?

 

(ポチョムキンの村だ……)

 

幼い頃、義父から教えられた話を思い出す。十八世紀末期、ロシア帝国女帝エカテリーナは併合した新しい領土を見て回り、美しい農村の風景を楽しんだ。側近ポチョムキン公が病人や年寄りや貧乏人を追い払い、何もかもを立替させて新たに作り直した、表面だけの村の光景を。

『大東亜聖地祝祭都市』の異名を誇る學園都市。その輝く未来都市のジオラマに、さっき見た死のう団の行進が重なる。

 

「ふーん、アンタ、顔青くなってるわね。まあ無理からぬことだけど、少なくとも學園都市なら人海戦術(「突っ込めー!」「うおー!」)の戦争なんてやらないだろうから、運がよければ生き残れるんじゃない……

って、もう門限間近じゃん! じゃあ例の一升瓶忘れずによろしくー」

 

(ちょ、その運がないんだようこっちには!)

 

と言うまえに、美琴は長い影を引きずりながら走り去ってしまった。

遠くで鴉が鳴き、蝉の泣き声と交じる。

だというのに、公園の時計の分針が進む音さえ聞こえてきそうなほど辺りは静寂に満ちていて。

そこに学生服の少年が一人残されている。

まるでそこだけ世界が静止したかのように。

 

しばらく呆然と立ち尽くしていたが、やがて当麻は吹き飛んだベンチを元の位置に戻し、『ドグラ・マグラ』の吹き飛んだページを探して元の位置に挟む。そうやって夕暮れの下、黙々と作業しているとやるせなさに似た感情が腑の底からこみ上げてきて、近くにあった気を思い切り殴ると飛び立った蝉が小便をかけてきた。

 

不幸だ。

 

 

「……帰っか」

 

 

とにかく帰って、使用人(おてつだい)風斬(かざきり)さんが作ってくれる夕飯食って宿題やって銭湯行って、寝よう。

うん、そうだ。何しろ俺は時代に流されるのが常の小市民だ。先を悩んでたって仕方ない。戦争が始まって戦地に送られたって、朝食食った後に銃撃ったり撃たれたり、殺ったり殺られたりするだけの退屈な日常が続くだけだ。そうなんだ。

 

奔流する時代の中を、頭を掻きつつトボトボと帰路につく少年の遥か上空を、駆動鎧の編隊が飛行機雲を描きながら滑空していった。

 

 

   ***

 

 

そして少年は、世界を変える少女と出会う。

 

 

 




ひっじょーに投稿が遅くなってすまなすぎる。小説書くのって大変ね。今度からもっとテンポを上げてがんばるんで生暖かい目で見守ってください。

ちなみに、作中の「ガーンズバック」っていうのは二〇世紀初期に活躍した、未来都市とか描くイラストレーターさんで、ウィリアム・ギブスンの『ガーンズバック連続体』でネタにされています。こういう小ネタを挟むのがわたくし大好きなのです。というわけで4649。
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