————Side S
これはどうしたものだろう。
「もう、おたえが余計なこと言うからー……」
咎めるように視線を送っても、当の本人は頭にはてなマークを浮かべて首を傾げるだけ。おたえの空気読まないとこ、長所だけど短所だと思うよ……。
「大丈夫かな、有咲ちゃん……」
「んー、どうだろ。……有咲は引きずると長そうだからなぁ」
折角、最近なんかいい雰囲気になってきたと思ってたのに。……両方ピュア過ぎるんだよね。有咲は自覚してそうだけど、いろいろ考えちゃうタイプだし。香澄は、まあ、天然だし。
いつのまにか手を堅く握り締めている自分に気づいて、ため息が漏れる。……私のこれも、どうにかしないとなぁ。人のこと言えない。
「ほっとけばいいんじゃない?」
「……かもね」
おたえの言うことも一理ある。実際、こういうのって外野がとやかく言って解決するものでもないと思うし。でも、
「でも、心配だよぉ……」
「……ねー」
香澄も有咲も、ポピパのメンバーってことの前に友達だし、仲良くっていうか……いろいろ進展してくれればなぁと思ってしまう。なんか、こう、やきもきする。奥手なヒロインとヒーローが出てくる王道少女漫画でも読んでる気分。
そうなんだよね。こんなに近いのに、私は読者でしかないから、
「……なんにも出来ないなぁ」
× × × ×
ドラムを叩いてるとき、すっごく楽しい気分になる。横からキーボード。斜め前からベース。ちょっと離れてギター。それで、前からギターと香澄の声。ああ、今演奏してるなって、バンドしてるなって、みんなと……香澄と同じ場所にいるなって、時折、背中を一瞥して、着いてきてよかったって、そう思う。
「……うーん、今日はここまでにしよっか」
でも、今日はちょっと違って。あんまり楽しくない……昨日まで合ってたところがズレたり、バラバラになってる感じがする。
「二人ともどうしたの? やる気、なくなっちゃった?」
「「そんなことないっ!」」
こういうところは、いつも通り息ぴったりなのになぁ。香澄がにやにやして、有咲が真っ赤な顔で俯くところまで、ぜーんぶいつも通り。
「じゃあ、具合でも悪いの? 言わなきゃ分かんない」
おーい、おたえのせいでもあるんだぞー、なんて。まあ、どのみちいつかはこうなってたと思えば、早かれ遅かれの違いでしかないか。
「……別に、今日はちょっと、調子が出ないだけだし」
「いつなら調子出る? それまで個人練だけにしたほうがいいと思う。意味ないし」
「それは……」
「ごめんね、おたえー……」
「……手、握る?」
なんでそうなる。……このなんでも、なんか予想がつくようになってきちゃったなぁ。慣れてきたっていうか。慣れない子も、若干いるみたいだけど。
「はぁ?」
「寂しいのかと思って」
「さ、ささ、寂しくねーしっ! はぁ……早めに、なんとかする、から」
有咲はちらと香澄を見て、もう一度ため息を吐く。この二人、今日はほとんど直接話してないもんなぁ。なにか、出来ないかな……。
「ねぇ」
案なんてなにもないのに、つい声を出してしまった。視線が私に集まる。どうしよう、なにか……あ、そういえば。
「今日、早く終わったし、勉強みてもらったら? 朝、そういう話してたでしょ?」
「「えっ?」」
そのハモリ芸やめてよ、笑いそうになる。
「わ、私もいいと思うな……」
りみりん、ナイスアシスト! 心の中でお礼を言いつつ、二人の動向を見守る。先に口を開いたのは、有咲だった。
「私は、別にいいけど……」
有咲が答えると、今度はみんなが香澄に目を向ける。なんか珍しいな。いつも香澄が最初に答えてるから、新鮮。
「えっと……あ、うん。じゃあ、お願い、します……」
「なんで敬語なんだよ……」
「みんながこっち見てるから、な、なんか緊張しちゃって」
……これなら、心配いらないかな。ちゃんと話せば、なんとかなる問題だと思うし。
「じゃあ、片付けしちゃおっか」
ああ、胸が痛い。……やだなぁ。こういうの、本当に嫌だ。
なんでこんなこと言ったんだって後悔する私と、好転しそうでよかったって安堵する私と、二人いて。基本的に後者が勝ってるんだけど、たまーに前者が勝つことがあって、なんか、泣きそうになる。
「——ちゃんっ」
なんでだろう。嬉しいのに、喜ぶところなはずなのに。喜んじゃいけないところで喜んで、悲しんじゃいけないところで悲しむ私が、私は嫌いで。……ドラムを叩いてるときは、全部忘れて夢中になれるのに。
「——沙綾ちゃんっ」
「——ひゃっ、あ、えっ? りみりん? な、なに?」
「……私とおたえちゃん、支度、終わったよ?」
「あ、ああ……私も終わったよー、帰ろう帰ろう!」
……なに考えてんの、私。無理なんだって、諦めるしかないって、いつもちゃんと割り切れてるじゃん。どうしてこういうときに限って出来ないの。
「それじゃ、香澄、有咲。また明日ね」
「うんっ」
「おう。りみもおたえも、じゃーな」
「ばいばい、香澄ちゃん、有咲ちゃん」
「ばいばーい。またねー」
外に出ると、空はもう暗かった。少し肌寒い風が身体に吹きつける。
「……うぅー、寒っ」
「風、冷たいねー……」
「そう? 私はこのくらいが丁度いいけど」
どんどんと歩いていくおたえをりみりんと一緒に慌てて追う。今日のことがあったせいか、隣に並んで歩いていても会話は少なくて、ついつい置いてきた二人のことを考えてしまう。
「……大丈夫かなぁ」
どうやらりみりんも同じだったらしい。私の気持ちとりみりんの優しさを一緒くたには出来ないけど、心配しているのは確かだ。あの二人、放っておいて勝手に捻れたりしないよね……ありそうで怖い。
「心配なら見に行けばいいのに」
「それは……だって」
盗み聞きを自覚的にするということに、やっぱり抵抗はある。これが悪ふざけのノリならまだしも、あの雰囲気だと、嫌われるまではいかなくてもバレたら間違いなく怒られるし。
「……ごめん。私、忘れ物しちゃったから、取ってくる」
怒られるかもしれないってことはちゃんと理解してる。でも、やっぱり放っておけない。知らないところでなにか取り戻せないようなことが起きたらと思うと、いてもたってもいられなくなる。
りみりんの慌てる声を聴きながら、返した踵を浮かせて、地面を蹴った。風を切って走り続けて辿り着いた蔵の前、ゆっくり呼吸を整えて、そーっと中に入る。地下に繋がる扉の横で足をついて、床に耳を寄せた。……なにしてるんだろ、私。
「……よく聴こえないな」
なにかを喋ってるのは分かるけど……。もっと、近く——ぬっと、目の前に顔が現れた。
「ひっ……」
咄嗟に片手で口を押さえて、悲鳴を飲み込む。落ち着いてみれば、それはさっきまで隣にあった顔で。
「……おたえ。りみりんも」
「気になった」
「……わ、私も」
思わず吹き出しそうになったけど、それもなんとか堪えて、改めて扉に耳を近づける。すると、微かにだけど、二人の声が聴こえてきた。
『……ごめん』
『お前、さっきからそれしか言ってねぇ……』
『だって、有咲……怒ってる』
『……怒ってねぇよ。もういいだろ……私だって驚くんだから、お前が驚くのも当たり前といえば当たり前だし』
『ほんとに、怒ってない……?』
『本当に怒ってない』
『ほんとのほんとに……?』
『本当の本当に』
『絶対っ……!?』
『だーっ、もう、うっぜー! 怒ってねーよ! 絶対! そんなに信じらんねーのかよ!』
『有咲怒ったぁ……』
『う、うぜぇ……』
……杞憂だったかな。なんか普通に大丈夫そう。いつもの二人だ。
『つーか、勉強すんじゃねーのかよ……』
『あ、そうだった。えへへ……』
『ったく、ほら、時間ないんだからさっさとやるぞ』
『はーい! ——あ』
『今度はなんだ……』
『今日、言おうと思ってたんだけど、えっと、その……』
『……はっきりしろ』
『ゆ、遊園地っ、行きたい、なぁ……とか』
『はぁ? 遊園地? なんで急に……つーか、前に行ったろ』
『あ、あのときは、一回目に有咲とおたえが来れなかったから、今度はみんなでってずっと思ってて……』
『は? え、なに、二人でってことか……?』
『……うん。もうすぐ、ゴールデンウィークだから、そのときに。……ダメ、かなぁ?』
『……面倒くせぇ』
『……そっか。じゃあ、また今度——』
『——行かねーとは言ってねぇだろ』
『っ……有咲~っ!』
『いちいち抱き着くなーっ!』
……早く付き合えばいいのに。おっと、ついおかしなこと考えちゃった。それはともかく、これなら本当に大丈夫そうだ。
二人と視線を合わせ、それぞれが頷いてそっと立ち上がる。蔵から出ると、なんかどっと疲れが押し寄せてきた。
「やっぱり大丈夫だった」
「だねー……よかったぁ」
改めて帰路を歩く。……遊園地か。
解決したはずなのに、なんだか胸の靄が晴れない。なんで……ああそうだ、解決してないんだ。香澄が泣いた理由を、結局有咲は知らないまま。
あー、なんかそう考えると不安になってきた。遊園地に行った次の日に気まずくなってたりしないかなぁ、あの二人。多分、大丈夫だと思うし、もしなってもまたすぐ仲直りするとは思うんだけど……。
「沙綾? 置いてっちゃうよ?」
いつのまにか足を止めていたらしい。おたえが覗き込んできて、ちょっと仰け反ってしまった。……やっぱり、気になるなぁ。
「……あの、さ。おたえ、りみりん」
「うん?」
「なに? 沙綾ちゃん」
あー、もー、これ言ったら二人がどんな反応するのかはっきり浮かんでくる。特におたえ。マイペースキャラって慣れると逆に分かりやすいみたいな、アレ。
「……遊園地、行かない?」
おたえのため息が痛かった。