そのアイは誰のもの。   作:夢兎*

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第6話

 

 ————Side S

 

 人波を春風が吹き抜けていく。こうしてじっとしていると、何人かは私に目を向けたりもするけど、どの視線も数秒と経たずに逸れていくから、そこまで気にはならない。

 

 しばらくそうしていると、ようやくお目当ての顔を見つけた。

 

「いた」

 

 隣にいたおたえもどうやら見つけたらしい。勢いで指をさしたので、そっとそれを降ろさせた。見つかったらどうすんの、絶対怒られる。

 

「えっ、どこ……?」

「ほら、あそこ」

「分かんないよぉ……」

 

 りみりんはどうも見つからない様子。視線を戻すと目標が動き出したので、りみりんの手を引いて歩みを進めた。

 

        × × × ×

 

「……飽きた」

 

 ずずずーっとストローを吸って、至極真面目な顔で言う。もしかしたら、今までで一番真面目な顔かもしれない。おたえのスイッチがどこにあるのか、いまだにはっきりと分からない。

 

「やっぱり、なんにもない」

 

 ちらとおたえが視線を動かした先には、お目当ての二人——有咲と香澄がいる。二人は今も楽しそうで、有咲はたまに眉尻が下がったりもするけど、頬が赤くなるのもセットだから照れてるだけだろう。結局、こんなところまで来て、私たちは二人がいちゃいちゃしてるのを見てるだけというのが現在の状況です。ほんと、なにしに来たんだろ……。

 

 もちろん、なにもないならそのほうがいいに決まってるんだけど、拍子抜けっていうか、なんていうか……うん、やめやめ、これは考えててもしんどいだけだ。

 

「あっ、行っちゃうよ」

「本当だ。私たちも行こっか」

 

 渋面のおたえを連れて、二人のあとを追う。どうやら二人はおばけ屋敷系のアトラクションに入るみたいで、長い列の最後尾に並んだ。

 

「おたえとりみりんは並んで。私は出口で待ってるから」

 

 アトラクションはどうしても間隔が空いて、見ていられない時間が出来てしまう。バレない距離を保つと尚更。そうなると誰かが出口を見張ってるしかないわけで、言い出しっぺの私が毎回その役を受け持っている。

 

「私は沙綾とも一緒に乗りたいのに」

 

 拗ねたように言うおたえに、思わず吹き出してしまった。ああ、そっか。なるほど、そういうことね。アトラクションにはちゃんと乗れてるし、前に来たときだってかなり楽しそうだったのに、なんで不機嫌なのかと思えば……なるほど。

 

「ごめんねー、おたえ。今回は二人で楽しんで。今度また、みんなで来よう?」

「はぁ、分かった。りみ、行こ」

「あ、う、うんっ。行ってくるね、沙綾ちゃん」

「はいはーい、楽しんでね」

 

 ひらひらと手を振って、二人が列に並んだのを確認してから手を下ろした。出口近くでソフトクリームが売っていたから、それを買って、ぼうっと出口を見つめながら食べる。……ん、おいし。

 

「……なにやってるんだろ、私」

 

 見上げた空は心とは反対に真っ青で、最高の遊園地びよりって感じだった。天気が悪ければ、この気持ちも天気のせいにしちゃえるのに。

 

 落ち着く。自分から言い出したくせに、見ているときより見ていないときのほうがホッとするんだから、本当にバカだなぁと思う。わざわざ来なきゃ、こんなに辛くならなかったのに。

 

「……それでも」

 

 それでも、行かなきゃダメだと思った。辛くならなきゃダメだと思った。なあなあのままで、誤魔化して過ごす日々を終わらせたかった。

 

 直接言うのは怖い。今の関係性を失いたくない。これからもポピパのドラムでいたい。嫌いな子なんて一人もいない。みんないい子で、私の大切な友達で。

 

 ——あの子の隣にいるのが私だったらよかったのに。

 

 そんなことを考えてしまうたび、自分が嫌になる。有咲も香澄も好きで、二人がもっと仲良くなったら嬉しい。そのために私になにかが出来るならしたい、手伝って欲しいって頼んでくれればいくらでも手伝う。その気持ちは本当で、嘘じゃない。

 

 どれだけその場所を望んでも、憎くなんてならない。いっそ、嫌いになれたらどれだけ……首を振って思考を追い出した。なに考えてるの、そんなのダメに決まってる。それに、どうせ嫌いになんてなれはしない。

 

 嫌いになんて、なりたくない。

 

 二人とも好き。この気持ちは揺らがない。どちらかを嫌いにならなきゃいけないくらいなら、私の気持ちなんて捨てちゃっていい。そのくらい大事なものだから。

 

「あーあ……ダメだなぁ」

 

 そっと目を瞑って頭に浮かんでくるのは、あの子の泣いた顔。私はあのときのあなたが忘れられなくて、気づけばいつも目で追っていて、話しかけられれば頬が緩んで、抱きつかれたらドキドキして、その声を聴くたびに——

 

「あれ? さーや?」

 

 ——そう、こんな感じに、胸が高鳴って。……あれ?

 

「え……?」

 

 顔を上げれば、目の前にあなたがいた。つぅーっと冷や汗が背を伝う。背後に目を向ければ、こっちを見て固まるおたえとりみりんの姿があった。

 

「……なにしてんだ、お前?」

「え、えぇっと……」

 

 なんて言い訳しようか。訝しげな表情に、なんだかしどもろもどろになってしまう。……おたえとりみりんは巻き込むわけにいかないし、でも一人で来たは怪しすぎるし。

 

「——練習なくて暇だから、私たちも遊園地行こうって話になったんだよ」

「おたえっ!? ……りみまでいんじゃねーか」

「ポピパ勢揃いだね~」

 

 楽しそうな香澄に対して、有咲はどこか不満気な表情を見せる。……自分で気づいてるのかな。気づいてないんだろうなぁ。

 

「折角みんな揃ったんだから、みんなで遊ぼうよ! ねっ、有咲っ」

「……いいんじゃねーの、別に」

 

 よくないくせに。そんな顔で言ったって、説得力ないよ。

 

「私はどっちでもいい」

「えっと、私は……どうしよう、沙綾ちゃん」

「うーん……」

 

 答えは決まっているのに、どうして即答出来ないんだろう。どうしてもなにもない。そんなの、理由なんて一つしかなくて、でも、私はどちらを選べばいいのか分かってるから、ここでいうべき台詞は——

 

「じゃあ、一緒に遊ぼっか」

 

 ——二人で遊びなよ。そのために来たんでしょ?

 

「顔合わせたのに、バラバラで遊ぶのもなんか変だしね」

 

 ——私たちは私たちで楽しむから。

 

 違う。違うのに……言わなきゃいけないこと、この場所で口にするべき台詞は、答えは、それじゃないのに。私の口は思うように動いてはくれなくて。

 

「じゃ、決まりだねっ。しゅっぱーつ!」

「お、おいっ、待てよっ!」

 

 慌てて香澄を追う有咲に、私を一瞥してりみりんも着いていく。ぼうっとそれを眺めていた私の耳に、平坦な声で問いが届いた。

 

「結局、なにしにきたの?」

 

 なにをしに来たんだろうね。もう、分かんないや。でも、最初は確かに目的があったんだよ? 私だって、好き好んでこんなところまで来たわけじゃない。

 

「……心を、折りに。かなぁ」

 

 顔も見ずに答えると、間髪入れずに次の問いがやってくる。

 

「出来そう?」

「……んーん、無理かも」

「そっか。でも、いいんじゃない、無理でも。ほら、行こ? みんな待ってる」

「……うん」

 

 無理でも、いいのかなぁ。

 

 何度も、何度だって言うけど、私はポピパのみんなが好きだ。絶対に失いたくないと思う。有咲も香澄も好きで、二人が仲良くなれば嬉しいし、幸せそうな二人を見てると私も幸せな気分になる。それは嘘じゃなくて。

 

 でも。

 

 

 ——香澄が好きだって気持ちも、嘘じゃない。

 

 

 香澄がいてくれなかったら、私、今でも一人で悩みながら過去に囚われたままだった。諦めずに誘い続けてくれてありがとう。一緒に泣いてくれてありがとう。あのときのこと、今でもはっきり覚えてるよ。

 

 私に夢を——未来を見させてくれたのは香澄で、そんなあなたは私のヒーローだから、簡単に忘れることなんて出来なくて。

 

 駆け抜けていくあなたが好き。

 

 ——ずっと、そばにいて。

 

 いつも笑顔なあなたが好き。

 

 ——他の子に笑いかけないで。

 

 みんなに優しいあなたが好き。

 

 ——私だけに目を向けて。

 

 まったく正反対なことを、同時に想って辛くなる。

 

 私なら好きだって言ってあげられるのに。素直な気持ちを言葉にしてあげられるのに。私が一番、あなたのことが好きなのに。

 

 そんな感情ばかりがふつふつと心の奥から沸いてきて、弾けて、身体を埋め尽くしていく。……ダメな友達だね。こんなこと言ったら、嫌われちゃうかな。ううん、そんなわけない。だって、香澄はそういう子だから。

 

 ただ一つだけ、裏も表もなくここが好きだと言えることがある。

 

 

 ——誰かを引っ張るあなたが好き。

 

 

 その優しさも、強さも、瞳の煌めきも。香澄が一番輝いてるとき、香澄はいつも誰かの手を引いている。走って、走って、走って、走って、走って、その誰かがたとえ私じゃなくっても、私はそんな香澄が好きだよ。

 

「さーぁーやーっ! 早くーっ!」

「はーい! ごめんね、今行くー!」

 

 隣を見て笑顔を漏らすあなたに、胸の痛みが強くなる。

 

 ねぇ、香澄。

 

 ——その愛は、誰のもの?

 私は、この答えを知っている。

 

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