そのアイは誰のもの。   作:夢兎*

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第7話

 

 ————Side K

 

 おかしいなぁ。どうして、もやもやするんだろう。アトラクションの列に並びながら、そんなことを考えてた。

 

 さーやもおたえもりみりんも揃って、すっごく楽しいはずなのに、なんだか煙がいっぱい頭の中に詰まってるみたいなドキドキしない感じが続いてる。

 

 隣でなんでかちょっと機嫌が悪そうにしている有咲に目を向けると、有咲もこっちを向いて、ばちっと視線が重なった。……なんか、ドキドキしてきたかも。

 

「……なんだよ」

 

 有咲なら分かるかなぁ? 迷っているうちに、私たちの順番が来た。

 

「ね、有咲。楽しい?」

 

 アトラクションが始まる前に、そんなことを訊ねる。すると有咲は、しばらく黙って、私が「聞こえなかったかな」と思った辺りで、ようやく答えてくれた。

 

「……楽しいよ。ちゃんと」

「そっか。えへへ……」

 

 なら、いっか。有咲が楽しいなら、それでいいや。私もなんか楽しくなってきたし。不思議だなぁ。

 

        × × × ×

 

 ふと空を見上げると、いつのまにか真っ暗になっていた。周りが明るいせいか星は一つも見えなくて、ちょっと残念な気持ちになる。帰り道なら見れるかな……。

 

「——香澄っ」

 

 ぐいっと手を引かれて、少しよろける。態勢を整えてから手の先を見れば、さーやが難しい顔で私を見ていた。

 

「こら、危ないでしょ。ちゃんと周り見ないと」

「ごめんー……」

 

 はぁとため息を吐いて、さーやは私の後ろに視線を動かす。つられて顔を向けると、立ち入り禁止のテープの向こうに有咲たちがいるのが分かった。どうやら、パレードが始まるみたい。

 

「はぐれちゃったぁ……」

 

 ずきっと、胸の奥が痛くなる。……なんなんだろ。最近、こういうのが多い。考えてもよく分かんないから、放っとくしかないんだけど。

 

「追いつくから先行ってろだって」

 

 ぱっと目の前に出されたスマホには、確かに有咲のアカウントからそんな内容の文が送信されていた。ちらともう一度テープの向こうを見ても、もうそこに有咲はいない。

 

「どうする?」

「行こっ、さーや」

「うん。分かった」

 

 繋がったままの手を引いて歩き出した。……なんか落ち着かない。楽しくない。さーやが、一緒にいるのに。どうして?

 

 そんなことを考えながら列に並ぶと、ゆっくり伸びてきた手が、私の頬に触れた。

 

「……さーや?」

「一旦、離れよっか」

 

 すっと目尻を撫でて離れた手は濡れていて、自分が泣いていることに気づく。あのときと一緒だ。泣きたいなんて、思ってないのに。でも、なんだか悲しくて。

 

 列から抜けて、道の端で立ち止まる。さーやは優しく笑って、私の頭を撫でてくれる。……お母さんみたい。いつも私を見ててくれて、困ったら助けてくれる、泣いてたら話を聞いてくれる。

 

「涙、止まらないね」

「……うん」

 

 分かんない。だって私、いつもなら楽しいはずなのに。

 

「ね、香澄」

「なに……?」

 

 涙を拭いながら訊ねると、さーやは少し困ったような顔をして、それから答える。

 

「目を瞑って、有咲のこと考えてみて」

「有咲……? どうして?」

「どうしても」

「……分かった」

 

 言われた通りに目を瞑る。有咲の顔を思い浮かべても、涙は止まらなくて、余計に辛くなるだけだった。目は閉じたまま、さーやの言葉に従って、まぶたの裏を見つめ続ける。

 

「……有咲のこと、どう思う?」

「好き」

「っ……あははっ、うん。そうだね……私も好き。じゃあ、有咲が笑ったら、どんな気持ちになる?」

 

 有咲が笑ったら……。有咲はいつも顔を顰めてるような気もするけど、本当はよく笑ってて、私はそれを見るたびに、なんか、こう、なんだろう。

 

「……嬉しい? 私も、笑いたくなる。一緒に」

「有咲が泣いてたら?」

「私も、泣きたくなる。……胸の奥が、変な感じになって、嫌。笑って欲しい……なんで、そんなこと訊くの?」

「ごめんね。でも、そうしないと、分かってくれないから。心理テストみたいな」

 

 心理テスト? テストは嫌だな……。

 

「香澄は最近、自分でもよく分かんない気持ちになることがあると思う。当たってる?」

「当たってる。さーや、心が読めるの?」

「見てたら分かるよ……うん、分かっちゃう。香澄は分かりやすいからね」

 

 そんなに分かりやすいかなぁ。なんか、悔しい。でも、誰かが分かってくれてるとホッとして、自分が分からなくてもいいのかもって思える。

 

「……有咲のこと、気づいたら目で追ってたり、いつのまにか有咲のこと考えてたり、する?」

「っ……するっ、すごい、なんで分かるの?」

「だから、分かりやすいって言ったでしょ?」

 

 さーや、すごい……。驚いていたら、繋いだままの手に水のようなものが当たった。びっくりして目を開けても空いてるほうの手が私の視界を遮ってなにも見えなかった。

 

「……目は、閉じたまま」

「? 分かった……」

 

 また目を閉じる。濡れた手が、少しだけ冷たかった。

 

「有咲が泣いてると胸が苦しくなる。有咲が笑ってると楽しくなる。泣いている有咲を笑わせてあげたいと思う。笑って欲しいと思う。有咲のことをいつも考えちゃって、いつのまにか目で追ってたりする。二人で遊園地に行きたいと思うし、みんなと合流したら残念な気持ちになる」

「そんなことっ」

「ない? 本当に?」

 

 ない。その一言が喉に詰まって。すとんと胸の中に落ちてくる。そしたらもう、浮かんでくるのはイエスだけで、違うと言っても、首を振っても、それ以外の答えはどこにもなかった。

 

「……みんなが、好き」

「うん。みんなも、私も、そう思ってるよ」

「でも……私、嫌だって、思った……嫌いになんてなってないのに」

「変じゃないよ」

 

 変じゃない。おかしくない。そう言ってもらえただけで、そう思えた。

 

「香澄にとって、みんなより有咲がちょっと特別なだけ。みんなのことも好きだけど、有咲はもっと好きになっただけ。だから、大丈夫だよ」

「……特別?」

「そう、特別。みんなとしたいこともあるけど、有咲と二人でしてみたいこともある。有咲と二人きりでいると、みんなといるときとは違うキラキラやドキドキがある」

「ある……」

「そういう特別のこと、なんて呼ぶか教えてあげる」

 

 目を瞑っていても、さーやの顔が近くに来たのが分かった。さーやは私の耳元で、私の知らない気持ちの名前を教えてくれる。

 

「恋」

 

 ——恋。そんなわけがないとは言えなかった。納得した。有咲は女の子なのにとか、そんなことは私にとってどうでもよくて。

 

 だって、誰かを嫌いになったのかと思ってたのに、誰かを好きになっただけだったって知ったら、すごく安心したから。

 

 前よりその人のことを好きになる。それはすごく、ドキドキすることだ。

 

「香澄は、有咲のことが好き。私やおたえ、りみりんよりも、有咲のことを好きになったんだよ。……涙、止まった?」

「……うん。ありがとう、さーや」

「どういたしまして」

 

 その声が震えていて、つい目を開ける。でも、さーやは手を離して私に背を向けたから、さーやの顔は見えなくて。

 

「さーや?」

「……入口の、噴水の前にいるって」

「え……」

「有咲、待ってるよ。早く行かないと」

「えっ、でも、さーやも……」

「——早く、行ってっ!」

 

 久しぶりに聴いた気がする。さーやの怒った声。……違う。あのときに聴いた声とは似てるけど全然違う。

 

「……置いて行けるわけ、ないじゃん」

「……大丈夫だから。ね? おねがい……ごめんね」

 

 私は震える肩に手を伸ばして、触れる前に手を降ろす。そのまま動けずにいると、さーやは後ろを向いたまま、

 

「……有咲が、他の人のことを好きになったらどうする?」

「……嫌、そんなの」

「でも、なるかもしれないよ? 普通に男の人を好きになって、その人と幸せになるかもしれない……」

「嫌っ! 嫌だよ……ずっと、一緒にいたい」

「だったら、行かないと。立ち止まってる場合じゃないでしょ」

「でもっ……」

「——未来、変えたいなら、どうするんだっけ」

 

 知ってる。私はそれを知っていて、だから、泣きそうになりながら、答えを。

 

「今を、変えなきゃ」

 

 もう、踏み出せるから。

 

「……後で、絶対来る?」

「行く……」

「ほんと?」

「本当だよ」

「……分かった」

 

 踵を向けて、走り出した。有咲が待ってる。

 

「——香澄っ!」

 

 振り返ると、もうさーやはすごく遠くにいて。

 

「————」

「聞こえないよーっ!」

「行ってらっしゃい!」

 

 それっきり、さーやはまた後ろを向いてしまう。疑問を覚えながらも目的地へ急いだ。

 

 ——折れなかったなぁ。

 

 そんな声が、聞こえた気がした。

 

 

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