そのアイは誰のもの。   作:夢兎*

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第8話

 

 ————Side A

 

「おっせぇ……」

 

 周囲を見回しながら、そんなつぶやきをした。肌に当たる風は冷たくて、もう少し厚着をしてくればよかったと後悔する。……いつ出てくんだよ。

 

 トイレに行くと入っていったきり、おたえとりみが出てこない。……なんでこんなイラついてんだろ、私。少しくらい、落ち着いて待ってればいいのに。

 

 気を抜くとすぐに浮かんでくる顔を振り払って、ぼうっと空を見つめた。……そろそろ、終わりか。閉園時間まではまだあるが、補導されたら笑い話にもならない。適当にご飯を食べて帰るのが妥当だろう。

 

「あーりーさーっ!」

 

 唐突に鼓膜を揺らした大声に、びくりと肩が跳ねる。声のほうへ顔を向けると同時、ぎゅっと身体に抱きついてきたアホは私に視線を合わせて、

 

「好きっ!」

「……ああ、そう。鬱陶しい、離れろ」

 

 ぐぐっと香澄を引き剥がして、はぁとため息を吐いてしまう。ホッとしている自分に腹が立つ。こんなやつ、どうでもいいはずなのに。

 

 あれー? とかなんとか鳴いている香澄を疑問に思って首を傾げると、香澄はちょっと真面目な顔で、

 

「好きだよ!」

「だからなんだよ……いつも聞いてるっつーの」

 

 なにを今更。つーか、こんなところで好き好き言うのやめてもらっていいですかねぇ、さっきからちらちら見られてて恥ずかしいんだけど。

 

「あっ、違う違う。そうじゃなくて、いつものとは違う好き」

「はぁ? 意味わかんねー……」

 

 なんだよ、いつものとは違う好きって。まーた、わけのわかんねーこと言ってやがる。まあ、こいつがわけわかんねーのはいつものことだから、どうでもいいっちゃどうでもいいんだけど。

 

「それより、沙綾は?」

「さーやは……後から来るって」

 

 ちらと後ろを見た香澄は不満気な表情で首を捻る。……あー、なるほど、理解した。おたえとりみが出てこないのも、つまりはそういうことだな? ばっかじゃねーの、そういうの本当いらないから。

 

 ……まあ、もともと二人で遊ぶ予定だったし? 別にわざわざ呼ばなくてもいいとは思うけど。深い意味はなくて。

 

「……どうする?」

「どうするって……なにが?」

 

 心底不思議そうに言う。こいつ、まじでこういうの疎いよな。……どうでもいいけど。

 

「はぁ。多分、あいつら来ねえぞ」

「え、来るって言ったよ!」

「言っただけだろ……気づけよ。で? 呼ぶか?」

 

 呼びたくない。そんなことを考えてる自分を殴りたかった。こいつは、みんなと遊びたいだろうに——

 

「——二人が、いい」

「……は?」

 

 言われた言葉の意味を理解出来ずに、口を開けて固まってしまった。香澄は眉尻を下げて、ぽつりぽつりと気持ちを漏らす。

 

「……今日、有咲と二人で遊園地だって思ったら、約束した日からすっごくドキドキして、ずーっと楽しみだった。バスで有咲が楽しみって言ってくれて、すごい嬉しかった。みんなで行ったときより、ドキドキ、した」

「……な、なに言ってっ」

 

 なんだこいつ。なに、急に? はぁ?

 

「でも、みんなと合流してから、なんか胸がもやもやして……残念だなって思った。みんなで一緒にいるの、楽しいはずなのに……嫌だなって、変だなって思ってた」

 

 一緒だ。香澄が私と同じ気持ちだったことが、私にはすごく嬉しくて、でもなんか恥ずかしくて、目が泳いでしまう。

 

「さーやがね、教えくれたんだ……この気持ちの名前」

 

 私はそれを知っていて。でも、こいつは求めてないからって勝手に決めつけて、知らないふりをしてきた。そう思ってるのは私だけで、こいつは——香澄は私のことなんてって思った。

 

 それは恥ずかしさとか、一般的に見たおかしさとか、怖さとか、いろいろあって。そんなことを言って、香澄が離れて行くのが私は怖くて。

 

 だから、いつまでも踏み出せずに、誤魔化してきた。なにか失うくらいなら、なにも得られなくていいと嘯いて。それじゃ、満足出来ないくせに。

 

「——恋。私ね、有咲のことが、好き」

「……っ」

 

 本当にお前は、いつも私を引っ張ってくれる。あれだけ決意して、言葉にして、自分では頑張ってるつもりでいたのに、私は根本的なことがなにも出来てなくて。

 

 ——これからも、引っ張ってもらうだけ?

 

 それは嫌だ。それだけは嫌なんだ。私にだって、出来るんだ。私だってっ!

 

「私だって、香澄が好きだ……」

 

 ああ、恥ずかしい。死にたくなる。こんなこと、ずっと言えないと思ってたのに。ずっと言うつもりもなかったのに。こいつがどんどん走って行くから、私も踏み出すしかなくて。

 

 ——香澄の頬を涙が伝う。

 

「あれ……ごめ、嬉しくて……」

「お前最近、泣き過ぎだろ……」

 

 いつかの涙を思い出して、伸ばした手を止めた。また弾かれたらどうしよう。そんな不安があって——ダメだ。そんなだから、私はいつまで経っても……っ。

 

 肌に触れて、涙を拭う。触れられたことに安堵しながら、そっとつぶやいた。

 

「なんで、あのとき……」

 

 それは香澄にも聴こえていたようで、香澄は困ったように笑って、口を開く。

 

「……あのときは分かんなかったけど、今なら分かる。有咲が『ありえない』って言ったのが、嫌だったんだってこと。だって、私は有咲と付き合ってるって噂があるって知ってちょっと嬉しかったのに、有咲は嬉しくないんだって思ったら、辛くて。……そんなこと、なかったんだね?」

 

 にやにやしながら言う香澄に、つい目を逸らした。……こいつ、さては調子に乗ってるな? むかつく……でも、反論出来ないのがもっとむかつく。

 

「……香澄のことが、好きだ」

「えへ……私も好きー」

「っ……なんで恥ずかしがらねーんだよ! 言い損じゃねーか!」

 

 あーっ、もうっ! ほんとにこいつムカつく!! なんでっ、こんなっ、やつっ……だーっ! くそぉ……。もう、お家帰りたい。

 

「ね、有咲。最後にあれ乗ろうよ」

 

 香澄が指差した先には、絶叫系のアトラクションがある。……うげぇ。散々乗ったろ。私はもう満足なんだけど……と、香澄を見るも、どうやら決定事項らしい。

 

「はぁ。分かった……行くぞ」

「はーいっ!」

 

        × × × ×

 

 カタカタと不安を煽るような音を立ててコースターが高度を上げていく。髪を揺らす冷たい夜風に反して、右手は暖かく、少しだけ精神が安定する。

 

「ねぇ、有咲」

「……な、なんだ」

「今日、ずっと言おうと思ってたことがあるんだけど」

 

 声音がどこか真剣みを帯びていて、私は香澄へと視線を動かす。すると、香澄も私を見て、私に視線を合わせて言葉を続ける。

 

「私が風邪引いたとき、私がいたからだって、言ってくれたよね」

「……おう」

 

 思い出すと、今でも恥ずかしくなる。多分、ずっと恥ずかしくて、一生忘れられない。でも、一生忘れたくないから、恥ずかしくてもいい。

 

「私も、同じこと思ってた」

「は……?」

「有咲がいたから、有咲が呼んでくれたから、有咲が星の道を作ってくれたから。だから、私は有咲に出会えて、ランダムスターに出会えて、バンドに出会えて、みんなに出会えて、全部、ぜーんぶっ、有咲から始まった。有咲がいなかったら、多分、私今でもなんにも見つけられてなかった」

「……それはっ」

「うん。でもね、でも、有咲がどう思ってても、私はそう思ってるから。だから……」

 

 ふわり、身体が持ち上がる。

 

 

「——ありがとう」

 

 

 じわりと目の淵に滲んだ涙は、水飛沫に紛れて消えた。

 

 

 

 ————Side I

 

「好きだよ」

 

 口パクで言った告白は、当然相手には届かなくて、ぎゅっと拳を握りしめてしまう。

 

「行ってらっしゃいっ!」

 

 ——行かないで。そう伝えられたらどれだけいいだろう。でも、伝えたくない自分もいて、私はそれを選んだ。これが私の選択で、私の望む道なんだ。涙を堪えるように上を向いて、小さくつぶやく。

 

「折れなかったなぁ……」

 

 見上げた星のない空に願いをかけた。

 

 ——走り始めたばかりのキミが、どうか、幸せになりますように。

 

 その行為に、なんの意味もないことを知りながら。

 

 

 

 ————Side A

 

「あーりさっ!」

 

 どすっ。腹部に尋常ではない重さの物体がのしかかってきて、思わず飛び起きる。犯人はへらへらと笑っていて、私は気が抜けそうになりながらも、なんとか文句を言う。

 

「重いっ!」

「愛の重さだよ!」

「ばっ、ばば、ばっかじゃねーのっ!」

 

 なにが愛だ! 頭おかしい! 朝からなに言ってんだこいつ、とうとう壊れたかっ?

 

 ——有咲が、好き。

 

 一気に顔が熱を持つ。なんで思い出した、私……。

 

 香澄と遊園地に行ったのは昨日のこと。今日もまだゴールデンウィークで学校は休みだが、朝から蔵で練習をすることになっている。

 

「照れてる?」

「照れてないっ!」

 

 あー、もー、うっざ! うっざっ! これからこんなのが続くのか……? なんだそれ、軽く死ねますね。

 

「ふふー、あーりさっ」

「……なんだよ、つーか、降りろ」

「今日も、好きだよ?」

 

 うぜぇぇぇえええええええっ!! なんだよこいつ! 本当にやめろ! そのなんか言えよって顔をもやめろ! 期待してもなんも言わねぇから! ……なんだよぉ。

 

「……私も、好き」

 

 やっぱり、私にはまだ、荷が重い。そんな祝日の朝のこと。

 

 

 

 ——おわり——

 

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