私の名はアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ。
高貴な皇女よ。
趣味はラーメン巡り。
「いらっしゃい」
今日はカルデアの食堂に足を運んだわ。
ディナーの時間も過ぎベッドへ身体を沈ませる者も出てくるこの時間……カルデアの食堂は夜食を食べに来る人のために開かれている。
本日のシェフは褐色のアーチャー。
彼は古今東西の料理に精通していて、尚且つ美味しい。
中でも……拉麺は別格です。
「注文は?」
カウンターに楚々と腰を下ろした私に、彼が背を向けたまま声だけを投げかける。
もちろん、私がオーダーするのは1番人気の豚骨……ではない。
メニュー表にひっそりと書かれている、
「醤油とんこつ。薄めで」
「麺の硬さは」
「カタメよ」
これが、彼の拉麺の最適解。
理解っている注文の仕方。
彼の口元が僅かにニヤリと歪む。
貴き者として養われた私の目は、所作や立ち振る舞いを見ただけでその人物の拉麺適正を測ることができる。
彼が作る最も美味しい拉麺……それは醤油とんこつ薄め以外にありえないわ。
「いらっしゃい」
「わあ!いい匂いですねー!」
あら?
この時間に、私以外にここを利用する人がいるなんて。
流麗な金髪にあの顔鎧。あれは……フランスの聖女だったかしら。
マリーと仲が良いのは知っているけれど、あまり話した事はないのよね。
それにしても……ふふふ、随分と可愛いお客さんね。
トレーニングジムと間違えて入ってきたのかしら。
「注文は?」
「そうですねー、えーっと……」
マスターや自身の別側面とよく共にいますが、所作や食事の好みを見る限り田舎娘そのもの。
注文も恐らくは1番人気の豚骨ラーメンでしょう。
「醤油とんこつーー薄めで!」
!!
なんですって!
彼の拉麺における最適解をこの見るからに頭からっぽそうな聖女が弾き出したというのですか!?
えへへと緩みきった笑みを見せる姿からは想像もできない……。
偶然なの?
いや、でも考えてみればこの時間、電気節約のため仄かに薄暗く閑散とした食堂はただの脳筋田舎娘がひとりで入って来られるような雰囲気ではないわ……。
マスターと一緒とかならともかく、ひとりで来て拉麺を頼む……。
まさかこの聖女ーー『喰える側』の人間だというの?
「麺の硬さはどうする?」
「えーっと、バリカタで!」
……ふーっ。
バリカタ……そんな流行りに乗ったお遊戯用の硬さを選ぶなんて……。
ロシアなら茹でたそばから麺が凍ってバリカタどころかコナゴナになるので致し方ないですが……拉麺は程よい麺の柔らかさがあってのもの。
やはり只の田舎娘だったようね……とんだ杞憂……買いかぶりだったみたいね。
顎のトレーニングでもしに来たのかしら。
さっきの注文もただのビギナーズラック。
聖女に向けられた女神の気まぐれな微笑み……なんて言うと彼女に対しては皮肉が効き過ぎているかしら。
ん……あれは確か、ポニーテールだったかしら。
前にマリーから見せてもらった写真でもマリーがしてたわね。
なるほど、あれなら食事中に髪が邪魔になることもない……そういえば筋トレしてるときもあの髪型だったわね。
……私もやろうかしら。印象も随分変わるみたいだし。
あら……そうこうしているうちに拉麺が出来上がったみたいね。
コト、と小気味の良い音を鳴らして私の注文した拉麺が置かれる。
ふふ、仕方ないわね。
ここは先達として、彼女に本当の拉麺の食べ方というものを見せて差し上げましょう。
「いただきます」
まずは香り。
両手の指先で丼を挟むように固定してスープの熱を手で楽しみ、若干顔を近づけて呼吸。
「ん……」
スープ元来の香りが鼻腔に染み渡る。
それはまるで拉麺という空気を飲むかのよう。肺がごくりと飲み込むのがわかる。
香りの強い紅生姜の対極から拉麺の香りを楽しむのがセオリーだけど……ふふ、彼もそれは重々理解しているようね。
紅生姜を1番遠くにして差し出した彼の気配りが嬉しいわ。こういった細かな気遣いが本物たる所以なのでしょう。
香りを楽しめば、次はスープ。
レンゲを手に取り、ゆっくりと麺を押し込むようにスープに沈ませる。
ゆらゆらと白い湯気が立ち上るそれを掬い上げれば、黄金のスープに振り散りばめられたきめ細かな油が飾り付けられている。
空気と混ぜながらティスティング。
脳を上から使っていくつもりで、嗅覚・味覚を研ぎ澄ます。
油があるというのに、嘘のようにさらりと舌を滑るスープに私の舌が歓喜を挙げているのがわかる。
ただし音は出さない。
音を出してスープを飲むなどNO!
皇女的に断固NO!
皇女はいつだって美しい振る舞いが求められるものなのです。
あ、暑すぎる夏とプロレスの試合に出る場合は除きます。
スープを味わえば、麺です。
召喚されてから練習したお箸で少量を掴む。
途端、ふわっと広がる湯気をふー、ふーっと軽く息を吹きかけて冷ませば、出来るだけ音を立てないようちゅるっと口に運ぶ。
僅かに押し返してくる麺の弾力を歯で楽しみ、喉で味わう。
バリカタではこうはいきません。
最後に、忘れてはならないのが水。
繊細な味わいを楽しむために舌上に残った油分と塩分をリセットすることが大切です。
単純な工程ですが、これをするのしないのとでは雲泥の差があります。
拉麺の熱で温まった口内が、冷えた水によって漱がれるのは、何とも言えない気持ち良さがあります。
「ふぅ……」
余韻を息にして吐き出し、こと、とグラスを置く。
これで1セット。
これを繰り返すことを水廻しと私たちは呼んでいます。
やはり、彼の拉麺はとても美味しい。
洗練された技術が詰まっているのはもちろん、この拉麺には並々ならぬ想いが込められているように感じます。
中華系の料理に対して何かあったのでしょうか。
さて、あの聖女はどうやって食べているのでしょうか。
気になるので不躾にならないよう横目で様子を……!!
「えへへ」
ミニラーメン!!
レンゲをひとつの丼に見立て、その世界に小さい拉麺を作り上げる食技!
やはり只の田舎娘!
私のような高貴な血筋にはそういったちまちまとしたことは恥ずかしくてできない。
下々の民の特権ね。
「ん〜♪」
お、美味しそうに食べるわね……。
出来上がったミニ拉麺をぱくってひと口で……あんなに顔を綻ばせて……。
まあ、たしかに一概には馬鹿に出来なのいのも事実です。
拉麺を食すという概念上、ひと口で全てを食せるミニ拉麺は一であり全でもあり、究極の形とも言えます。
突き詰めていえば、最も拉麺を食べるという本質に迫っているでしょう。
しかし、前提が間違っています。
ほら、そうやってまたちまちまとミニ拉麺を作っていては、麺が伸びてふやけてしまってとてもベストな状態とは……
……あら?ふやける……?
「あ〜んっ」
はっ!!!
だからこそのバリカタ!!
予めバリカタで注文しておくことで、ちまちまとミニ拉麺を作っているうちに麺の硬さはベストな状態へと達する!!
「おいひ〜♪」
ま、まさかこの聖女……そこまで計算して!?
暇があれば筋トレして、アーツで殴れば万事解決ですと言って憚らない彼女が!?
この前の腕相撲大会でそこのシェフを瞬殺した筋肉聖女なのに!?
思えば博多ラーメンはきくらげ、ネギ、紅生姜と細かく切られた食材を多く用いる……最もミニラーメンにしやすいジャル!
まさか……!?
これが全て計算だとしたら、カリブ海のEティーチ並みの状況判断センスの持ち主ということになるわ!
でも、まだよ。
彼女にはまだ喰う側として最大の障害が残っているわ。
「……」
ちらり、とカウンターに置かれている四角い箱を見る。
蓋が閉められているというのに、その存在を主張するように強烈な存在感を漂わせる箱を。
そう、それは性差。
私たちが女であるが故に超えられない壁。
それはニンニク!
味の強いにんにく投入を邪道と呼ぶもの多い……しかし、それは二流の拉麺しか食べたことのない者の言い分。
本物の拉麺はにんにくの味に負けず高め合う。
勿論、褐色のアーチャーのシェフの拉麺は本物だ。
このにんにくを投入することで私の舌に新たな一面を覗かせてくれることは間違いないわ。
拉麺を語る上で切っても切れない暴力的な旨味!
でも、引き換えにその強烈な臭いは翌日まで残る……!
だめ!それはだめ!
皇女的にも乙女的にも断固拒否!
ちょっと気になる相手がいる乙女としては絶対に受け入れることはできない!
『アナスタシア……その、これを』
そういって差し出されたブレスケア。
あの時の辱めを私は障害忘れることはないわ……!
いつか、そう。例えば、ロック好きな少年が、にんにくを投入しない完成された拉麺を作り上げるかもしれない。
でも、それはifの話。
現実には、この拉麺はにんにくを投入する事で完成する。
もう、私はにんにくを投入する事は出来ないけれど、貴方はどうなの……?
「あ……」
具を消費し切ったみたいね……!
どうするの!?もうミニ拉麺は使えない!
……えっ。
待って、その箱は!
ああ!ガーリックプレスを手に……!
まさか……っ。まさか……!!
ガリィ……!
程よく硬いものが砕ける音。
瞬間、暴力的なまでの強烈な臭いが食堂を席巻する。
行ったーーーーー!!
超えた!超えたわ!女の壁を!!
ずん、と鼻腔を侵略するかの如く蹂躙する臭い。
しかし、そこに不快さはなく……旨味が鼻を通して舌を転がり、知らず知らずのうちに唾液が滲み出る。
くっ……。
こうなればもう、認めざるを得ないわね。
敬意を払いましょう!
私は俯いていた顔を上げて、幸せそうに拉麺を啜る聖女ーージャンヌダルクを見る。
もう彼女を田舎娘として見ることはないわ。
彼女はひとりの喰う側!
「ふ〜〜っ♡」
ラーメン喰いよ……!
「んしょ」
どうやら麺を食べ終えたようね。
あら?丼を持った……?
まさかスープまで!?
馬鹿っ!止まりなさい!
塩分過多よ!!
それにスープにはにんにくも残ってるのよ!!
麺だけならいざ知らず、スープまで飲み干せば翌日の口臭パンデミックは必至!
それはもはや乙女としての死を意味するのと同義!!
にんにく女のあだ名を襲名したくはないでしょう!!?
あ、あああ!
丼を持ち上げて、口をつけて軽く上を向き徐々に傾けて……あああーーー
ーーでも。
私にもあったな……そんな時代が。
口臭も気にせずにんにくを入れて、塩分なんて考えもせずにスープを飲み干す。
今では皇女としての振る舞いや頭の片隅にぼんやりと浮かぶ誰かのことが気になってとてもそんなことはできないわ。
私は……。
私はどうして皇女になってしまったの。
ぐびぐひと丼を持ち上げる彼女の顔は下がるどころか徐々にその角度を上げていく。
こくっ、こくっと上下する喉は止まることをしらない。
……そうよ。走りなさい!
振り向かなくていい!
その若さは私が失った輝き!!
走り抜け!!
知らないうちに、私は拳を握っていた。
最初は軽んじていたはずの彼女。でも、今はもうその彼女から目が離せなかった。
私は……新たなラーメン喰いである彼女を応援したかったのです。
やがて、ひときわ大きなぐびっとした音がなり、彼女の喉が止まる。ゆっくりと丼をカウンターに置き、至福の顔で、
「ぷはぁぁ〜〜」
完飲ーー!
「ご馳走様でした〜♪」
「840円だ」
お金を払い終わった彼女が食堂を出ようと背を向ける。
でも、その前に私はどうしても彼女に伝えたいことがあった。
「貴女……」
「はい?」
不思議そうに振り向いた彼女に向かって私はーーサムズアップ。
おめでとう。貴女のこれからの拉麺道に……祝福を!
「え……あ……え……?」
状況がよく分からなかったのか、戸惑いながらもサムズアップ返す彼女に、私は微笑むのだった。
【本日のラーメン戦】
ジャンヌ・ダルクの勝利
☆
『は〜拉麺美味しかったです!さ、歯磨きもしましたし……オルター!リリィー!寝ますよー』
『なんであんたの言うこと聞かなきゃなんないのよ。私はまだ寝なっ……』
『ダメですよ成長した私。夜更かしは美容の大敵なんですかっ……』
『おや?2人ともどうかしましたか?』
『……あいつのとこでも行きましょうか』
『……そうですね、成長した私。今日はそっちで寝ましょう。トナカイさんなら事情を話せば許してくれそうです』
『えっ。え?どうして私から距離を取るんですか。ねえ!』
『あの……正しく成長した私。これを……』つブレスケア
『……あっ』
『別にあんたが何食べようがどうでもいいけどさあ。にんにく臭い聖女サマってどうなの?あんたそれでいいの?』
『あ、あ、ああああ……し、失礼しますーー!!』
☆
『エミヤー!お腹すいたからなんか食べさせてー!』
『あれ?アナスタシア?どうしたの、すごく嬉しそう』
『そんなに嬉しそうな顔をしているのかって?うん、してるよ。すっごい楽しそう』
『え?新しい友人ができるかもしれない?え、ほんと!?それは良かった!』
『あ、ラーメン食べてたの?エミヤー!俺もラーメン食べたい!座って待ってろ?分かった!ありがとう!』
『へえ、アナスタシアもラーメン好きなんだね。え?色々教えてくれるの?やった!聞きたい!なになに?エミヤの作るラーメンで1番美味しいのがーー』
【本日の勝敗】
なし
かぐや様アニメが始まりました。
声優さんの演技が素晴らしく、私はイメージ通りの白銀とかぐや様で、お話のテンポもよく大満足です。
FGOは年始イベも終わりプリズマコーズの復刻が始まりましたね。
私は初参加になるので、ちょっと気合い入ってます。
この話今まで1番オマージュ色が強いですが、寛大な心で受け入れていただけると幸いです(震声)