フランス、冬。
一般的にフランスを旅行するなら春から秋だと言われているが、別段、冬のフランスが観光に適さないというわけではない。
少々肌寒いとは言っても日本の皮膚に突き刺さるようなそれとは違い、湿気を孕んだフランスのそれは肌を撫でるという表現が当てはまる。
日本の冬を想定した防寒装備で行くととめどない汗が噴き出すこと必至であるが、あまりにも極端な外気温でない限り適応可能なカルデアの支給服に袖を通したマスターと、お馴染みの現代風ファッションをバッチリ決めてきたーーそれでなくともサーヴァントであるジャンヌ・オルタには関係のない話である。
人理を修復し、各特異点は正常な歴史の流れへと戻りつつある。
冬木を除けば、マスターにとって初の特異点修復。言ってしまえば一番最初に人理定礎を正したフランスの特異点は、時間的な観点で言えば現在最も正史に近い特異点と言える。
とは言っても、未だに草むらからいきなり飛び出してくる野生の獣人はいるし、話の途中ですまないしてくるワイバーンも健在である。
1度焼却された歴史を修復するにはやはりそれなりの紡がれた時間というものが要るのだろう。
とはいっても、現在、フランスに微小特異点が発生したという観測はない。大空を竜種が飛ぶことがあるとはいえ、それは放っておいても消えて行くものであり、この時代のフランスに訪れなければならない理由はカルデアという組織的な観点から見れば絶無である。
だが、この2人には大いにあった。多少のすれ違いはあるが、フランスにレイシフトしなければならない理由は確かに存在した。
前置きが長くなった。端的に言おう。
ジャンヌ・オルタにとっては、マスターの認識がどうあれ初めてのデートである。
☆
「オルレアンと言わず、フランスを見て周るわよ」
ーーだってオルレアンにある名所ってほぼあの聖女由来だし。
というジャンヌ・オルタの提案(という名の強制)によりマスターとジャンヌ・オルタは1週間かけてフランスを巡ることになった。
そうなると当然問題となるのは移動手段である。
金時の乗り回す愛車、ゴールデンベアー号に憧れたマスターは金時に教えを請い無免許ではあるが大型二輪車の運転はお手の物である。が、この時代のフランスにオートバイなどもちろん存在しない。必然的に移動手段は馬車になるのだが、ジャンヌ・オルタがこれに難色を示した。
色々と理由をつけたが理由は至極単純である。彼女も黒メイドの乗るバイクを見て、自分が乗れないのは負けた気になると練習していた。要はバイクに乗りたいだけだ。
とはいっても、マスターたちがやろうとしているのは言ってしまえば観光名所巡りであり、当然人目につく可能性も多分にある。流石にこれは無理な要求……に思われたが、そこはなんでもできる天才、我らがダ・ヴィンチちゃん。なんと他のキャスターとの共同で[周囲から絶対に怪しまれることはなくなる護符]というものを作っていた。認識阻害の一種である。
移動手段や明らかにこの時代のものとは一線を画すキャンプ用品その他諸々の問題をクリアし、マシュの作成した[オルレアンの絶景10選]から事を発した今回のレイシフトは、本人の思惑など知った事かと、マスターとジャンヌ・オルタの1週間のフランスツーリング旅行と相成った。
☆
「あーーー最高だった!」
フランスの東北にある、アルプス最高峰モンブランの麓1,300Mの高地の絶景、シャモニー。
現代ではゴンドラ等の移動手段が完備されているが、当然この時代にそんなものがあるわけがなく徒歩での登山となったが、普段からカルデアの英霊の面々に鍛えられているマスターにとっては屁でもなかった。
次の目的地へ向かう途中。太陽もその半身を隠し始め、野営の準備を始める中、記憶から双眼に収めた大自然の絶景を思い起こしたマスターは感嘆の声をあげた。
観光ガイドブックもかくやと言った、半ば歩くウィキペディアとかしたジャンヌ・オルタの解説もあり、マスターにとってこの旅行は大変充実したものだった。
「ええ、そうね」
そして、それはジャンヌ・オルタにとっても同じだった。
普段は必ず誰かしらと一緒にいるマスター。そのマスターを独り占めにできる、期せずして手に入れた1週間の時間。
二台のバイクの排気音しか聞こえない大地を走った。
二人の他に大自然しか存在しない絶景を前に、一緒にご飯を食べた。
悪路を前に顔を見合わせ、あくせくとしながらバイクを手で押しながら渡る、そんな時間すらも楽しかった。
絶対に口には出さないが、フランス巡りを始めて4日、全ての時間がジャンヌ・オルタにとっての宝物となっていた。
明朗に、本当に楽しそうに笑うマスターに、ジャンヌ・オルタの顔にも穏やかな微笑が浮かぶ。
本人は自分が最大限に楽しむためと言い張るが、十分に下調べしてよかったと、内心の気色が隠せない。
まもなく夜が訪れる黄昏の時。邪魔をするものはありはしない、二人の間に流れる穏やかな時間。
しかし、まあ、これも当然といえば当然なのだが、面白くない、と。そう思う人物もいるわけなのだ。
☆
「もう我慢できません!マシュ・キリエライト!!突撃します!!!」
「待つし。何回突撃敢行すれば気がすむのよ」
「でも鈴鹿さん!あんなっ、あんな!先輩と……あんな近くで!ああっ!先輩のお口についたご飯を指で……っ!それは私のお役目なのに!もう我慢できません!!マシュ・キリエライト突撃します!!!」
「いい加減にするし」
「あたっ」
私の頭を鈴鹿さんがぺしっとはたく。
むーっと抗議の目を鈴鹿さんに向けるが、鈴鹿さんは私の訴えの目線もどこ吹く風で手元の双眼鏡をのぞ巻き込んでいる。
先輩たちからざっと三キロほど離れた地点で、私と鈴鹿さんはテントを張っている。
魔術を使えない先輩の視力ならまず見えない距離であり、サーヴァントであるジャンヌ・オルタさんでもダ・ヴィンチちゃん特製のカメレオンテントとその迷彩服に身を包んだ私たちの姿を視認することは困難だろう。
「また来よう……?ダメです!次は私です!」
「こんなに離れてるのによく分かるね」
「こんな事もあろうかと読唇術の心得がありますので!JKの嗜みです!」
「絶対違うし」
「ぐぬぬ……なんか先輩とジャンヌ・オルタさんの距離が以前にも増して近くなっている気がします……」
「もう4日も一緒にいるしそういうこともあるっしょ」
4日……そう、4日だ。
先輩がレイシフトしてからもう4日も経っているのだ。
しかし、私と鈴鹿さんが先輩を見つけてから、という話であれば実は半日しか経っていない。なぜかというと……
「まさかオルレアンから遠く離れてツーリングしているなんて……うらやましい……」
簡単に見つけられると思っていた。
先輩が行くと予想されるオルレアンの場所は、もともと私がピックアップした場所だ。場所はおろか道すらも覚えている。しかも、先輩は管制室で常にバイタルや位置情報をチェックされている。仮にすれ違い続けたとしても、ダ・ヴィンチちゃんに聞けば一発で場所がわかるのだから。
だから、ダ・ヴィンチちゃんから場所を聞いたときは驚愕した。なんせ、先輩がいる場所はオルレアンなら数百キロも離れていたのだから。
先輩の後ろ専門(まだ私しか座ったことはない。ふふん)だった私には長距離移動手段がなく、鈴鹿さんにも長距離移動用の宝具などはない。先輩を追うためには1度カルデアに帰還し、再度先輩の近くにレイシフトし直す必要があった。
『マシュ、鈴鹿御前。君たちの近くにワイバーンの群れが向かっている。このままでは近隣住民に被害が出て、それが微小特異点の原因となる可能性がわずかにある。応援も送る。討伐をお願いできないかい?』
しかし、間の悪いことに話の途中ですまないワイバーン現象に襲われ、その対応に追われること3日。人為的な意思を感じざるを得ない間断なくやってくるワイバーンに辟易としながらも(鈴鹿さんとジャンヌさんたちが)蹴散らし、折角なのでリリィにフランスを案内するというジャンヌさんたちと別れ、ようやく先輩たちを追うことができた。
いや、まあ、いい。ワイバーンは別にいいのです。
でも……でも……!
「私もまだ先輩のご飯食べたことないのに……!!」
食べてもらったことはある。エミヤさんや頼光さんに習って、腕によりをかけた。お二方には及ばないものの、上手に作れた自負はあるし、先輩もおいしいおいしいとお代わりまでしてくれた。
ーーあのときの先輩かわいかったなあ……
ほわあっとそのときの情景を思い浮かべて、はっ!と頭を振る。いやいやそうじゃなくて。
先輩の手料理。そう、先輩の手料理だ。野営の簡素なそれであるとはいえ、それが先輩の手自ら作った料理ともなれば話は別だ。私にとってそれはとても魅力的なものだった。
それを、ジャンヌ・オルタさんは3日も食べている……。ジャンヌ・オルタさんが料理するなんてことは聞いたことがないし、恐らく先輩が料理担当。今日だって先輩が作っていたのをしかとこの目でみた。私も食べたことのない先輩の手料理を……。
「なんとかしなきゃ……どうにかしてこの状況を打開しないと……」
ジャンヌ・オルタさんには悪いですが、この状況は私にとって大変面白くない。しかし、さっきは冷静さを失って突撃しかけたが、簡単にはどうにかできる状況でもないのも確かだ。
なぜなら……
想定〔もしマシュが突撃したら〕
ケース① 偶然を装う
『あっ先輩!偶然ですね!こんなところでどうしたんですか?』
『そんな偶然あるわけないだろう?そんなに俺がジャンヌ・オルタと【二人きりで】1週間【一緒に旅行】することが嫌だったのか?もしかして俺のことが好きなのか?お可愛い奴め』
ダメ!不自然すぎる!カルデア内ならともかく、エリザベートさんでもないのにレイシフト先で偶然会うなんてあり得なさすぎる!却下!
ケース② 特異点修復
『先輩!実はフランスで微小特異点が確認されて……』
『そんな連絡は受けてないしかりに微小特異点が観測されても今サーヴァントになれないマシュが直接レイシフトして報告してくるのはおかしくないか?そんなにry』
無理!私がレイシフトしている理由にはならない!強引すぎる!却下!
ケース③ 本当のことを話す
『実は先輩を追って……』
『そんなにry』
うわああああ!?直球じゃないですか!むりむりむり!こんなのもう告白です!却下!
「打つ手なし……?でも、どうにかしないと……!でもどうすれば……」
現状を打開すべく、私の脳は高速で回転を始める。しかし、現状では打つ手なしということが重くのしかかるだけであった。
「何か、何かこの状況を変えるだけの何かがあれば……!」
「私にはたしかに神性はあるけど、祈っても何もできないよ?」
呆れたように肩をすくめる鈴鹿さん。
しかし、このお祈りのおかげか、私の願いは見事に叶ったのだ。良し悪しは別として。
☆
「あー!いました!トナカイさんと成長した私!」
「もう、探しましたよオルタ。弟くんも」
「あれ?ジャンヌ?」
「ーー、ーーなっ、なんでアンタたちがここにいるのよ!?」
「おや、聞いていないのですか?オルタの場所を聞きに管制室にいくとワイバーンの討伐を頼まれたので、ついでに引き受けていました。てっきりオルタたちにも連絡が入っているものだと思っていましたが……」
「私たちがワイバーンさんの相手をしてる間に、成長した私はトナカイさんと遊んでましたね!?私の目は誤魔化せないですよ!ずるいです!」
「リリィもこう言ってますし、そうだ、家族旅行をしようと思いまして。みんな一緒の方が楽しいですよ!」
「なんでそうなるのよ!?」
それまでの穏やかな時間を置き去りに、にわかに騒がしくなるマスターたちのテント付近。
その様相を、離れたマシュもしっかりと目撃していた。
ーーあれは、ジャンヌさん!?
祈りながらも確認は怠っていなかったマシュの目に飛び込んできた待望のーー変化。
マスターとジャンヌ・オルタのテント近くに現れたのは、ジャンヌ・ダルクとサンタリリィだった。
そして……何かの役にたつかも……と、習得したものの今の今まで全く役に立っていなかった読唇術。それが今、初めてその役目を果たした。
マシュはたしかに読み取った。
家 族 旅 行
と。
瞬間ーーマシュに電撃走る!!!
確かに、マシュ一人だけでマスターとジャンヌ・オルタの旅程に割って入れば、それは裏に思惑のある行動だと捉えられかねない。
男女二人旅行に割って入るというのは、それだけの意味を持つ。
鈴鹿御前がいたとしても、若干の厳しさは否めない。
仮にジャンヌ・オルタたちの前に姿を見せたとしても、その場で涙を飲んで別れるしか選択の余地はないのである。
しかし!!!
自称とはいえ家族だと宣言するジャンヌ・ダルクなら話は別である!!!
そう、弟と妹の旅行に姉と妹が加わったところで家族の旅行というテイストになんら変化はないのである!!!
ジャンヌ・オルタの認識ではマスターと自分は男と女。男女の二人旅行……。だが、ジャンヌにとっては弟と妹の家族旅行。そこに家族である自分たちが加わることになんの問題があろうか。
いま、この旅行の名目は家族旅行というテキストに明確に変化した!!
家族旅行に、とても親しい仲の良い友人が同行する……何もおかしくない!自然と行われていることである!
つまりである!!
マシュ・キリエライトが自然(当社比)と割って入れるだけの下地が出来上がったことにほかならない!!!
たとえ自身の行動について突かれようとも、先のワイバーン退治の建前がある以上はジャンヌ・ダルクたちのように観光をしていて偶然といった言い訳でゴリ押せる!!!
この間、わずか1秒!
刹那、マシュは走った。
このチャンスを逃せば次はない……そんな思いもあった。
だが、それ以上にマシュを動かしたのは、
ーー私の先輩なんです…!!
そんな、幼稚な独占欲の発露だった。
3日会えなかった。
半日別の女性と親しげな想い人を見ていた。
それだけで、こんなにも胸が辛くなってしまう。
あの人は自分の大切で、大好きな人で。自分のことが大好きなはずの人なのに。
確信はあれど、確証はない。そんな不安定な土台に支えられた積み木の心。
実際問題、今回のマスターにもジャンヌ・オルタにも、責められるべき点など1つもない。
それを理解していても、マシュは溢れ出る気持ちを抑えられなかった。
要は、そういうことである。
☆
「眩しいなあ……もう」
『君も、結構な大恋愛だったそうじゃないか』
「私のは……あんなに、純粋な気持ちだけで成り立つものじゃなかったし。時代も、立場も、それを許さなかった。あの人のことを想う気持ちに嘘はないけどね。ダ・ヴィンチ、私はもう戻るし」
『いいのかい?』
「ここから先は当人たちにお任せっしょ!いいJKは友達の恋を応援して、そっと見守るものってね」
☆
「…………………………ぁぁあい……!!」
「ん?」
「……………………ぁぁぁあい…!!」
「おや?あれは……マシュさん?」
「はあ?アンタたちだけじゃなくシールダーまでいるわけ?」
「……………………ぱぁぁぁああい!!!」
「私たちと一緒にワイバーンさんを退治しましたよ。マシュさんは…その、今は戦えないので見てるだけでしたが」
「いやだから、なんで戦えないのにこっち来てんのよ」
「あ、俺にも見えた。おーーーい!!マシューーー!!!!……なんであんな全力疾走してるの?」
「………んぱぁぁぁぁぁあああい!!!!!」
「…………掛け値無しの全力疾走ね」
「あ、私これ分かりますよ。コケるやつです。身を以て知っています。ロジカルです」
「せんぱぁぁぁああうわああぁぁああ!!!!?」
「ま、マシュううううう!!!!」
☆
そこからは、先輩と、ジャンヌさんたち三姉妹。それに私の5人でもフランス巡りになりました。
先輩の後ろに私が乗って、ジャンヌ・オルタさんの後ろにリリィさんがしがみついての移動です。
『あんたはどうやって移動するの?言っておくけど絶対に乗せないわよ』
『大丈夫です!お姉ちゃんはちゃんと移動手段がありますから!おいで、リース』
『キュイ!』
『わあ、イルカさんです!相変わらず口開けると怖いですね!』
先輩の背中に身体を預けて、フランスを自由に走るのはとても気持ちが良くて……。それに、行く先先々で楽しい思い出を共有するのは本当に楽しいひとときでした。
ジャンヌさんたちとの時間もとても楽しくて……でも、自称とはいえ家族旅行を邪魔してしまったのは少なからず罪悪感がありました。
何かお詫びを……
『はい、出来合わせのものと簡単に俺が作ったやつで悪いけどお召し上がりください』
『美味しそうです先輩!ありがとうございます!では私はこれを……』
『わあ!美味しそうですね!弟くんが料理できるとは知りませんでした!……うん、美味しいですよ!』
『……あ、私が食べようと思ってたやつ……で、ではこちらを』
『こいつ何気に料理できるわよ。同人誌描いてた時何度か軽食作らせたし……ん、まあまあね』
『なにそれ私知らない……それと私が食べようと……あ、たこさんウィンナーは!』
『わー!たこさんウィンナーです!ん〜!おいしいですよトナカイさん!』
『でもやっぱマシュの方が美味しいわね』
『だよなあ。所詮男料理だからなあ。次からはマシュにお願いしようかな』
『『『はははははははは』』』
『………………………………………はい』
……脳筋戦法を駆使する胸ばかりに栄養がいっている性女。ジャンヌさん。私の霊基が復活したときに、あなた達には防御バフしてあげませんから。さよならジャンヌさん。お詫びは無しです!!!
『ほら、マシュ!このたこさんウィンナー美味しいですよ!』
『あっ……』
もぐもぐ……おいしい。
『ごめんなさいジャンヌさん、私ジャンヌさんのことを誤解してました。ジャンヌさんはちゃんと聖女です。自信を持ってください』
『そこに自信をなくしたことは一度もないですよ!?』
☆
本日の勝敗
マシュの勝ち(先輩と旅行できたため)
夏イベ面白すぎかよ…!!
かぐや様アニメ化おめでとうございます。