「ん?なんだろうこれ」
あくる日のカルデア。
マスターは自室の本棚にてふと目に止まった一冊の雑誌を手に取る。
「[百戦錬磨のサーヴァントが教える!気になるあの子を絶対にオトす10の方法]……こんなの置いてたっけ?」
身に覚えのない雑誌。マスターの部屋には毎日誰かしらが訪れるため、普通なら、誰かの忘れ物だろうとすぐに持ち主を探していた。
しかし、
「気になるあの子を絶対にオトす……」
どうしても目を引かれてしまう。
他人のものかもしれないから勝手に見るのはよくない……それはマスターとて分かっている。分かっているが……その一文がどうしても頭から離れなかった。
結論を言うと、我欲に負けたというのが正直なところである。
「ちょっと読むだけ……」
自分を抑えきれず、ベッドに腰掛けて雑誌を開く。
『方法①私のように完璧な黄金比の造形があればいいのよ!』
「ふざけんな!」
ぱん!と思わず雑誌を閉じる。
「そりゃ確かにサーヴァント達みたいな黄金比があったらモテるだろうけどさ!そういうことじゃない……!そういうことじゃないんだよ……!!」
お洒落をする……ならまだしも自身の造形を変えるのは土台無理な話である。なんの参考にもならない。
ページをめくる。
『方法②恋はインパクト!裸で絨毯に包まって気になるあの子に自分をプレゼントするのです!』
「それでオトされるのはカエサルだけだ!」
思わず天に向いて吠える。
インパクト……確かに大事だろう。何事も相手の印象に残らなければ意味がない。
しかし一般的な感性を持っていた場合、これで好印象を抱くことはなかなかないだろう。
「だいたいもう印象がどうこうのあたりは通り過ぎてると思うんだよね……」
ページをめくる。
『方法③非日常では男女の仲は発展しやすいというもの。自身に聖剣の鞘を埋め込んで冬木の聖杯戦争を勝ち抜くといいでしょう』
「バカにしてんのか!」
ばし!と思わず本をベッドに叩きつける。他人のものかもしれないということは完全に頭から抜け落ちていた。
条件がド級のハードすぎる。しかも無事達成したところでそれで惚れるのは腹ペコ王だけだ。
「まともなものがない……!しかもエッセンスでもなんでもなくてただの体験談だ……。まさか全部こんな感じの内容なんじゃ……?」
ぱらぱらとページをめくる。
見事にサーヴァント達の古式恋愛術だった。
「というかこれまとめたの誰だ……?全部女性から男性へのアプローチだな……」
ページをめくる。
『方法⑩ここまで読んだということは①〜⑨の方法がダメだったということでしょう。でも大丈夫。そんなあなたでもこの惚れ薬を使えば一発よ』
「……いやこれはダメなんじゃないかな」
恋愛で惚れ薬というのは邪道中の邪道というか、それ以前に倫理的に完全アウトである。いやある意味王道ではあるが。
「惚れ薬のお求めはヘカテー式魔術通販×××-××××まで……フィギュア作る資金足りなくなったのかな」
取り敢えずこれは辞めさせないとな、と独りごちてベッドに沈み込む。
「…………」
こんな雑誌を見たからか、頭の中を占めるのは気になるあの子の姿。
明確にこの気持ちを抱いたのはいったいいつだったろうか。決して長いとは言えない時間である。しかし、濃密な時間だった。もしかしたら最初から好きだったのかもしれない。
ただ、いつからこの気持ちがあるのかは分からなくても、いつこの気持ちに気がついたのかは分かる。
「俺だって……君に好きって言いたいんだ……」
でも、言えない。
理由がある。いや、他人からすればきっとくだらないしがらみだろう。ただ、マスターにとっては大事なことだった。
まあ、本人は気づいていないが、突き詰めると今のマスターの行動も理由に即しているとは言えないのだが……恋の免罪符で許される範囲だろう。
「…………………大好きだ。なんてね」
小さく笑って立ち上がろうとし、
「その話、聞かせてもらいましたぞ!」
「ゲぇ!?黒ひげーーー!?」
☆
「いただきます」
マスターが突然現れた黒ひげの口を封じようと格闘している頃、マシュは食堂で定期検診のため遅めの昼食を取っていた。
ちなみに本日の昼食のメニューは頼光特製の肉じゃがである。召喚されてから現代の日本料理の研究に余念のない頼光のレパートリーはとどまる事を知らない。
「マシュ、定期検診ご苦労さん」
「いつもごめんねマシュちゃん。お疲れ様」
「いえ、皆さんも私のためにいつもありがとうございます」
定期検診に関わったカルデアの職員たちと和やかに会話しながら肉じゃがを口に運ぶ。
一見普通のランチタイム。しかし、マシュの頭の中はとある1つの事が大部分を占めていた。
それは、
「(そろそろ先輩も気づいた頃でしょうか。私が先輩の部屋に設置した[絶対に失敗しない♡大好きなあの子のハートをゲットする方法]を……!)」
大衆娯楽への飢え!!!!
おおよそ生活に必要なもの全てが完備され、一部のDIYサーヴァントの手により趣味に関してもそこそこの自由が利くカルデア。
しかし、その立地ゆえか大衆娯楽文化には手薄にならざるを得ない。立地条件を無視したとしても、カルデアには多種多様な国から人が集まっているため特定の誰かをピックアップした充実は難しいだろう。
マスターは現代を生きる一般的な日本人である。
カルデアに来てからは平凡とは言い難い激動の一年を過ごして来たわけだが、元を正せば何処にでもいる学生の1人でしかない。
遠い故郷にも帰れず、唯一故郷を思い哀愁に浸れるのは自身のスマホの画像フォルダとエミヤの料理のみ……。そんなマスターが、ふと自国の大衆雑誌を感じさせる本を見つけるとどうなるか。
「(手に取って読みたくなるのが人情……そうですよね!)」
そうでなくても、雑誌に記載されているのは大好きなあの子のハートをゲットする方法である。
今現在ハートをゲットしたいあの子のいるマスターが読まないなんて事があるだろうか。いやない。
マシュのなかでは既にマスターを告白させるための算段がついている。
「(先輩はあの雑誌に書かれていることを私に実践してくるはず……!言い逃れができないぐらいテクニックを使った後で……)」
『あれ?先輩、もういいんですか?大好きなあの子のハートをゲットするテクニックは。どうですか?もう少し続けましょうか?だって、私のハート、絶対にゲットしたいんですよね?』
『それくらい私のこと……好きなんですよね?』
「(やりました!これは決まったでしょう!!!!)」
動物が最も無防備になる瞬間……それは捕食の時である!
マシュを狩にきたマスターを逆に狩返すのが今回の作戦、名付けて雑誌大作戦である。
「ふふ、ふふふ。ふふっ」
「いつになく機嫌がいいなあ」
「マスターくん絡みで何かあったんでしょう」
因みにこの雑誌、マシュお手製である。
☆
「マスター殿、流石にサーヴァント相手に肉弾戦は無理でおじゃるよ。ヒヤッとはしたけど」
「ぜぇ……ぜぇ……げほっ、ぜぇ……ぜぇ……うるさい……」
所変わってマスターの自室。
男2人のどったんばったん大騒ぎも終わり、膝をついたマスターを黒ひげが呆れた様子で見下ろす。
「別に心配しなくても拙者言いふらしたりはしないでおじゃるよ?それぐれぇの分別はある……だからその輝かせてる令呪やめよ?ね?」
「……信じるからね」
すっ、と輝きを失う令呪。
マスターはのろのろと立ち上がると、どかっとベッドに座り込み、恨みがましい視線を黒ひげに送る。
「…………、いつからいたの?」
「ふざけんな!の辺りからかなあ」
「ほぼ最初からじゃないか……うわあああああああ!!!!」
「ちょ!?マスター落ち着いて!拙者本当に誰にも言わないから!というかみんな薄々気づいてるというか……数人とガンギマリ系の連中以外にはバレバレというか……」
「うるさい!黒ひげには俺の気持ちが分からないんだ!告白もできないのに虚空に向かって大好きだなんて言って思わせぶりに微笑を浮かべてた所を見られた俺の気持ちになってみてよ!」
「うーん、死にたくなるでござるな」
「うわあああああああ!!!」
「めんどくせえ……」
とは言いつつもマスターが落ち着くまで宥める黒ひげは何だかんだ面倒見のいい奴である。
「ところで、さっきから気になってたけどそれはなんでおじゃるか?」
マスターが落ち着くのを待って、黒ひげはマスターの傍に置いてある雑誌を指して言った。
「見てたなら知ってるんじゃないの?」
「いや、拙者からしたらマスターが奇声あげてるだけだったし……」
「うるさい。これは……あれ?こんなのあったっけ?さっき騒いだ時に棚から落ちたのかな?うーん、記憶にないや」
「どれどれ……[絶対に失敗しない♡大好きなあの子のハートをゲットする方法]……ふむふむ」
ぺらぺらと素早く目を通す黒ひげ。マスターはそのどこか故郷を思わせる雑誌に少なからず興味を刺激され、黒ひげの横から覗き込む。
数分して読み終わった黒ひげはぱたん、と丁寧に本を閉じてから、
「これはガセ本でおじゃるな」
「え?そう?女の子はこういう事喜ぶと思ったんだけど」
「はあ……これだから童貞は。いいでござるかマスター。ここに書かれてある内容は全部注釈が入るでござる。❇︎但しイケメンに限る」
それもそう。なにせマシュがマスターにやってほしいことの詰め合わせが内容なのだ。間違ってもこれから親密になろうとする者がやっていいことではない記載がビッシリである。
「これを女の子に……ましてやマスターの気になるあの子にやってはダメでござるよ?」
「うっ。わ、分かったよ……」
「マジかよこいつやるつもりだったのか」
黒ひげの顔に戦慄の表情が浮かぶ。
マスターと黒ひげは知るもよしもないが、後輩の知らないところで夜なべして作った後輩の雑誌大作戦は早々に失敗した。後輩は泣いた。
「まあ、この雑誌に頼らなくてもマスターには黒ひげ直伝の超モテテクニックを教えてやろうじゃないか。大丈夫、このエドワード・ティーチ様に任せろ」
どん、と胸を張る黒ひげだが、それを見るマスターの目は冷ややかだ。
「黒ひげの?どうせギャルゲー知識でしょ?」
「バカ言っちゃけねえ。この黒ひげ、乙女ゲーもやり込んでるのサ。あれはおにゃの子の理想が詰まったゲーム。つまりあれができるやつはモテるって寸法よ」
「分かるような分からないような……」
「ゴチャゴチャ言わずモノは試しでやってみるでおじゃる。ちょいとお耳を失礼、まずは……ごにょごにょ」
「ふむふむ……ばっ!そんな事できるわけないだろ!?」
ぼっ、と一瞬で真っ赤になるマスター。流石に乙女ゲー引用の甘い行為は初心なマスターが実践するとなるとハードルが少々高い。
「だいたい、そういうのって自然にやらないと……ほら、その演技っぽさが出たら台無しになるんじゃないの?」
多少の台詞くささというのはあってもいい……が、これに演技が滲み出ると途端に台無しになるものである。
あくまで自然にできるから絵になるのだ。
自分にはとても無理だとその点を指摘するマスターだが、対する黒ひげは納得のいかない顔をし、
「普段から臭い言動取りまくりのマスターが何言ってるのやら。ジャンヌ・オルたそといい勝負でござるよ?」
「流石にカッコいいからって理由で水着に刀二本差しはしないかな……」
しかも超長い漢字ネームである。密かに男心を惹かれたのは内緒だ。
「はあ、黒ひげのせいでどっと疲労が出てきた……喉乾いた……」
「勝手に部屋に入ったのは悪かった。でも暴れたのはマスターの方だからね?拙者のでよければ水分とる?」
「うるせいやい。じゃあ、貰おうかな。ありがとう」
備え付けてある冷蔵庫から麦茶を取り出そうとベッドから立ち上がりかけて、黒ひげの気遣いに再び腰を下ろし直して水の入った筒を受け取る。
中身をひと息に煽り、液体が喉を通る感触を知覚してからふと思った。
ーーあれ、そういえばなんで黒ひげが水を持ち歩いてるんだ?
「あ、いっけねこれ酒だった」
マスターがはっきりと思い出せる記憶はここまでである。
☆
「あれ?先輩?」
昼食も終わり、職員の方たちと会談していたマシュはふと、食堂の入り口にマスターがいる事に気がついた。
「ん?ああ、マスターくんか。こんな時間に食堂にどうしたんだろ」
「マシュちゃん探しにきたんじゃないの?」
「この後、特に予定はなかったはずですが……すみません、ちょっと行ってきますね」
そう言って、マシュは席を立ち上がる。
自分に会いに来てくれたかもしれない……たったそれだけで緩みそうになる頬を引き締め、普段の自分を務めながらマスターの元へ向かう。
マスターはきょろきょろと誰かを探すような素振りをしていたが、歩み寄るマシュの姿を見つけた途端、ふにゃっとした笑みを浮かべて、
「先輩。どうされま………!!?!?」
マシュに抱きついた。
泥酔状態!!!!
泥酔とは、体内にアルコールを摂取することにより、血液によってアルコールが脳に運ばれ脳が麻痺している状態のことである。
脳内のアルコール濃度により症状が変わるが、今のマスターはいわゆるほろ酔いの状態であり、この段階での症状は体温の上昇、脈の加速。そして理性が緩む。
数分前、誤って黒ひげのお酒を飲んでしまったマスターは、見事に酔っ払っていた。
「マシュ。……会いたかった」
「ーー!?ひぇ、ひぇんぱっ、い、いきなりそんな、こっ、こまりまひゃああああ!?」
マシュを強く抱きしめたマスターはそのままマシュの首筋に顔を埋めて吐息を吐く。
が、突然抱きしめられ(嬉しい)とろんとした声で会いたかったと言われた(嬉しい)マシュの頭はこの時点で既にキャパオーバー。さらなる刺激に耐えられるはずもなく悲鳴とも驚きともつかない声が口から飛び出してしまう。
普段なら、こんなに密着すればマスターから仄かに漂うアルコールの香りにも気付けていただろうが、今のマシュには土台無理な話であった。
「マシュ……」
一度少しだけ抱擁の力を緩め、マシュの顔を見つめたマスターは堪え切れなくなったようにまたぎゅっと抱きしめる。
「ふわ……せん、ぱい……」
手に触れる、肩が触れ合う……マシュは、マスターの意識がある状態での身体的接触はそこまでが限界だった。
それなのに、力強く、しかし苦しくはない、自分を気遣ってくれているのが分かる優しい抱擁。
マスターから抱きしめられた事のなかったマシュは控えめにいって幸せの絶頂の中にいた。脳内麻薬もドバドバ出ている。
もちろん、既に作戦のことなど頭から吹き飛んでいる。
「マシュ……」
「あっ……、せん……ぱい……?」
抱擁をやめ、身体を話したマスターに残念そうな顔をするマシュ。
しかし、じっとこちらを見つめるマスターにマシュもまた見つめ返す。
交わる視線。感じる吐息。お互いの目に自身の姿を見ることができる距離。
そのまま、マスターの顔がマシュに近づいていき……、
「禁制禁制!御禁制です!!食堂でかような破廉恥な行い、母は許しませんよ!!!」
「むぐ!?んぐ、んんんう!う……」
騒ぎを聞きつけ、厨房から鬼のような速さで現れた頼光がマスターを引き離したことにより2つの影が重なることはなかった。
ついでにマシュから引き離されたマスターは頼光の豊満なそれに顔を押し付けられたことにより呼吸を阻害され、アルコールがいよいよ本格的に回り出していたこともあり意識を失った。
「はー、マスターくんも大胆な事をするなあ。ついに腹をくくったのか」
「それにしては様子がおかしくなかった?なんか心ここにあらずというか……」
「……?え?あれっ……?………!!?」
時間帯がずれているとはいえ、ある種の溜まり場と化している食堂には常にそれなりの人がいる。
ここが衆人環境の中だと気付いた(思い出した)マシュはその事を認識した瞬間、ぼっと顔から火が出るかのような勢いで顔を染め上げた。
「全く!風紀が乱れています!このような事をうら若き男女が行なってはいけません!こういうのは母の役目なのですから!」
ぐったりとしたマスターの頭をロックしたまま頼光かぷりぷりとしているが、マシュの頭には一向に入ってこない。
トリップしていた頭は鈍く、ろくな思考もマシュに許さなかったが、しかし強烈な羞恥心はマシュの身体を動かすには十分な燃料だった。
「し、ししし失礼しましゅ!!!!」
そうして、マシュは脱兎のごとく駆け出した。
☆
『黒ひげぇえええ!!!!黒ひげはどこだアアアアアあ!!!!!』
後日。
意識を取り戻したマスターはその瞬間般若の形相で黒ひげを見つけ出すことに注力した。
はっきりと記憶にはない……しかし記憶がなくなるわけではない。何となく事の顛末と自身の言動を覚えていたマスターは、身悶えするかのような羞恥心とマシュへの罪悪感、そして自身の迂闊さと八つ当たりだとは理解していても黒ひげへの怒りを滾らせていた。
『あ……先輩……』
『ま、マシュ……』
『し、失礼しますっ』
『あ!まって、マシュ!マシュう!』
一連のことをマシュに謝りたいマスターであったが、それから数日の間、マスターはマシュと会話すらできなかった。
『……………………黒ひげええええええええ!!!!!』
カルデアでは数日の間、マスターの怨嗟の声が響いていたという……。
☆
さらに数日後。
『やっと手に入りました![百戦錬磨のサーヴァントが教える!気になるあの子を絶対にオトす10の方法]……!』
『えっ!?は、裸!?む、無理です!そんなの恥ずかしすぎましゅっ』
『惚れ薬……』
☆
『あー酷い目にあったでござる』
『拙者にも非があったとはいえ、殆どマスターの自滅なのに……とほほ』
『でもまあ、結果的にとは良かったじゃねえか。お互いにサ』
『さ、部屋に帰って新刊を堪能しますゾ!』
[絶対に失敗しない♡大好きなあの子のハートをゲットする方法]
方法①恋の定石はスキンシップです!気になるあの子を抱きしめて自分の事を意識してもらいましょう!
☆
【本日の勝敗】
マシュの勝ち(先輩にしてほしい事をしてもらったため)
マスターは年齢を言っていない。誰もマスターの年齢を聞いていない。何も問題はなかった。いいね?
FGOでは箱イベが始まりましたね。ネロ祭ではなくなったことに驚きましたが、やることは変わりませんガリガリゴリゴリ