マシュ・キリエライトは告白されたい   作:とやる

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幕間 ある日の日常

 

 

「むああああすたああああ!!おはようございます!!!朝ですぞお!!!」

 

ーーカルデアの朝は早い。

たまの休みはあれど、だいたいは暑苦しい声でマスターの一日は始まる。

 

「むぅっ、おはようございます。マシュ殿も毎日精が出ますな」

 

「はい、おはようございます、レオニダスさん。……ほら、先輩、起きてください。レオニダスさんが来ましたよ」

 

「ん……むにゃ……」

 

「ダメですよ先輩、もう起きてください。……仕方ありません。マシュ・キリエライト、これより対先輩目覚ましフェイズに入ります」

 

すでにマスターの部屋にいたマシュが優しく揺すって起こそうとするが、マスターは一向に起きる気配もない。

レオニダスを待たせているため、マシュははぁ、と小さく肩を落として、マスターの両肩に手を添えて、

 

「あーさーでーすーよー!」

 

「うわあっ!!?」

 

激しく揺することでようやく意識が半覚醒するマスター。

そんなマスターにあらかじめ用意しておいた水を渡しながら、

 

「おはようございます、先輩」

 

「ふぁ……うん、おはようマシュ」

 

 

 

 

スパルタ訓練……レオニダスがやり始めたということから、レオニダスの出身地にちなんで名付けられた毎日のトレーニング。

今となってはその由来が出身地なのか訓練内容なのか非常に際どいところにあるが、とにかく、マスターの毎朝の日課であった。

なお、主に筋トレである。

 

「ふんむぁ……!ほらっ……どうですかマスター!溜まって来たでしょぅ!……筋肉の……源がぁ!」

 

「溜まって!きては!いるんですけど!たぶん乳酸だと思います!」

 

カルデアのトレーニングルーム。元は会議室として使われる予定だった場所を正面に、隣接した四部屋をぶち抜きかなりの広い面積を確保した場所だ。

さまざまなトレーニングマシーンが運び込まれているが、それでも自由に動けるスペースには困らない。

しかし……男2人は並んでひたすら腹筋を繰り返していた。

 

「4892!4893!……ああ!素晴らしい!健全な肉体に健全な精神は育まれる!どうですかマスター!体を動かすことは気持ちいいでしょう!」

 

「ここまでくると…!キツさが勝ります!」

 

汗の水たまりを作りながらも同じペースで腹筋を続ける2人。

マスターは余裕が失われつつあるが、それでも必死に食らいついていた。

 

最初でこそひいひい言っていたマスターだが、その面影は今はもう見る影もない。

スタミナの確かな成長。目にわかる肉体の進化。差し迫った危機もない今、それはモチベーションとなり意欲に変わっているが、当然きついものはきつい。

 

終了を告げるレオニダスの声に安堵ともに仰向けに倒れるのも、毎日の光景であった。

 

 

 

 

「おはようマスター。朝食はそこによそってあるから持っていくといい」

 

「ありがとうエミヤ」

 

訓練という名の筋トレが終わると、マイルームで軽く汗を流してから食堂で朝食をとる。

筋トレが朝早い時間に始まるのもあり、マスターとサーヴァントや職員たちとの食事の時間はそう大きくずれることはない。

いつも誰かしらがいるが、食事の時間はひときわ賑やかな食堂は「小さくて黒い方の我が王!ハッシュドポテトなるものをマッシュして参りました!小さくて黒い方の我が王の舌もご満足なさるかと!!」「ばっ!ガウェイン卿!それは!」「ほう?一体私のどこを見て区別したのか興味があるな」「はっはっは、何を仰いますやら。一目瞭然ではありませんか」「モルガーーーーーン!!!!」「「ぐわあああああ!」」「ガウェイン卿とランスロット卿が星に……私は悲しい」「あのバカどもは放っておきましょう」活気に溢れている。

 

「ふぅ……」

 

空席を探して腰を落ち着ける。疲れからか、ホッと一息。

 

「どうしたマスター、今日はえらく疲れてるじゃねえか」

 

「肉体的にはもちろんこの後にちょっとね……ってあれ、兄貴が朝にこっち来るなんて珍しいね」

 

椅子を引きながら、マスターの隣に座るのは全身青タイツの2枚目、クー・フーリン。

夜はここで飲み会に参加している姿が多々見受けられる彼だが、朝見かけることは珍しい。

どうしたのかと問えば、彼はカラッとした笑みで、しかし逆に疑問を投げ返す。

 

「たまには顔を出すさ。何だかんだアイツの飯はうめえしな。それよか嬢ちゃんはどうしたよ」

 

「別にいつも一緒にいるわけじゃ……。それに、最近のマシュは料理に凝ってるみたいで、エミヤたちと厨房にいると思うよ」

 

先程食事をとりに行った際には出会えなかったことから、まだやることが多々あるのだろう。そこら辺、一人暮らしの男飯程度の経験値しか持ち合わせないマスターにはよく分からない。

 

「ふーん料理ねえ。愛されてるねえマスター」

 

「その顔やめろ。こっち見てないでご飯食べたら?」

 

ニヤニヤとこちらを見るクー・フーリンにぶすっとした視線で睨み返す。

はいはい、仕方ねえなあとばかりに肩をすくめた彼に若干イラッときたが、何を言ってもからかわれるだけだと食事に集中する。

 

そうして、2人とも食事を終わらせたタイミングで、そういえば、とマスターは呟いた。

 

「師匠から今日は空けておけって言われたんだけど、兄貴何かしらない?」

 

「ん?師匠から?いや、俺は何も聞いてないな……鍛錬じゃねえのか?」

 

一瞬、遠い目をしたクー・フーリン。その気持ちは分かる。

師匠……スカサハの鍛錬は、先のレオニダスの筋トレが可愛く見えるレベルのラインナップだからだ。

命の危機的な意味で。

 

「いつも鍛錬なら鍛錬って言ってたから、分からなくなってさ」

 

「まあ鍛錬だと思うぜ。いいかマスター、叡智だなんだ言われちゃいるが、あの女は脳筋だ。こと鍛錬に関しちゃ聖女なんか比じゃねえ。つーか、鍛錬以外の関わり方が分からないんだよ。ま、年甲斐もなくはしゃぐより全然いいけどなーはっはっは」

 

「…………」

 

突然黙り込むマスター。その瞳は泳ぎ、身体はカタカタと震えている。

 

「ん?どうしたマスター。まあ師匠も鍛えがいのあるやつが見つかってはしゃいでるんだ。キツイだろうけど、付き合ってやってくれや。じゃないとあの女、そのうちふりふりの服きてどーれーにーしよーうーかーなーとか言っちゃうぶりっ子になりかねないからな!師匠のそんな姿を想像すると腹が痛いぜ!」

 

「あ、兄貴……」

 

「ん?」

 

「うし、うしろ……」

 

「後ろがどうしーーーー」

 

「どうした?ほれ、続けよ。誰が、年甲斐もなくはしゃぐ、おばさんだって?」

 

「げえっ!?師匠ぉ!!?」

 

マスターに促されて後ろを振り向いたクー・フーリンの眼前には、これまた全身タイツの美女。

彼の師であるスカサハその人だった。

クー・フーリンより先に気がついたマスターはスカサハの発する静かな怒気に怯んでいたのだ。

 

「っー!!!」

 

「うわっ!?」

 

そこからのクー・フーリンの反応は早かった。

スカサハを認識した瞬間隣のマスターの襟首を掴み腕力に物を言わせ強引にスカサハへパス。

マスターをキャッチしようとするスカサハを尻目に神速のスタートを切り振り切る!!!

 

かつて行われた聖杯戦争で最も速い英霊が選ばれるランサーのクラス。

その神速をご覧に入れよう!!

 

「逃すか!ゲイ・ボルグパンチ!!!!」

 

「ぐへぇ!!?」

 

「ぶべっ!」

 

しかし、クー・フーリンの脚に翔けるための力が入った瞬間、その頰に突き刺さる師匠渾身の右ストレート!

 

「なん…で…」

 

吹き飛ばされながら見たのは、受け止められることもなく普通に地面に叩きつけられるマスターの姿。

 

ーーああ、そういえばこういう人だった……

 

そんなことを思いながら、クー・フーリンは床に叩きつけられた。

 

「頭が割れるように痛い!!!」

 

一方、普通に床とごっつんこしたマスターは頭を抱えゴロゴロしていた。

 

「ふむ、咄嗟の受け身も取れぬような鍛え方をしたつもりはなかったのだが、鍛え方が甘かったかな?」

 

マスターの頭上の声に視線を合わせば、そこには腕を組み見下ろすスカサハ。

 

「受け止めてくれてもいいじゃないですか師匠……」

 

恨みがましい視線を送るも、

 

「いやはや、私も丸くなったものだ。これは心を鬼にして鍛え直すしかなかろうて。のう?」

 

「ひえっ」

 

赤い瞳は細められ、その涼しげな口元は弧を描いているというのに、なぜかその笑みには言いがたい迫力があった。

 

「もちろん、そこのバカ弟子もな」

 

「勘弁してくれよ師匠……」

 

ちらりと一瞥しながら言うスカサハに、狸寝入りをしていたクー・フーリンが普段の彼からは想像もつかない疲労の滲んだ声を出す。

 

「ああ、ああ、楽しみだ。どうしてやろうか。ふふふ」

 

「……お手柔らかにお願いします」

 

これはもうどうにもならないな。そう自分を無理やり納得させて、マスターは天を仰いだ。

 

なお、この騒ぎはスカサハのルーンにより一部以外には気づかれてはいない。

 

 

 

 

「もう……だめだ……一歩も動けない……」

 

うつむけに倒れ込むようにベットに沈み込めば、ぼふっとどこか情けない音を立てて柔らかなスプリングが俺を迎えてくれる。

 

朝から夜まで師匠の無茶振りをやり通した身体はこれ以上はもう無理だと、海中をもがくかのような疲労で訴えていた。

 

昼、夜と無理やり口の中にぶち込まれた保存食のようなものしか食べていないが、身体は空腹よりも一刻も早い休息を求めている。

 

半ば這って戻ってきたマイルームでなんとかシャワーだけは浴び、少々はしたなくはあるが下の下着だけは身につけ、もう寝てしまうかとぼやけた頭で思案する。

いやいや、やっぱり服は着ないとなと思い直すが、

 

「だめだ……眠い……」

 

身体は言うことを聞いてくれない。

ごろん、と仰向けになった。

まずい、どんどん瞼が重くなっていく。そんなこともどこか遠いところで考えている自分がいて、ああ、これはもうだめだなと閉じていく瞼。

 

だんだんと視界に映る輪郭もぼやけてきて、完全に瞼が閉じる前にそういえば、と。ひとつ、思い出した。

 

「きょうは……ましゅにあわないな……」

 

口に出したか、出してないか分からない。

ただ、そんなことを意識が落ちる直前にぼんやりと考えた。

 

 

 

 

たん、たん、と弾む足音が響く。

早朝よりもなお早いその時間に通路を歩くのは彼女だけで、誰の目もないと分かっているからこそ、意識して殆どスキップをするかのような足取りを正すことはしない。

ただ、鼻歌は流石に自重だ。

 

数分もしないうちに目的の部屋にたどり着く。

ただ、油断してはいけない。

最近は減ったが、ここに忍び込む人がいるのも事実。

別に、彼女は招かれざる客というわけではないのだが、鉢合わせたら鉢合わせたで困るのも事実である。

 

扉をあけてそっと中を覗くと、見る限りではベッドの上で規則正しく上下する膨らみ以外に人の気配はない。

 

「おじゃましまーす……」

 

小声で、囁くように言ってから部屋へ入る。

部屋の主を起こさないための配慮だが、彼女が忍び足なのを合わせて客観的に見ると侵入者みたいだ。

 

「まあ……間違いではありませんが」

 

許可は得ている。朝は弱いから起こしてくれと頼まれているから、自分は溶岩水泳部とは違うのだ。

しかし、彼の意にそぐわないことをしているという点では、自分も彼女たちとはそう変わらないだろう。

 

静かにベッドに近づく。

部屋の主ーーマスターはすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。

そっと手を伸ばし優しく頭を撫でると、こそばゆかったのかわずかに身じろぎし、慌てて手を引っ込めるが、また何事もないように眠るにマスターにほっと一安心。

 

「失礼しますね」

 

眠りが深いと見るやいなや、慎重にベッドに入ろうと試みる。

 

「っ!?」

 

掛け布団をあげた際に服を着ていないことに顔が熱くなるが、以前見てから度々思いおこしていたので、以前ほど取り乱しはしない。

しかしやはりまじまじと見つめてしまう。が、寒かったのか掛け布団を己の身体に巻きつけるようにマスターが動く気配を察知し、慌てて身体を滑り込ませた。

 

「ふわ……」

 

鼻孔をくすぐるマスターの匂い。

それに包まれるだけで幸せいっぱいだった頃が懐かしい。

ただ、この幸せになれてしまった彼女はさらにもう1つ上の幸せを求めるようになった。

 

布団の中で微妙に場所を調整する。

そして、寝返りを打ったことでこちらに顔を向けることになったマスターの首筋に自分の頬を擦り付けるように頭を差し出した。

 

「せんぱい……」

 

顔から直接伝わるマスターの体温に、先ほどよりも濃い匂い。

熱く、暖かく、それでいて切ない小さな痛みが胸をいっぱいに満たす。

いつもは、ここまでだ。

この先にやることを想像すると顔から火が出そうだったし、マスターの方から求めて欲しかった乙女心があるからだ。

でも、今日の彼女はさらにもうひとつ上が欲しくなった。

 

「……」

 

少し首をあげると、マスターの唇が見える。

味なんかないし、間違っても味覚的に美味であるはずがないそれが、その時の彼女にはとても、とても美味しそうに見えたのだ。

 

「意識がないなら、ノーカンですよね……」

 

結局、欲望に負けたというのが正直なところである。

ずっと求めたものが無防備に目の前にあって、それに手を出せずにいられる人はそうはいないだろう。

 

そこに、自身のそれが合わさることを想像して。

ちろっ、と、自身の唇を小さく舐めた。

その行為が何か、とてもいやらしいことのように思えて、途端に顔に血が集まるが、だからといって今更自分を抑えることも無理な話だった。

 

「ん……」

 

だから、そっと。

優しく、触れるか触れないなかの接触を。

 

「……っ」

 

先ほどでは比べ物にならない熱が身体を支配する。

心臓はドキドキと耳元にあるのかと錯覚するほどに狂ったように拍動し。

身体中の血液が全て集まってるんじゃないかと思うほどに顔が熱い。

名前をつけるのも難しいほどの様々な感情が去来し、歓喜に震えるその中に僅かな切なさを。

 

ぼーっと、今しがた自分のそれを重ね合わせたそこをみる。

先ほどの行為で少し湿っていることに気がついて、やはり何故かとてもいやらしいことに思えてそれがまた頭を沸騰させた。

 

そして、半ば無意識にまたーー

 

「むああああああすたあああああ!!朝ですぞぉおお!!!」

 

「んひゃう!?」

 

ビクッと思い切り身体が跳ねる。

慌ててマスターの様子を確認するが、まるで起きる気配がないことにとりあえず安心した。

 

「もう、終わり……」

 

そうどこか残念そうに呟いた瞬間に、自分が何のためにここにいるかを思い出してぶんぶんと首を振った。

名残惜しそうにマスターを見ている場合ではない。

日課の時間がいつのまにか来ていてたのだ。なら、自分の役目を果たさなければならない。

 

だから、そっとマスターの肩に手をかけ、

 

「先輩、起きてください。朝ですよ」

 

今日もまた、一日が始まる。

 

 

 

 

【毎朝の勝敗】

 

マシュのデンジャラスビースト

 

 





「せめて布団に入ってから寝れないか……」

「むにゃ……」

「フ。まったく、世話がやけるやつだ。風邪を引かれては困るからな。寝て、しかして予防せよだ」

「………俺も疲れているな」


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