マシュ・キリエライトは告白されたい   作:とやる

8 / 10
催眠大作戦

 

『つまり、暗示は相手の意識を狭搾して方向性を1つに絞ることよ。そうすることで、こっちが意識を誘導することができる』

 

『魔術を使っても技術を使っても、結局やる事とその結果起こる事に違いはないわ』

 

『といっても確固たる技術があるわけでもないから、魔術や薬物を用いない催眠は殆ど成功する事はないわね』

 

『そこでこちら、ヘカテー式魔術通販オススメの品の惚れ薬よ』

 

『本来の催眠と違って自由度はなくなるけれど、飲ませるだけで相手の意識をある1つの方向へ誘導できるの。名前の通り、これは対象に好意を向けることへ集約されるわ』

 

『といっても潜在意識に働きかけるだけだから、誰でも好きなるのではなくて、元から好きだった人、と限定はされるけどね』

 

『え?暗示とどう関係があるのか?それはね、この惚れ薬を飲むとある変化が起きるから』

 

『聞いたことないかしら?好きな人の言う事は聞いてあげたくなる……それが自制できなくなるのよ。耳に痛い話ではあるけれど』

 

『つまり、この惚れ薬は簡単にいってしまえば「好きな人の言葉をなんでも聞くことへ意識を集約させる薬」というわけ。問答無用で恋心を押し付けるよりは幾分かマシだとは思うけど、あまり褒められたものでもない事は確かね』

 

『とはいっても、軽度の意識の空白を強制的に作る状態だから、本気で嫌なことを強制させる事はできないわ。親しい人を害せよとかは無理よ』

 

『え?買う?そう。まあ所詮簡単な暗示でしかないから、多少なりとも魔術の心得があったり、サーヴァントには効果がないか、あってもちょっと話を聞いてやろうかなぐらいの効果しかないのだけれど……』

 

『あ、マスターにはあなたの加護があるから魔術的なものの効果のほどは分からない……って、行ってしまったわね。素直になればいいのに難儀な事をやる子たちね、全く』

 

『……これも廃棄しようかしら』

 

 

 

 

「珈琲が入りましたよ、先輩」

 

「ありがとうマシュ」

 

自室で資料を読むマスターと、珈琲を淹れるマシュ。

 

「先輩はお砂糖1つでしたよね」

 

ぽと、と静かに角砂糖を1つ落とし、出来上がったものをマスターに手渡す。

マスターは読んでいた資料を脇に置き、ありがとうとそれを受け取り口をつけた。

 

「ハンドドリップもだいぶ手馴れてきたね」

 

「毎日練習していますから!紅茶もエミヤさんから教わってるので、そろそろ先輩にも飲んでもらいたいです」

 

適度に弾む会話。緩やかな時間の流れ。

取り戻した日常。何ものにも変えがたい幸せを享受する2人。

 

が、真実はこうである。

 

「(飲んだ!飲みましたよ!先輩が惚れ薬を……!!)」

 

惚れ薬!!!

 

古今東西、あらゆる恋愛ラブコメに登場する恋の万能薬、惚れ薬。

しかしその実態は恋の甘酸っぱさからは縁遠い。特定の人物を意図的に支配するなど悪質極まりない所業である。

永続する薬など存在しない。本来の存在目的を達するためには必然的に継続摂取が必要になる以上、その用途は束の間の思い出を作るためといったことに限定されやすい。

 

しかし、マシュが使用した今回の惚れ薬は言ってしまえば『恋愛感情の自制を取り払う』薬である。

好きでもない相手に恋愛感情を抱かせることはそもそも出来ない。

 

では、一体何のために使ったのか。

 

「(この薬を飲んだ先輩は私の言う事を聞きたくて仕方がなくなる……この状態で愛を証明してと言えば……!!)」

 

証拠!!!

 

お互いに好意を持っているが中々一歩踏み出せない。

そのような2人がいた場合、急速に大きく関係が進む場合は大きく分けて2つある。

1つは、責任を取らなければならない事態が生じる事。

もう1つは、好意が一方通行ではないと証明される事である。

 

積極的になれない理由の大部分は『好意の確証がない』ということに起因する。

そもそも恋愛とはその状態がスタートなため、そこに不安を感じるのも究極的にはおかしな話だが、そうは言ってられないのが人心。

そのため、確信を得た後の行動は得てして大胆になりやすい。

 

愛の証明という抽象的なお願い。

しかし、その言葉には具体的な方向性が内包されている。

 

良心的なのかタチが悪いのか、催眠中の記憶が無くなる事はない。

意識の集約であって、無意識の状態を作り出すわけではないのだ。

 

では、マシュのお願いを聞いて愛を証明してしまったマスターは。

何故マシュがそんなお願いをしたのか考える事ができるマスターは。

 

「(責任を取って……告白するしかないですよね?)」

 

名付けて、催眠大作戦。

いつになく攻め気のマシュは、普段なら取らなかったであろう手法を選択していることに気がつかない。

先日、マスターが病床に伏したとき。

扉一枚隔てたその向こうの光景が自身の心に差し込んだ懐疑のかけら。それを無理やり振り払おうとしていることにマシュは気がつかなった。

 

「……どうやら、完全に落ちたみたいですね」

 

こくん、と落ちるマスターの首。

その様子に完全に惚れ薬がまわったと得心する。

 

「先輩、顔をあげてください」

 

その声に、すっと従うマスター。

その瞳はどこか眠たげに虚ろげで、焦点が定まっていないようにも見える。

 

「先輩、右手を挙げてみてください」

 

力なく挙げられる右手。

 

「今穿いているし、下着はどのようなものでしょうか!」

 

「……黒いボクサーパンツ」

 

「む、胸の大きさの好みは!」

 

「……大きい方が好み」

 

「間違いなく催眠状態ですね」

 

念のために軽い質問と、答えるには憚られる質問で試すがやはり効果に疑いはない。

 

「………ッ!」

 

この時点で、マシュは飛び跳ねそうな程に歓喜に打ち震えていた。

この惚れ薬の性質上、マシュの言う事を聞くことはつまり、マシュのことが好きだという事に他ならない。

マスターは自分の事が好きだという確信があっても、不安がないわけではなかった。もしかしたら……が頭をよぎることもあったのだ。

それらが払拭されたのだ。その喜びはとてもじゃないが容易に言い表わせるものではない。

 

「……」

 

そこで、ふとマシュは思った。

せっかくだから普段出来ないことをやろうと。

 

「……頭を撫でてください、先輩」

 

「……ん」

 

「ふぁ……」

 

まるで意識があるかのように優しく頭に乗せられる自身より大きな手が、気遣わしげにゆっくりと動く。

手のひらから伝わるマスターの体温と優しさに心が満たされる……が。

 

「なにか違いますね……」

 

子どもの姿で召喚されるサーヴァントたちに接するときに見せる、充足感のようなものがない。

その様子を見ていいなあ……などと密かに思っていたマシュだが、流石に頭を撫でてくださいと言うのは恥ずかしすぎる。薔薇の皇帝のように自信満々とはいかないのだ。

なので今お願いしてみたが……良いことは良いが、どうにも想像していたものとは違った。

 

「うーん、やはり意識の有無なのでしょうか……」

 

虚ろな目で頭を捻るマシュを見るマスター。

その瞳は空虚で、感情を感じさせないその表情は、おおよそ意識といったものが欠落しているように見える。

しかし。

 

「(え!!!?なんで!!!?どいうこと!!?マシュどうしたの!?え!?ホワイ!!?)」

 

内心凄いことになっていた。

 

惚れ薬を飲み催眠状態に陥ったはずのマスターに何故意識があるのか。

簡単な話である。効かなかった。それだけのことだ。

 

では何故催眠がかかったふりをしているのか。

 

マスターはマシュから珈琲を受け取り口をつけた後、会話の途中ふと水回りに目を向けてそれに気がついた。

元来の目の良さも合わせて、バッチリ見つけてしまった。

催眠薬と記された目薬ほどの容器を。

 

迂闊……!圧倒的油断……!!

 

惚れ薬の混入を急くあまり、要肝心のそれを懐に仕舞うことを忘れるマシュの致命的なミス。

しかし、惚れ薬だと体裁が悪かろうと気を利かせたヘカテー式魔術通販の心遣いによりそのレベルは催眠薬となっていた(効果は催眠と似たものなためこれは誤魔化しようがないから)

 

これにより生じる2人の認識のすれ違い。

すなわち。

 

レクリエーションによる催眠遊びのつもりのマスターとガチ惚れ薬服用を狙ったマシュの認識齟齬……!!

 

本当に催眠をかけるつもりなら容器をあんな見えるところに置き忘れるなんて訳がない。マシュの珍しい茶目っ気だと判断したマスターはそれに付き合うことにした。渾身の恐らく催眠状態はこんな感じだろうという演技。顔や手をあげる命令に内心微笑ましく従っていたところに下されるまさかのパンツカミングアウトの要求。

 

性癖の暴露まで求められ、マシュ痴女になっちゃったの!!?と死角からハンマーで殴りつけられるかの如く衝撃を受けるが、あまりの衝撃についそのまま正直に答えてしまう。

 

早く催眠が解けたふりでもすればいいものを、続け様に求められた頭を撫でながら、マスターの頭は冷静さを未だ取り戻せずにいた。

 

「では……そろそろ」

 

マスターが狸寝入りならぬ狸催眠をキめている事など露ほどもしらぬマシュは、効果時間の懸念から本命のお願いに移ろうとしていた。

 

「もっとして欲しいこと、本当はありましたが……」

 

ーーやっぱり、いつもの先輩がいい。優しく微笑む先輩がいい。

 

ならば、愛の証明のお願いとそれを叶えようとするマスターの行動はどうなのかという事にもなるが、それはそれ。これはこれである。

恋に手段は選んでられないのだ。

 

「先輩……」

 

「(近い!近いよマシュ!)」

 

顔を近づけ、目を見つめるマシュに赤くなりそうな顔と盛大なビートを刻む心臓を必死に抑えるマスター。

 

「私……先輩に聞いてほしい事があるんです」

 

「(きゃあ!マシュ!?なんで耳元で囁くの!!?ま、マシュの身体やわらか……うわあ!?頰に触らないで!!熱くなってるのバレる!!)」

 

さらに密着するマシュに、男の子的なときめきが限界を突破しそうなマスター。

 

そしてーー

 

「先輩、私はあい「マスター入るわよ」色の下着を着ています!!!」

 

ーー愛の証明が欲しいです、とは言い切れなかった。

 

突然の来客!!マシュ!緊急回避!!!

 

「あー……お邪魔しちゃったようね」

 

しかし!それはさながら海面に不時着するかの如く!!!

 

「あ…あ……ああ……」

 

固まる時間。固まらずに肥大する羞恥心。

 

小刻みに震えるマシュと、驚愕による硬直で動けずにいるマスターを見て一瞬で状況を把握した来客者……キャスターのサーヴァント、神代の魔女メディアはため息をひとつこぼし、

 

「マスター、手を挙げておろしなさい」

 

その言葉で再起動を果たしたマスターは、訳もわからず催眠状態の振りを続けたまま従う。

 

「……え?」

 

マシュは大声での下着カミングアウトの羞恥心も忘れて目を見開く。

 

ーー好きな人の言葉を聞くのでは?

 

ーーつまり、それは、先輩はメディアさんの事がすーー

 

「私としたことが、失敗作を渡してしまったわ。おおよそ全ての好ましいと感じる人に効果があるようね。だから、あの子が私を異性として好きという事じゃないわ。ーー焦ることもないのよ」

 

「ーーあ」

 

その言葉に込み上げる安堵。そして安堵したが故に、心に湧いたのは一連の自分の行いに対する極大の羞恥心。

やってはいけないことをやってしまった、恥の心。

 

ここでマシュがマスターに飲ませたのが惚れ薬だとマスターに知られるのは、少女には辛いものがあるだろう。

大局を見たメディアの優しさ。しかしそれは正しく、一連のマシュの行いを突きつける言葉でもあった。

 

「失礼します先輩……」

 

恥の感情からその場にいる事に耐えられなくなったマシュは、逃げるようにマスターの自室を後にした。

 

「……いつまでそうやっているつもり?」

 

「……えっと」

 

しばらくして、メディアに声をかけらたマスターは催眠の演技をやめてメディアを見る。

 

いったい何だったのだと説明を求めるその瞳にメディアは、

 

「今日のことは忘れてあげなさい。腑に落ちなくてもね」

 

ーー相当に切羽詰まってたようだし。

 

という言葉は飲み込む。

元来、惚れ薬など使う子ではないのだ。副産物とはいえ作った側の自分が言うのもおかしな話だが。

人の気持ちが尊く、尊重されるべきものだと理解している。

いくら根本的には本心を曝け出すものだとはいえ、無理にそれを強要ていいものでなない。

なのに何故、こういった行動に出てしまったのか。

それは、マスターが考えるべき事だろう。

 

「マシュも疲れてたのかな……」

 

説明にもなってない説明なので仕方のない部分もあるが、的外れな方に飛んだマスターの思考に、自分でも自覚するほどマシュの肩を持っているメディアは若干こいつ……と呆れを乗せて嘆息する。

 

だから、ひとつお節介を焼く事にした。自分の責任でもあるからと。

 

「あの子のことが大事ならね」

 

「え?」

 

「明日ね、あの子は謝ってくるわ。何故かは考えても考えなくてもいい。でも、マスターが今日のことを何とも思ってないのなら、ひと言言ってあげなさい」

 

「何を……」

 

「それはマスターが考えることよ。マスターの言葉だから意味があるの。今日のあの子を見てたら分かるでしょう」

 

マスターは何かを思い出すように天井を見上げ、

 

「藍色……」

 

「忘れなさい」

 

 

 

 

『あ、先輩……』

 

『やあ、マシュ』

 

『あの!その、私、先輩に…先輩の、気持ちを、無視するようなことを……してしまって……!」

 

『うん』

 

『それが、とても綺麗なものだと、大切なものだと……教えてもらったのに……!私は……!」

 

『うん』

 

『謝って許されるような事じゃないのは承知しています……それでも!でも、先輩……ごめ『マシュ』……え?』

 

『風邪引いて高熱が出てさ、結構しんどかったんだよね。サーヴァントのみんなや職員の人たちが来てくれてさ、心配をかけるのは申し訳なかったけど嬉しかった』

 

『はい……』

 

『でもね。優劣をつけるわけじゃないんだけどね。みんなみんな、嬉しかったのは本当だから。でも、1番嬉しかったのはマシュがずっと側にいてくれた事だった』

 

『え……?』

 

『改めてお礼を言うね。ありがとう、マシュ』

 

『は、はい……いえ!それは、先輩のサーヴァントとして当たり前のことで…!それと、これは違くて……!』

 

『じゃあさ、マシュ』

 

『……はい』

 

『紅茶が飲みたいな。練習してるんでしょ?それで俺は満足だ』

 

『え…?いえ、でも…!』

 

『ぐああああ!急に喉がものすごく乾いた!今すぐマシュの用意した紅茶を飲まないと死んでしまう!』

 

『ええっ!?』

 

『ま、マシュ!はやく、はやく紅茶を……!マシュのいれた紅茶を……!』

 

『え?え…?わ、分かりました!すぐに用意しますから待っててください!』

 

『美味しいのを頼む…!』

 

 

『……行ったか』

 

『……我ながら、本当に女々しいなあ』

 

 

 

 

「本当に、難儀な子たちね……」

 

フリフリとやたらと可憐な服と裁縫のための道具や、お手製のフィギュア。そして見ただけでは何に使うかもわからないような魔術の何か。

大局的な要素で構成されるその部屋の主……メディアは少年少女のことを考えていた。

 

少女の方はいい。

 

ひとりの少年に恋をして、自分を好きになってもらおうとアピールして。

明らかに自分を意識しているはずなのに、何故かその好意を隠そうとする。

そんな少年に意地になって、やきもちを妬いて。可愛いものだ。

恋を全力でしている。

 

でも、少年の方は。

 

「考えすぎてるのよね……」

 

経緯が特殊すぎるというのもあるだろう。

ただ、ひと言でその心を表すのなら。

 

恐怖。

 

生か死か。極限の日々を駆け抜けた2人。安寧を手にし、少女には普通の身体と、普通の人生が与えられた。少年と少女が勝ち取った当たり前に朝日が昇る世界。

でも、そこで少年は考えた。否、思い至ってしまった。

 

自分がいれば、少女の自由を狭めてしまうのでは?と。

 

少女は普通の現代的な一般人は少年しか知らない。

じゃあ、少女がこの先世界を知って、普通に暮らせるようになったらどうなるのか。

それを知る前に、自分が少女の錨になってしまってもいいのだろうか。

 

だが、それで割り切る事のできない莫大な感情が恋というもの。

 

じゃあそういう事で。と、少女と離れることは少年には出来なかった。いや、したくなかった。

理性と感情の矛盾に直面した少年は、あるひとつの妥協点を。あるいは、自分を納得させられる理由を用意した。

 

つまり、少女の方から告白をすれば、少なくとも自分から少女の見聞を狭めたわけではない、と。

 

過程が違うだけで結果は同じである。

本来少年が避けようとした事などまるで避けられていない。

ただ。そんなどうしようない矛盾も。

相手と一緒にいたいという一念だけで跳ね除けてしまえるのが恋なのである。

 

「そもそも、好き合う2人。何もおかしくはないのよ」

 

だから、これは。

 

臆病な先輩を告白させようとする後輩と。

無垢な後輩に告白できないでいる先輩の。

 

結果の見えた、ありふれた日常のお話なのである。

 

 

 

 

【本日の勝敗】

 

引き分け

 

 





本当なら雑誌大作戦の後に入れようと思ってました。
ここで取り敢えず一区切り。惚れ薬ってよく考えたら笑い事じゃないよな?ってところからスタート。
かぐや様巻数増えるごとにぽんこつさに磨きがかかって行ってるような……。魅力も磨きがかかってるんだけどね!
つまりマシュのぽんこつも魅力はさておき加速する。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。