マシュ・キリエライトは告白されたい   作:とやる

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細かいことは気にしないスタイル。




幕間 ある日の日常②

 

『ゼェ……っあ、ハァ…ハァ…ッ!!』

 

『◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️!!!!』

 

走る、走る、走る、走る。

あまりの苦しさに唾を飲み込もうとして、しかし、今もなお汗に変換され続ける水分に唾液を作る余裕はない。

 

大地を抉り、木々をなぎ通し。あらゆる物を吹き飛ばしながら迫り来る圧倒的脅威。

 

ギリシャ神話の大英雄ヘラクレス。

 

追いつかれれば死は免れない。戦力差、という次元ではない。同じステージに立って始めて優劣は生まれる。だが、己とあの大英雄では生物としてのスケールが違うのだ。

故にそこに戦力差はなく。ただ圧倒的な死が事実として存在する。

 

『もっと急ぎなさい。死ぬわよ』

 

『全力……、だよ……っ!!』

 

腕の中で声援の一つもくれない女神に言い返し、決して落とさぬよう腕に力を入れなおす。

いや、これも彼女なりのエールなのか……いずれにせよ、彼女の言う通りスピードを上げなければ、数秒の間にあの斧剣により自身の半身と永遠に泣き別れることになるだろう。

 

『ゼェ…ゼェ……くそッ!』

 

それはダメだ。己が死ぬ事ではない。いや、それも良くはないが……それ以上に、自分が死ねば全てが終わってしまう。

それはダメだ。看過できない。自分に託された想いを、任された世界を踏みにじることなど許されない。

 

だが、だからといって背後の脅威が止まることなどあり得ない。

彼我の差は刻一刻と埋められている。

このままでは先の想像通りになるのは明白。

そう、このままでは。

 

『第二陣!目標ヘラクレス!マシュ・キリエライトいきます!!!』

 

震える声に勇気を滲ませ、己と逆方向に疾走する少女。

 

瞬間ーー激音。大英雄の斧剣が埒外の膂力で少女の盾に叩きつけられる。

 

『うぐ………ッ!!』

 

『マシュ!!!』

 

拮抗は一瞬。

鍔迫り合いにもならず少女は冗談のような速度で吹き飛ばされる。

 

だが、一瞬の拮抗。その隙を逃さず、待機していたサーヴァントたちが大英雄の猛追を緩めるため仕掛け出す。

 

『行ってください!先輩ーーー!!!』

 

少女の叫びを背に駆ける。

大気を震わす戦闘音を置き去りにただひたすらに走る。

 

『あの子との約束覚えてる?』

 

忘れるわけがない。

が、女神の問いかけに答える余裕はないため、目線で答えとした。

 

 

『先輩、本当ならこういったビーチでは海水浴というものをやるんですよね』

 

『今は特異点を正常にする事が最優先ですけど……』

 

『いつか、私もこの広い海を自由に泳ぐことが出来るのでしょうか』

 

『全部終わったらまた来よう……ですか?はい!それは……とても楽しみです』

 

『約束ですよ、先輩。だから……無事でいてください。絶対ですからね?』

 

 

ーー死ねない理由がまだあった。

だから。今にも砕けてしまいそうな心と震える脚を暖かなそれで支えて。

彼女のために走るのだ。

 

 

 

 

夏が来た。

特殊な場所にあるカルデアでは季節など知るかとばかりに外は猛吹雪だが……とにかく、日本では夏である。

 

さながら国籍のサラダボウルと化しているカルデアでは当然季節感にも食い違いが出てくるが、唯一のマスターが日本人というのもあり、四季は日本をベースにしている。

 

カルデア内の室内温度を普段より高めに設定したり、それに伴い職員の制服もクールビズ仕様になったり、一部のサーヴァントがどこから持ってきたのかアロハシャツになったりと、限界はあれど夏の要素を取り入れている。

 

自然環境と違い徐々に変わる景観や気温などはなく、決められた日にガラッと入れ替える。衣替えのような変遷を辿るため、ある種イベントの始まりといっても過言ではなく、事実食堂のメニューからレクリエーションルームの内装まで変わるためイベントの一種でもあるといえる。

 

そのため季節の変わる日を楽しみにしている者は多く、この日は盛大に騒ぐのだ。

 

もちろん、少女ーーマシュもその1人である。

 

「今年もこの季節が来ましたか……!」

 

夏!!

 

一般的には6月から9月の間の季節であり、1年で最も暑い時期である。

しかし、暑くなるのは何も気温だけの話ではない!

 

「夏は1年で最も恋する季節……!!」

 

告白の多い季節というものがある。

男性と女性で多少の差異はあれど、統計すればそれは6月から8月に集中する。

一説によれば人間にとって活動しやすい時期であることや、夜に出歩く機会に恵まれること、薄着の異性に魅力を感じることなどが挙げられる。

 

夏は恋の季節というのは恋愛普及幻想の虚偽ではあるが、事実として夏に誕生したカップルの話などそれこそ枚挙に暇がない。

諸説あるが、要は男女の仲もアツくなりやすい季節なのだ。

 

「素敵なビーチ……水着の私と先輩の2人きり……何も起こらないはずもなく……!!」

 

めくるめく展開される妄想の中で描かれるのは幸せなゴールの瞬間。

 

「カルデアのスタッフさんたちに選んでもらった水着もあります!」

 

この日のために一緒に頭を悩ませてくれたスタッフたちを思い起こす。

太鼓判を押して送り出してくれたスタッフさんたちのためにも、絶対に告白させてみせる意気込みである。

 

「そ、その、身体には自信をもっていいとも言われましたし……」

 

恥ずかしくてしりすぼみになってしまったが、水着を選ぶ際に女性スタッフから言われた言葉だ。

 

『マシュちゃんいい身体してるんだから!マスターくん初心そうだからちょちょいとやれば1発よ!』

 

何をちょちょいとやるのかは未だ未熟だと自覚するマシュには皆目見当つかなかったが、とにかく水着の自分にマスターをオトす力が秘められている事だけはわかった。

 

「なので!この夏で先輩を一気にーー」

 

「ねえダーリン!どの水着を私に来て欲しい?」

 

「いやお前の水着はどうでもこの白と赤のがいいです!!」

 

「あらあら、いけません。この破廉恥な水着は母が没収いたします!」

 

「んー、お弟子に見せられないのは選べないなー」

 

「どれも普段の服と変わらないようなのばかりだね」

 

「ブーディカさんはそうねえ」

 

「マタハリさんも変わんないんじゃないかな」

 

「……一気にーー」

 

通り過ぎていった一団を見る。

圧倒的だった。何がとは言わないがとにかく圧倒的だった。

自身をリンゴだとするならメロン、いやスイカほどの戦力差が彼我の間にはあった。

 

「…………」

 

思わず目線を下に向ける。

自信?なにそれあれ見ておんなじこと言えるの?

 

「ッ!」

 

走る、走る、走る、走る。

背後に過ぎ去っていった胸威を置き去りにとにかく走る。

そして、目的の場所へ飛び込みーー

 

「エミヤさん!!ご飯大盛りでお願いします!!」

 

デミ・サーヴァントであるマシュには成長できる余地があるのだ。まだ負けてはいないのだ!

 

なお、この後。

 

「きゃああああああああああ!!?」

 

数日たくさん食べたからといって望むところに栄養が行くはずもなく。

数百グラムを気にする乙女的に看過できない事実を容赦なく叩きつけられるのである。

 

 

 

 

「夏が来た……!」

 

夏!!

一般的にはry

 

「マシュと海に……」

 

夏を楽しみにしていたのはなにもマシュだけではない。

もちろん少年ーーマスターも楽しみにしていた。

日本育ちであるマスターには刷り込まれた夏意識がある。

夏だから〜とだけで謎の高揚感に包まれ、根拠のない自信のようなものが溢れてくるアレである。

 

海に行きたい理由にすけべ心がないといえば嘘になる。

水着?みたいに決まっている。

 

「それに、夏の女の子は積極的だし」

 

あわよくば告白も……なんて期待しちゃうのもまあ無理からぬ話だろう。

 

しかし、それには海に行く必要がある。

 

海山問題!!!

 

夏といえば海!と同じぐらい夏をあらわすもの、それが山である。

古来より争われてきた絶対的対立。個人の嗜好が色濃く浮かび上がる思想戦争である!

 

しかし!しかしである!!

マスターとマシュとの間でおいてのみそれは問題とはならない!

なぜなら!!

 

「結局、一緒に海に行こうって約束、まもれてないからなあ……」

 

正確には少し違い、行ったことはある。

あるにはあるのだが……。

 

「無人島を開拓したりレースしたり同人誌を書いたり、何のしがらみもなく羽を伸ばしたりはしてないんだよね……」

 

引っ切り無しに持ち込まれる厄介ごと。それはそれで楽しくはあったのだが、2人でゆっくりなんて時間とは縁遠かったのもまた事実である。

きっとあの約束を覚えてくれているはずのマシュも、自分と同じ気持ちのはず。

だから、どう2人きりになるかとあう問題はあっても、海と山のどちらに行くかは問題とはならないーー

 

「嫌です海には行きません。山に行きましょう先輩!」

 

「ええ!?」

 

ーーはずだった。

 

マシュも海に行きたいと思っている。そう高を括っていたマスターはなんの気負いもなしにマシュに話しかけた。

 

『今年もサーヴァントやスタッフのみんなと海に行こう』

 

と。

しかしーー間が悪いことに……このときのマシュは日々憎きアイツと睨めっこしており……とてもではないが好きな人の目に肌の大部分を晒すこと……すなわち水着になるのはとても許容でなかった。

 

「え…その……約束……は……」

 

想定外の事態に困惑したマスターは絞り出すように声を出すが、

 

「それはまた今度です!とにかく今回は山なんです!」

 

マスターが約束を覚えていたことに嬉しさがこみ上げるもそこは頑なに譲らない姿勢のマシュ。

 

そもそも約束を抜きにすればマシュの水着が見たいの一念だけで海を推していたマスターは、追求されると答えに窮するのは自明の理。

 

したがって、あえなく山となった。

 

 

 

 

『登山も楽しいね、マシュ』

 

『はい。そういえば、一部のサーヴァントの皆さんが競争を始めてしまったのもあって……その、2人きり……ですね、先輩』

 

『ん、そうだね』

 

『……あの、先輩。そこ、道が不安定ですから、手をこちらに』

 

『……うん、お願いマシュ』

 

『はい、任せてください』

 

『……あったかいね、マシュ』

 

『……はい』

 

 

 

 

『どうしてだいメディア!この日のために登山グッズ揃えたんだぞ!なのになんで行っちゃダメなんだ!』

 

『行ったらダメとは言ってないわ。暑い夏を乗り切るにはアイスキュケオーンだ、なんていいながら大量に作ったこれを何とかしてから行きなさいと言っているの』

 

『分かってないなーメディアは。今なんとかしたらマスターが食べられないだろう?そんな事も分からないのかい?』

 

『私は!これを!!私の部屋から退けなさいって言ってるのよ!!!』

 

『うわあっ!?ちょ!メディア!?アイスキュケオーンは冷やしてないといけないんだ!だからメディアの部屋を魔術で冷やして……!メディアも暑くてかなわないっていってたからついでにいいかなって……!』

 

『いいわけないでしょう!!?』

 

 

 

 

【海山の勝敗】

 

マシュの勝ち(乙女的プライドを死守したため)

 

 





二部三章のプロローグをやりました。
やっぱり新所長は癒しですね……。
かぐや様はPV第1弾が。石上がイケボすぎて二度見(聞?)してしまいました。

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