あなたトトロって言うのね / stay night   作:hasegawa

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運命の夜。

 

 

「ジブリの最高傑作はナウシカに決まってるじゃない。何言ってるのよまったく」

 

「いーや、もののけ姫だね。お前こそ何言ってるんだよ遠坂。見る目ないんじゃないの?」

 

「いーえ! トトロです遠坂せんぱい! トトロなんです!

 いくら遠坂せんぱいや兄さんとはいえ、これは譲れないんです!」

 

 

 昼休みの屋上。

 遠坂凛、間桐慎二、間桐桜の三人は顔を突き合わせて『ぐぬぬぬ…』とにらみ合っている。

 そんな三人の傍で一人、衛宮士郎は話の輪に加わらず、居心地の悪い気分を味わいながらモグモグと弁当を食べる。

 

「はっ! アンタ達にはあの壮大なストーリーと、

 風の谷の姫様の魅力が判っていないみたいね。お話にならないわ」

 

「お前こそもののけ姫の凄さが判ってないんじゃないの?

 いいか、¨生きろ¨だぜ? 三文字なんだぜ?

 このキャッチコピーのインパクトでわかるだろ」

 

「い~え! ジブリの看板はトトロなんです! これは真理です!

 姉さん達は子供の頃にトトロを観ませんでしたか? お人形を買いませんでしたか?

 そんな人類はこの世に存在しませんっ! トトロこそが至高のジブリなんです!」

 

 額に血管が浮いている凛、アメリカ人のように「ふっ」っと馬鹿にしたように笑う慎二、そして腕まくりをして今にも掴みかからんばかりにエキサイトしている桜。

 こんな後輩の姿を、士郎は見た事がない。

 

「ねぇ衛宮君、もうこの二人にはっきり言ってあげなさいな。

 ナウシカこそ最高、ナウシカこそが最も強く美しいんだって。遠慮はいらないわ」

 

「ばっか! 衛宮はもののけ派に決まってるじゃないか!

 男だぞ? 男だったらもののけ姫に決まってるんだよ! アシタカなんだよ!」

 

「せんぱい! せんぱいはトトロ大好きですよね?

 部屋におっきなトトロのぬいぐるみありますもんね? 一緒に作りましたもんね!」

 

 三人に詰め寄られながら、士郎は内心「ほら来た…」と思う。このやり取りも、昼休みの度にもう幾度繰り返した事か。

 出来るだけ三人を刺激しないよう気配を消して弁当を食べていた士郎だったが、最終的にはいつもこう。こっちに矛先がくるのだ。

 

「何がぬいぐるみよ桜! 衛宮君だったら頑張ればメーヴェ作れるわよ!

 作りなさいよ衛宮君! 私に!」

 

「だったらでかいヤックル作ろうぜ衛宮!

 俺達は弓道部なんだ! ヤックルに乗って弓を構えるなんて最高じゃないか!

 僕達で乗れるヤツ作ろうぜ!」

 

「ダメです~! せんぱいは私と中トトロ小トトロを作るんです~!

 三匹一緒に並べて、手には葉っぱの傘を持たせるんです~っ」

 

 

「メーヴェに乗りたくないのアンタ達!」

「うるさいヤックルだ!」

「トトロです!」

 

「なによ! タタリ神みたいな髪の毛して!」

「お前だってトルメキアの姫様くらい横暴だろ!」

「トトロなんです!」

 

 

 野郎ぶっ血KILLとばかりに取っ組み合いに発展する三人。なにやらモクモクとアニメのようなケンカ土煙も上がっている。

 さすがに女の子に手は出せないからと防戦一方の慎二だが、他の女の子二人はもうポカポカと容赦がない。

 

「えっと、ケンカするなよ三人共…。俺がんばって全部作ってみるからさ?」

 

 目に涙を浮かべながら「ムキー!」とポカスカやっていた三人が、士郎の制止をしぶしぶ聞き入れ、再びベンチに腰掛ける。

 

「三人がナウシカやもののけ姫やトトロが好きなのはわかるさ。

 でもそんなケンカしなくたっていいじゃないか。

 俺は全部何回も観てるし、全部好きだよ」

 

「「「ま~た衛宮君(お前)(せんぱい)はそうゆう事言う~~~っっっ!!」」」

 

 そして士郎がみんなに掴みかかられ、グイグイと身体を揺らされる。ここまでが毎回のテンプレートだ。

 民主主義ゆえ決着は多数決だと言わんばかりに、いつも三人は士郎をこちら側へと引き入れようとしている。4人中2人なら半数。圧勝だ。

 

 ちなみにこの4人、本来であればこんなにも仲が良好なハズはなかったのかもしれない。

 しかし以前たまたまこの4人で『昔のジブリ映画って最高だよな』という話で盛り上がった事があり、それを切っ掛けに意気投合したのだ。

 

 遠坂は昔のように自分が生徒会にいたならば絶対にジブリ同好会を作っていたと豪語しているし、慎二はたまに桜を連れて、ジブリ映画の元となった各地に聖地巡礼旅行を行っている。

 

 不思議な事にこの4人の共通点が「ジブリ映画好き」という物ではなく、あくまで「昔のジブリ映画が好き」という物であった事も、4人が意気投合を果たした大きな理由だったのかもしれない。なにやら大きなこだわりがあるのだ。

 

 ――――ポニョは好きだ、アリエッティもいいだろう。……だがナウシカだろうが!!!!

 

 そんな4人の熱い思いもあり、ジブリパワーで本来の世界線ならばありえない程にこの4人の仲は良好だったりする。

 それでもいつも、ケンカばかりしているが…。

 

「というか衛宮なら、ラピュタや紅の豚なんかが好きそうだけどな?

 お前ならこの辺がストライクなんじゃないの?」

 

「せんぱいは魔女の宅急便なんかも大好きじゃないですか。

 私に黒猫ジジのお人形作ってくれましたし」

 

「ああ、もちろん大好きだよ。

 でも俺は好きなのが多くてさ。一つに決めらんないんだよ」

 

「衛宮君らしいといえばらしいけどね……。でも悔しいわ。

 ナウシカの原作漫画でも読ませてやろうかしら。

 一冊読むのに一時間くらいかかるけどアレ」

 

 のんきな士郎の顔に毒気を抜かれ、ケンカを止めて昼食に戻る三人。これもいつもの事だ。

 こうして士郎はなんだかんだと楽しく昼休みを過ごし、午後からの授業も問題なくこなしていった。

 

 

 その日の放課後には、用事があり早く帰らねばならないという慎二と桜に「弓道場の掃除代わってもらって悪い。今度必ず借りは返すからな!」となにやら勢いのあるお礼の言葉を受けてから、士郎は生徒会の頼まれ仕事をこなした後に弓道場へと赴き、遅くまで清掃や道具の整備などをしていった。

 

「今度俺が拾ってきた古い映写機で、ジブリ鑑賞会するんだもんな。

 早く帰って飯食って、その後は蔵で修理しなきゃ」

 

 そんな事をウキウキと考えながら、弓道場を後にして帰路に着く士郎。

 

 この後、自分の身に何が起こるのか。

 そしてどんな運命に出会うのかなど、この時はまだ知る由もなかった。

 

 

……………………

………………………………………………

………………………………………………………………………………………………

 

 

 

 

「もしかしたらお前が7人目だったのかもな。

 まぁだとしても、これで終わりなんだが」

 

 

 青い男の槍の穂先が、士郎の心臓の位置へ添えられた。

 数秒後にはこの赤い槍が、確実に自分の命を絶つだろう。

 

「じゃあな坊主。今度は迷うなよ――――」

 

 満身創痍の身体で、現状を理解しようと努める士郎。

 しかし今日の夜の出来事の全てが、まったく自分の理解の範疇を超えてしまっている。

 

 学校のグラウンド。そこで自分は偶然にも人外の男達の戦闘を目撃してしまった。

 そして逃げ込んだ校舎の廊下で、ワケもわからないままにあえなく一度殺されて。

 意識が戻ったかと思えば、どうゆうわけか自分の胸の傷は完全に治療されており。

 戸惑いながらも、身体を引きずるようにしてなんとか家へと帰って来たのだ。

 

 そして現在、またもや自分はこの人外の男に襲撃を受け、今まさに心臓を貫かれようとしている。

 そんな現在の状況など何一つ理解など出来ないが、このままでは自分は確実に死ぬ。それだけは判る。

 

 何か手は無いかと蔵の中を見回してみるも、目につくのは修理途中の映写機や映画のフィルムばかり。

 もう武器になりそうな物も、目の前の男になす術も見当たらない。このまま自分は今度こそ、確実に息の根を止められてしまうだろう。

 

 ……ふざけるな、と思う。

 こんな理不尽な事は認められないと、強く思う。

 

 自分には、正義の味方になるという爺さんとの約束がある。こんな所で死ぬワケにはいかない。

 二度目、二度目だぞ。こんなにも簡単に何度も殺されるなど、衛宮士郎にとって決してあってはならない事ではないのか。

 

 自分と男の力の差など、今は関係が無い。そんな事は問題ではない。

 

 ただ、強く思う。

 たった一つの強烈なまでの想いに、思考の全てが塗りつぶされていく。

 

 

 ―――ふざけるな。

 ―――お前なんかに、このまま殺されてやるものか!!

 

 

 目を見開き、目の前の男を睨みつける。

 決して屈しない。その気持ちをぶつける事こそが、自身に出来る最大の抵抗であると言うかのように。

 

 その時、士郎の傷ついた手の指から、一滴の血が地面へと滴り落ちた。

 次の瞬間、突然足元に魔法陣のような模様が浮かび上がり、放たれた強烈な光によって士郎の視界は完全に奪われる。

 

「マジかよ! まさか本当に7人目か!!」

 

 青い男の槍が何者かに弾き飛ばされ、男が蔵の外へと素早く退避していくのが判った。

 眩い光がようやく収まった時、士郎が最初に目にしたのは、¨トウモロコシ¨

 

 あの青い男の槍を弾き飛ばし、士郎の命を救った物……。

 それは小さな小さな女の子の手に握られた、一本の黄色いトウモロコシだった。

 

 

………………………………………………

 

 

 

「――――行くよ、メイ!!」

 

「うん! おねえちゃん!!」

 

 

 突如光の中から飛び出して来たのは、黄色い吊りスカートを穿いた12歳くらいの女の子。

 そしてその妹であろう、¨メイ¨という名前の小さな女の子。

 

「夢だけど!」「夢じゃなかった!! 」

 

『 フ゛ウ゛ゥ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ーーーーッッッッ!!!! 』

 

 少女達の声に答えるように閃光の中から飛び出してきたのは、全長2メートルにも及ぶ巨大な¨灰色の獣¨。

 身体の半分もあろうかという巨大な口を大きく開けながら、雄たけびを上げて青い男へと襲い掛かっていく。

 

 人間でも、熊でもない。

 その丸く大きな身体は、何故か士郎にとって、とても見覚えがある姿だった。

 

「やっちゃえトトロ! マスターを守れー!」

 

「やっちゃえーーっ!」

 

 外では青い男が突然の出来事に困惑しながらも必死で立ち回っているが、そこに鋭い爪と大きな体で肉薄していくトトロの姿が見える。

 

「……と、トトロ?!」

 

「大丈夫さお兄さん! ここで見てて。やっつけてくるから」

 

 座り込み呆けていた士郎の背後から突然現れた少年は、気遣うようにそっと彼の肩に手を置いた後、元気よく腕まくりの動作をして気合の声を上げる。

 

「やぁ~るぞぉ~~っ! きっとラピュタを見つけてやる!

 いくよ、シータ!!」

 

「ええ、パズー!」

 

 そしてその少年と少女が、手を繋ぎ、勢いよく青い男の元へと駆けだしていった。

 

「静まりたまえーー!! さぞかし名のある槍の使い手と見受けたが、

 何故そのように荒ぶるのか!」

 

「アシタカ、人間に話したって無駄だ!!」

 

「マスターさん、わたし、魔女のキキです!

 今日からこの街でお世話になります!」

 

「さって、ここじゃ飛空艇は飛ばせねぇし……。ボクシングとしゃれこむか」

 

「私は風の谷のナウシカ。ここは私達にまかせてくださいな!

 ……大丈夫、ほら、怖くない」

 

 

「……ちょ、ちょっと待たねぇかぁ! おめぇらぁああああ~~っ!!!!」

 

 

 \ ドスドゴバキグシャバゴドカベキボゴォォォーーー!! /

 

 

 士郎の背後から次々と現れたその集団が、一斉に青い男へと襲い掛かる。

 とっくに槍を手放しトトロの巨体に押し潰されていた青い男を、全員で情け容赦なく袋叩きにしていく。

 

 サツキとメイがトウモロコシで殴り、シータは何故かワインのボトルで男を殴る。

 自慢の石頭で頭突きをするパズー。

 倒れた男にゲシゲシとストンピングをかますサンとアシタカに、箒で「えいえい!」と殴りつけるキキ。

 

 馬乗りになってマウントパンチを繰り出すポルコの攻撃が止んだ時には、

 ナウシカの乗ったメーヴェに紐で足をくくられた男の身体が、勢い良く空へと引っぱられて行った。 

 

「ちょ! おまっ……! ひいいいやぁあああああああ~~~~!!」

 

 紐で繋がれ、上空を引っ張り回されるランサーの身体。

 優雅に空をクルクルとまわり、時折メーヴェを操りながらも笑顔でこちらにフリフリと手を振るナウシカ姫。

 そしてそれに「ヒューヒュー!」と歓声を上げて答える、ジブリの仲間達。

 

「トドメよ! トトロ!!」

 

『ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛オ゛オオォォォァアアアアア!!』

 

 サツキの声に答えるようにトトロが雄たけびを上げ、ナウシカがランサーの身体をメーヴェから切り離す。

 トトロのいる所へと、ランサーの身体が放り出された。

 

 「むーん!!」とばかりに手に持ったおおきな葉っぱの傘を、トトロが天へと突き上げる。

 するとその場に見た事も無い程の¨巨大な木¨が突然と生え、突きあげ発射するようにランサーの身体を天高く跳ね飛ばす。

 

 

 ズゥゴォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

 ひゅぅぅ~~~~~……!

 

 

 

 

 

 

\ キラーン☆ /

 

 

……………………

………………………………………………

 

 

 

 こうしてランサーは大きな放物線を描いて飛んで行き、夜空へと消えていった。

 

「やったぁー!」

 

「勝ったぁー!!」

 

 笑顔でハイタッチを交わし、「ばんざーい!ばんざーい!」と喜び合う仲間達。

 その光景を、口を「アンガー…」と開けたまま士郎は見つめる。

 

 歓喜に沸く仲間達の姿をただただ眺めていた士郎だったが、ふと視界の端に、自らが修理をしていた映写機と、映画のフィルムが目に入る。

 

 

「…………ジブリの、映画の」

 

 

 

 少年はこの日、運命と出会う。

 衛宮士郎の戦いの幕は今、切って落とされた。

 

 いま白く小さな“小トトロ“が士郎の肩へと飛び乗り、スリスリと可愛らしく頬ずりをした。

 

 


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