あなたトトロって言うのね / stay night 作:hasegawa
「そうさな、好きなジブリ作品は多々あれど、我が特にこよなく愛するのはあれだ。
たしか……そう! ¨フランダースの犬¨と言ったか」
現在柳洞寺にて行われている宴会。聖杯戦争に参加する全てのサーヴァント、そして士郎達マスター勢の目の前で今、英雄王ギルガメッシュはそう言ってのけた。
「…………え?」
今自分の耳で聞いた言葉が信じられず、思わず疑問の声を漏らす士郎。
この宴会に飛び入り参加していた¨金色の鎧の人¨に何気なく好きなジブリ映画は何かと訊いた士郎だったが、目の前の現実を未だに受け入れられずにいる。
「なんだ雑種? 貴様フランダースの犬も知らぬのか?
だとしたらモグリもいい所だ。
まさか、フランダースの犬も知らぬ者がいようとはなぁ!」
笑止とばかりにギルガメッシュが笑う。物を知らぬというのも困り物よなと、一人愉快そうに酒をあおっている。絶句する士郎、そしてその場にいる全ての者が言葉を失い、凍り付いている。
「あぁ、よいよい。ジブリ好きだのなんだのと言っても、貴様らなど所詮その程度よ。
まぁ我は当時劇場まで足を運び、フランダースの犬を鑑賞しているがな?
……あの映画は良いぞ雑種共。最高だ。
この我とて、ラストシーンでは涙腺が緩む事を抑えられなんだ程だ。
あぁフランダースの犬こそが、ジブリ映画の最高傑作よ!!」
ギルガメッシュが心底愉快そうに、ガッハッハと背を仰け反らせて笑う。皆が口を「アンガー…」と開けている事にも気付かずに。
「か、身体が火のようだ……!」
「!? 駄目ぇ兄さん! タタリ神なんかにならないで!!」
なにやら身体からウネウネと黒い触手のような物が生えてくる慎二。それを必死で払い落していく桜。
その様子を見たアシタカが立ち上がり、この場の皆へと向かい大きな声で叫ぶ。
「みんな見ろっ! これが身の内に巣食う、怒りと憎しみの姿だッ!!
皆これ以上、憎しみに身をゆだねるなっ!!」
「ん? どうしたというのだアシタカ彦よ? 何ぞ大事でも……」
「――――貴方は喋り過ぎるッ……! もう蟲笛も、閃光玉も効かないっ!!」
アシタカが皆を鎮めるように、必死になって何かを喚起している。
その様子を不思議に思う英雄王だったが、ナウシカから発せられた激に、思わず口を閉じる。
いまナウシカに背中で守られるように自身の前に立たれ、この状況が理解出来ないでいる英雄王。
ふと辺りを見回してみると……今この場にいる皆の目が、なにやら赤く光っている事に気が付いた。
――――赤色。そう、¨攻撃色¨だ。
第5次のサーヴァント達、そしてそのマスター達の目が王蟲のような赤い攻撃色へと変化している。
ナウシカも、歯を食いしばりながら周りを見渡す。
まるでもう、自分ではこの状況をどうする事も出来ないとでも言うような……そんな苦い表情で。
「……英雄王よ。貴様、言ってはならん事を言ったな」
アーチャー(おもひでぽろぽろ派)が干将莫邪を手にして音もなく立ち上がる。その隣には赤い目を光らせた遠坂凛の姿。
まるでそれを合図とするように、その場にいた第5次のサーヴァント全員がその場から立ち上がる。
イリヤを肩に乗せたバーサーカー(ゲド戦記派)が斧剣を構え、キャスター(耳をすませば派)は静かに高速詠唱を開始し、そしてアサシン(千と千尋派)が刀を鞘から抜き放つ。
「(フランダースの)犬と言ったな……貴様」
ランサー(ラピュタ派)が腰を落とし、自身の持つ最高にして必殺の構えをとる。
「ナウシカ、キキ、そこを退いて下さい……。私達はその男に容赦出来ません」
いつの間にかペガサスを召喚し、その背に跨っているライダー(ナウシカ派)。
ペガサスは〈ガッ! ガッ!〉っと蹄を鳴らし、今にも英雄王へと襲い掛からんばかりの勢いだ。
呆然とその場に座ったままのギルガメッシュ、そして士郎を守るようにして……。
今、ジブリのサーヴァント達全員が大きくその両腕を広げ、怒り狂う第5次サーヴァントとそのマスター達の前に立ちはだかっていた。
「サン! その男はもう駄目だ! 捨てていこう!」
「駄目っ! 今見捨てたら、●●●になってしまう!!」
冷や汗をかくモロの子の進言をそう跳ね除け、サンは槍を構え立ちはだかる。
髪をフワリとざわつかせ、箒に跨り臨戦態勢のキキ。腕を捲りシャドウボクシングの仕草をするポルコ。
サツキとメイはトウモロコシを構え、「むー!」と唸りながら眼前のサーヴァント達を睨んでいる。
シータはどこからか取り出したワインのボトルでいきなり〈バリィィーン!!〉とパズーの頭を殴りつけ、そして割れたそのボトルの首を両手でしっかりと握り、武器として腰だめに構える。
対してパズーは、それが何でもない事の様にコキコキと首を鳴らして見せる。まるで「親方の拳骨より硬い」自身の石頭の力を、凛達へと誇示するように。
「静まれっ、静まり給え!! 何故この男を襲う!! やめろッ! 静まれッ!!」
剣を地面へと突き立て、必死に凛や第5次サーヴァント達を説得するアシタカ。それでも眼前の皆の身体から溢れだす威圧感は止まらない。
そしてとうとうオルタ化とは明らかに違う黒いウネウネまで、その身体から湧き出してきているではないか。
『悲しい事だぁ…。(Fateの)一族から、タタリ神が出てしまった……』
いつの間にか現れた乙事主が、「プギィ~…」と切なそうに鳴く。
はたしてサーヴァント達のタタリ神化はチコの実ポリポリで治るのだろうか。そんな事を士郎は考える。
いま目の前にある異常な光景を前に、ギルガメッシュは一人混乱している。何なのだこの状況は。我は何かこやつらの気に障る事でも言ってしまったのか?
「お、おいどうしたと言うのだ貴様ら……。
我はただ貴様ら雑種共に、ジブリの最高峰であるフランダースの犬の素晴らしさを
『 ――――黙れ小僧っ!!!! 』
山犬モロの一喝に〈ビクッ!〉と英雄王が跳ね上がる。
モロも列の前に進み出て、年長者(?)としての威厳を持って、眼前の者達へと語り掛けようと試みるのだが……。
『……言葉まで無くしたか』
凛達はすでに、「オ゛オ゛オ゛ォ゛…」と唸るばかりで、もう人語を解さない存在になりつつある。
その憎悪に呼応するかの如く、黒いウネウネはサーヴァントと凛達から湧き出し続けており、もう身体を覆いつくさんばかりの勢いだ。
ナウシカなどは子供の王蟲の傍に寄り添ったまま、もう何とも言えない顔で目の前のサーヴァント達を見つめている。
あ、これ映画で王蟲の群れが突っ込んでくる時のナウシカの顔だ。士郎は思った。
『小僧……お前にサンが救えるか?』
未だ地面に座り込んだままの士郎の所に、山犬モロが歩み寄り、そう声を掛ける。
映画で聞いたまんまのセリフではあるが、恐らくその言葉を意訳するなら「君が言い出しっぺなのだから、なんとかしなさい!」という事だろう。
当事者としてもジブリのマスターとしても責任重大な士郎だった。
「……あの、ギルガメッシュさ?
フランダースの犬は俺も観たし、すごい感動したんだけどさ?」
「なぬ?! 貴様もあの名作を観ていたと言うのか! 雑種!!」
士郎は同じく隣で呆然と座り込むギルガメッシュへとそう語り掛ける。
眼前の状況を忘れ、目をキラッキラさせて士郎を見る英雄王。友達が出来たのは嬉しいのだろうが、もうちょっと周りを見て欲しい。空気を読んで欲しい。
「ああ。でもギルガメッシュさ?
あれってジブリじゃなくて、どちらかと言うと¨世界名作劇場¨だと思うんだけど……」
「……ぬ?」
ちなみにTV版世界名作劇場のフランダースの犬や、アルプスの少女ハイジなどの制作には、実は宮〇駿氏が関わっていたりする。しかし当然ながらそれらはスタジオジブリ作品では無い。
「……みんな、それで今怒っちゃってるんじゃないかな?
ほら今、俺たちジブリ映画の話してたし……」
「……ぬ?」
ギルガメッシュは「はて?」と不思議そうに首を傾げる。
フランダースの犬は大好きでも、下手するとコイツは日本のアニメ映画は全部¨ジブリ¨だと思っている可能性すらある。なんと厄介な存在なのか。
しかし士郎の想いが届いたのか、いま英雄王が「あー! そうであったそうであった!」と笑いながら膝を叩いた。
「我とした事が、すっかり思い違いをしておったわ! よきに許せよ雑種共?
ジブリだな? 我らは今、ジブリ映画の話をしておったのだったな!」
英雄王はカラカラと朗らかに笑う。
時折言われる¨雑種共¨という言葉に頬がピクピクとひきつる皆だったが、それでも勘違いを正せた事は正直喜ばしい。
いくら世界名作劇場が素晴らしいとはいえ、何でもかんでもジブリだと思われているのはファンとして我慢が出来ない。
たまにロボットアニメの見分けがつかずに全部がガンダムだと思っている方々がいるが、それと同じくらいに凛や慎二達には許し難い事だったから。
まぁ知らなかった事ならば仕方がない。これから知っていけばいいのさ。
そうなんとか自分の心を納得させ、身の内に巣食う怒りと憎しみのウネウネ的なヤツをそろそろ引っ込めようかなと思う一同。
アニメ好き同士はケンカなんかしちゃ駄目なのだ。ラブ&ピースなのだ。
「そうなんだよ! いや、ギルガメッシュが判ってくれてよかったよ。
またお前も、俺達と一緒にジブリ映画をさ?」
「そうだ! あれは我も好きだぞ!
何と言ったか……そう! カリオストロだ!
¨ルパン三世 カリオストロの城¨は実に素晴らしい映画であった!! 我は劇場まで足を運
「――――野郎ぉおおぉッ! ぶっコロしてやああああぁぁぁるッッ!!!!」
ゴォシャアアアアアァァァーーーーーッッッ!!!!!
……………
キレた。士郎がキレた。
もう〈メキョッ!!〉というめり込むような音を立て、物凄い綺麗なドロップキックがギルガメッシュの顎に入る。あの温厚だった士郎が、真っ先にブチ切れた。
……自分達が怒っていた事も忘れ、唖然とするサーヴァント一同。
士郎がギルガメッシュを殴り続ける。マウントポジションになってゴスゴスと殴り続ける。
「てめぇええぇーーッ!!
俺がっ、俺がいつもどんな気持ちでカリオストロの話すんの我慢してると思ってんだよお前ッ!!
どれだけ俺が、遠坂や皆に気ぃ使って我慢してると思って!!
思ってお前っ! お前ぇええぇぇーーーッッ!!」
ゴスッ! ゴスゥ! バギャア! ゴシャア! ドスゥッ!!!
連続的な打撃音が響く。
「ああそうだよ! カリオストロはジブリ作品じゃねぇよ!!
でもそれが何だって言うんだよ!! 宮〇駿監督の作品じゃないか!
何で皆の前で話しちゃ駄目なんだよ!! なんで!!
なんでカリオストロ仲間外れにすんだよ!
なんでジブリがいっぱいコレクションに無いんだよ!!
……俺の初恋の人がクラリスだからか? だからみんな意地悪すんのか!!
なんで!! なんでッ!! なんでぇええええーーーッッ!!!!」
ゴシャア! バギャア! ゴスンッ! ドゴォ!! バッギャア!!
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!!!
そろそろ士郎の振り下ろす腕が千手観音みたいになってきた。私達のマスターってこんなに強かったのね、と一人関心するメイ。それ以外のメンバーは全員ドン引きだ。
誰かが思いっきり怒っている所を見ると、かえって自分は冷静になってしまう。そんな現象が今みんなの間に起こっていた。
あの、士郎くん……? その人、最強のサーヴァントの人ですよ…?
誰かが士郎にそう言ってあげられる雰囲気では無い。ぶっちゃけ近寄りたくない。
世界線が違えば「俺達こそがギルガメッシュの天敵だ」とアーチャーが士郎にそう言う事もあるのだろうが、今の士郎みたいにマウントパンチでドゴゴゴと殴れという意味では決して無いハズだ。
魔力を伴わない攻撃はサーヴァントには無効なんじゃなかったの?
そんな事を気にする余裕も今の凛達には無い。
「いやぁ~ジブリ映画の力って本当に素晴らしいですね」と、そんな水野晴〇の声が聞こえてきた気がした。
そして長年蓄積した士郎のカリオストロへの想いが爆発し、今ここにあらゆる世界線において史上初であろう、『生身の人間の拳による、英雄王の打倒』という快挙が達成されようとしている。
まるでそれは、神話の英雄譚のように――――
「 ■■■■ーーッ!! ■■■■■ーーーーーーーッッ!!! 」ドゴゴゴ!!
金色の鎧を身に纏う、金色の王。
その上に乗り、号泣しながら殴り続ける士郎。
『――――その者、青き衣を纏いて、金色の野に降り立つべし……』
ランラン ランララ ランランラー♪
ラン ランラララー♪
なにやら良い音楽と共にどこからか現れたババ様が「オオォ…」と涙を流す。
「あの言い伝えは、まことじゃった…」と、感極まったように号泣している。
ランラン ランララ ランランラー♪
ラン ランラララー♪
正直みんな、「そんなワケあるかぃ」と思った。