序幕 修羅地獄万華鏡
空を覆うのは絶望の大火。
紺碧の夜に抱かれた宵闇を引き裂いた火の粉は次の瞬間、弾丸の猛火となって地上へと押し寄せた。波のように銃撃が舞う中、人々が逃げ惑う。
一機の全翼型の機体が絶対の闇の象徴として浮かび上がり、その腹腔から死の爆撃を見舞う。
地上は瞬く間に火炎と灼熱に翻弄されていた。人々の三々五々の悲鳴はまるで赤子の咽ぶ泣き声。この状況に誰も本質的な行動を起こせず、ただただ戦火へと命を散らす。
一機の報道ヘリが海上から煉獄の港町を映し出していた。呆然と口を開けた報道班の男は歳若い女性キャスターに肩を揺さぶられる。
「映像! 出して!」
「は、はい!」
「ご覧ください……。この大火災を。これが……これが人間のやる事だと言うのでしょうか。港町はほぼ全焼し、逃げ遅れた人々は高台を目指していますが……。あっ! 米軍の戦闘機が……!」
風圧に煽られた形の報道ヘリが海面ギリギリを疾走する戦闘機へと叱責する。
「こちらは日本の報道なんですよ!」
『知った事かァっ!』
戦闘機のパイロットはヘッドアップディスプレイに投射された敵影を捕捉する。火炎の中に浮かび上がった悪鬼の姿に彼は息を呑んでいた。
『目標を視認! これより対地攻撃を開始する!』
しかし、と彼は改めて目標物の異様さを噛み締める。
甲殻類の多面積装装甲を持った人型の機体――目標名称、《キヌバネ》。
青を基調とした結晶体に、頭部には一本の角が生えている漆黒の騎士。怒りの体現者たる赤い眼窩がその異物感を際立たせていた。
あのようなものはヒトの造り出せるものではない。この世の代物ではないのだ。
『あれが……オーラバトラーか』
再認識した彼は火器の安全装置を解除し、敵影を見据える。胃の腑を押し上げるGを感じつつ、最新鋭戦闘機のガトリング砲が《キヌバネ》へと突き刺さった。
しかし、実体弾兵装はその装甲をただ闇雲に叩くだけ。ダメージにもなっていないのは見るも明らかであった。
上昇軌道に入ろうとした戦闘機へと、《キヌバネ》より攻撃が浴びせかけられる。
『右翼被弾!』
《キヌバネ》の発射したのはワイヤーで接続された鉤爪であった。しかし、あまりの距離に彼は絶句する。
『……ドッグファイトでも射程じゃないってのに……』
《キヌバネ》が腕を引く。その膂力に戦闘機が木の葉のように弄ばれた。舞い上がった機体と行動不能のブザーが彼の脳内を掻き乱す。
大写しになったのは《キヌバネ》の持つ大剣であった。
てらてらと反射する炎の色を引き移した剣が直後には戦闘機を叩き割っているのが予感された。
だが、その攻撃は思わぬ形で阻害される。
《キヌバネ》と同系統の人型兵器が猪突し、突き刺さった鉤爪を引き裂いていた。
不意に行動権を取り戻した戦闘機を立て直し、彼は高度を上げていく。眼下に、炎の地平で互いを睨み合う二機のオーラバトラーが確認された。
《キヌバネ》と対峙するのは緑色の宝石のような輝きを宿す機体である。ゴーグル型に保護された頭部形状は騎士の様相を伴わせていた。
基本色である白に、胸元とアイサイトで緑が煌く。
『白い……騎士のオーラバトラー……』
戦闘領域を離脱する際、彼は識別信号を新たに本部から受信していた。
《キヌバネ》と戦うオーラバトラーの名前を。
『――《ソニドリ》……。オーラバトラー、《ソニドリ》』
《ソニドリ》が踏み込んだ。
《キヌバネ》が剣で受け止める。払った一閃を《ソニドリ》が片腕に装備した盾で防御し、一気に肉迫しようとする。その立ち振る舞いには一切の加減がない。
右腕の甲に装備した携行火器が火を噴き、《キヌバネ》へと命中するかに思われたが、《キヌバネ》は肩口から生えた翅を高速振動させて弾頭を相殺させる。
刹那、視界を眩惑させるほどの爆発が確認された。
戦闘機のパイロットと、報道ヘリがその視野の阻害に耐えられずに空路を僅かに漂う。
「あれは……あんなものが、この世にもたらされたというのでしょうか!」
女性キャスターの澱みのない声音にカメラマンはヘリの機動に翻弄されつつも、フォーカスを当てる。
港町で合い争う二機のオーラバトラーだけではない。
空にはこの世の終わりのように虹の裾野が広がっていた。カメラマンは一転して、空へとカメラを振る。
「ちょっと! ちゃんと撮って……」
「空が……割れる」
呟いたカメラマンが目にしていたのは、オーロラの向こう側から現れた巨大構造物であった。
逆さ吊りになった城壁が楕円の物体と共に浮遊している。
「嘘だろ……世界が終わるのか」
「カメラ! 撮って、早く!」
女性キャスターの悲鳴が迸る。報道ヘリが不意打ち気味に発生した波に謎の空域磁場による干渉をもたらされていた。
紫色の磁場が海面で渦を成す。
渦巻いた海の底より現れたのは死出の軍団であった。
港町で暴れ回るオーラバトラーと同じか、あるいは別種の機体が鯨を思わせる戦艦の甲板部に積載されている。
「あれは……! 何なのでしょうか! 援軍でしょうか? ……もっと近づけないの!」
「これ以上は無理です!」
ヘリのパイロットが怒声を返す。今にも千切れ飛びそうな報道ヘリが空と海の間で板挟みになって戦局を俯瞰する。
「何が報道なんだか……。あっ、動きました! 白い機体が動きました!」
カメラの向こうで二機のオーラバトラーがぶつかり合う。大剣で互いに火花を散らせ、《キヌバネ》が胴体を断ち切らんと迫った。
《ソニドリ》が弾き返してその太刀筋を読み、今度は返す刀で肩口から袈裟斬りを見舞おうとする。
《キヌバネ》が翅を振動させて風圧を作り出し、風のバリアが剣圧を圧倒した。
両者、一進一退。
どちらが勝つとも分からない戦局に、カメラマンは唾を飲み下す。
「これ……おかしくないですか」
「何が? 今さらここが米軍の管轄だとか……」
「そうじゃなくって! ……うちの局以外にも絶対に狙っているヘリの一機や二機はいてもいいはずなのに……この空域……」
その段になって女性キャスターも違和感に気づいたらしい。この絶海と、煉獄の空に閉ざされた広範囲をまるで隔絶するかのように虹が囲んでいた。
「……これは!」
「逃げられないみたいですよ……俺達。もう、この終わりみたいな場所から」
キャスターが青ざめる。ヘリのパイロットが声を飛ばしていた。
「海から来ます!」
戦艦に膝を折っていた数機のオーラバトラーが港町へと向けて翅を振動させ、疾走していく。背部コンバータから無数の色が棚引いた。
《ソニドリ》と《キヌバネ》の戦場は炎に彩られ、瓦解寸前であった。
二機が飛翔し、剣で鍔迫り合いを繰り広げる。
怨嗟を、その剣筋に感じ取った。お互いを許すまじと判断している刃、その一閃ごとに殺意が宿る。
戦闘機に乗っていた彼もこの閉ざされた密室空域からは逃げられていなかった。円弧を描き、再び戦闘域へと入っていく。
『メーデー! メーデー! ……駄目か。クソッ! 本部からの伝令が急になくなったと思ったら、上も下もオーラバトラーだらけじゃないか!』
赤い装甲に、寸胴の体型のオーラバトラーが焼夷弾を発射する。さらに紅蓮の赤で焼き尽くされていく地表に、彼は奥歯を噛み締めた。
『これが……これがバイストン・ウェルの……妖精共のやる事かァー!』
戦闘機が翻り、寸胴のオーラバトラーを射程に入れる。伝達機が正常に稼動し、目標物を《ドラムロ》と識別した。
『墜ちろォ!』
咲いた火線が《ドラムロ》の頭部を叩いたが、何らかの力場が働き、弾丸をことごとく弾いていく。
下方に逃れた戦闘機を《ドラムロ》の部隊は追わなかった。否、追うまでもなかったといったほうが正しい。
《ドラムロ》と槍や火縄を持ったオーラバトラーが一斉に港町へと進軍していく。
その勢いに比すれば、戦闘機など豆鉄砲だ。オーラバトラーの上げる独特の飛翔音に、戦闘機に収まる彼の怒声は掻き消された。
『チクショウがァー!』
翅を振動させ、オーラバトラーの軍隊が港町へと殺到した。恐るべき勢いで構造物を破壊していくオーラバトラーの兵士達が上空を振り仰ぐ。
逆さ吊りの城から雷撃が放射された。
眩い輝きが白と黒の彼方へと色彩を重ねていく。時間差で吹き飛ばされた瓦礫や破片が海上へと一斉にささくれ立ったように向かった。
報道ヘリが立ち往生する。
それでもカメラを向ける報道陣は、この地獄絵図を報道し続けた。
『……ジャップ風情が』
彼は独りごちて逆さ城壁へと針路を取った。接近すればするほどに、その巨大さに身が竦みそうになる。逆さの城は、円盤に固定されていた。
『焼夷弾頭に切り替え、攻撃を開始する。……本部からは……やはり駄目か』
最早自分の判断のみで行動するしかない。彼は操縦桿を引き上げ、城壁を睨んだ。
その時である。
城壁より、弾丸が浴びせかけられた。習い性の身体が機体を横滑りさせる。
『……まさか』
城壁より顔を覗かせたのは別種のオーラバトラーであった。その数はおびただしい。目に入るだけでも三十機近くはいる。
それぞれが逆さ吊りの城を巣のようにして垂れ下がり、戦闘機へと銃撃を見舞った。彼は咄嗟に機体を反転させる。
『嘘だろう……! こいつら、見境なしに!』
オーラバトラーの群れが地表を見据えた。コンバータを上げ、それぞれのオーラバトラーが地面へと降下する。
空と大地を埋め尽くさんばかりのオーラバトラーの大群。どちらが敵で、どちらが味方なのかも分からない。
ただ翻弄されていく状況の中、彼は通信機に声を聞いていた。
『……何だ? 声……? オーラバトラーの通信か?』
『……こんな事になるなんて思わなかった』
『少女の……、声か……。だがこんな戦場で……』
覚えず、彼は《ソニドリ》と《キヌバネ》を注視していた。混乱の只中にある戦の中心で、この二機だけが時が止まったかのように先ほどまでと変わらず、互いを睨んでいる。
『……こちらも、だ。ヒスイ』
『ボクの名前はもう、ヒスイじゃない。エムロードだ! アオ!』
『そう、か。戻れないのだな。ならば、ジェム領国の聖戦士として、君を討とう! 我が名はザフィール! オーラバトラー、《キヌバネ》が騎士!』
『ザフィール!』
《ソニドリ》がコンバータから緑色のオーラを噴出させ、翅を顕現させた。二対の翅が振動し、《キヌバネ》へと迫る。
《キヌバネ》が剣を振るい上げた。
両者の刃がぶつかり合い、《ソニドリ》の緑の眼光が《キヌバネ》を睨む。
その光を、《キヌバネ》の青い眼差しが睥睨した。
『エムロード! ここまで来たからには、言葉は最早、意味を持たない!』
『貴様を斬る!』
彼は戦闘機のコックピットの中で言葉を失っていた。どちらもまだ幼い、少女そのものの声音。
それが戦場の中心軸で、オーラバトラーを操り、大群を指揮している。信じ難い事実に、頭を振る。
『ああ……嫌な夢を見させられている。これは……まったく、悪夢だ』
戦闘機が地上で喰い合いを繰り広げるオーラバトラーを照準する。
こんな事で平和へと繋がるとは思っていない。この一秒、この一発で何かが変わるとも。
だが、行動せずして何が兵士か。何が戦士か。
『俺は……米軍の兵士だ!』
特攻覚悟で戦地のど真ん中へと戦闘機が入っていく。オーラバトラー同士の戦いは凄まじい。青い血潮が迸り、地面を塗りたくっていく。
槍を構えたオーラバトラーが感じ入ったかのように空を仰いでいたのを、後ろから剣で別のオーラバトラーが刺し貫く。
大軍勢を率いていた戦艦が空に構える牙城へと船首を向けていた。
逆さ吊りの暗黒城より十字の光が奔り、海面を一瞬で気化させるほどの熱線が浴びせかけられる。
戦艦はその一撃を受けてもなお健在であった。報道ヘリが衝撃波で今にも落下しそうになっている。
「もうよしましょう! 撤退です!」
カメラマンの弱気な声にキャスターは言い放った。
「……いいえ。駄目よ。この戦いを最後まで、見据えるの。そうじゃなければ、私達は何で……」
「正気ですか! オーラバトラー同士の合戦ですよ、これは! 合戦にただの人間が介入するなんて……」
「それでも! 戦いを誰かが見届けなければ誰が……! そうでしょう? 翡翠」
女性キャスターが首から提げたペンダントを握り締めた。
《ソニドリ》が剣を高く掲げ、そのまま打ち下ろす。《キヌバネ》が一閃を返し、推進剤を焚いて肩口より猪突した。
押し戻された《ソニドリ》が翅を顕現させて速度を殺す。
手首に隠していた短剣が《ソニドリ》の首筋を掻っ切った。青い血が迸る中、《ソニドリ》が《キヌバネ》の顎を膝蹴りで砕く。
血を滴らせた《キヌバネ》がよろめいたその瞬間を、《ソニドリ》は逃さなかった。
力の篭った一撃が腕を肩から断裂させる。しかし、《キヌバネ》もただうろたえたわけではない。返答のように翻した刃が《ソニドリ》の腹腔を下段より切り裂いていた。
両者、後退しつつ状況を見据える。
人がそうするかのように、肩を荒立たせた二機のオーラバトラーは再び、剣を握っていた。
戦闘機が不意に通信を受け取る。彼は通信チャンネルを整えさせた。
『メーデー! こちらの状況を……』
『もう遅い。本国はオーラバトラー同士の戦いを完全に終結させるために、核の使用を許可した。大統領命令で現時刻より五分後、投下される。君は出来る限り、その空域より離脱しろ。……これは米国人としての忠告だ』
上官の無慈悲な言葉に彼はコンソールを拳で叩きつける。
『クソッ! そんな馬鹿な事があるか! 何も終決しないからって、武力で何もかもを終わらせるなんて……。バイストン・ウェルの侵略者と、何が違うって言うんだ!』
『落ち着きたまえ、准尉。君の本国での待遇は保証する。その戦場を見たと、誰にも口外しなければ、一生の安泰を約束しよう』
ここであった事を、一切口にするなというのか。ここで起こった事を、ここで死んでいった無念の魂に、背を向けるような行為を是とするか。
――否、断じて否である。
『……機首反転。二機のオーラバトラーの戦闘を終わらせます。終わらせれば、文句はないんでしょう?』
『准尉! 大人になれ。彼の地よりここまで来た君の今までの業績は買っているんだ。三十年前何が起こったのか、それを思い出せ。バイストン・ウェルはあってはならないものだ。だからこそ、全てを無に帰す』
『だからってそれは……大人の清算方法だって言っているんだ!』
『君もいい大人だ! 分かれ……』
『分かるかよ。分かって堪るかよ!』
戦闘機が反転し、今にも互いに雌雄を決しようとする二機の合間へと銃撃を浴びせかけた。二機がたたらを踏む。
彼は昂揚感のままに叫んでいた。
『どんなもんだい! これで……!』
その時、銃弾が割った空間が引き裂けた。闇が地表を覆っていく。紫色の暗黒空間より、異形のオーラバトラーが無数に出現した。
異常発達した前足に、背丈の低い悪鬼のような姿。黒と紫のカラーリングに、赤い眼窩がぎらつく。
『地獄人のオーラビースト……!』
口走ったのは《ソニドリ》の聖戦士であった。闇を拡張させ、オーラビーストと呼ばれた甲殻獣が甲高い鳴き声を上げる。それらは相乗して、戦場に劈いていった。
今まで戦いに興じていたオーラバトラーが一斉にオーラビーストへと注目する。得物を構えたオーラバトラーが勝鬨を上げて猛進していった。甲殻獣はそれらを無慈悲に蹴散らしていく。
発達した前足がオーラバトラーの装甲を砕き、背面に装備された砲弾が地表を爆発の光で包んだ。
一体、また一体とオーラバトラーが甲殻獣に駆逐されていく。その様を彼は戦闘機より望んでいた。
報道ヘリの彼女も同様である。
カメラの撮影する有り様にキャスターが声を荒らげた。
「地獄だわ……、こんなの……地獄に決まってる!」
《ソニドリ》が接近してきた甲殻獣を大剣で叩き割り、その前足を引き千切った。《キヌバネ》も、背後に迫った相手へと裏拳を浴びせ、直後には頭部を打ち砕いている。
その時、暗黒城が再び雷撃を帯びた。またしても、攻撃が浴びせられる予感に、彼は戦闘機を稼動させていた。
『やらせるかよ……これ以上、やらせるかって言うんだ!』
核攻撃までのタイムリミットも迫っている。こんな場所で戦っている場合ではない。
そう訴えかけようとして、戦闘機ごと、彼は暗黒城へと突き進んだ。
直後、天地を割る轟音と雷撃が白と黒の光を地平に浴びせる。
核攻撃が実行されたのだ、と感じ取った身体が震えていた。戦闘機の中で、彼はこの空域を押し包む虹の裾野を目にする。
不思議な事に、外の世界は塵芥に還っていくのに、この空域だけは何らかの力に守られているかのようであった。
核攻撃の無音地獄が世界を沈黙に染め上げるが、雷撃の怒号がオーラバトラーの合戦を血潮で塗り替える。
次の瞬間には戦闘機の機首が暗黒城へと突き刺さっていた。
コックピットが剥がれ落ち、脱出装置を発動させる間もなく、彼は空に投げ出される。
上空の暗黒城を視野に入れながら、彼はどこまでも堕ちて行った。
その時、合うはずのなかった視線が交錯する。
海上で光の彼方にある報道ヘリの女性キャスターの視線を彼は感じていた。
相手が分かるわけもないのに、不思議とお互いの目線が互いを捉えた事を確信する。
《ソニドリ》と《キヌバネ》が地獄の虫達を蹴散らし、剣を突きつけた。
その間へと、彼は落下しようとしていた。
オーラバトラーの姿が消え去り、中に収まっているのであろう、二人の少女の姿が露になる。
騎士装束に身を包んだ二人の少女は互いに涙を流していた。
彼は手を伸ばす。ただしゃにむに、その小さな手を。
『やめろォー!』
直後、世界が虹色に反転した。
合戦の様子が彼方へと消え去り、どこまでも続く虹の道標が眼前に示される。
恐ろしいほどの記憶の奔流と情報の波に、彼はハッと思い出していた。
『そうだ。俺の名前は……』
報道ヘリが大嵐の突風に煽られ、その揚力を急速になくしていく。
「もう持ちませんよ! このままじゃ墜落しちまう……!」
カメラマンの声も今は遠い。彼女は合い争うオーラバトラーの中心軸で開いた虹の通路を目にしていた。
放心したように口にする。
「そう……開いたのね。オーラ・ロードが……」
ペンダントを強く握り締め、女性キャスターは呟く。
「世界は、もう一度やり直せと言っている。それがバイストン・ウェルの意思だと。でも、たった一人では……」
強襲戦艦が暗黒城へと砲撃を仕掛ける。空間を震わせる轟音にカメラマンが縮こまった。
「もう駄目だ! 終わりなんだ!」
「いいえ。始まるのよ」
その言葉を、誰も聞きとめる者はいなかった。