リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第二章 煉獄狂信者
第十一話 異端狂戦士


 警笛が宵闇を引き裂いた。

 

 けたたましい少女の悲鳴を思わせる甲高い音に、誰もが非常事態である事を理解する。城壁内部で押し合いへし合いの状態になっていた兵士達は、上官の声に身を強張らせた。

 

「敵襲ー! 敵襲ー!」

 

 投光機の明かりが敵を暗礁に沈んだ場所に見つけ出そうとする。高台まで上ってきた指揮官は、飛び起きた憤りをそのままに、声を張っていた。

 

「位置は?」

 

「南南西より。こちらの見張りにつかせていた強獣が死んだという報告を受けました」

 

「ガッター三体を飼っていたはずだな?」

 

 双眼鏡を覗き込み、強獣がいるはずの入り江へと視線を向ける。瞬間、絶句した。

 

 血濡れの洞穴でガッターが無残にも喉元を引き裂かれ、そのまま産卵期に入ろうとしていたメスの腹腔が引き出されていた。

 

 ――これは強獣同士の共食いでは決してあり得ない死に方だ。

 

「……敵影は」

 

「まだ見えません。ですが確実に接近しているものかと……、羽音が!」

 

 仰ぎ見た空から一機のオーラマシンが舞い降りてくる。灰色の装甲を持つその機体に、指揮官は声を張っていた。

 

「オーラバトラーか!」

 

「監視塔を狙われいます!」

 

 その言葉通り、指揮官達が集っていた監視塔へと、灰色のオーラバトラーが刃を放った。

 

 崩れ落ちるレンガ造りの城壁に巻き込まれ、指揮官が崩落に巻き込まれていく。

 

 その時には、赤い眼窩の敵は既に城門を抜け、中庭へと入っていた。羽音はほとんどしない、無音の走法である。

 

 音もなく敷地内に分け入ったオーラバトラーに、戦士達は亡霊の姿を幻視した。

 

「識別不能のオーラバトラーなんぞ!」

 

《ドラムロ》が火線を張る。如何に弱小領国とは言え、《ドラムロ》の配備数では指折り数えるほど。一斉掃射に、しかし敵オーラバトラーは臆する事もなかった。

 

 瞬間的に胸部が展開し、灼熱のオーラが放出される。その時には、銃弾はまるで意味を成さなかった。火薬も掻き消されたかのように燃え尽きた。

 

「……何をされた?」

 

 誰もまともに応える口を持たない。その代わりのように敵が踏み込む。ほとんど気配も感じさせないその佇まいとは裏腹な咆哮が灰色のオーラバトラーの口腔から迸った。

 

 けだものの声。

 

 恐慌に駆られた戦士が刃を打ち下ろす。その一撃を相手は手で受け止め、腰に備え付けた鞘より、剣を引き抜いていた。

 

 奔った剣閃はなんと三つ。

 

 刹那の間合いで放たれた殺戮の太刀筋に《ドラムロ》が両断される。敵オーラバトラーが《ドラムロ》の骸を踏み越えて、城内へと侵攻しようとした。

 

「火矢を放て! 近づくんじゃない!」

 

 指揮の声が響き渡り、不明オーラバトラーへと四方八方から矢が襲いかかる。しかし、敵はうろたえなかった。

 

 オーラ・コンバーターを開き、内側から翅を引き出させると、瞬間的に飛翔して見せたのである。

 

 空を穿った形の火矢が城内を瞬く間に火炎で埋め尽くした。たっぷりと燃料を塗っておいたのが災いした結果である。

 

 火の粉舞い散る戦場を、灰色の躯体が《ドラムロ》を蹴りつけ、高空へと至る。しかし、それを追えないほどの根性なしはいなかった。

 

「どれほどまでに! 高機動であろうとも!」

 

 一機の《ドラムロ》が灰色の敵へと火線を浴びせかける。敵は片手を払って無効化するも、至近距離まで接近した《ドラムロ》の刃までは避けられないはずであった。

 

「コンバータを潰す!」

 

 振るい上げられた曲刀を敵は薙ぎ払った刃の一閃で応じる。威力が段違いであった。

 

 受け止めたはずの太刀筋が幾重にも折り重なり、赤銅色のオーラの奔流となって《ドラムロ》を叩き割る。

 

 四散した《ドラムロ》に兵士達が色めき立った。

 

「指折りの実力者だぞ……」

 

 エースを失った形の兵隊は撤退するしか道はないかに思われたが、彼らには潔い死さえも許されていなかった。

 

 降り立った敵オーラバトラーが《ドラムロ》の頭部を掴み、そのまま延髄を引き抜いた。胸部操縦席を蹴りつけ、パイロットまで殺し尽くす。

 

 あまりの残虐さに言葉をなくしていた兵士達は、それぞれ果敢に声を上げて立ち向かった。それは特攻の構えであったのかもしれない。

 

 死の瀬戸際にある神経が昂揚感を生み出し、咲いた火線が灰色のオーラバトラーへと突き刺さりかけるが、敵は赤銅のオーラを棚引かせつつ、《ドラムロ》部隊を翻弄する。

 

 一機、また一機と潰されていく《ドラムロ》に、兵士の悲鳴が入り混じった。

 

 どれだけ重武装で固めてもまるで意味を成さないとでも言うように、敵オーラバトラーが鉤爪で胸部に収まるパイロットを引き抜き、その頭蓋を割った。

 

 赤銅に染まった剣が悪徳の光を宿し、《ドラムロ》を一刀両断する。

 

 やがて炎は城全体を押し包んだ。煙る城内で逃げ惑う領主の血縁者を、見つけては灰色のオーラバトラーがその命を摘んでいく。

 

 刃が血を吸い、炎が骸を焼き払った。

 

 最後に残ったのはまだ歳若い姫である。生きるために逃げおおせようとする城主を赤い眼球が捉えた。

 

 ひぃ、と短く悲鳴を上げた姫は終わりを予感したであろう。

 

 その時、灼熱を引き裂いて一機の甲殻騎士が剣を払った。灰色のオーラバトラーがたたらを踏む。

 

「姫! お怪我は……」

 

「大丈夫……。ですがこれは……、このオーラマシンは……!」

 

 灰色のオーラバトラーが剣を払い、騎士の威容を持つオーラバトラーと対峙した。

 

「ここで斬るも已む無し! オーラバトラー、《バストール》!」

 

 赤い装甲を宿したオーラバトラーが剣を構える。比して敵の構えは異形そのもの。

 

 まるで剣に重きを置いていないかのような、脱力し切った構えであった。

 

《バストール》に搭乗する騎士は、勝てる、と判断する。その要因は大きく二つ。

 

 一つは、敵はここまで相当にオーラを消費してきたはずだ。搭乗者のオーラ力を使わなければこの火炎地獄、瞬く間に疲弊してしまう事だろう。

 

 オーラバトラーは稼動の際に大小さまざまではあるが、微量でもオーラ力を下地にする。それはオーラマシンそのものを保護するオーラバリアの形成にも一役買うのだが、オーラバトラーが戦場で優位を保つ事の一つに、このオーラバリアの存在が欠かせない。

 

 戦士のオーラを身に纏い、時にはそれを攻撃に、時には防御に転じる事も出来るオーラバトラーは無二の兵器。

 

 騎士ならば、思うままに動かせる手足そのものであろう。ゆえに、オーラバトラー同士では戦士のオーラ力に戦局は左右される。

 

 この時、《バストール》の騎士はほとんどオーラを消耗していなかった。

 

 伝令が遅れ、今の今まで出せなかったのもあるが、それが結果的に功を奏したであろう。

 

 灰色のオーラバトラーはここに来るまで無数の血を吸い、《ドラムロ》を蹴散らしてきたはず。

 

 ならば多少なりとも、オーラの損耗はあって然るべきなのだ。

 

「……卑怯とは言うまいな。ここまで暴虐と殺戮の限りを尽くした貴様に、謗られるいわれはない!」

 

《バストール》が踏み込んだ。剣を正眼の構えより打ち下ろしての一閃。腕で受ければ確実に装甲に亀裂が走る。かといって剣で受ければ二の太刀は防げまい。

 

 絶対の優位に立っていたはずの《バストール》は、しかしこの時、ほとんど力を入れていなかったはずの敵の刃を受けていた。

 

 だらりと腕を下げた状態から、ちょっと跳ねさせただけの一撃だ。鍔迫り合いですらない。

 

 だというのに、《バストール》は押し負けていた。渾身の構えで放ったはずの一撃が、虚しく弾き返される。

 

 まさか、と目を瞠った《バストール》の騎士は敵の踏み込みに対応出来なかった。

 

《バストール》の頭部を相手が掴み、そのまま持ち上げる。

 

「なんという膂力……! 化け物が!」

 

 改良が加えられたはずの《バストール》が容易く押し負けるなどあってはならない。自分は殿。この領主を守り通す義務がある。

 

《バストール》が腰に備えた連装式オーラショットを腹腔へと連射した。どれほどまでに堅牢なオーラバトラーでも胸部は弱点のはず。

 

 取ったと確信した、その時、彼は操縦席にいつの間にか舞い込んでいた一匹の蝶を発見した。

 

 この世の果てを俯瞰し、深淵に繋がっているような漆黒の翅。赤と青のまだら模様に、黄色が入り混じり、その蝶が意味するところを彼に伝えた。

 

「地獄蝶……! 俺に、地獄蝶が見えているというのか!」

 

 敵の胸部に打ち据えたはずの弾丸が無意味に終わった事を、砕け散る《バストール》の頭蓋が示していた。操縦席のコンソールが破損し、砂嵐を生じさせる。

 

「嘘だろう……《バストール》の頭を砕いた……」

 

 頭部を失ったオーラバトラーは急速に力を失っていく。人と同じく急所を潰されて生きているはずなどない。ましてや、オーラバトラーは騎士の持つオーラ力を変換して動く代物である。

 

 変換機が壊れてしまえば、それはただのデク人形であった。

 

 よろめいた《バストール》へと灰色のオーラバトラーが接近し、鉤爪による貫手が操縦席へと放たれた。

 

 胸部の結晶体を貫いた一撃は騎士の心臓を貫通する。

 

 かっ血した騎士は目の前を舞い遊ぶ地獄蝶を忌々しげに見つめていた。

 

「狂戦士……」

 

 最後の呟きを聞きとめられる事もなく、《バストール》ごと、騎士は地に倒れ伏す。紅蓮の炎に焼かれた城内で姫が何やら悲鳴と罵声を浴びせたが、それは灰色のオーラバトラーには何も関係のない事柄であった。

 

 剣が肉体を断絶する。

 

 炎に包まれた城内で灰色のオーラバトラーは頭上を振り仰いだ。

 

 城壁へと真っ逆さまに投擲された赤く煮え滾った投石がその眼球に反射していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……命中確認」

 

 投石器は正確無比に城壁の中にいるはずのオーラバトラーへと一撃を与えたはずだ。

 

 その確信に猛々しい者達を指揮する男は鼻をすすっていた。野性に満ち溢れた瞳が倒すべき敵を見据えている。

 

「殺せたのならば、それでよし。あの領主には悪い事をした。だが、そもそも我々の外交を拒んだのがいけないのだ。ゆえに、狂戦士を送り込んだ。生き延びている者はいまい」

 

「しかし、放ったはずの矢がこちらに向かってくる可能性も……」

 

 濁した部下に焼け落ちた城内から一体の甲殻兵が姿を現した。捕捉するまでもなく分かる。

 

「狂戦士だ……! こちらを探しているぞ! ユニコンを放て! 少しは時間が稼げる」

 

 捕らえておいたユニコンを鞭で叩き、一目散に別方向へと駆け抜けさせる。

 

 狂戦士のオーラバトラーはそれを追って飛翔した。あれにとっては動く標的のほうが優先度は高いはずだ。

 

「標的……射程外に……」

 

 その段になってようやく、全員が息をついた。緊張状態に晒された神経を休めさせ、勇士達が声にする。

 

「あれを追って、もう何年経ったでしょう。五年でしょうか」

 

「いや、もっとのような気がする。あれに国を追われ、何もかもを失った者達がここまで集まったんだ。五年程度ではないだろう」

 

 彼自身も途中からこの戦線に参加した。歴戦の猛者とはまだ言えないが、前線に立っている純粋な時間では長いはずだ。

 

 無音でバイストン・ウェルの空を舞う、狂戦士の姿が視界に入り、彼は忌々しげに口にしていた。

 

「アの国の忘れ形見が……。滅びても怨念は彷徨うのか」

 

 


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