リボンの聖戦士 ダンバイン外典   作:オンドゥル大使

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第十二話 戦火傷痕渦中

 やぁ、と声を弾けさせて結晶剣を振るう。相手はそれを受けて返す刀を叩き込もうとしてきた。予め読んでおいた軌道に入った剣筋を足を擦らせて回避し、横合いから斬りつける。

 

 心得ている相手はそれを受け、さらに一閃、返答のように攻撃する。息を詰めて連撃を受け、結晶剣を相手の喉笛へと突きつけた。

 

 相手が剣を手離す。

 

「……参った」

 

 その声に肩を荒立たせていた呼吸を変位させた。戦闘の呼気を変え、休息に転じさせる。

 

「よくやるものだ。剣の心得が?」

 

「少し、だけれど」

 

「この調子ならば剣士としても名高いであろう。エムロード」

 

 この地の名前で呼ばれ、彼女は少し目を伏せた。

 

「そっちもね。ギーマ。軍師を名乗るのは伊達じゃないんだ?」

 

「ゼスティアの守りを司るのに、地上人だけに頼ってはおけない。わたしは元から剣の訓練を受けていたが、君ほどではない」

 

 賞賛の声にも今は素直に喜ぶ気にもなれない。エムロードは結晶剣を地面に突き刺し、汗を拭った。

 

 その時、割って入るように小さな影が舞い遊ぶ。

 

「ティマ、遊びじゃないんだぞ」

 

「分かってるって。エムロードは《ソニドリ》の専属だもん。あたしが調子を見ないで誰が調子を見るって言うの?」

 

 その言い草にギーマは鼻を鳴らした。

 

「ミ・フェラリオの整備士が、粋がる」

 

「その整備士がいないと《ドラムロ》だってまともじゃない。そういうものでしょうに」

 

 舌鋒鋭く返した相手にエムロードは語りかけていた。

 

「ティマ。《ソニドリ》の様子は?」

 

「順調。でも、ジェム領国の改造が思いのほか重要な部位にまで侵食していてね。完全に元に戻すのは無理って言う判断」

 

 肩を竦めたティマにギーマが苦々しげに呟く。

 

「悔しいかな、相手のほうが技術では上を行っている。こちらは手数で上回るしかない」

 

「《ドラムロ》と《ブッポウソウ》で?」

 

「《ガルバイン》もある」

 

「アンバーは前回、エムロードを助けるから出たって言う一点張りで……」

 

 それにはエムロードも僅かに気にかかっていた。アンバー――琥珀は自分を助けるために、危険に身を晒してまでオーラバトラーに乗った。その覚悟は並大抵ではないはずだったが、帰ってくるなりずっと部屋に篭りっ放しだ。

 

 自分は、と言えば、《ソニドリ》の専属騎士としての資格を得るためにこうして連日、ギーマとの打ち合いを行っている最中。

 

 親友に何も気の利いた事を言えないのは致命的に思えた。

 

 そうでなくとも心細いに違いない。

 

 エムロードは断崖と密林が覆う周囲の地形を見渡す。青みがかかった地面に、風になびく草木。

 

 ところどころ蔦や異形の植物が侵食する、異界としか言いようのない大地。

 

 バイストン・ウェル。それがこの場所の名前であった。

 

 自分達は現在からどういうわけだかこの場所に「呼ばれた」らしい。らしいというのは、まだその呼んだ本人とまともに会った事がないからであった。

 

 ミシェルからの伝聞と、召喚時に一瞬だけ目にした程度である。

 

 碧眼に哀しみを浮かべたあの女性は、今、どうしているのだろうか。

 

 親友をどうにかして立ち直らせなければいけないのに、堂々巡りの考えはいつも、あの女性の姿へと集約される。

 

 ――何故、呼んだのか? 何故、自分達であったのか。

 

 その答えは未だに得ていない。

 

「そろそろ、似合ってきたんじゃない? その服装」

 

 ティマの感想に、そうかな、とエムロードは纏った服飾を摘む。

 

 さすがに制服姿のままでは動きにくく、なおかつこの大地には見合っていない。そう判断されて見繕ってもらった服装は、現在では決して袖を通す事はなかったであろう、女性的な服飾であった。

 

 薄着に胸元から腰にかけての鎧が一体化しており、腰にはコルセットが巻かれている。スカートを進言したのは自分の中で動きやすいものを選択した結果であったのだが、この世界にはスカートの文化は色づいておらず、代替品として制服のスカートを中途半端に着こなすという折衷案を取った。

 

 バイストン・ウェルの騎士装束と、現在衣服の融合には、城内を歩き回るたびに好機の眼差しが注がれたほどである。

 

「妙な格好をする。ミシェルだってそんな格好はしなかった」

 

「オシャレなんでしょう? あたしにはエムロードの服装、素敵に見えるわよ」

 

「ありがとう、ティマ」

 

 肩に留まったティマは帽子を突く。騎士の証たる帽子にはリボンの装飾がある。

 

 髪を結んでいたリボンをそのまま帽子にあしらえたのだ。その立ち振る舞いから、領内では自分の事を「リボンの聖戦士」とあだ名していると伝え聞いていた。

 

「よく分からんな。女の衣装など」

 

「そんなだから、愛想を尽かされるのよ」

 

「放っておけ。ミ・フェラリオ風情が。わたしは《ブッポウソウ》の整備に戻る。エムロードは鍛錬を続けておけ。いつ敵が来てもおかしくはないのだからな」

 

 傲岸不遜な口調にティマが舌を出す。

 

 どうやら水と油なのは相変わらずらしい。

 

「でも……ジェム領国が本当に攻めてくるのかな……。一応は襲撃した、という形にはなるし」

 

「あれは奇襲だから、ジェム領だってそんなに簡単には来ないでしょ。それに、《ソニドリ》の性能を見せ付けられた!」

 

 ティマからしてみればそれが大きいのだろう。今までお荷物だと思われていた手製のオーラバトラーが戦場で活躍したのだ。誉れ高いに違いない。

 

「ジェム領国の人達……、ティマはどう思う?」

 

 突き刺した結晶剣の傍でエムロードは座り込んだ。ティマが舞い遊びながら考えを口にする。

 

「思ったよりも……拍子抜けだったかな。だって。あまりに弱かったって言うか……、あれで毎回、何で攻めてくるんだろうとは思った……」

 

 同じ感想であった。ゼスティアよりもジェムのほうがコモンの人々のオーラも力も、まるで弱々しく映ったのだ。

 

 だというのに、ギーマはスタンスを曲げない。

 

 あくまでも「ジェム領国の占領作戦に対する専守防衛」という大義名分で今も武力を整えようとしている。

 

 それには純粋に疑念が突き立った。

 

「本当に……相手は戦争を仕掛けてきたいのかな……」

 

「それは間違いないって。何度強襲をかけられたと思ってるの? それに、あの岩みたいなオーラバトラーだって、戦争を考えてなくっちゃ造れないでしょ」

 

 辛酸を舐めさせられたオーラバトラーの姿が脳裏に描かれると同時に、エムロードはあの国で出会った漆黒の騎士のオーラバトラーも思い返していた。

 

 聞き間違いようのない声。相手もこちらを「翡翠」という名で呼んだ。

 

「……あの黒いオーラバトラーは、何だったんだろう……」

 

「強かったよね。悔しいけれど今の《ソニドリ》じゃ勝てない」

 

 ティマが認めるほどなのだ。相当な戦力差があったに違いない。それでも、エムロードは相手が何もかも考えなしだとは思えなかった。

 

 何かが仕組まれている。そう捉えるのが自然な流れだろう。

 

 自分達が呼ばれたのも、あちら側に蒼がいたのも、ともすれば全て必然だとすれば――。

 

「……だとすれば、何だって言うんだよ」

 

 今はまるで答えに至れない。そんな様子をティマは心配する。

 

「《ソニドリ》の性能はパイロットであるエムロードのオーラ力で決まるんだから。あまり気を落とさないほうがいいよ」

 

「考えたって仕方ない、か。素振り百回、やるよ」

 

 結晶剣を引き抜き、エムロードは剣を振るった。

 

 今は、一つでも考えないようにするために。逃避のための剣はやはりというべきか、鈍っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の役目は戦う事であって、誰かの悩みを聞く事ではない。

 

 そう断じていても、やはりというべきか、割り切れないのは同じ地上人として、どこか情が移っているのかもしれない。

 

 ミシェルはそう分析しつつ、アンバーの篭っている部屋の扉を叩いた。

 

 手にはトレイに乗せられた昼食がある。

 

「ランチ、置いておくわね。……ねぇ、いつになったら戻ってくれるの?」

 

 単刀直入な物言いになってしまったが、それでも納得はしかねる。自分を上回るオーラを持っておきながら、それを使い潰すなど考えられなかった。ミシェルは扉にもたれかかり、もう一度ノックする。

 

「あんた達は私より強いんだから、出来れば前に出て欲しいんだけれど」

 

「分かっていても、あたし……怯えているんだ。だって、あのオーラバトラーに乗ると……嫌な感じになる」

 

《ガルバイン》に問題はないはずであったが、後で整備班に確認を取っておくべきだろう。

 

 ミシェルはそのまま引き下がる気はさらさらなかった。

 

「……不貞腐れるのは結構。でも戦力を遊ばせておくほどの余裕もないの。あんたが行かないのなら、エムロードが前線に出る。もっと傷つく事になるわよ」

 

 それを許せるわけがないはずだ。脅しのような物言いになったが、こうでもしないと発破はかけられないだろう。

 

 立ち去り際、ミシェルは声を聞いていた。

 

「……翡翠は、オーラバトラーに乗るって言っているの?」

 

「ええ。彼女からは了承を得た。もう《ソニドリ》に乗るための訓練をこなしている。引きこもっている場合じゃ、ないんじゃないの?」

 

 厳しい言い方かもしれないが事実だ。《ガルバイン》は一騎当千の戦力になり得る。問題なのはそれを動かせる人間に戦意がない事。

 

 どのような汚い手を使ってでも、乗ってもらうしかなかった。

 

「憎まれ役かい?」

 

 不意にかけられた声音にミシェルは眉をひそめる。

 

「立ち聞きとは趣味が悪いわね」

 

「聞こえちまったんだよ」

 

 肩を竦めた相手は、楽器を手にしていた。

 

「吟遊詩人……」

 

「トカマクだって」

 

「トカマク……。あなた本当にアの国の聖戦士だったの? どうして、……いえ、これは」

 

「聞こえる場所じゃまずいんだろ? いいさ、分かってる。歩きながら話そう」

 

 ミシェルはトカマクの右足へと目を向けていた。相手は何ともないようにそれを晒してみせる。

 

「義足の事なら心配はしなくっていい。走る以外なら事欠かない」

 

「それなら……」

 

 肩を並べたトカマクは地上人としては体格がいいほうだろう。自分より背が高いのは当たり前としても、足を失って吟遊詩人に堕ちていたとは思えないほどに鍛え上げられていた。

 

「……アの国では、何を?」

 

「何にも」

 

 応じられた言葉にミシェルは疑問視する。

 

「何にも、って……」

 

「何かする前に撃墜されちまった。残ったのはトッドとかいうヤンキーと、何だったかな……ジャップが一人いたな」

 

「どの国でもジャップがいるのね」

 

「乗った機体が悪かった」

 

「あの《ダンバイン》だったんでしょう?」

 

 話は大筋ではギーマから伝え聞いていたが、まさかアの国出身者がスパイ活動に身を落としているなど想像の範囲外であった。

 

「詳しくは」

 

「よくは知らない。ただ、この世界の人々には共通認識みたいね。《ダンバイン》と言えば、皆が皆、震え上がるほどの」

 

「とんでもない機体だったんだよ。必要なオーラ力があまりに膨大だった。だからか、乗り手を選ぶ機体だったんだ」

 

「振り落とされたわけね」

 

「誤解だな。おれは撃墜されたとは言ったが、振り落とされたとは言ってないぜ?」

 

「同じようなものよ。《ダンバイン》は?」

 

 トカマクは頭を振った。

 

「隣国に亡命するために使った。その後、あの機体がどうなったのかは知らない。大方、部品にでもされたんだろう」

 

「領地争いが勃発し始めた矢先の新型機……それもこのバイストン・ウェルでは初めてのオーラバトラーだった」

 

 伝説のようなものだ。オーラバトラー《ダンバイン》の戦歴は。

 

 あらゆる新型を退け、最後の最後まで戦い抜いたと。

 

 ――そう、本当に最後まで。

 

「《ダンバイン》を呼び戻すだとかは期待しないでくれよ。おれにはもう縁のない機体だ」

 

「じゃあどういう理屈でギーマはあなたを匿っているのかしら? ジェム領国に捕まっていたのに」

 

「情報をもらうためにわざと入り込んでいたんだ。最後のほうは捕まっちまったが、ジェム領のコモンのオーラ力なんてたかが知れている。逃げ出すのは問題なかった」

 

「……それ、アンバーやエムロードには」

 

「言わない方針なんだって? どうしてまた。相手が自分達より弱いってのは不都合なのかねぇ」

 

「領主の考えがあるのよ。あまり迂闊な事は言わないで」

 

「ウラウ・ゼスティア、か。だが息子でさえも分からない領主なんて、もうそいつは……」

 

 そこまで口にした時、ギーマがちょうど階段を上がってきていた。鉢合わせになった二人はどことなくバツが悪そうにする。

 

「……偵察任務、ご苦労だった。報告は」

 

「後で、だろ? 分かってるって。次期領主様」

 

 その皮肉にギーマが睨み上げる。

 

「……その口、要らぬと見える」

 

「よせって。嘘に決まってるだろ。おれはこれだぜ?」

 

 義足を見せ付けれるトカマクにギーマは嘆息をついた。

 

「ミシェル。アンバーは?」

 

「食事には手をつけてくれているみたいだけれど、やっぱり出てこない。……もしもの時には私が《ガルバイン》に乗る」

 

「そのもしもは訪れないだろうさ。それに、《ガルバイン》の必要オーラは君のオーラ力を遥かに上回る。乗ってもどうしようもないだろう」

 

 苦々しい事実にミシェルは拳を握り締めた。戦う覚悟もない人間のほうが自分より力があるなど我慢出来ない。

 

「……私のほうが戦いでは先輩よ。エムロードも、いくら《ソニドリ》が強くたって場数って言うものがある」

 

「その場数も、どれほど物を言うかねぇ」

 

 トカマクの声にミシェルは鋭い一瞥を投げた。彼はおどける。

 

「だから、冗談だって。通じないな、あんたら」

 

「……作戦報告は一時間後だ。ミシェル、この後は格納庫に?」

 

「《ブッポウソウ》のメンテナンス状況を聞かないと」

 

「ならばついでに《ガルバイン》の整備状況も聞いておくといい。アンバーのやる気次第だ」

 

 そんな不確定なものに縋らなくてはいけないのか。自分では、駄目なのか……。

 

「……分かったわ」

 

「トカマク。せいぜい、足元には気をつける事だ」

 

 ギーマの忠告にトカマクは首肯する。

 

「肝に銘じておくよ」

 

 歩み去っていったギーマにトカマクは鼻を鳴らして呟いていた。

 

「プライドの塊だな。似たような奴を、おれは見た事がある。あいつも……同じような眼で地上人を見ていた」

 

「その誰かさんは知らないけれど、ギーマに下手に楯突かないほうがいいわよ。ここではあいつが正義なんだから」

 

「正義、正義ねぇ……。聖戦士っておだてられて、正義はこの剣にあるとか何とか、色々言われたっけな、おれも」

 

「間違えないようにしなさい。聖戦士は勝つためにいるのよ。くだを巻くためにいるんじゃない」

 

「それも、肝に銘じておくよ」

 

 そう言って気ままな吟遊詩人は踵を返した。これ以上言葉を弄するつもりはないらしい。

 

 ミシェルは足早に、その場を立ち去る。

 

 その間中、脳裏を占めていたのは自分の至らなさであった。

 

「……私じゃ、勝てないって言うの? ふざけないで」

 

 

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